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スピカ・ブルーネル



「おはようございます。御朝食をお持ちしました」


 翌朝。

 悠斗は聞き覚えのある一声で目を覚ます。

 部屋のドアを開けると犬耳の少女――スピカがお盆の上に食事を乗せて203号室の前に立っていた。



「ああ。どうもありがとう」



 その日の朝食はライ麦パン、玉葱のスープ、羊乳のヨーグルトであった。

 お世辞にも食欲をそそる食事とは言い難いものではあるが、この世界に来てからというもの何も口にしていない悠斗にとっては十分過ぎるほどの御馳走に思えた。


「そう言えば昨日は受付にいたみたいだけど……キミがこの宿を取り仕切っているのか?」


「あははっ。そんなはずありませんよ。私は単なる雇われの女中に過ぎません。女将さんは今、厨房で朝食を作っている最中ですよ」


「へー。折り入って少し聞きたいことがあるのだけど大丈夫かな?」


「はい。私に分かることであれば何でも仰って下さい」


「仕事を探しているんだ。この街で日雇いアルバイトとかを募集している店に心当たりはないかな?」


 オークたちから奪った資金が想像以上の額であったため、当面の生活の目途は立ったものの、このままでは所持金は目減りする一方だろう。


 そのため。

 悠斗は次なる目標を安定した『収入源』を見つけることに定めることにした。


「仕事……ですか。失礼ですが、お客様は何か特技などはお持ちですか?」


「……いや、特に。強いて言えば、小さい頃から武術を習ってきたことくらいかな。たぶんだけど、それなりに腕は立つ方だと思う」


 悠斗の言葉を聞いたスピカはピコンと犬耳を垂直に立てる。


「でしたら街の冒険者ギルドに向かうことをオススメします! この街で日雇いの仕事を扱っている所と言うと……そこくらいしか思い浮かばないですね。冒険者ギルドに行けばお客様の能力次第で稼ぎの良い仕事を見つけることが出来ますよ」


「えーっと。ちなみにその……冒険者ギルドっていうのは身元の保証とかが無くても仕事を与えてくれるのかな?」


「はい。その点に関しては問題ないと思いますよ。冒険者ギルドに行けば登録証を発行して貰えますし、その登録証は今後の身分証替わりに利用できます」


「……ありがとう。恩に着るよ。実は俺、田舎から出てきたばっかりでさ。ギルドの仕組みとか、よく分からなくて」


「いえいえ。大丈夫ですよ。お客様のような方はこの宿では珍しくありませんから」


「へー。そうなのか」


 思いがけずもこの宿を選んだのは正解だったと悠斗は思う。

 いかにも安さだけがウリなこの宿には、それ相応の『訳あり』な人間が集まるのだろう。


 おかげで多少は非常識なことを尋ねても、怪しまれずに済む環境にあるらしい。

 寝心地はお世辞にも良いとは言い難いが、この宿には今後も暫く世話になるかもしれない。


「それじゃあこれ。少ないけど取っておいて」


 そう言って悠斗は、チップとしてスピカの掌に銀貨を一枚握らせる。

 悠斗としては軽い礼のつもりであったのだが、手の中の銀貨を見るなりスピカは眼を丸くする。


「……お客さま!?  これは鉄貨とお間違えではないでしょうか?」

 

「えーっと。別に間違えた訳でないのだが……」


(しまった。銀貨1枚というのは少し多過ぎたかな……)


 スピカの反応を見てから失敗に気付く。

 トライワイドに召喚されてから日が浅い悠斗は、この世界における通貨の価値基準を全く知らないでいたのだが――。


 宿屋の住み込み仕事をしているスピカにとっての銀貨1枚は、彼女の1週間分の給料に相当していたのだった。


「さ、流石にこんなには頂けませんよ!」


 慌てて銀貨を返そうとするスピカ。


「いや。せっかくだし取っておいてよ。一度渡したものを突き返されるっていうのは、男として格好が付かないし」


「ですが……」


「ならこうしよう。その銀貨はキミの身だしなみを整える資金として使ってくれ。キミはもう何日か風呂に入っていないんだろ?」


「……!? これは失礼しました。もしかして私……そんなに臭っていましたか!?」


 スピカは慌てて自らの体をクンクンと嗅ぎ回す。

 その仕草がなんだか子犬のように可愛らしかったので悠斗は思わず苦笑する。


「ごめん。言い方が悪かったね。そういう意味で言っている訳ではないから。俺はただ……せっかく可愛い顔をしているのだから、もう少し身だしなみに気を遣わないと勿体ないと思っただけだよ」


 悠斗の言葉を受けたスピカは、銀貨を受け取った時以上の狼狽振りを見せる。


「か、可愛い!? もしかするとそれは……私を形容する言葉として使われているのですか!?」


「うん。というかこの部屋には俺とキミ以外にいないよね」


「……可愛い。そんな……私が可愛いだなんて……っ」


 瞬間、スピカの頬はカァァァッと熱くなる。

 スピカにとっては面と向かって異性から「可愛い」という言葉をかけられたのは、初めての経験であった。

 

 付け加えて言うのであれば――。

 トライワイドでは悠斗のような黒髪黒眼の人間は、周囲からの羨望の的になりやすかった。


 何故ならば、今から500年以上前。

 強大な力を持った魔の者たちによって支配されていたトライワイドを窮地から救った英雄――アーク・シュヴァルツがこの世界では非常に珍しい黒髪黒眼の青年であったからである。


 現代日本においては、悠斗のルックスは特出して秀でている訳ではない。

 良くも悪くも中の上くらいのレベルである。


 けれども。

 黒髪黒眼の人間に対して特別な感情を抱いているトライワイドの住人たちから見れば、悠斗の容姿はハイレベルな美男子そのものであった。

 スピカが過剰な恥じらいを見せた理由の一端には、そのような事情が存在していた。


「……それじゃあ、俺はもう行くから」


「えっと……あの……はい」


 羞恥心のあまり相手の顔を直視することが出来ない。

 朝食を食べ終わり悠斗が冒険者ギルドに行くために部屋を出た後も、スピカは暫く魂が抜けたように茫然としていた。








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