光と影2
「ふふふ。愛菜……分かってしまいました。ここにいるハエたちがお兄さまを狂わせているのですね!」
「まったく……仕方がありません。やはりお兄さまは愛菜が見ていないとダメなんですね」
「本物のお兄さまは愛菜のことを『殺る』などと言いません。本物のお兄さまは世界でただ1人! 愛菜だけを愛してくれていますから!」
「安心して下さい。少し痛いかもしれませんが……それだけです。愛菜が今直ぐにお兄さまのことを正気に戻して差し上げます」
先手を仕掛けたのは、愛菜であった。
「私は影……。蠢く影……」
愛菜は自らを影と『思い込む』ことによって悠斗の前から姿を消した。
影に溶け込んでから高速で悠斗の背中に回り込んだ愛菜は猟奇的な笑顔を浮かべる。
(ふふふ。こんなに簡単に背後を取れるなんて……お兄さまともあろう方が腕が鈍ったのではないですか?)
この一撃で全て決める。
まずは悠斗の意識を奪い、周りにいる女を一人残らず根絶やしにする。
そんな意気込みで仕掛けた愛菜であったが、寸前のところで振り返った悠斗と目があった。
(読まれていた――!? 以前までは索敵するだけで精一杯だったはずなのに――!?)
相手の技を盗むことに特化した《近衛流體術》を用いれば、《心葬流》の原理を理解して、次に相手がどう動くか予想することは可能である。
もっとも……いかに《近衛流體術》を極めた者であっても《心葬流》を完全に真似することは不可能だった。
それというのも両武術が光と影のように対極の関係にあるからである。
近衛流體術が『広く浅く』であるならば、心葬流の基本理念は『狭く深く』を基本理念としていた。
故に近衛流体術を極めれば極めるほど、心葬流の道からは遠のいてしまうのである。
「私は風……たなび……」
「させねぇよ」
奇襲を読まれた愛菜は自身の体『風』に《変態》しようと試みるが、それより速く悠斗が拳を叩き込む。
「――――グッ!?」
間一髪のところで攻撃をガードする愛菜であったが、体が芯から痺れるようなダメージを受けることになる。
(この攻撃……! 以前までのお兄さまとは完全に別人……!)
人間の持っている思い込みの力により自分を『別の何か』に置き換える《変態》という戦闘スタイルを得意とする《心葬流》であったが――。
1つだけ致命的な欠点が存在していた。
それは同時に2つのものに《変態》することが不可能であるという点である。
つまりは相手の行動を先読みして、相手の変態前にタイミングを合わせて攻撃することが《心葬流》の基本的な攻略方法となるのである。
「ふふ。流石はお兄さまです。そうでなくては面白くありません」
日本にいた頃の悠斗と愛菜の実力は、ほとんど互角と言っても差し支えのないものであった。
愛菜は推測する――。
ならば勝敗を分けるのは、どちらがより強力な『奥の手』を隠し持っていたかだろう。
「私はお兄さま……親愛なるお兄さま……」
次に愛菜が変態したものを目にして悠斗は絶句することになる。
何故ならば――。
そこにいたのはまるで鏡に映したかのような――悠斗とウリ二つの外見を持った少年の姿だったからである。




