大切なもの、みつけたよ
一
拝啓
…なんて書いてみたけど、似合わないからやめますね。
今日はあなたに伝えたいことがあって、手紙を書きます。
私最近、友達ができたんです。
すっごく大切な友達が、三人もできたんです。
彼らはあんまり、他人と関わるのが上手じゃないんですけど、でもすっごく、優しい人たちです。
ホントはあなたに、こんな手紙書くつもりなんてなかった。
ううん?今のままでいるのが嫌だったからずっと伝えたかったんだけど、勇気がなかった。
あなたが気づいてくれるまで、一生自分の中にしまいこんでいるつもりだった。
それで、気づいてくれなかったら、ちょっぴり恨んじゃうのかも(笑)自分勝手ですね。
…でも、その友達が、言ってくれたんです。
思うだけなら、悪いことじゃない。
思いを伝えるだけなら、悪いことじゃない。
そう言って、私の背中を、押してくれたんです。
……。
でも、直接言う勇気なんてないから。
私、弱虫だから。
ごめんなさい。
でも手紙ででも、伝えたい。
気持ちだけ、……知ってください。
先生、
私はあなたが、好きです。
ずっと前から、好きでした。
他の誰よりも、何よりも。
ううん、比較になんかならないぐらい、あなたしか、目に入らない。
私を見つめる、優しい目が好き。
透き通るような声が好き。
全身から伝わってくる情熱が好き。
明るいけれど、ちょっと憂いのあるその背中が好き。
…あなたが、好き。
なんで、あなたと同年代に生まれてくることができなかったんだろう?
私みたいな小娘、きっとあなたは眼中にないですよね?
だから、こんな手紙渡されても、きっとあなたは困ってしまう。
だったら、ただの生徒でいようって思った。
あなたの一番お気に入りの生徒になって、かわいがってもらって。
そのほうが、お互いに幸せだろうな、って。そう思った。
わかってる。
これはいけないこと。
もしバレたら、すごく大変なことになる。先生の人生を滅茶苦茶にしちゃうかもしれないよね?
…考えただけでも怖いよ。
世間はきっと、甘くない。
でもさ。
それでもさ。
私は、本気であなたが好きなの。
あなた以外、考えられないのよ。
他の人を好きになろうとしても無理。心のどこかで、あなたを探している。
男を見る目が全て、あなたに似ているかどうか。それだけ。
無理なのよ。
無理なんです!
大好きなんです!
…だから。
せめて、気持ちを伝えるぐらい。
こんなに好きになったんだから、
気持ちを伝えるぐらい許してよぉ、神様。
ごめんなさい。
先生は、私のことまじめな生徒だって思ってくれてるみたいだけど、全然そんなことない。
数学の授業を一生懸命受けているのは、あなたが担当だから。
だからよく目が合って、
当てられるのがうれしい。
「新堂」って、
その声で呼ばれて、
「はい」って言って立ち上がるあの瞬間が好き。
少しずつ近づいて行って、
黒板で、あなたのすぐ横で数式を書いて、
「さすが新堂」とかほめられて、
うれしくて、
でもただ生徒としてほめられただけなんだとか思って、
ちょっぴり悲しくて。
女として見てほしくて。
あなたの微笑みが、うれしくて、切ない。
あなたの言葉が、うれしくて、苦しい。
会えない時は、気づいたらあなたのことを考えているの。
「彼女いますか?」って聞いてみて、いないって聞いて、うれしくなって。
でも「いる」って言ってくれたら我慢できたのにな、とかも思って。
余計に胸が苦しくなって。
私ね。
最近、嫌なことがたくさんあったんです。
いろいろ。いっぱい。
そんな私を、その三人の友達が助けてくれたの。
こんな、素直じゃなくて、自分勝手で、すごい嫌な女を、助けてくれた変わり者がいたの。
そして私の、背中を押してくれたの。
私は、このままじゃ前に進めない。
たとえフラれても、
それでも仕方ないと思う。生徒だし。いきなりだし。歳の差あるし。
でも、好きだから。
気持ちだけ伝えたくて。
だって、知っちゃったら、先生は私を女として見てしまうでしょ?
たとえフッても、絶対意識する。
それだけでも……うれしいの。
女として、
生徒じゃなくて、女として。
他の生徒とは、少しだけ違う。女として見てくれる。それだけでも、うれしくて。
意識させたくて。
こんなふうにさせておいて、放っておかれるとかあり得なくて。
超意識させたくて。
いいの。
それでいいの。
それでもいいの。
これから、私を意識しちゃうかわいそうな人。
授業中に私の横を通ったら、ちょっと上目づかいで見たりして、ぜったい「かわいい」とか思わせてやるんだから。
何の話ししてたかすら、あなたは忘れちゃう。
授業妨害よ?覚悟して。
当てられたときは、じっとあなたの目を見つめてあげる。
廊下ですれ違った時は、あなただけに見えるようにひらっ、ってスカートをひるがえすの。
あなただけにしか見せない。他の男は見たくても見えない。
でもね、あなたも見えない。
見えるのは太ももまで。それから先は見せてあげない。
見たいとだけ思わせて、そのまま去ってやるんだから。
ううん。やめた。
そんなの強がり。やっぱり嫌。
あなたに愛されたい。
でもハードル高いことぐらいわかってる。
だから、フラれたとしても自分がみじめじゃないように、
こんなこと言ってみたみたい。私。
ああ、ホント弱虫。
だから一人じゃ、こんなことできなかったけど。
でも少しだけ勇気をもらって。
伝えます。
あなたが、好き。
いけないことだとわかっているから。
そんなことをあなたにさせていいの?って自分でも思うから。
でもあなたに愛されたいから。
わかんなくなっちゃって。
全部の判断、…あなたに丸投げ(笑)
ずるいね、私。
でも子供の特権かな?
あはは、さっきまで女として見てほしいとか言ってたのに、子供になっちゃった。
大好き。
大好きです。
最後に私のメールアドレスを書いておきます。…お返事、ください。
新堂 優奈
驚くだろうな、『先生』。
数学の提出プリントの間に、こっそり忍ばせておいた私の手紙。
ああ、言ってしまった。
とうとう、言ってしまった。
でも、これでよかったんだ。
こうしなきゃ、私はどんどん苦しくなるばかり。
ホント、自分じゃ答えがみつけられないから。
だから。
「…新堂さん、大丈夫ですよぉ、きっと」
背中にぬくもりを感じる。
小坂さんの、温かい手。
「…うん」
二
放課後。
私たち四人はゲームセンターに来ている。
彼らが私を、連れ出してくれた。
「…おぉっ!白鷺さぁん、あ、あと少しですぅ!」
「白鷺くん、慎重に、慎重に!ぼ、僕の失敗を思い出して!」
「わ、わかってる!大丈夫だ、二ミリほど手前で止めるから!」
ウイ――――ン、……ポロッ。
「…あ」
「あぁぁ…」
彼らは口々に落胆。
…こういうのは、一歩離れて見てる方が面白い。
「ようし、もう一度!」
白鷺くんがそう言って、一〇〇円玉を入れる。
ピロピロロンと音がして、ボタンが光り出す。
やがて上のクレーンが左に、
そして奥に動き、止まる。
「…よし、行けっ!」
「行けぇ、ですぅ~」
「ぜひ行ってください!」
『先生』は、もうあの手紙を読んだだろうか。どんな顔して読んでるんだろう。
もう一度携帯を確認してみるが、受信メールはゼロ。
……なんて思うんだろう。
喜んでくれるかな。
困るかな。
…それとも、嫌がられて嫌われちゃうかな。
わかんないよ。…怖い。
「よっしゃぁぁぁっ!」
白鷺くんの声だ。
「し、白鷺さぁ~ん、…さ、さすが、ですぅ~」
景品をゲットしたらしい。
「おぉ~い、新堂さぁ~ん。こっちに来てくださいぃ~」
…いくら騒がしいゲームセンターとはいえ、両手をぶんぶん振りながら呼ばれるのは恥ずかしい。
でもま、小坂さんらしいか。「今行くわ」と、私は歩き始める。
私には待つしかできないんだから。
「気晴らしに」と誘ってくれた彼らの優しさに、甘えることにしよう。
…そうか。こういうことだったのか。
ゲームセンターで小坂と笑いあう新堂さんの顔を見て、きっと今とてつもなく苦しいだろうにそれでも笑うその顔を見て、白鷺は気づいた。
新堂さんの家に行って、できる限りのことをして、結果、彼女の苦しみを一つ取り除くことに、俺も少しだけ役に立てた。
オタク検定を逃したことは今でも悔しいけど、それ以上に。俺の心は今、すがすがしい。
あのとき、俺は気づいたら地面に頭をつけていた。
自分でも不思議だ。ついその前日まで「新堂さんはオタクじゃないからどうでもいい」なんて言っていた俺が、…少し変わりすぎな気もする。
でも、それでいい。
よかったんだよ、もう俺にとって、新堂さんも大切な友達だと思えるし。
それ以外にも、オタクでない他人とも少しずつ関わっていこうと思えるようになってきたんだから。
きっと、これが正しい。
だって、俺が地面に頭をつけたのも、きっとあのとき新堂さんを救えた理由の一つなんだ。
あれが、あの場で俺にしかできないことだったんだ。
うん、行ってよかった。
……。
他人と関わる。他人と仲良くする。他人の役に立つ。
それは、自分からそうしようと踏み出さない限りできないことで。
その一歩を踏み出さない限り、きっとオタクは救われないんだ。
自分がオタクだから、他人に否定されるから、それで自分の世界に入り込んでちゃ、そこに本当の意味での救いなんてないんだ。
たとえ否定されても、どんなにバカにされても、
自分は他人をバカにしないという強い信念を持って世間に飛び込まなくちゃ、どんどん世間との溝が深まるばかりで、そこに希望の光はない。
確かに、他人と群れて無為に過ごしているだけの人間どもは今でも嫌いだし、そんなふうになりたいとは思わない。
でもそれで他人をバカにしていちゃあ、俺をバカにしているあいつらと、何も変わらないじゃないか。
オタクであることがいけないわけじゃない。
むしろいい。
自分の内面を研ぎ澄まし、深く深く。そうしたオタク根性は、人間の尊厳だ。
俺はそんな自分が大好きだし、オタクであることに誇りも持っている。
それでいい。
オタクはすばらしい。
でも、自分の世界だけじゃなくて。
オタクだけで固まろうとするんじゃなくて。
オタクとか、そうでないとかは関係なく、誰のためにでも。
他人のために、他人のことを考えて行動できること。
それがきっと正しいオタクであり、われらが萌えの神々は、そんなオタクにこそ救いを与えるのではないだろうか。
他人のことを考えることは俺にもできるし、
きっとそうして行動しようとすれば、俺にだってできることはある。
自分の世界に入ることが、自分の世界に光をともすことじゃない。
それは、自分の世界に包まれて、おぼれているだけだ。
そうじゃなくて、
外の世界ではいくらバカにされるとしても、外の世界に関わっていく。それによって他人の世界に光をともすことができたとき、俺の世界も救われる。
…きっと、そういうことなんだよ。
三
夜まで待っても、メールは来ない。
ゲームセンターに行った後街をぶらぶらして、ご飯食べて、アニメショップに連れて行かれて(笑)、
そして午後十時。
どうしよう?やっぱり私からあんなこと言われて迷惑だったのかな…。
…何の連絡もないっていうのが、一番怖い。
わからない。
わからないもん。
思えば、いろいろ感情を書きすぎた気がする。
あの手紙。
思い出しただけでも恥ずかしい。
でも、あれがホントの気持ちで。それを伝えなきゃ意味ないじゃん?
でも思い出したいけど思い出したくなくて。
結果が欲しいけど見るのが怖くて、
…でも、この結果が来ない状態が、一番怖い。
そういえば、生徒にメールなんてしていいんだろうか。
それ自体がダメな気がする。
メアド教えたからって、メールくれないかもしれない。でもそれってひどくない?
あの内容で、返信ないのってつらすぎる。
……。
『先生』は、メールくれない気なのかな。
嫌だよ、怖いよ。
「新堂さん、大丈夫ですよぉ~」
もう冬も近づいてきて、午後十時ともなれば結構寒い。それなのに、小坂・白鷺・木下は、誰一人帰ることなくそばにいてくれている。
近所の、少し大きめな公園。
…本当に、優しい人たち。
「そうだぜ、あの先生はきっと、新堂さんに告白されたらうれしがるさ」
「ええ、それにもしダメでも、向こうは年上ですから、気まずくならないようにフォローしてくれるでしょう」
「おい木下、もしダメでもとか言うなよ」
「あ、いや、僕が言ったのはそういう意味ではなく…」
おどおどと後ずさりする木下くん。
「わかってます、大丈夫ですよ」と私が言ったとき、
チャッチャラチャッチャッチャー♪
と、私の携帯が鳴った。
みんなの視線が、私に向く。私はおそるおそる、携帯をひらいた。
知らないメールアドレスから。
手がびくびくと震えている。
メールを開き、
最初の一文。
『お手紙ありがとう。すごく、うれしかった』
……『先生』だ。
……。
見たいけど、怖い。
心臓がバクバク鳴って、
鳴り響かせながら、
続きを読む。
そして、
『でも、ごめんなさい』
二文めで、私は目を伏せた。
表情から悟ったのだろう。友人三人は、私にどう声をかけていいか迷っているようだ。
……終わっちゃった。
ダメだった。
このまま携帯を投げて、何もかも忘れて消えてしまいたいよ。
でもメールはまだ、続いている。
だからとりあえず続きを、読むことにした。
お手紙ありがとう。すごく、うれしかった。
でも、ごめんなさい。
勘違いしないでほしいのは、あなたに魅力がないなんて言ってるわけじゃないってこと。
俺はあくまで先生で、あなたは生徒だから。
きっとよくないことだし、
バレたらどうなるか、とかもだけど、
それ以前にやっぱり、あなたは俺の生徒だから。
だからたとえどんなにあなたが魅力的だからって、
どんなにこの手紙がうれしかったからって、
それで「じゃあ」って言って受け入れることはできないんだよ。ごめんなさい。
だから、今じゃなくてあと二年とちょっと。
新堂が、高校を卒業して俺の生徒じゃなくなった時、
いや、いつまでたっても生徒は生徒だけど、「元生徒」になった時、
そのときに、まだ俺のことを好きでいてくれたら、またそのとき話し合おう。
ホントはね、こうしてあなたにメールを送ること自体、ダメなんだ。
だから、新堂はこれで俺のメアドを知ってしまったけど、あんまり頻繁にメールされても困るかな。
新堂だったら、きっと好きになってくれる男の子もいるよ。
これからあと二年と少し、高校生活を満喫して。
それでも俺のことを好きでいてくれたなら、もう一度、話し合いましょう。
ごめんね、ありがとう。
読み終わった時、目の前に小坂さんがいた。
心配そうなまなざしで見てくれている。
だから私は、小坂さんの胸に顔を伏せた。
いきなり飛び込んだ私に驚いたりもせず、小坂さんは優しく包んでくれる。
私の目から涙があふれた。
声を出して、わんわん泣いた。
泣き終って顔を上げると、優しそうな顔が三つ。
それが私の救いだった。
いや、全然立ち直れない。吹っ切れない。
できるわけがないけれど、でもこの三人がいなかったら、私はどうなっていただろう。
いなかったら、告白できずに苦しみ続けていたか、それかもっと悲惨な結果になって立ち直れないか。
……。
オタクだからって、世間は彼らをバカにするけど、
大切なのはそんなことじゃない。
彼らは、私の救いだ。
私は、真っ赤になった目で、彼らに向けて微笑んだ。
はあ、あと二年ちょっとか。
あの人はそれまで待っていてくれるんだろうか。
私を待っていてくれるんだろうか。
不安で、胸が張り裂けそう。
…でも。
私には、友達がいる。