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新堂優奈

 「…えーっと、それじゃあ、この問題を誰かに解いてもらおうかな」

 『先生』が、教室全体を見回す。

 たいていの生徒は当たり前のように下を向いており、

 「…じゃあ、新堂」

 目があった私に、解答権が回ってくるのは、結構よくあること。

 「はい」

 私は黒板まで歩いていき、白いチョークを手に取った。『先生』がさっきまで握っていた、白くて長いチョーク。

 それを使って、丁寧に数式を書いていく。

 「…うん、正解。さすが新堂だな」

 そう言って、彼は微笑んだ。

 わかってるよ、彼は先生として、よくできた生徒を()めているだけ。

 …でも、なんかこの瞬間って、すごく幸せ。

 私は簡単に会釈(えしゃく)すると、少し赤くなってしまった頬を隠すように、急いで回れ右をして、自分の席に戻るんだ。これもよくあること。

 私が席に戻ったのを確認して、彼はまたしゃべり始めた。

 「さてー、これまででだいたいサインやコサインがどういうものかってことはわかってきたな。…で、今日は新しくみんなに、『正弦(せいげん)定理(ていり)』ってものを覚えてもらうんだが、…これは名前ほど難しいものじゃないんだ。…じゃあ、テキストの…」

 教科書のページをめくりながら、再び黒板を向いた彼の背中を眺める。

 真っ白なシャツに包まれた大きな背中。

 後ろから二番目の席だから、その後ろ姿がちょっぴり小さいのが残念。

 次は一番前の席に行けますように!

 あ、でもそれは数学の時間だけでいいか。

 

 やっぱり、あの男と別れてから、『先生』への気持ちが、抑えられない。

 あの別れ話の日から、もう一週間。

 あの日はボロクソに泣いたけど、もうあの男のことは思い出さない。

 我ながらドライだな…。なんて思って、優奈は嫌なため息をついた。

 でも…この恋は、障害が大きすぎる。

 それを思って、さらにため息をつく。

 『先生』が、私の気持ちに気付いて、告白してくれることはあるだろうか。

 一〇〇パーセントないとは言えないまでも、

 まあ、宝くじに当たるような確率だろうな。

 いろいろ問題ある上に、あの人はニブそうだ。

 じゃあ、私から告白する?告白ぐらいは許されるんだろうか?

 …感情的にはね、許されるかもしれない。きっと、そういう恋愛もあるって、そこまで好きなら告白ぐらいしてもいいんじゃない?って、理解してくれる人だって多いだろう。

 でも…、ま、社会的には、ダメだわな。

 告白して、もしうまくいったとして、

 バレたら大変だよ。…私もだけど、私よりも『先生』が大変なことになる。

 クビだよ。クビで済めばいいけど、…下手したらニュースでしょ。

 そういったこともだし、さ。

 やっぱり、「いけない」っていうことをしてもいいのかどうか。

 私はそれをしたいのか。

 彼にさせたいのか。

 いや、したいし、してほしいけど。

 …うん、わからない。

 難しいね。

 本当にこの恋は、…障害が多すぎるんだ。

 それに、告白しても相手にされないかもしれないしね。

 相手は、一〇歳近く年上の男。

 …はあ、つらい。

 もし相手にされなくてフラれちゃったら、そのあと気まずくなるだけだし。

 だったら、告白すべきじゃないよね?

 …でも、気持ちだけはせめて知ってほしい気もする。

 ホント、難しいよ。


 夜。自室のベッドで横になりながら連絡先フォルダを開いてみる。

 うん、いっぱいある。クラスメイトでしょ?先輩、中学の時の友達、父、…そしてまだ一応残っているあの男。

 …でも、一番欲しいあの人のアドレスは、あるわけがない。

 あの人は今、何してるんだろう。

 家で一人かな?友達といる?まだ仕事中ってことは…ないか。

 それとも……。

 「彼女…いるのかな?」

 それすら知らない私。…あはは、滑稽(こっけい)

 コンコン

 扉をたたく音がして、

 「お嬢様、お食事の準備ができました」

 いつものように礼儀正しい声。

 「…今行きます」

 お嬢様、ね。はは。

 …気が重い。

 それでも行かないわけにはいかない。私はいつものように、重い体を動かして、食卓へ向かう。

 

 スプーンとお皿がぶつかって、カチャリと鳴った。

 そんな小さな音が、大騒音のように響き渡る。

 会話がない。

 大きな部屋で父と二人。メイドの作ってくれたおいしい料理のはずなのに、全然おいしく思えない。

 父は結構すごいらしい。トップクラスとまではいかないが、メイドを雇えるほどの裕福さ。でも、父が何をやっているのかすらも、私は知らない。

 ホントそれぐらい、親子の会話がない。

 昔はこんなじゃなかった。

 父が富を得たのはホントこの数年のことで、それまでは小さな家で暮らしていた。

 あのころはまだお母さんもいて。

 …でも、お母さんが死んじゃったあたりから、父は変になった。

 親子なんだよ?実の娘と二人でご飯食べてるんだよ?…なんか話すことぐらいないの?

 そう思って、父をちらっと見たら、偶然目が合ってしまった。

…。

 なんだろう、この気まずさ。慌てて目をそらしたけど、…変でしょ、これ。

 「…優奈」

 父がやっと口を開いた。「はい」と言ってそっちを向いたら、

 「学校では、礼儀正しくしているのか?」

 はい、これ本日の第一声。…礼儀?何?礼儀って何?は?

 「…はい。そう努めています」

 「うちには息子はいない。お前は貞節(ていせつ)でなければならない。わかるな?」

 「…はい」

 は?何言ってんの?イメージ?会社のイメージの話?それとも何?お見合いでもさせる気?会社のために?

 …冗談じゃない。

 でもそんなこと言えるわけもないからさ。「はい」って答えたけど、でもさ。

 …でももう、嫌だ。

 何?たったここ数年で富を築いただけの成金(なりきん)のくせに、大企業の社長さん気分でいるの?こんなに家大きくして、メイド雇って…。

 バッカみたい。

 もうホント、嫌だ、何もかも。

 死のうかな、とかも結構本気で考えることあるんだ。

 もう死んでもいい気もする。結構本気で、もうどうでもいい。

 でもそれでも私が死なないでいられるのは、彼がいるから。

 今の私にとって、彼だけが希望。

 …はあ。『先生』。

 私を、連れ出して。


 翌日の昼休み。やっと長い午前中が終わり、お昼ご飯。

 …と思いきや、私は教材を届けに職員室へ。

 これが数学の教材だったらやる気出るんだけど。

 …はあ。でもま、係だからしかたないか。

 「おう、教材運びか?ご苦労様」

 いきなり声をかけられて、私は固まりそうになる。

 …この声って。

 「昼休みなのにな。…早く飯食いたいだろ?」

 ゆっくり振り向くと、やっぱり彼だった。

 大量生産の弁当を片手に立っている。

 …弁当持ってきてないんだ。…ってことは、彼女いないのかな?

 そんなことを考えながら『先生』の手からぶら下がった弁当を見ていると、ふいに左手が軽くなる。

 「よっこいしょっと、職員室で良いんだろ?俺が運んでおいてやるよ」

 言いながら、右手の荷物もとられてしまう。

 「…え、ちょ、ちょっと、先生」

 「いいからいいから」

 そのまま彼は歩き去ろうとする。

 待って。まだ行かないで。

 せっかく会ったんだもん。

 「あ、あの!」

 私がそう叫ぶと、「ん?」と言いながら彼は首だけで振り向く。

 「せ、先生彼女いないんですか!?」

 ………。

 …。

 お、おい待て私!

 いや、訂正。訂正させて。何言っちゃってんの私!

 違うの。違うのよお!ありがとう、って言おうと思ったのに!

 なんで!?

 でも『先生』は、「ああこれか?」って弁当を指しながら苦笑しただけだった。

 「まあ、な。自分でも料理できねえし。栄養かたよってよくないんだけどな」

 話のネタにしないでくれよ?恥ずかしいから。って笑いながら、彼は行ってしまう。

 今度は話しかけることもできなかった。

 …何やってんのよ、私。

 これじゃあ、聞かれたくないこと聞いてきたうえに、ありがとうすら言えなかった超嫌な生徒じゃん…。

 ……。

 ヒュウウウウウウウウウウッ、と冷たい風が通り過ぎて行った気がする、

 ホント、むしろ通り過ぎてほしい。

 そして私を吹き飛ばして消してほしい。

 サイアク。

 やっちまいすぎでしょ、私。

 …はあぁぁぁぁ。

 ま、彼女いないことわかったのは収穫だけどさ。

 ……。

 でも、そっか。彼女、いないんだ。

 …いないんだ。

 弁当、作ってくれる人いないんだ。

 …そっか。

 そっか。

 じゃあ、もし私が!…なんて思ったところで、思考回路がやっとクールダウン。

 …料理、か。

 自慢じゃないが、料理なんて、ほとんどしたことがない。

 ……。

 でも、お弁当作ってあげたら。

 …喜んでくれるかな?

 食べて、…くれるかな?


 そんなこんなで、私は本屋で料理本を立ち読みしている。

 まあ、こんなことしても意味ない気もするけどね。だって、実際に作ったとして、どうやって渡すのよ?

 仮に渡せたとして、彼は喜んでくれるの?

 喜んでくれたとして、…そんなことしたらあからさますぎじゃない。彼は気にしなくても、周りはきっとうるさい。

 でも何かをやらないといられないというか、頭では無駄だとわかっていながらも、なんかこれをすることが彼へ近づく一歩のような気がして。

 よくわからないけど、結論、私はバカらしい(苦笑)

 …というか、それ以前の根本問題として、…本読めばできるの?これ。

 レシピを買ってって、それ通りにやればできるんだろうか。それ通りにやってもなかなかうまくいかないとかいう話も聞いたことある。

 料理の練習本みたいなやつ買う?はあ、長い道のり。

 そんなことを考えながら、かれこれ一時間近くここにいる。いつの間にか、人一人通るにも苦労しそうなほどに、本屋はにぎわっていた。

 「すみませぇ~ん。通りまぁ~す」

 そんな声が聞こえてくる。優奈は声の主が近づいてくる前に、少しだけ前に体を寄せて通るスペースを作っておいた。

 その主が後ろを通る気配がする。

 しかし、

 …なんで、そこで立ち止まるのよ。

 私の真後ろで、…早く行ってよ、この姿勢つらいんだって。

 しかしその主は移動しそうにない。

 それどころか一歩戻り、優奈の顔を覗き込んできた。

 「あれ?…あれれぇ?新堂さんではぁー?ありませんかぁ~?」

 「え?…あ、小坂さん…。こんにちは」

 …こいつだったのか。

 はあ。ついてない。

 クラスメイトの小坂みはる。クラスで浮いたドオタクの一人で、優奈としてはあまり関わりたくない。適当に挨拶だけして、それで済まそう。

 関わっている元気ないし。

 「こんばんわぁ~。お買いものですかぁ~」

 しかし相手は小坂。空気など読むはずもない。

 …一瞬だけ目を合わせてすぐに本に向き直ったら、普通しゃべる気ないことぐらいわかるでしょう!

 でも一応はクラスメイトだし、無視するわけにもいかないし。

 「…ええ、まあ」

 「はぁ~、新堂さんは料理できるんですかぁ~。すごいですねぇ~」

なんでよ!

 なんで話が続くのよ!?

 私、単語しか吐いてないじゃない!

 いい加減空気読めよ!

 「…ありがとう」

 「いえいえぇ~、何の料理がお得意ですかぁ~?」

 ……。

 優奈はパタンと雑誌を閉じる。

 …なんなのよ、ホント。この空気読まなさ。「会話しますか?」「はい/イエス」みたいな?…どんなクソゲーよ。

 しかしもう、捕まってしまったのが運の尽きとあきらめるしかないのだろう。優奈はゆっくりと、小坂の方に向き直った。

 「得意、というほどのものはないです。むしろうまくなりたくて、雑誌を買おうかと悩んでいるところです。小坂さんもお買い物ですか?」

 「はいぃ~。小坂は小説を買いますぅ~」

 「小説、ですか…。アニメの、ですか?」

 「おおっ、よくわかりましたねぇ~、もちラノベですぅ~」

 なんて感心されましたが、誰でもわかるっての。

 ああ、もういい。

 ホントいい。めんどくさい。早くラノベコーナーに行っちゃってください。

 「…ところで新堂さん、この後のご予定はぁ~?」

 嫌々オーラ出しまくってるのに、まだ話しかけてくるし。

 「…え?特にないですけど」

 「それはそれは…では、小坂とお茶をしましょうぅ~」

 …は?

 え?意味わかんないんだけど?

 お茶って、お茶?あのお茶?

 喫茶店入って、仲よくおしゃべりするあれ?

 私が?

 あんたと?

 …何話すの?

 「いや、…ちょっと…」

 …って、あれ?断ろうと思ったら、もういないし。

 見ると、まだ遠くはないが、人混みで呼ぶにははばかられるぐらいの距離に行ってしまっている。どこまでマイペースなのよ…。

 小坂が見えなくなったのを確認して、優奈はため息をついた。

 ……なんで、あんだけ行け行け思ってても行かないくせに、必要なときに消えるのよ!

 …このまま帰っちゃおうかな。

 でもそれはさすがに、(かど)が立つか…。

 遠くの小説コーナーに、小さく見える小坂。

 うらやましいな。

 …悩みなんかないんだろうな。

 

 「ご、ご注文はお決まりですか?」

 「ええっとぉ~、小坂はぁ~、イチゴミルクパフェの特大とぉ~、ごはんとかぼちゃでお願いしますぅ~」

 「…え、えっと、ライス一つと、…こちらのストロベリーサンデーのことでしょうか?…あと、…かぼちゃというのは、どの~」

 なんだかんだで、喫茶店まで来てしまった私。まあ、特に用事もないし、…三〇分ぐらいテキトーにしゃべって帰ればいいか。

 と思っていたけど、

 何よ、この濃すぎるトーク。

 隣の席のお客さん、ひいてるし。

 「いらっしゃいませ」と言われれば、「いらっしゃいました」とお辞儀を返し。

 「こちらのお席へどうぞ」と言われれば、「あの席では店員さんの制服萌え姿を鑑賞できません」と怒り出し。

 そして注文になれば、この発言。

 …勘弁してよ。一緒にいて恥ずかしいんだけど…。

 「新堂さんはぁ~、何を食べますかぁ~?」

 店員さんの言葉を無視してるし。

 「…私は、コーヒーだけでいいわ」

 「あ、は、はい!コーヒーですね!ホットかアイスどちらになさいますか?」

 普通の回答が来たことが妙にうれしかったらしい。店員さんの声が少し高くなっている。

 ホント、胸中お(さっ)しします。

 「ホットで」

 「ご注文を確認します。コーヒーと、ライスと、ストロベリーサンデー…、以上でよろしいでしょうか?」

 「あとかぼちゃですぅ~」

 「あの、そのかぼちゃというのはいったい…」

 「かぼちゃですぅ~」

 「……」

 助けを求めるように、私を見てくる店員。

 「ああ、いいですいいです。コーヒーとライスとサンデーだけで」

 解放されたような笑顔をこぼして、彼女は去って行った。

 「さて~、新堂さん、何をお話しされたいですかぁ~?」

 へ?

 「…え?小坂さん、話したいことがあったから誘ったんじゃないんですか?」

 「いいえ~?なぁーんにもないですよぉー?」

 「…何にも?」

 「ええ。なんにもぉ~」

 …帰っていいですか?

 ホント超帰りたいんですけど。

 「いやぁ~、それにしても、こうして新堂さんと二人で話すのは初めてですねぇ~」

 「…そうですね」

 二人どころか、会話したことすらほとんどない。

 「新堂さんはぁ~アニメにはご興味ありませんかぁ~?」

 「…あいにく」

 「観たことはぁ~、ありますよねぇ~」

 「まあ、小さい頃に、子供向けのを多少は」

 「そうですかぁ~。小坂はですねぇ~、小さい頃はむしろアニメは観ませんでしたねぇ~。小坂が観るようになったのはぁ、中学生になってからですぅ~」

 そうなんだ。それは、多少意外ではあるが、別にどうでもいい。

 「なので知識が足りなくてぇ~、大変なのですぅ~」

 は?別にアニメ観るのに、昔のアニメの知識とかなくても問題ないじゃん?

 そんなふうに思っていると、小坂はカバンの中からペンと手帳を取り出した。

 「確か新堂さんはぁ~数学がお得意でしたよねぇ~。どのような勉強をなさっているのですかぁ~?」

 …。

 いつの間にアニメから数学に?

 「基本的には、習ったところの練習問題を家で解くだけですよ。せっかく教わったことを忘れないように、その日のうちにやるようにしてますけど」

 店員が「お待たせしました」と言って、コーヒーとライスとサンデーを持ってくる。

 「そうですかぁ~、そろそろ検定がありましてぇ、小坂も数学をやらないといけないんですが、どうにもはかどらなくて~。どうやって、モチベーションを維持してるんですかぁ~?」

 検定?

 数学検定でも受けるんだろうか?

 …でもモチベーションの維持ったって、それは…

 「…あれ?新堂に小坂じゃないか?お前ら仲良かったのか?」

 『先生』が担当だからで…。

 「あ、先生ぃ~、ちょうどいいところにぃ~、今数学の話題なのですよぉ~」

 え?

 ……。

 おそるおそる振り向くと、

 「…せ、先生!?…な、なんでここに!」

 は?

 え?

 はい?

 「うわー、その反応傷つくわ―。俺が喫茶店に入っちゃ悪いかー?」

 苦笑いを浮かべている『先生』。

 ……。

 「あ、…い、……いやその……別に悪いわけじゃ…その」

 「あー、傷ついた傷ついた。傷つきすぎて入院しそう」

 「いや、その、ホントびっくりしただけで……すみません」

 いや、だってびっくりするでしょ?

 現れただけでもびっくりなのに、思い浮かべた瞬間だよ?

 私がおどおどと謝ると、『先生』は、大きな声であっはっはっは…、と笑い出した。

 「大丈夫大丈夫、新堂は急に話しかけるといつもそうだからな。悪気ないことぐらいわかってるよ」

 そう言って、頭をぽんぽんと叩いてくれる『先生』。

 ……。

 あの、ちょっと。その。

 やばいって、それ。

 それに「いつもそう」とか、なんかいつもちゃんと見ていてくれたって感じで…。

 「ところで、数学の何について話してたんだ?」

 「ああぁー、なんというかぁー、勉強のモチベーションの上げ方をぉー、新堂さんにうかがってたんですけどぉ」

 「ほう?で?」

 「いやぁ~、でもなんかもう、わかったというかぁ~。…とりあえず先生は、さっさとあっち行って席ついて注文するべきですぅ~」

 「へ?あ、ああ。悪い」

 「いえ、悪くはないですがぁ、お連れの方が困ってらっしゃるのでぇ~」

 『先生』の友人らしき男の人が、確かに後ろで苦笑している。

 やがて『先生』が去っていき、私たちはまた二人になった。

 ……。

 なんとなく、沈黙。

 「…まあ、数学の話はぁ、終わりにしましょう~」

 そういえば、小坂さん。さっき、私のモチベーションの上げ方がわかったとか、言ってなかった?

 「つまり新堂さんのお悩みはぁ~、恋なのですねぇ~」

 …は?え?

 悩み?恋?

 「…な、何をいきなり」

 「いぃ~えぇ~。小坂もバカではありませんから。さっきのを見ればわかりますぅ~」

 ……。

 「大丈夫ですよぉ~、小坂は誰にもしゃべりませんからぁ~」

 本屋で見かけたとき、なんとなく悩んでそうなオーラがあったのでお茶に誘った、と小坂さんは説明した。

 崩れに崩れて穴だらけの私の世界。その、最後の一ピースに、ヒビが入った。


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