赤い椅子
もしも、こんな昔話があったら。
と思って、日本昔話風に書いてみました。
あるところに、三人の兄弟が住んでいました。
兄弟の父親は、たいそう金持ちで、三人は、何不自由ない生活を送っていました。
ところが、ある日、父親は、病気で他界し、三人の元には、莫大な財産と大きな家と高価な家具が残りました。
ある日、残された遺産について、兄弟三人で話し合いが行われました。
次男
さて、遺産の取り分のことなんじゃがの。どうする?兄者。
長男
そりゃあ、長男のわしは、たくさんもらえるじゃろうて。
長男は、にんまり笑い、続けます。
長男
この財産の半分と、大きな家と、家具の半分は、わしのもんじゃ。
長男は、たいへん欲張りな男で、父親の残した遺産のほとんどを持って行くことを決めてしまいました。
次男
それじゃあ、わしらの取り分は、どうなる?
三男は、そうそうと、頷きます。
長男
そんなもん、わしゃあ知らん。次に歳をとうちょる次男のおまえが決めたらええじゃろ。
長男は、自分の取り分すら決まればいいという感じで、次男の話をつっぱなしました。
これを聞いた三男は、心配になりました。もしかしたら、次男も残った遺産のほとんどを持っ行ってしまって、自分には、これっぽっちも残らないんじゃないかと。
すると、次男は、
次男
そうじゃなあ。この遺産は、公平に分けんといかんなあ。なあ、三男よ。
と、言って、三男の顔を見ました。
三男は、この言葉を聞いて安心しました。次男は、長男とは、違う。ちゃんと自分のことを考えてくれていると。そして、うんうんと頷きました。
次男は、この三男の顔を見て、にやりと笑いました。
次男
しかしのお、考えてみれば、これは、おっとうの遺産じゃ。三男、お前は、おっとうに嫌われていたからのう。おっとうなら、お前に遺産はやらんというかもしれんなあ。なあ、兄者?
長男
そうじゃなあ・・。
と、長男は、自分には関係がないことなので、無関心です。
三男は、はっという顔をします。
次男
ようし、なら、おっとうの意思にしたがって、遺産の残りは全部わしのもんじゃ。
三男の顔は、安心した顔からだんだん悲しい顔へとなっていきます。
次男
そうじゃ、これは、お前にやろう。これだけは、おっとうの物でないからな。
そう言うと、次男は、小さな椅子を取り出し、三男の前にぽんと放り投げ、けたけた笑いました。
次男は、大変意地悪な男でした。三男に期待をさせておいて、がっかりした顔を見ては、喜んでいるのでした。次男は、結局、残った父の遺産の全部を持って行ってしまいました。
三男の元に残ったのは、古びた小さな赤い椅子だけでした。椅子は、木でできていて、その上からただ赤く塗っただけの椅子でした。
この椅子は、今は亡き三人の母親が大事に使っていたものです。
母親は、父親からも2人の兄からも嫌われていました。原因は、母親の厳しい性格でした。ことに、道徳に反することをすると、兄弟たちにはもちろん、父親に対しても厳しゅう叱るのでした。しかし、三男は、母親のことが好きでした。ですから、父親がそれを疎ましく思い、母親と別れてしまった時は、落ち込みました。
そして、そんな折、すぐに母親は不慮の事故で死んでしまったのでしたが、その時の三男の悲しみは、しばらく飯も喉を通らんほどでした。
また、すぐに母親の家具などは、捨ててしまいましたが、なぜかその赤い椅子だけは、その家に残っていたのでした。
次男
よかったなあ。お前の好きな、おっかあの椅子じゃ。一文にもならんがの。はっはっはっはっ。
嫌味を言うと、次男は、そそくさと出て行ってしまいました。
長男
何をしとる、お前も出てけ。ここは、もう、わしの家じゃ。ほれっ。
三男は、家を追い出されてしまいました。
三男は、赤い椅子を背負い、とぼとぼ歩き始めました。
三男
わしゃあ無一文になってしまった。これから、どうしようかのう。
悲しみにくれて歩いていると、道の途中で、白い着物に傘を深く被った女が立っていました。
三男は、気にせず通り過ぎようとしました。
すると、女は、三男の行く手を阻み、
女
もし・・・。
と、声をかけるのでした。
三男
どうかなされたか?
女
あっち・・・。
女は、向こうのほうを指差しました。人気のない、山へ通づる道です。
空を見ました。日が暮れ始めています。今から山へ入るのは、危険です。
三男は、女を見て、
三男
いいや、わしは、兄者のいるこの町から離れ、遠くの村さ行くところだ。あそこへ行って道草をくってる場合じゃねえ。
しかも、あそこは、山道だ。夜の山ん中は、危険じゃしのう。
しかし、女は、向こうを指指したまま動きません。何を考えているのか、女の顔を見ようにも、傘が邪魔で見えません。
三男
あそこに、なにかあるだか?
女は、こくりと頷きました。
三男
しかしのう・・・。
三男は、困ってしまいました。
すると、
女
しくしくしく・・・。
女は、とうとう泣き出してしまいました。
心の優しい三男は、しぶしぶ、山へ通ずる道へと歩いて行きました。
山へ入ると、やはり人気がなく、不安な気持ちがしてきました。
辺りはだんだん暗くなっていきます。
何があるんじゃろうか・・・。もう少し進んで何もなかったら、引き返そう。
そう思って進んでいると、お地蔵様が並ぶ道に出ました。
お地蔵様は、道の両脇に列を作って並んでいます。それは、もうたくさんのお地蔵様でした。どこまでもお地蔵様が続いていて、終わりが見えないほどでした。
三男は、気味が悪くなり、引き換えそうとしました。
しかし、引き換えそうとすると、
しくしくしくしくしくしく・・・。
泣き声が聞こえます。それは、たくさんの泣き声で、うるさく感じるほどでした。
お地蔵様を見ると、どのお地蔵様も大変悲しゅう顔をしています。三男は、これは、お地蔵様の泣いているのだとわかりました。
さて、三男が引き返すのを辞め、また進もうとすると、泣き声は止み、お地蔵の顔は、穏やかな表情にもどるのでした。
三男
これは、何かの思し召しかもしれんのう。
三男は、そう思い、いよいよ暗くなる山道を進んで行くことにしました。
しかし、辺りはとうとう真っ暗となり、三男は、歩くのを辞めざるおえなくなってしまいました。
三男
今日は、だいぶ歩いたなあ。
三男は、小さいとはいえ、椅子を背負って長い道のりを歩いて来たのでした。なので、たいそう疲れていました。
三男は、そうだと、赤い椅子を置き、腰を下ろしました。
座っていると、母親が側にいるような感じがして、三男は、安心して、うとうとと眠ってしまいました。
その夜、三男は、夢を見ました。
それは、母親と自分が2人だけで暮らしている夢でした。大きな部屋や高価な家具はありませんでしたが、三男は、たいそう幸せな時間を過ごしました。三男は、母親の膝の上で、安心して眠りました。
朝が来ました。三男は、目を覚まし、辺りを見回しました。
夜は、気がつきませんでしたが、道の途中に、小さな家が一軒建っていました。玄関には、傘がかかっています。三男は、なぜか昨日道端で会った、女の傘のような気がしました。
三男は、戸を叩きましたが、返事がありません。
三男
空き家じゃろうか・・・。
と、開けてみると、中には、誰もいませんでした。あちこちに蜘蛛の巣がはり、床には雑草が生え、誰も住んでいないのは、明らかでした。
三男
なにかいい匂いがするのう。
囲炉裏の自在鉤にかかった鍋からは、不思議なことに、香しいいい匂いがしました。
恐る恐る開けてみると、煙りが立ち、中には山の幸がふんだんに入った料理がことこと煮えていました。まるで、三男が来るのを待っていたようにいい頃合いに煮えていて、それは、もう美味しそうでした。
お腹を減らしていた三男は、狸に化かされているんではないかと思いながら、恐る恐るそれを食べてみました。これのまた上手いこと上手いこと。
一口が二口と増え、三男は、鍋の中身をあっという間に全部たいらげてしまいました。
三男は、さて、あの女の探しものを探しにい行こうと思いましたが、鍋をたいらげると、大変眠くなり、また、赤い椅子に座り眠ってしまいました。今や、どんな布団より、この赤い椅子が寝心地がいいのでした。
三男は、また夢を見ました。
母親が、囲炉裏の側で鍋をつついています。そして、出来たての鍋を器によそって三男に差し出します。山の幸がふんだんに入っていて、美味しそうです。それは、三男が先ほど食べた鍋でした。
そして三男は、母親の横で、嬉しそうに食べるのでした。
目が覚めました。
三男は、麓で待っている女のことをすっかり忘れ、なぜかここに住もうと思いました。
それから、三男は、その日を狩りなどをして過ごしました。しかし、金持ちの家で甘やかされて育った三男は、何をしてもうまくいかず、日も暮れ始めたので、とぼとぼと新しい家へ帰って行きました。
三男
弱ったなあ。今日は、飯抜きだなあ。今日は、それで過ごせても、明日からどうしようか・・・。
最初は、よその村へ行って、仕事を見つけようとしたけんど、おらに出来そうな仕事は、なんもないかもしれん。
家へ帰ると、どうでしょう。蜘蛛の巣が貼り、雑草が生え、汚れていた家の中が、綺麗に掃除されていたのでした。三男は、驚いて見ていましたが、もしやと思い、赤い椅子に座りました。そして、すぐに眠ってしまいました。
三男は、また、母親の夢を見ました。それは、せっせとこの家を掃除する、母親の姿でした。
三男は、すぐに目を覚まし、
三男
この赤い椅子は、おっかあじゃ!
わしは、おっかあと暮らしとるんじゃ!
と、その赤い椅子を見つめました。
ふと、三男は、また、いい匂いがすることに気がつきました。囲炉裏を見ると、火がこうこうと燃え、空のはずの鍋がぐつぐつと煮えています。
三男は、赤い椅子の側で、美味くいただきました。
また、夜が明けました。
目を覚ました椅子の側には、狩りをする道具が置いてありました。それは、火縄銃でした。
三男は、母親に応援してもらっている気がして、意気揚々と狩りに出掛けました。
しかし、狩りは、うまくいきません。
そのうち、日が暮れ、また三男は、とぼとぼと家に帰りました。囲炉裏には、火が燃え、また鍋がぐつぐつと煮えていました。
三男は、次の日から、狩りをするのを辞めてしまいました。
三男
狩りができんでも、飯が食える。わしには、おっかあがおるからのお。
しかし、三男が、狩りを辞めてから、母親は夢に出てこなくなりました。初めは、淋しゅう感じた三男でしたが、そのうち平気になりました。
すっかりぐうたらになった三男は、その日も美味しい料理を食べ、赤い椅子に座り、眠ろうとしました。
すると、その夜はなかなか寝付けず、三男は、椅子から下りて寝たりもしてみましたが、目が冴えてちっとも眠れませんでした。
三男
おかしいのうお。いつもは、赤い椅子の上なら、どんなに昼寝した日でも、安心して眠れるんじゃがのう。
ふと、赤い椅子を見ると、女が座っていました。
女は、白い着物を着て、傘を深く被り、山の麓で見たあの女でした。
三男
お前、いつの間に入ったんじゃあ?
女は、俯いて返事をしません。
女は、しばらくして、立ち上がると、その被っていた傘を取りました。
三男は、女の顔を見て驚きました。それは、紛れもない、亡くなった母親の顔だったのです。
三男
おっ、おっかあ!
母親
三男よ、私は残念でなりませぬ。
あなたが立派になるまで、私は、こうしたほうがいいのかもしれませんね。
そう言うと、母親は、赤い椅子から離れ、家を出て行ってしまいました。
どこからか強い風が吹き、玄関の戸がばたりと閉まりました。
三男
おっかあ!待ってくれ、おっかあ!
しかし、三男の叫び声は、虚しく響くばかりでした。
それから、三男が、母親を見ることはありませんでした。囲炉裏の火がつくことも、鍋が煮えることもなくなりました。
その日から、三男は、人が変わったようになりました。朝の早ううちから、狩りに出掛け、それはもう死に物狂いで獲物を獲ろうと励みした。
そして、ある日、とうとう三男は、一羽の兎を獲ることに成功したのでした。
三男は、それは、もう、飛び上がって喜びました。
家に帰り、三男は、もしやと思い、すぐに赤い椅子で眠りました。お腹が空いていましたが、それよりも、母親にまた会えるかもしれないという思いで胸がいっぱいだったのです。
しかし、母親は夢に現れませんでした。
まだ自分の頑張りが足りないと思った三男は、あくる日からより頑張って狩りをしました。
いつしか、三男は、猪や熊など、大きな獲物を安安獲れるようにまでなりました。
狩りの名手となった三男は、今日も、余った獲物の肉や毛皮などを隣の村まで売りに行きます。
その肉の大きなこと、毛皮の立派なこと、たちまち村には、噂が広まり、村の噂は、その隣の村に広がり、とうとう2人の兄まで、その噂を聞いたのでした。
それを聞いて、2人の兄は、久しぶりに会いました。
2人の兄は、お互いを見て、たいそうびっくりしました。
2人ともひどく貧しい格好をしていたのです。
長男は、情けない顔をして、次のように話しました。
長男
わしらのおっとうは、質屋をしていて、それは、町一番の質屋だったが、わしが強欲なばっかりに、つい値段を安く買い取ってしまい、とうとう客も寄り付かんようになり、ついに家も家具も売らねばいけんようになってしまった・・・。わしの強欲さに天罰が下ったんじゃ。
今は、このざまじゃ。
次男は、それを聴いて、驚きましたが、やはり情けない顔になり、次のように話しました。
次男
わしは、しばらく遊んでいたが、すぐに金がなくなり、仕方なくおっとうの知り合いがやっている宿屋へ雇ってもらいに行ったんじゃ。わしは口がうまいので、雇ってもらえたが、客に店の金を騙し取られてしまい、宿屋の亭主に追い出されてしまった・・・。今ままで人様を騙してきた罰が当たったんじゃ。
今は、無一文じゃ。
2人は、三男を頼るため、町を出て、三男の住む山へと向かったのでした。
長い道のりを歩いた二人は、くたくたでしたが、とうとう三男の住む家にたどり着きました。あいにく三男は、留守なようで、二人は、家の中で待つことにしました。
そこには、この家に似つかわしくない、洋風の赤い椅子が置いてありました。それは、母親の愛した椅子でした。
実は、次男が、一文にもならんと馬鹿にした椅子でしたが、当時、外国から仕入れたその椅子は、珍しいもので、町一番の質屋だった父親だったからこそ、買えた代物だったのです。そして、それを、貧乏になって、やっと知った2人は、その赤い椅子が、神々しゅう感じられてならんのでした。
また、その赤い椅子を前にしていると、あの厳しかった母親に叱られている気がして、2人は、なんともいえん気分になるのでした。
しばらくすると、三男が帰ってきました。
三男は、二人の方に近づいて来ます。
2人は、慌ててここにいる事情を話そうとしました。三男に追い出されては、この先自分たちは、どうやって暮らしていけばいいか・・・。
しかし、三男は、聞く耳を持たず、2人の側にある赤い椅子を背負い、家を出て行こうとしてしまいます。
これは、弱ったと三男を止めようとしましたが、不思議なことに2人の体が石のようになって動きません。仕方なく、大きな声を出して呼び止めようとしましたが、三男は、
三男
あれ、誰かの声がしたようじゃが。おかしいのう、空耳かのう。
と言って、辺りを見回しています。どうやら、三男には、2人の姿が見えていないようなのでした。しかも、いくら、2人が大声を叫んでも、三男には、届きません。とうとう、三男は、出て行ってしまいました。そして、二度と、その家には、帰ってきませんでした。
2人は、仕方なく、町へもどって仕事を探しましたが、どれもうまくいかず、今はどうなってしまったのか、誰にもわかりません。
さて、三男はと言うと、蓄えた金で立派な家を建て、母親とよく似た嫁さんをもらい、2人仲良く幸せに暮らしました。そして、もう、母親に会いたいと思うことは、なくなりました。
そして、赤い椅子は、家宝として、末代まで受け継がれ、それは、もう大事に大事にされましたとさ。
めでたしめでたし




