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宣誓

作者: 裕里 沙亜奈

温い温いと思っている毎日も、本当は奇跡の連続でできているんだと思います。


水中をユラユラと漂うような浮遊感が心地好い。


微睡みに支配された身体はやがてゆっくりと浮上して行く。


閉じた瞼を通して刺すような陽光が身体に力を取り戻させる。

光から逃れるように顔を背けると、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

そこにある愛しい寝顔に、ほほが緩むのを抑えられない。


普段は歳よりも上に見られる貴方が、眠っている時には無防備で幼く見える。ふっくらと丸い頬。長い睫毛。形のきれいな唇。

ひとつひとつが愛しくて、それぞれに口付けを落として行く。

幸せそうな寝顔が少しだけ不機嫌そうに歪むのを見て、また、愛しさが溢れていく。

私を抱えたままで顔だけ背ける貴方の胸にもうひとつだけ口付けをしてから、体を起こした。


窓から差し込む朝日が貴方の上に私の影を落とす。

貴方の頬をひとつ撫でて、少しばかりの名残惜しさを感じながら布団を抜け出す。


素肌のまま一晩中抱き合っていた肌に下着をつけ、長袖のティーシャツとジーンズを纏う。まだ貴方の温もりが残る肌に、タンスのなかで冷えていた衣類の冷たさが心地よい。


冷たい水で顔を洗ったら、肩口まで延びてきた髪をとかして一本に束ねる。鏡のなかには幸せそうな女が微笑んでいた。何がそんなに嬉しいのか、頬を緩ませて目尻を下げている。


――幸せだ


歯を磨きながら、ぼんやりと思う。


――こんな幸せが永遠に続けばいい


思いながら口に残る歯みがき粉をコップの水で流す。鏡の中の女は、やはり嬉しそうに微笑んでいる。


「さあ、洗濯でもするかな。」


誰に言うともなしに呟いて、洗濯機を回す。洗剤の臭いがふわりと辺りに広がる。

カーテンを開けると、春の青空が高く高く広がっていた。

1DKのあアパートの狭いベランダに出ると、温んできた風が頬を撫でていく。どこからか、咲き誇る花の香りもしてくる。

いつの間にか、北の大地にも短い春が訪れていた。


――そうだ。今日はお花見に行こう!


思い立った私は、まず米を研ぎ始める。しゃきしゃきとリズミカルな音が春の晴天に沸き立つ心をさらに踊らせる。

卵焼きに胡瓜のハム巻き、角切りのポテトサラダ。

お弁当の用意をしながら、この幸せを守っていこうと思った。


代わり映えのない毎日、憂鬱な仕事。

ひどく退屈で、温いほどにささやかな毎日のなかに、胸が震えるほどの幸せがある。


今日は天気がいい。

きれいな花が咲いている。

卵焼きがうまく焼けた。


そんなささやかな幸せをけして逃さないよう、こんなに穏やかな幸せをけして壊さないよう、心を込めて毎日を紡いでいこう。

そんな決意を伝えたくて、まだ布団にくるまったままの貴方の顔を覗き込みに行く。


「起きて!今日はいい天気だよ!」


貴方は、こんな誓いを聞いたら照れてしまうのだろうか。それとも、真面目くさって考え込んでしまうだろうか。

嬉しそうに微笑みながら、同じ誓いをたててくれたなら、他に必要なものなど何もない。

寝ぼけ眼の貴方とじゃれ合いながら、両手に抱えきれないほどの幸せをお弁当につめて、貴方に捧げて行こうと誓った。






読んでいただいてありがとうございました。

代わり映えのない毎日ですが、日々のなかにも胸が震える瞬間って見渡してみると意外にあるものなんですよね。

それを表現していけたら、と思います。


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