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Charlemagne's coronation type

作者: 瓜畑 明

雰囲気を感じてもらえれば至上です。

シャルルマーニュとはカール大帝のことです。

少しカール大帝に関して知識があれば、尚面白いかもしれません。

西暦800年


はらり、はらりと雪が降っていた。

寒がりのシャルルマーニュには珍しく、その日彼は上着を一枚だけ羽織ってローマへと向かっていた。

上着の色は深紅。

王家を示すその色が、雪の白でハッキリと目立って見えていた。

「殿下、今日は素晴らしい聖誕日でございますな」

年の若い近衛兵がシャルルマーニュの服についた雪を手で払い落としながら言った。

「そうだな」

その若者の言うとおりだった。

今年のイタリアの冬は平和だった。

偉大なるローマ帝国による長きに亘った平和は、かの帝国の瓦解によっていとも簡単に消え去ってしまった。

あれから、それは長い内乱があった。

殺し殺され、裏切り裏切られの地獄の日々……。

そして、ようやく彼、シャルルマーニュによってその内乱に終止符が打たれたのだった。

こうして、ゆっくりとローマへ向かう事ができるのは、本当にとても素晴らしい事だったのだ。


シャルルマーニュの一行は聖ペテロ寺へと向かっていた。

聖ペテロ寺とは今日、誰もが知っているであろうキリスト教の総本山サン・ピエトロ寺院のことである。

今日、800年の聖誕日にて、かの寺にて盛大なるミサが行われるのであった。

また、わざわざシャルルマーニュが聖ペテロ寺に行くのにも理由があった。

今年の聖誕日はシャルルマーニュにとって、一つの節目であったのだ。

父、ピピン三世からフランク族の王位を受けてからランゴバルト、アヴァール、ザクセンと攻め入った対外戦争がようやく一段落付いたのであった。

今回のローマ行きは自分から自分への御褒美だったのだ。

「本当に、少しの休息じゃな」

軍務や政務からの少しの解放からか、口数の少ないシャルルマーニュも知らずと言葉を洩らしていた。

回りを取り囲む近衛兵も、口数の少ない主人から出た言葉に少しホッとした顔をさせた。


シャルルマーニュ一行がローマへと進む途中、たまたま出くわした農夫の子供がこちらへと手を振った。

子供の行為に気づいて、慌てて農夫も深々と礼をする。

静かに微笑んで手を振りかえしたシャルルマーニュが見たものは、彼ら親子のやわらかな笑顔だった。

イタリアの聖誕日は静かに喜びに包まれていた。


ローマの街内へと入る門をくぐると、石造りでできた過去の栄光があった。

ローマ帝国の首都であったこの街は、歴史に翻弄されながらもその荘厳さを失ってはいない。

「殿下、この街に来るとしみじみ思いますなぁ」

シャルルマーニュの付き人の一人で初老の男、アルクィンが目を細めながらそう告げた。

アルクィンはシャルルマーニュの側近で随一の神学者であり、シャルルマーニュの数少ない心の許せる人物である。

「……うむ」

銀色の立派な髭に手を当てゆっくりと撫でながら、シャルルマーニュも同意する。

シャルルマーニュはこの街にどこか憧れていた。

この街はその栄華により、たびたび蛮族から侵略され略奪にあった。

一時、街が亡くなってしまうのではないかという時期もあった。

それなのに、ローマは忘れ去られてしまうことなく、捨てられることなく、誰かが必ず街を立て直していた。

誰か、ではない。

この街に住む住人が、この街をなんども生き返らせていたのだ。

それも度重なる破壊にもめげることなく。

何があっても、ずっと変わらず愛されている。

それが、シャルルマーニュにとっては羨ましい事であり、この街にどこか憧れる理由であった。

「皆、この街を愛しているのだな、と」

「そうだな」

自分が考えていたことと同じだなと笑いながら、シャルルマーニュはアルクィンの言葉に頷いた。

もう一度、シャルルマーニュはローマの街を見回した。

空は雪。

世界は白く染められていた。

その中で、白い大理石の建造物は、その姿をいっそう美しく魅せていた。


聖ペテロ寺は閑にそこにあった。

現在ほどの偉様を具えていないとはいえ、神の子の後継者の墓上に建てられたこの聖堂は他の追随を許さぬ荘厳さを湛えていた。

聖堂の門前で馬から降り立ち、家臣に来着を告げさせる。

少しして門が重たげな音をたてて開かれると一行は馬を置いて、聖堂の中へと足を進み入れた。

聖堂内は蝋燭の光で照らされ、ぼんやりと明るい。

「来訪、お待ちしておりました」

その明かりの中、一人の修道僧が明かりを携え控えていた。

「ミサに出席をさせて頂きたく参った次第です」

アルクィンが静かに礼をしてそう告げる。

「承知しております。教皇陛下もとてもお喜びです」

修道僧はもちろんだと頷くと、明かりを持って背を向けた。

そして。

「教皇陛下がシャルルマーニュ殿に直に会いたいと申しております」

そう、背中越しにシャルルマーニュに告げた。


聖ペテロ寺の大広間へと続く廊下は、静かに一行を迎え入れていた。

廊下を支える石の柱は見上げる程高く聳え、それがここが聖地であることを強調させていた。

「信者は?」

不思議に思って問うアルクィンの声が廊下に木霊していた。

聖堂内は不信を抱いてしまう程、あまりにも静かだった。

修道僧からは、すぐに返答はない。

灰色の石造りの床を踏み叩く足音が、廊下で小刻みに響いて聞こえてくる。

窓の外は白、雪が舞っている。

廊下を照らす蝋燭が、窓の隙間から入り込んでくる風で時折揺れていた。

アルクィン問いかけからしばらく経ってから、その修道僧はこちらを向いて、ただ優しく微笑んだ。


聖堂の大広間は何処にいたのだと思うほど、修道僧達で溢れていた。

彼らはシャルルマーニュが入ってくると、波のように引いて教皇への道をあけた。

その道の先、大広間で一段高いところに、教皇レオ3世は坐っていた。

レオ3世はシャルルマーニュを見ると、立ち上がり段を降りた。

「教皇陛下、お変わりなく」

シャルルマーニュが一歩進み、そして片足を床につく。

アルクィン達も彼の後方で平伏する。

「ああ、君のおかげだよ。シャルルマーニュ」

「もったいないお言葉です」

レオ3世がまた一歩と、シャルルマーニュに歩み寄った。

そして、二人の距離が近くなった頃。

レオ3世は、そっとシャルルマーニュの手をとった。

「今日は素晴らしい聖誕日でございます」

そっと触れるレオ3世の手を額に近づけ、シャルルマーニュはそう告げた。

「その通りだな」

レオ3世は、シャルルマーニュの手をそっと包んで言った。

大広間の正面。

教皇の椅子の真上にある聖マリア像が静かに見守っていた。


「シャルルマーニュよ」

レオ3世は手をそっと引くと、傍に控える修道僧へと耳打ちした。

「なんでしょうか?教皇陛下」

「君に頼みたい」

レオ3世はそう告げて、静かに歩いて教皇席に腰かけた。

「いかようなことでも」

頭を下げたまま、シャルルマーニュは告げた。

「……私を守ってくれるか?」

「言に及ばず」

教皇のその問いにシャルルマーニュはすぐさま返答した。

レオ3世はそうか、と頷くと修道僧から受け取った。


修道僧達は教皇の手にした物を見てどよめいていた。

アルクィンは教皇が手にした物をちらりと盗み見て、感動に体を震わせていた。

シャルルマーニュは静かに、教皇を待っていた。

レオ3世はもう一度、席から立ち上がった。

「シャルルマーニュよ、私は君がいてよかったと思っている」

それは、レオ3世の切な言葉だった。

蛮族によってローマから追い出された彼を助けたのは他でもないシャルルマーニュだったからだ。

だが、それだけではなかった。

「我らが神を守り給え」

レオ3世が告げた、この言葉こそが真の意味での「君が居てよかった」であった。

ローマ帝国瓦解直後、キリスト教は大きく2派に分裂してしまった。

一つはローマ帝国の後継、ビザンツ帝国の保護下にある『東方正教会』である。

そして、もう一つがこの『ローマ教会』であった。

強力な保護者のいないローマ教会はたびたび苦難に悩まされていたのだ。

そう言う理由でシャルルマーニュの出現は彼らローマ教会にとってまさに神の啓示であったのだ。

レオ3世はシャルルマーニュにもう一度近づくと、そっと手にとったものを両手で添えた。

「シャルルマーニュよ、我が神と我らは君の幸運を祈っている」

レオ3世は厳かにそう告げて、シャルルマーニュの頭上にそっとそれを乗せた。

シャルルマーニュの頭上に金と紅に飾られた王冠が光り輝いていた。

その王冠の意味する栄光を知っていたアルクィンだけが、その床を涙で濡らしていた。


「……教皇陛下?」

王冠を頭に乗せられた時、シャルルマーニュは間抜けにもそんな言葉を洩らしていた。

彼はただミサに出席しようと思っていただけに、これはまったくの予想外だったのだ。

「シャルルマーニュよ、驚くことなかれ」

レオ3世はその戸惑いがわかっていたのか、そう告げて微笑んだ。

「我がローマ教会はシャルルマーニュ、君を西ローマ帝国皇帝として認定したのだ」

レオ3世が告げた言葉は、シャルルマーニュにとって王冠よりも大きい衝撃を与えた。

『シャルルマーニュ大帝、万歳!』

『ローマ帝国の復活に栄光あれ!』

『ローマ教会に更なる繁栄を!』

教皇の言が終わるや否や、大広間は修道僧達の歓呼で埋め尽くされた。

その歓呼が木霊するのを聞きながら、シャルルマーニュは感動に打ち震えていた。

アルクィン以外の付き人や近衛兵も事の偉大さにある者は茫然とし、ある者は涙を流していた。

ローマ帝国が瓦解後300年の間、ヨーロッパ西方の帝位は空位状態だった。

そう言った意味で、ローマ皇帝位は西方最大の人物に与えられてこそのものだったのだ。

それにシャルルマーニュが選ばれたのだった。

これは西方全体がシャルルマーニュを最大の人物だと認めたという証だった。

「さて、ミサを始めようか」

レオ3世のその言葉に、修道僧達は潮のように大広間から出ていった。

「ありがたき……、ありがたき……」

涙こそ流さなかったものの、シャルルマーニュの胸は感慨でいっぱいだった。

「立ち上がり給え、ローマ皇帝シャルルマーニュよ」

ミサの準備を指示しながら、レオ3世は彼に告げた。

「君の望んでいた盛大なる聖誕祭だ」

レオ3世は笑ってそう告げると、シャルルマーニュを率いて広場へと出た。


レオ3世に付いて外へ出たシャルルマーニュは、また一度驚かねばならなかった。

「親愛なる、市民諸君」

レオ3世の言葉が発せられると同時に、パイプオルガンの重厚な音がオラトリオを奏で始めていた。

さっきまで人気のなかった聖ペテロ寺の広場には大勢のローマ市民、並びにガリア地方を筆頭とするキリスト教徒で埋まっていた。

『教皇陛下、万歳!』

『神の子イエスに祝福あれ!』

レオ3世の言葉に、彼らも歓喜の叫びで返す。

「今日は、すばらしい聖誕日だ!」

教皇レオ3世は、満面の笑顔でそう告げた。

教皇の言葉を聞くため、騒がしかった声が一斉に静まる。

「今日は、ローマ皇帝シャルルマーニュと共にイタリアの冬を楽しもう!皆に神の祝福あれ!」

シャルルマーニュが教皇に推されて姿を現すと、教皇の声が終わるか終わらないかの内に人民は爆発した。

割れるるような拍手が、広場に響いた。

『ローマ皇帝、万歳!』

『皇帝シャルルマーニュに幸あれ!』

『我らが神に祝福あれ!』

雪はまだ降り続けていた。

白い背景に、紅の上着と冠が誰の目にもハッキリと映った。

それは、まるで今後の栄光を約束しているかのようだった。

シャルルマーニュはめいいっぱい手を広げた、そして湧き上がる民衆に向かってこう告げた。

「至福なり!」


シャルルマーニュ、58歳。

彼が世界史に削ることのできない歴史を刻み込んだ瞬間であった。

楽しんでいただければ嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 戴冠という、たった一瞬の、けれども劇的な瞬間が見事に表現されていて感動しました。臨場感のある一つ一つの文章、時代を感じさせる描写、台詞まわし、すばらしいと思います。歴史を深く知った方なんだと…
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