プロローグ ~休みの終わり~
「いやだ!……いやだよ!」
ざあざあざざざ、ざざざのざ。
雨が降りしきる中で、ぼくは必死にそう言っていた。
泣きながらそう言っていたんだ。
でも……
「真理……君は優しいね。でも、誰かがやらなくちゃいけない事なんだ」
「誰かがやらなくちゃいけない……だから、せめて……君に」
彼は微笑んでいた。誰よりも優しい笑みを浮かべていた。
彼のその顔を見た瞬間、ぼくは金縛りにあったようになってしまって、動く事が出来なかった。でも
ぼくは見てしまったんだ。
彼の顔が哀しみに染まる、その様を。
「ぼくは……」
ぼくは、動くしかなかった。
ぼくは、雨にぬれた地面を踏みしめ、一歩踏み出す。
十年前の5月6日、ぼくは人を殺した。
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ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ……ぴ
2011年5月6日金曜日午前7時30分17秒17
この僕、日景真理は辟易していた。
ベッドで布団にくるまれたまま目覚まし時計を探し当て、それを見ずに止めるというノーベル賞ものの偉業を成し遂げたぼくは、思いのほかブルーな気持ちだった。
(何で朝が来るんだろう……いらいらする)
朝は爽やかだった。大地に平等に降り注ぐ太陽と、それを受けて生命の輝きを発散する植物。空を飛び楽しそうに鳴く鳥達。
家の近くの電柱に止まった小鳥のさえずりと、羽ばたく音。
この上なく爽やかで気持ちのいい朝だった。ぼくが……寝起きでなければ。
(チクショウ……太陽なんて燃え尽きてしまえ)
ぼくは機嫌が悪かった。理由は昨日夜遅くまで起きていたから。俗に言う寝不足と言う奴だったが、ぼくは華麗に太陽と地球に責任を転嫁した。
ゴールデンウィークが終わった今日、今までの不節制は休みボケという形で表れていた。
(何で朝が来るんだろう……いらいらする)
終わらない朝、ループする思考。襲う眠気。終わった休日。
あたまをがしがしと掻き、あくびをする。
(……そうだ……今日は学校を休んで夢の中の神に文句を言おうじゃないか)
そしてぼくは一つの真理に辿り着く。結論は神への責任転嫁だった。
なんて天才なんだ。天才すぎて鼻血が出そうだ。
きっと昼には目が覚めるだろう。それまでまどろみの中でたゆたっていよう。
学校なんて知らない……。今日は休もう……
(……おやすみなさーい)
そう言ってぼくは夢の中にダイヴし……
「起きろ」
ようとした瞬間、扉がばん!という音を立てて開かれた。
(誰だよ……迷惑だなあ……)
ぼくは突然の来訪者よりも、勢いよく開けられた扉の方が心配なのだった。
っていうかそんな事いいや。眠い……おやすみなさー……
「起こしに来てやったぞ」
そしてほどなくして、布団がばさあ!という音とともに引っぺがされた。
やはりぼくにも平等に降り注ぐ太陽の光。
太陽の光が瞳に突き刺さり、さらに朝の低温が体を貫いた。
身悶えするほどの刺激がぼくの体を苛んだ。
文字通りぼくは身悶えた。
「やめてええええうわああああ焼かれる燃え尽きる死ぬううううう」
愛用のタオルケットがぐちゃぐちゃになる。
そりゃそうだ。今ぼくはベッドの上で顔を押さえて身悶えているんだから。傍から見るならシュールすぎる光景だろう。
「何バカな事やってるんだ。さっさと起きろ」
ほらね。ご丁寧にもそう言って下さった。
ぼくは身悶えながらも起き上がり相手を見ようと必死で動くけど、朝がだるすぎて起きる事が出来ない。
きっと相手は冷めた目でこちらを見ているのだろう。
「……ひどいや兄さん」
「悪いな、ロイヤルストレートフラッシュだ」
やっと薄目を開けて相手を見ると、そこに居るのはやはり我が兄上《お兄ちゃん》だった。
家の中でこんなバカなかけあいやってくれる人物も、ぐちゃぐちゃになった布団の上で身悶える少年にこんな冷たい事を言える人物も、お兄ちゃん位だ。
そう。このぼく日景真理のお兄ちゃん、日景大和位だ。
ひょろりとした手足に白のシャツ、黒のスラックスと黒いジャケット。
喪服かと見紛う服装をし、常時三白眼で何故か女の人にモテるこの男こそ、ぼくから布団と言う名の愛しのハニーを奪い取った張本人である。
「お前、今日から学校だぞ。大丈夫か?」
そう、今日は愛すべきゴールデンウィークが終わった日であった。
お兄ちゃんはため息をついてからそうあきれた様に言った。ぶっちゃけその顔で呆れられると怖いよ。
ぼくはそこはかとなくそう言ってみた。すると頭を小突かれたよ。こんちくしょう。
「飯食えってさ。学校遅れるぞ」
そうだった。学校があるんだった……忘れてた。
「お前……うげーって顔してるぞ。調子悪いのか?」
「ううん……学校が苦痛なだけ」
「あっそ。心配した俺がバカだったよ」
失礼な。って今時間何時だろう。ぼくは、何気なく時間を見ると時間は7時55分に差し掛かっていた。
「やっばい……遅れる」
やっぱり最悪かもしれない。ぼくは目の前に迫る遅刻という事実から遠ざかる為にフルスピードで学校の用意を開始した。
そんな様子を見て、お兄ちゃんはため息をついた。ほっとけ。
ゴールデンウィーク明けの学校が始まる日、ぼくは何かが始まる。そんな期待に、胸を躍らせていた。
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ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。