へんか
やすらぎの泉”は日記に記されていたように素晴らしい場所に違いないようだ。
泉からすくって飲んだ水のおかげで先ほどまであった喉の渇きはなくなり、ふわりと足を包んでくる草を痛めないようにゆっくり後退して近くの木の根元に腰掛けた。
頭上を見上げればさわさわと葉が揺れ、その隙間から暖かい光が降り注いできた。
「…。」
こんなに穏やかな場所が、この世にあったのかと思えるほどに美しい。
しかし、俺はここに和みに来た訳ではない。
からかわれたにしろ、日記の主がここで何を感じて何を思い、そして何を知ったのか。
少なくとも、“何か”はあったはずなのである。
でなければ、あんなに人間らしい日記を記していた人物が急に味気ない日記を記すようになるわけがない。
「…そこにいるのは誰?」
急に前から話しかけられ、急いで首を上から前に戻すとそこには白いワンピースに身を包んだ黒髪の美しい少女が立っていた。
泉のすぐほとりにいた少女はふわりとした足取りで俺の元まで歩いてきて、再度小首をかしげながら同じ質問を口にした。
「だれ?」
近くで見るとますます美しい少女は、泉から反射している光を背後に背負いまるでそれが天使の羽のように優しく少女を包みこんでいて、その瞳は美しいブルーの色だ。
ちょうど、さきほどの泉の色と同じような…。
「だれ?」
「あ、あの…。」
「きれいなくろ…。」
少女は俺の瞳を覗き込むように顔を接近させて、すんっと一度鼻をひくつかせた。
「あなた、あの子とおなじ匂いがする。ここのせかいのひとじゃない。」
少女は屈めていた体をいったん元に戻すと、俺の視線に合わせてその場に座り込んでしまった。綺麗な黒髪が美しい草原に広がる。心なしか、彼女が座った場所の草がまったく傷めつけられていないような気がした。
ぺたりと座り込んだその足は、今気がついたのだが素足で白い足がすらりとワンピースから延びている。
「あ、おれは…村人A…いや、宮村健吾。」
みやむらけんご?少女は拙い口調で俺の名前を繰り返した。
「あっちの世界からきたひとは、ほんとにおもしろいなまえをしてるのね。」
少女は楽しげに俺の名前を繰り返して、少し微笑みながらそう口にした。そして次の瞬間には悲しげに眉を下げて手元の手をぎゅっと握り締めてしばらく迷ったあげくに口を開けた。
「けんご。わたしはあなたともっと話をしたい。向こうの世界のはなしも聞きたい。けれど、それではあのこと同じになってしまう。だから、あなたにちゅうこくを。」
少女はそこでいったん口を閉ざしてしまった。
「けんご。あなたがもし、こちらにいたいのなら私は…いえ、私たちは歓迎するわ。だけど、あちらにかえりたいと望むなら、一ヶ月以上、ここにいてはだめ。一秒でも長い間こちらにいたら、あなたはこちらに縛られてしまう。けんごじゃなくなる。」
「え?」
「このせかいは、あちらのせかいのバグから作られた。魔王もいるし勇者もいる、あちらとは少しだけ違うせかいだとは知っている?」
少女は俺の瞳から目を逸らさず、迷いなく話続けている。その様子から、彼女がうそをついているとは考えられなかった。
俺は、背中に伝ういやな汗を感じながら、かくんと首を縦にふった。
「そう。なら、このせかいの住人のたいはんがあちらからあなたと同じように落ちてきたといいうのも想像できていたでしょ?」
おれはまた、首をたてに下ろした。
「なぜ、かれらは帰ろうとしないのか? それはね、けんご。帰りたいと思わなかったからなの。」
「…思わなかった?」
「そう。にんげんは、いつでも日常に慣れてしまうと何かしらのへんかを求めるものよ。と、あのこが言っていたのだけど、このせかいに落ちてくるのは、そういった変化を求める者だけなの。」
…そういえば、おれも変化を求めていた。猫耳とかなんとか。だけどあれは、不良に絡まれていたために思っただけであったし、変化を求めはしていたが俺はあの世界をなんだかんだと愛してもいた。
「へんかを求める理由はさまざまだけど。この世界は、あちらのせかいでおさまれなかったひと達が暮らしている。まおうも、勇者も、あるいみその“へんか”を求める気持ちが産んだ存在といえるかもしれない。」
少女はまた、困ったように微笑むとぐっと背を伸ばすように手を頭上に伸ばしたあとにそれをたどるように目線もあげた。
「このせかいには、あらゆるものが、あちらから落ちてくる。だから、枯渇することはありえない。飽きることも、慣れることも、ありえない。こちらのせかいに住むわたしとしては、それが最上のしあわせだと思ってたんだけど…。」
少女はそこで眩しそうに目を細めて、過去に思いをはせるように頬を緩ませた。
「あなたは、あのことおなじ匂いがする。だから、きっとあちらにかえりたいとねがっているんでしょう?」
くすくすと楽しげに微笑んで、ひさしぶりのあの子の匂いだと俺に覆いかぶさるようにすんすんと匂いを嗅いだ。
「またきてくれたら、おしえてあげる。かえりかた。」
「くる、だけでいいのか?」
俺は少し戸惑いながらそう尋ねてみると、少女は少し悲しげに微笑んでから「なら、」と言葉を紡いだ。
「いちにちでいい。いちにちでいいの。あのころのように一緒に遊んでくれる?」
体を離して、まるで怒られることが分かっているこどものように縮こまりながら俺を上目使いで見上げてくる瞳に出来るだけ安心させてあげられるような笑みを浮かべてもちろんだと答えた。
少女の背後の光がひときわ輝いたような気がした。
読んでいただきありがとうございました!
間空きすぎだろゴラァッという感じですが、とりあえずあと二話ぐらいで完結させてしまおうと思っております!
未だに読んで下さっている方がいらっしゃるのか疑問ですが、もし読んで下さっている方がいるのなら、私はほんとうに貴方に感謝してもし尽くせないほど感謝しております。読んで下さる全ての方に最大の感謝の意を込めて!
乱文失礼しました!また立ち寄ってくだされば幸いです><