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昔話1

 ひかりが降り注ぐやすらぎの泉


 ここは全ての生き物の還る場所、すべての生き物を癒す場所。

 あなたが望むすべてがここにある

 けれど、あなたが真に臨むべきはここにない。


「わたしが本当にのぞむものも……」


 ふわりと包み込むような優しい草、柔らかな風、暖かく降り注ぐ光、そして綺麗な湖。

 ここにはすべてそろっている。この世界に存在するすべての生き物の拠り所、ずっとそう思っていた。


 白い素足をそっと水面へと滑らせれば、指先から広がった波紋がゆるりと広がっていった。波紋がなくなるのを見届けて、少女はまたゆっくりと柔らかい草原に腰を下ろした。

 白いワンピースがふわりとひざを包み込むのを感じながら、ゆるりと目を閉じる。


 あれは、どれほど昔の話だっただろう。もしかしたら、ひと月ほど前の話なのかもしれないし、十年以上昔の話なのかもしれない。


 先ほど見送った彼に、確かに“かれ”の気配を感じた。それはひどく、苦しくてひどく悲しい香りだ。土煙のように煙たくて料理をひどく焦がしたかのような香りでもあった。そう、あの香りはとても不快なものだった。


 ふふ、と口元だけで微笑んで、少女は----少女の形をしたナニカは---とても大切な思い出を噛みしめた。


 そう、あの香りだ。“かれ”に出逢ったあの日、自分の領域に入ってくる酷く不快な臭いに少女は確かに拒否しようと手を振り上げたのだが、その不快な臭いに混じる微かな香りがかすめた。花のような優しいものでもなく、美味しいごはんの香りとも違った。

 その不快な臭いの存在から香る微かな香りに興味を惹かれて、ひとめ見てみようと初めて湖の傍から離れた。


 私はこの世界の所謂“神様”、そのための存在、そう設定されたいのちだった。私の一日といえば、村の人々の生活を水面に映し、それを日がな一日眺めて過ごすだけ。


 たまに気が向いたら手を差し伸べてみたり、いたずらに水面に足を入れてぐるぐるかき回しては彼らの生活が困窮する様をなんの感情もなく眺め、時にはまだ寿命が残っている村人の人生をほんの好奇心で終わらせたこともある。


 それを許された存在が私だった。それについて何の感情もなかった。


「この辺りのはず……」


 かれは、すぐに見つかった。

 綺麗に借り揃えられた黒髪は、短髪というにはかなり短い。坊主頭に近いそれを左右に振りながら、近くの木に片手をついて、もう片方の手で額を拭っている。情けなく垂れた眉の下に宿る瞳もまた黒く、ぱちぱちと瞬きするたびに木々から漏れる木漏れ日が反射していた。くたびれた白いシャツに、茶色いズボン。かれの足元を見れば、スニーカーを履いており、こちらも随分使い込んでいるようで、愛用していることが伺えた。歳の頃は、十代後半いったところ。


 彼はどんな役柄だったろう、村の人物の顔をひとつずつ思い浮かべていると、

 汗をぬぐった手で、彼はおかしいなぁと呟きながら、黄色く変色した地図を手にしてまた首を傾ける。

 地図を両手に持ってくるりと回し、またもとに戻してうんうん唸るかれに、なるほど道に迷ってるのだと合点がいく。


「どうしたの?」


 ざわっと森全体が騒ぐのを感じた。風の声が止んだのは、ほんの一瞬で、すぐにざわざわと木々を揺らして「やめろ」と喚く。

 柔らかく包み込んでいた草が私の足を繋ぎとめようと、蔦のように絡みついた。優しく降り注いでいた木漏れ日が途端に曇り空にかわり、森の全てが警鐘を鳴らしていた。その全てを無視して、かれを排除しようと動き出した木々を押さえつけた。



 かれは、背後から声をかけられたことに大げさに肩を揺らした。

「びっくりした……」

 ふぅ、と息を吐いたかれはわたしの姿を認めると今度は目を丸くしてこちらをみた。


「きみ…えっ、村の子供だよね、なんでこんなところに…」

「村の子供じゃないわ、わたしはこの村のかみさま」

 簡潔にそう告げると、かれは小さく息をのんだ。


「かみさま? 君のような小さな子供が?」

 困惑したように、かれは私の頭の先からつま先までもう一度見返した。その質問に頷くことで返答する。

 かれは、それを見てますます眉根を寄せた。

「どういう……まぁ、でもこの世界には不思議なことでもないか」

 小さくそう自分を納得させるようにそう呟くと、今度は私の目線に合わせるようにしゃがんだ。

「それじゃあ、神様、敬語をつかうべきかな?」

 気遣うようにそう今さら伺ってくるかれに、なんだかおかしくなった。初めて愉快な気分だった。こころが小さく跳ね上がったかのよう。

「いいえ、その必要はないわお兄さん。私から話しかけたんですもの」

「そう、ありがとう神様。じゃあ、改めてはじめましてかな。僕は村人A。きみの守っているだろう村の住人でね、この森に無断で入って来たのは謝るよ。だけど、その…親族…の妹さんを探してるんだ、この森にいるはず。役目を与えられてからもう…相当経ってる。心当たりはない?」


「その妹さんというのは、どのくらいの年齢の娘なの?」

「ちょうど、君くらいの年齢の子供…かな、たぶん…」

 私くらいの年齢の子供、という言葉を反復させて考えてみる。かなりの年月この森にいる。

 そんな情報は私には入っていない。森に侵入したものは、私が全て感知しているはずで、それは森の中だけではなく村も含めた、この世界線すべてを把握しているはず。

「…ずっと、行方不明…そういうこと?」

「そうだ、僕は…親族っていうのは僕の…爺ちゃんでね。……爺ちゃんはここには来れないから。それで、爺ちゃんの家の地図を借りてきて探しているというわけで、」

「……その、さっきこの辺りのはずとか呟いてなかった? 場所の心当たりがあたったの?」

「ああ、それもね、その爺ちゃんが」

 彼の言葉を遮って、更に質問を重ねた。なぜだろう、さきほど跳ね上がった心臓が、嫌な音を立てている気がする。バクバクと拍動しているかのよう。


 彼がその質問に答えようと、口を開こうとした瞬間、先ほどまで黙っていた木々たちがざわついた。森の奥から強いつむじ風がくるのが分かった。巨大なものだ。自然に発生したものではない。これは、森の意志だ。強い大地の怒り…いや、これは焦りだろうか、その強い拒絶が、強い風となって草や小さな木々までも一緒に運びながらこちらへ迫ってくる。

 それに晒された湖の水が激しく揺れた。その湖の水を見た瞬間、目の前にいたかれは、私をかばうように上から覆いかぶさった。

「おにいさ…ッ」

「大丈夫、すぐに過ぎ去るよ」


 にこりと微笑んだかれは、少しでも私を守るよう、更に身体を丸めて保護に入った。

 つむじ風が運んできた草や、湖の水までもまき上げた風が彼の背中に当たっているのが分かった。

「なんで…」

 何故、そこまで出来るのだろう。わからない。そう思った瞬間、風に運ばれた木々が、もうすぐそこまで迫っているのが横目に見えた。彼の目には見えていない。あの木々がかれに当たれば、怪我は免れない。それは分かった。

 私はその瞬間、かれの下から抜け出してその木々に右手を掲げた。

 白いワンピースがぶわりとなびく。瞳を一度閉じて、足に力を入れる。絶対的な命令が必要だ。これは森の意志である。この風は、いわばこの世界の意志である。

 それをねじ伏せる、()()()()()()()()でないと

 お腹の下から湧き上がる力をそのまま外に出すイメージだ。そう、私はこの世界の神である。この世界に所属する全ての事象や物体生物、万物の頂点である。


 -----止め。


 ゆっくりと瞳を開き、力を放出する。初めて全力で、神としての力を発した反動か、体中がひどく熱い。それに頭も痛かった。ゆっくりと瞬きを一回、それでわたしはやっと意識を外へと向けられた。そこでわたしは見た。

 森の意志ではなく世界そのものへ出した命令は等しく全てを止めている。

 かれの目のまえにまで迫っていた木々は、空中で不自然に止まってしまっていて、湖が激しく波打っている状態でまるで絵画のように時を止めている。

 成功したのだ、よかった。

 そういえば、私が庇ったかれはどうなっただろうと後ろを振り向いたら目は見開き、口を大きく開いて此方へと何か叫んでいたのが伺えた。片手は此方へと伸ばされ、とっさに飛び出した私をもう一度庇おうとしていたのだろうと。

「どうして……」

 私が神であることは、かれも十分理解していた。

 この世界にあって、役割を与えられたのだから姿かたちは関係ないことも、かれの口調からして分かっていたはずだ。まるで銅像のように固まったかれの瞳には、先ほどの熱さは感じられない。ただただ熱のない人形のように虚空にその顔を向けていた。

 そっとかれの頬に指先を伸ばしてみる。生き物の温かさは感じられない。

 正面から顔を覗き込んでも、視線が交わることはない。当然のことが何故かひどく不満に思った。


 かれがここを訪れて、時間にしては瞬きする時間程しか共有していない。言葉を交わしたのはほんの少しだ。かれの素性もよく知らないし、この世界に重要な役柄の人かもまだよくわからない。

 当然、かれも私のことはよく知らないだろう、私が神であるということ以外は知るはずもない。いや、神である私がそばにいるのであれば、私に救いを求めこそすれ私を助けようとする場面では決してなかった。

 それでもなお、かれは私を助けようとした。何故だろう、分からない、理解できない。それが不満だ。

 そして何故か酷く寂しい。それから、なんだろう、むず痒い。顔の筋肉がゆるゆるする。


 こんな感情は、知らない。

 キュッと口元を結んで、指をパチンと鳴らし足で軽くステップを踏んだ。顔が緩んで仕方がないが、私の仕事をしなければならない。

 この世界に生きる者としての義務だから。

 世界そのものを止めてしまったものだから、まずはどこから始めたものか。今のステップは言わば初期設定の合図のようなものだ。神の役割を与えられたときに緊急事態時に使うようにと与えられた能力であり、当然初めて使用する。

 世界への停止と同じく、再生ボタンを簡単に押せる訳ではない。感覚として、自分の周りに無数の選択が宙に浮いているのを感じる。

 正直なところ、リセットが一番楽だ。登場人物や世界そのものをまるごとリセットして新しく創りなおす。簡単なことだ。これもまた感覚として分かる。

 いまパチリと指を鳴らせば全てが消える。そこからゆっくり、適当に創りなおせばいい。

「でも……」

 足元に向けていた視線をそっと目の前の人物へと向けてみて、きゅっと口元を縛った。

「……やってやりますか……!」


長らくお待たせして申し訳ございません…。

最近、長年読んで頂いている数人のお方がいらっしゃることに気が付きました。本当にありがとうございます…!せめて完結へ走りますので、どうか見届けて頂ければ幸いです。当時プロットは作成しておらず、私の方でなんとかあわせようとしましたが技量足らずなんともならなかった点もあります。大変申し訳ありません…辻褄が合わないこともあるかと思いますが、どうかご容赦ください…

読んで下さっていた数人の方々へ捧げます!

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