【悲報】魔王城最深部のドアが開かないので大工を呼んだら、魔王が黒歴史という爆弾で爆破された件
世界の命運を賭けた最終決戦の地。 『大魔王の間』へと続く巨大な黒鉄の扉の前に、二つの陣営がひしめき合っていた。
一方は、世界を救うべく立ち上がった人類の希望、勇者アルスとその一行。 もう一方は、絶対なる闇の支配者に仕える最高幹部、魔導将軍ゼノビア率いる魔王軍親衛隊。
緊迫。殺気。手に汗握る静寂。 双方、いつでも武器を抜き、互いの首を刈り取れるよう極限まで神経を研ぎ澄ませている。
……ハズだった。
「――で? これ、どうすんの」
勇者アルスが、拍子抜けした声を上げた。 その視線の先にあるのは、重厚な装飾が施された伝説の巨門『真理の門』。
「……知らん」
苦虫を噛み潰したような顔で答えたのは、魔導将軍ゼノビアだ。 漆黒の兜の奥で、その額には冷や汗が大量に滲んでいた。
原因は、実にシンプル。 扉が、開かないのだ。
「知らん、じゃないだろ! ここを通らなきゃ魔王と戦えないんだよ!」
「そう言われても困る! 我らとて、この扉を開けるのは三百年ぶりなのだ!」
事の発端は十分前。 互いに死力を尽くした前哨戦を終え、いざ「大魔王の間」へ突入せんとしたその時。 勇者アルスが威風堂々と取っ手に手をかけ、渾身の力で引っ張った。
びくともしなかった。
押してみた。動かない。 聖剣の刀身を隙間に差し込み、テコの原理で抉ろうとした。――キィン、と聖剣が悲鳴を上げた。 痺れを切らした魔導将軍ゼノビアが、極大消滅魔法『漆黒の焔』をぶち込んだ。――爆煙が晴れた後、そこには傷一つない扉が無言で鎮座していた。
結界の類ではない。呪いでもない。 魔法的な障壁なら、勇者の聖剣かゼノビアの解析魔術で解除できるはずだった。
「なあ……これ、単に『建付け』が悪くなって固まってるだけじゃないか?」
勇者パーティの武闘家が、ボソリと呟いた。 その場にいた全員の背中に、冷たい風が吹き抜ける。
「ば、馬鹿なことを言うな!」
ゼノビアが必死に否定する。
「ここは偉大なる大魔王様のおわす魔王城の最深部ぞ!? 単なる老朽化でドアが開かないなど、そのような間抜けな話があるか!」
「じゃあ開けてみろよ!」
「ぐぬぬぬぬ……ッ!」
勇者と魔王軍幹部が、開かない扉の前で「あーでもない」「こーでもない」と押し問答を繰り広げる。 押し込んでダメなら引いてみな。両端から同時に引っ張ってみろ。油だ、誰か油を持っていないか。 世界をかけた聖戦の前線は、完全に「開かない粗大ゴミとの格闘現場」へと化していた。
その時だった。
『カツン……カツン……』
静まり返った最深部の回廊に、呑気な足音が響き渡る。
「……誰だ!?」
アルスとゼノビアが同時に武器を構え、音のする方を睨みつける。 暗がりから現れたのは、重そうな木製の工具箱を肩に担いだ、一人の男だった。
尖った耳。流れるような美しい金髪。年齢を感じさせない端正な容姿。 どこからどう見ても、一族の誇りを胸に生きる高潔なエルフ――
「あー、ここですかね。ギルドから『緊急の建具修理』って聞いて来たんですけど」
――ではなく、作業着の袖を捲り上げた、ただの大工だった。
「え……ギルド……?」
勇者アルスは聖剣を構えたまま、ポカンと口を開けた。 魔導将軍ゼノビアもまた、浮かべかけた攻撃魔法の陣を「不発」の音とともに消滅させている。
一触即発の戦場に、工具箱を下げたエルフ。 いくらなんでもシュールが過ぎる。
「おいおい……こんな魔王城の最深部に、冒険者ギルドが大工を派遣したのかよ!?」
「派遣も何も、超特急の指名依頼だよ。依頼主は……えーっと『魔王城総務課』?」
エルウィンと呼ばれたそのエルフは、懐から取り出したシワシワの依頼書に目を落とし、チラリとゼノビアを見た。
「……あ、やっぱり。そこの兜の人だよね? 判子押してあるし」
「なっ、ナギサ(総務担当)の奴、真に受けて本当に外部の業者を呼びおったのか……!?」
ゼノビアが頭を抱える。 だが、背に腹は代えられない。このドアが開かなければ、勇者は魔王に挑めず、魔王も勇者を迎え撃てない。決戦は永久に延期だ。
エルウィンは呆れ顔の二人を横目に、すたすたと扉の前へ歩み寄った。 大柄な魔王軍の兵士たちが慌てて道をあける。
エルウィンは腰をかがめ、巨大な黒鉄の門をまじまじと観察し始めた。 指先でフチを撫で、隙間の広さを測り、取っ手の根元に耳を当てる。
そして、拳でトントンと叩いた。
『コンコン、トントン』
間抜けた音が、重厚な廊下に空虚に響く。
「あー……これは酷いね。完全に噛んじゃってる」
エルウィンが溜息をつく。
「魔導将軍さん。ここ、最後の点検いつ?」
「さ、三百年ほど前だが……」
「ダメだよ三百年も放置しちゃ! ほら見て、この蝶番。魔力の余波とダンジョンの湿度で腐食して、軸が微妙に傾いてる。おまけに敷居の木材が水分吸って膨張して、枠全体を歪ませてるんだよ」
プロの容赦ない指摘に、ゼノビアが思わず「うっ」と絶句する。
「結界がどうとか言ってたみたいだけど、ただの『手入れ不足の建付け不良』。魔法じゃ直らないよ、物理的な歪みなんだから」
エルウィンはよっこいしょと工具箱を床に置くと、中から見たこともないノミや金槌、見たこともない形状のジャッキを取り出した。
「よし、サクッと直すから。……あ、そこの勇者くん」
「えっ、俺!?」
「そう、君。聖剣持ってる子」
エルウィンは気安く指をさした。
「そっちの端っこ、隙間に聖剣の峰を差し込んで、テコみたいにしてちょっとだけ持ち上げてて。俺がノミで敷居を削るから」
「は、はいっ!」
伝説の勇者が、言われるがまま聖剣をドアの隙間に突っ込む。
「魔導将軍さんも。そっちのドアノブの横、微量の風魔法でチリを吹き飛ばして。あ、強すぎちゃダメだよ、繊細にね」
「う、む……! このような作業、やったことはないが……!」
冷や汗を流しながら、慎重に魔力をコントロールする魔王軍の最高幹部。
一対一の死闘を繰り広げるはずだった男たちが、一人のエルフ大工の指示のもと、見事な連携プレイで「扉の修繕作業」に取り組み始めた。
「そうそう、勇者くん上手いよ。そのままキープね」
「うおおお……地味に腕が痛い……!」
「ゼノビアさん、風強すぎ! 吹き戻しで俺の目に木屑が入るでしょ!」
「す、すまん! 慣れておらぬのだ!」
緊迫感など、疾うの昔に消え去っていた。 そこにあるのは、納期に追われる現場の空気だけだった。
「はい、ちょっと削るよ。コン、コン、コン――と」
エルウィンが手際よくノミを振るう。 リズミカルな金槌の音が廊下に響き、五百年分の化石化した木屑がサラサラと床に落ちていく。
「それにしてもさぁ」
エルウィンがトントンと槌を打ちながら、世間話でもするように口を開いた。
「ここを建てた五年前……じゃなかった、五百年前に言ったんだよ、俺は」
「ご、五百年!?」
勇者アルスが思わず声を裏返した。
「お前……まさかこの城が建った時にいたのか!?」
「まあね。長命種だから。この魔王城の内装施工、うちの工務店が請け負ったんだよ」
エルウィンはフッと遠い目をした。
「当時も言ったんだよ。『ここは地下からの湿気が溜まりやすいから、必ず換気口と防水の魔法陣を組み込め』って。そうしないと絶対にドアが歪むからってさぁ」
「な……なぜそれを実行しなかったのだ!?」
ゼノビアが聖剣の横で汗をかきながら問う。
「現場監督のペーペーが押し切ったんだよ。『予算がないッス!』『換気口なんてダサいッス!』『ドアさえゴツくてカッコよければ魔王城っぽいッス!』ってさぁ」
「「ペーペー……??」」
アルスとゼノビアの声がハモった。
「そう。施工管理の知識もないくせに威勢だけはいい小悪魔でさ。角もまだ生え揃ってないようなガキだったんだけど、荷物持ちとして現場を走り回ってたんだよ」
エルウィンは懐かしそうに目を細め、ノミの角度を微妙に調整する。
「名前は確か……そうそう、ヴェルザードとか言ったかな」
ドサッと音がした。 ゼノビアが膝から崩れ落ち、魔法のコントロールを失って風が霧散した。
「ゼノビアさん!? ちゃんと保持して!」
「ヴェル……ザード……だと……!?」
ゼノビアの顔面が蒼白を通り越して土気色になる。
「ゼノビアさん? どうしたの?」
「おい勇者……知らんのか……」
ゼノビアはガタガタと震える指で『真理の門』の向こう側を指さした。
「ヴェルザード様とは……今、この扉の向こうにおわす……我が主……大魔王様のご本名だぞ……!!!」
「ええええええええっ!?」
アルスが叫んだ。手元が狂って聖剣がガチャリと音を立てる。
「魔王って昔、建築現場で『ッス!』とか言ってるバイトだったの!?」
「バ、バイトではない! 現場監督だと言っておられただろうが!」
「いや現場監督(見習い)だから実質バイトみたいなもんでしょ!?」
「まあでも、いい奴だったよ」
エルウィンがノミの手を止めず、ほのぼのと追撃をかける。
「『僕、立派な魔王になってこの城を買い取るのが夢なんですッス!』って言ってさ。泥だらけになりながら飯食っててさぁ。休憩時間には『先輩、僕の考えた最強の魔王のポーズ見てください!』って、腕組んで足開くポーズの練習とかして――」
「「やめて差し上げろーーーーーッ!!!」」
勇者と魔王軍最高幹部が、奇跡のハモりをみせた。
「エルウィン殿! もうよい! それ以上は我が主の尊厳が死ぬ!」
「頼むからやめてくれ! このあとどんな顔して魔王と戦えばいいんだよ!」
二人の必死の制止も虚しく、エルウィンは「あ、ここも詰まってんな」とマイペースに作業を続けるのだった。
「まあまあ二人とも、そう焦りなさんな。懐かしいじゃないか」
エルウィンはどこ吹く風で、油差しを握りしめた。 ノミで削り終えた蝶番の隙間へ、特製の潤滑油を静かに注ぎ込んでいく。
「あの頃のヴェルちゃん、ホント可愛かったんだから。休憩時間に『僕、魔王になったらマントは絶対赤にするッス!』とか意気込んでさぁ。俺が『赤いマントは汚れが目立つぞ』って教えたら、一晩中落ち込んじゃって――」
『ガタ……ガタガタガタッ……!』
突如として、目の前の巨大な黒鉄の門が震え始めた。 地震ではない。結界の暴走でもない。
扉の「内側」から、あり得ないほどの超高圧な魔力が膨れ上がっていた。 殺気と、怒りと、それを遥かに上回る恥辱の波動が、重厚な扉をガタガタと打ち鳴らす。
「お、おい……何かヤバいぞ……!」
勇者アルスが引きつった顔で聖剣を構え直す。
「大魔王様の魔力が……かつて見たこともないほど荒れ狂っておられる……!」
ゼノビアは冷や汗をダラダラと流しながら、ジリジリと後ずさりした。
しかし、エルウィンだけは気にした風もなく、最後の手入れを終えて満足げに頷いていた。
「よしっ、噛み合わせ完璧。油も回った。これなら指一本で――」
――次の瞬間。
バーーーーーーーンッ!!!!!!
耳を劈く轟音とともに、爆風が巻き起こった。
エルウィンがたった今、寸分の狂いもなく修繕し、完璧に滑らかに動くよう仕上げたばかりの『真理の門』――
それが、内側からの猛烈な蹴り足によって、ダイナミックに吹き飛んだ。
ドガァァァンと音を立てて壁に激突し、粉々に砕け散る漆黒の巨門。 勢いよく立ち込める黒煙。
「「「……!?」」」
全員が息を呑み、開いた(物理)穴を凝視する。
煙の奥から足音が聞こえてきた。 ズシン、ズシンと、地響きを立てて歩み寄ってくる巨影。
そこに立っていたのは、深紅のマントを羽織り、威厳に満ちた角を生やした男――大魔王ヴェルザードだった。
ただし。
その顔面は、被っている王冠すら溶け落ちそうなほど真っ赤に染まっていた。 額には青筋がこれでもかと浮かび、全身をプルプルと震わせている。
「……だ、黙れぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
大魔王の魂の叫びが、最深部にこだました。
「黙れ黙れ黙れぇぇぇ! 昔の話をするなああああぁぁぁぁッ!! 貴様、何のためにここへ来たんだエルウィン殿ーーーッ!!」
「いや何のためにって、ドア直してくれって言われたから来たんだけど……」
エルウィンは舞い散る粉じんを手で払いながら、呆れ果てた顔で吹き飛んだドアの残骸を見つめた。
そして、深々と溜息をつく。
「あーあ。せっかく綺麗に直したのに。台無しじゃんか」
「た、台無しって……貴様が余の黒歴史を暴露するからだろうがぁぁぁッ!」
大魔王ヴェルザードは肩で息をし、真っ赤な顔のまま叫んだ。 あの絶対的な威厳はどこへやら、完全に「黒歴史を暴露されてブチ切れた元後輩」の顔である。
勇者アルスと魔導将軍ゼノビアは、完全に固まっていた。 開いた(物理的に粉砕された)大魔王の間の入口で、二人は揃って口を半開きのまま呆然と立ち尽くしている。
「……なぁ、ゼノビア」
「……なんだ、勇者よ」
「俺たち、今からあの『赤いマントの汚れを気にして落ち込んでた大魔王』と世界をかけた死闘を繰り広げるんだよな?」
「……頼むから、それを口に出すのはやめて差し上げろ。我がメンタルが崩壊する」
二人が妙な連帯感を生み出している横で、エルウィンは作業着のポケットから手帳と筆記具を取り出していた。
サラサラと手慣れた手つきで数字を書き込んでいく。 そして、破り取った紙切れを、まだゼイゼイと言っている大魔王の鼻先に突きつけた。
「はい、これ本日の明細と領収書ね」
「……は?」
大魔王が呆気にとられた声を漏らす。
「明細だよ、明細。えーっとね、まずは『緊急出張手当』に『蝶番のサビ取り・潤滑作業』『敷居の削り出し微調整』。ここまでは事前の見積もり通り」
エルウィンはペン先で紙の後半をコンコンと叩いた。
「で、ここからが追加分。『修繕完了直後のドア破壊に対する損害賠償』と『特注ドアの全面新調・後日施工費用』。それから……『作業現場を荒らされたことによる現場清掃手当』ね」
「な……ッ!?」
大魔王は目を見開いた。
「よ、余が壊したのだぞ!? 支払うわけ……」
「払わないの?」
エルウィンが冷ややかな視線を大魔王に向けた。 長命種エルフ特有の、数百年を生き抜いてきた者だけが持つ圧倒的な威圧感――というよりは、「手抜きと無駄な破壊を絶対に許さないベテラン現場監督」の目がそこにあった。
「ヴェルちゃん。施工された備品を故意に破壊するのは重大な契約違反だよ。それとも何かい? 『魔王になったから昔のツケも修理代も踏み倒しますッス!』って、街のギルドに触れ回られたい?」
「ぐっ……!!」
大魔王の額から冷や汗が吹き出す。 『現場の先輩』というトラウマと、世間にさらされるさらなる恥辱の恐怖。ダブルのプレッシャーに、世界の覇者はあっさりと屈した。
「わ、わかった……払う! 払えばいいのだろう! ゼノビア!」
「は、はひっ!?」
急に振られたゼノビアが悲鳴のような声を上げた。
「宝物庫から……金貨で……エルウィン殿に渡せ……! 口止め料も……上乗せしておけ……!」
「ははっ! 直ちに!」
ゼノビアは脱兎のごとく宝物庫へ走っていった。 数分後、パンパンに膨らんだ革袋がエルウィンの手に渡される。ずっしりとした金貨の重み。
エルウィンは中身を素早く確認すると、満足げに頷いて手帳をポケットに仕舞った。
「毎度どうも。新調するドアの寸法は測ってあるから、来週あたりにまた施工に来るね。あ、それまでにこの散らかった破片、綺麗に片付けておいてよ?」
エルウィンは工具箱を担ぎ直すと、くるりと背を向けた。
「じゃ、お仕事完了ってことで。二人とも、決戦がんばってね〜」
呑気な声とともに、エルフの大工はすたすたと回廊を戻っていく。 静まり返るラストダンジョン。
残されたのは、世界を救うはずの勇者と、世界を滅ぼすはずの大魔王。 そして、ドアが完全に粉砕されてスースー風が吹き抜ける「大魔王の間」。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れる。
大魔王はコホンと大きく咳払いをすると、強引に威厳を取り戻そうと胸を張った。
「……失礼した。コホン。……よくぞ来たな、勇者アルスよ! この我が居城の最深部まで辿り着いたその勇気、称賛に値するぞ……!」
聖剣を構える勇者アルス。 だが、その表情は疲労困憊であった。
「……いや、どんな顔して戦えばいいんだよ!! テンション完全に死んだわ!!」
「それを言うな!! 余だってやりづらくて死にそうなのだ!!!」
静かな魔王城に、勇者と大魔王の絶叫が虚しくこだましていった。
◇
「ちわーす。ドアの施工に来ましたー」
事件から一週間後。 エルウィンは真新しい特注の黒鉄ドア(予備の枠付き)を魔法の台車に載せ、再び魔王城の最深部を訪れていた。
あの日、大魔王によって盛大にブチ破られた『大魔王の間』の入口。 そこには、約束通り瓦礫が綺麗に片付けられたスペースが広がっていた。
しかし、作業道具を下ろそうとしたエルウィンは、ふと手を止めた。
奥の広場から、何やら楽しげな声が聞こえてくる。
「――いやだからさ! あの時の魔術の組み立て、筋は悪くなかったけど威力を優先しすぎて隙だらけだったんだって!」
「ぬぐぐ……! だが勇者よ、あの場面で最大火力を叩き込むのが魔王としての美学というものだろう!」
「美学で死んだら元も子もないでしょ! ほら、この高級干し肉食って反省して」
「む……うむ。この肉、美味いな。どこのだ?」
「王都の城下町にある有名な燻製屋。今度買ってきてやろうか?」
エルウィンが壁からこっそり覗き込むと――
そこには、豪華な絨毯の上に直接あぐらをかき、車座になって酒とつまみを囲んでいる勇者アルスと大魔王ヴェルザードの姿があった。
傍らには、呆れ顔で果物を剥いている魔導将軍ゼノビア。 勇者の聖剣と大魔王の魔剣は、部屋の隅に仲良く立て掛けられている。
「あ、エルウィンさん。お疲れ様ですー」
真っ先に気づいた勇者アルスが、片手を軽く上げて挨拶してきた。完全に実家に帰ってきた親戚のトーンである。
「……君たち、何やってんの?」
「何って……反省会?」
「反省会という名の愚痴大会だな」
大魔王が手にした盃をあおり、フッと遠い目をした。
「あの後、互いに調子が狂いに狂ってな……。不完全燃焼のまま戦っていたら、お互い肘が激突して痛くて悶絶し、そのままなし崩しに停戦協定を結ぶ運びとなった」
「もうさ、魔王の昔話を聞いちゃった後だから、本気で斬りかかれなくてさぁ。『この人、影で努力してたんだな…』とか思ったら手加減しちゃって」
「余も余で『マントの汚れを気にする奴』と思われるのが嫌で、妙に腰の引けた立ち回りになってしまったのだ……」
二人は顔を見合わせると、「ハァ……」と同時に深い溜息をついて酒をあおった。
「で、結局『もう面倒だから世界平和でいいや』ってなって。今は今後の人間と魔族の交易ルールについて、つまみ食いしながら詰めてたところ」
「ちなみに余の赤いマントは、勇者に勧められて汚れの目立たない『エンジ色』に新調することにした」
「それはよかったねぇ」
エルウィンは棒読みで返しながら、工具箱からメジャーを取り出した。
「まあ、仲良くなったなら何よりだけど。はい、二人とも邪魔だからちょっと退いて。今から新しいドアの枠組み取り付けるから」
「あ、はい」
「すまん」
世界の命運を握る英雄と大魔王が、素直にコタツ(代わりの絨毯)をずらして作業スペースを空ける。
『トントン、カンカン』
静かな魔王城に、再び心地よい大工仕事の音が響き始める。
「ねえエルウィンさん。今度のドア、今度は頑丈にしてね。またこの人がブチ切れて蹴破らないように」
「黙れ勇者! 余とて二度も同じ過ちは侵さん!」
「はいはい、静かに。集中できないでしょ。壊したらまた二重請求するだけだから、俺は別にいいけどね」
「「それだけはご勘弁を……」」
新しく取り付けられた頑丈な扉の向こうから、今日も仲良く愚痴を言い合う声が聞こえていた。
世界は今日も、驚くほど平和である。




