ギフト
学士から博士まで世話になり、そのまま居着いた研究室の、懇意の恩師に紹介された。
亡き奥様の一人娘で、教養豊かで、上品で、箱入りで気位が高かった。
何にそう撓められていたのか、神経質な細い性根は、ふとした拍子にすぐ弾けて一頻りびゅんびゅん振れ回る。
うっかり寄り添っていると、容赦なく引っ掻かれ、叩かれて、些か腹に据え兼ねて少しでも嫌気を覗かそうものなら、
見よここへ悪魔が顕現せり、ここが我が地獄とばかりに、期待を裏切られた失望と、疑念が当たったしたりとを滲ませ、
それはいじけて不貞腐れた顔で、「そんなつもりはありませんでした」と、尖った声で言うのだった。
愛らしい子猫よ、御し甲斐のあるじゃじゃ馬よと、向くる掌があれば話は違ったかも知れない。
俺は早々愛想が尽きて、彼女に応対する動機は師への恩義ばかりになった。
こうした潮目を見抜けずして今の地位に就く師ではない。
都合よく頻度を増した頼まれ事を方便に彼女と接す機会は減り、すっかり立ち消えた後、師行き付けの小料理屋の女将の娘と引き合わされ、其方と婚約へ至った。
この頃思い掛けず出会し、喫茶店で暫し話したのが、彼女と会った最後である。
薄い知人の距離感の、当たり障りないやり取りの終いに、彼女は“父から聞いています。ご婚約なさったんですってね”と、柔らかい桃色の紙に包まれた大振りな箱を卓へ置いた。
お祝いです。受け取って下さい。
父に託すつもりでしたが、直接お渡し出来て良かった。
ご存じですか。ギフトって、プレゼントよりも儀礼的で、古くは神が人へ与える意、一部では家父長制の文脈から、父が娘を嫁に与える、引いて結婚の意があるそうです。
私は、屹度貴方も、父のごいこうに随分と振り回されているでしょう。
だから貴方の婚約に寄せて、私達の偉大な神様から、私が賜った全ての内最も価値があると思う物を、貴方に贈ろうと思ったんです。
以降彼女は家を出て、大分道を外しているらしい。
俺は今夜も師と共に、義母と妻の小料理屋へ行き、“この人のお父さんみたいな物だから、お父さんと呼んで良いでしょう”と、妻が屈託なく師を父と呼び、師と義母とを笑わせるのを見る。
師は時折ぎょっとする程純真な狡猾さを見せる。
父性に飢えた便利な手駒は易々完全に飼い殺すし、妻の顔は師に良く似ている。
後日桃色の紙を剥ぎ、中の木箱を開けてみると、灰色の緩衝材の合間に瓶詰の脳が入っていた。
くすんだ白色をしている。
終.




