第8話「光に包まれて、初めての王宮へ」
「嫌だ嫌だ嫌だーーーー!!!!」
自室に戻るなり、着ていたドレスも下着も放り投げ、新しく用意されたネグリジェに速攻で着替える。
そしてベッドにダイブ。
「お嬢様っ!?」
軽装のドレスですらあれなんだよ!?
それが王様に会うなんて、一体どんなドレスを着せられるんだよ!?
「サボりたい……」
もう今日は、このまま手に入れた本を読みながら寝落ちしたかったのに。
絶対そんなの許されないパターンじゃん。
明日、早起きさせられるフラグじゃん。
ていうか、昼寝しまくったせいで、すぐには寝れそうにない。
明日、絶対寝坊する自信ある。
もぞもぞと布団を引き寄せて、頭からすっぽり潜り込む。
『知らぬ存ぜぬ』で押し通したいけど、現実は甘くなかった。
侍女たちは容赦なく髪に香油を塗り、身体にボディオイルを擦り込んでくる。
何やら確認事項をいくつも問いかけられるけれど、もう全部そっちで決めてくれ。
……もういいって。
絶対文句なんて言わないから。
心地よい香りとマッサージの手際に、抗いようもなく瞼が重くなる。
そして気付けば、夢と現実の境目に落ちていき、深い眠りに沈んでいた。
「お嬢様、お目覚めのお時間です」
耳元で控えめに告げられても、まぶたは重く身体も布団に沈んだまま動かない。
「……まだ外、暗いじゃん……もうちょっと……」
ぐずるように呟いても、容赦なくふわりと布団を剥がされ、気付けばドレッサーの椅子に座らされていた。
頭がぼんやりしているうちに、侍女たちの手は既に動き出している。
髪に香油を馴染ませ、櫛が滑らかに通される。
あぁ、まるで美容院でシャンプーされているみたい……心地よさに、また眠気が押し寄せる。
次に、ファンデーションが薄く乗せられ、ビューラーでまつげがぐいっと持ち上げられる。
マスカラやチークまで重ねられて……
あれ、私……これ、今メイクされてる?夢じゃないよね?
「お嬢様、少し口を開けて、お食事を召し上がってください」
「ん……」
促されるままに口を開けると、一口大に整えられたサンドイッチがそっと入れられた。
……美味しい。寝起きの空腹に優しい、柔らかいパンと卵とハムの味。
なんで生前、あんなコンビニ飯で済ませてたんだろう、私。
もっとちゃんと美味いものを食べていれば、もう少し長生きできたかもしれないのに。
「お嬢様、もう少し口を開けて頂けますか」
ぼんやりと口を開けると、今度はリップがすっと塗られる。
そのまま立たされ、腕を上げさせられ、下着を身につけさせられる。
それでも眠気には勝てず、船を漕いでしまう。
「お嬢様!締めますね!!」
「ぐうぅぅぅぅっっ!!???」
腹部に強烈な圧迫感が走り、一気に目が覚めた。
……キッツ!!?なにこれ!?
コルセットでギュウギュウに締め上げられた身体は、いつも以上に胸が強調される。
身体が引き締められるたび、少しずつ覚醒するけれど、それでも意識は揺り戻されていく。
いつ終わるともわからない着替え。
何枚重ねられたかわからない布を纏い、やがて……
「……完成でございます」
侍女たちが一歩下がった瞬間、鏡に映った自分の姿に息を飲む。
……え、これ、私?
元々可愛くて綺麗な子だとは思ってたけど……
昨日までベッドでゴロゴロしながら本を読んでた子と、同一人物??
まさにラノベに出てくる公爵令嬢そのもの。きらびやかなドレスに、完璧に整えられた髪と化粧。
着替えが済むと、侍女たちと共に玄関へ向かう。
扉を開いた瞬間、眩しい朝日が目に差し込み、思わず目を細める。
振り返って屋敷を仰ぐ。
ずっと引きこもっていたから気付かなかったけれど、改めて見ても、やっぱりデカい。
庭園の果てなんて全然見えない。
玄関前には、公爵家の紋章を掲げた馬車が既に待機していた。
光沢ある黒塗りの車体に、金の装飾が朝日にきらめいている。
「お嬢様、どうぞ」
従僕が恭しくドアを開け、侍女が裾を持ち上げてくれる。
わ。本当に行くんだ、王宮……
出発する前から、もう帰りたい!!!!!
馬車が動き出すと、石畳を叩く蹄の音と、車輪のきしみが規則的に響いた。
外の景色が流れていくのを眺めながら、胸の奥にじわじわとざわつきが広がっていく。
公爵邸を出た馬車は、王都の石畳を進んでいく。
窓の外には、すでに目を覚ました商人たちが店を開き、出勤する人々が足早に歩く姿。
クローバー家の紋章入りの馬車が通るたび、道行く人々が驚いたように足を止め、やがて恭しく頭を下げる。
……うわぁ、なんか視線が痛い。
頭下げなくていいってば!
どれくらい馬車に揺られただろう。
やがて車体が止まり、従僕がドアを開ける。
外から差し伸べられた父の手。
「……アリエル」
「は、はいっ」
父の手を取って外に出ると、目の前に広がったのは王宮の大理石の階段。
見上げれば、どこまでも続くような白亜の城壁。
高くそびえる尖塔には金の装飾が輝き、青空を背に光を反射する。
広場を囲む列柱は規則正しく並び、その圧はまるで神殿のよう。
……これ、何人住んでるの?
公爵邸も十分広いと思っていたけれど、その数倍、いや数十倍。
東京ドーム何個分なんだろ。
……まぁ、そもそも東京ドームの広さもよくわかんないけど。
父の腕にそっと手を添え、一歩ずつ階段を踏みしめていく。
公爵邸以上に威厳と権威を感じさせる建物。
その佇まいは、まさに『王宮』と呼ぶに相応しかった。
……とんでもない所に来てしまった。そう思うと足がすくむ。
侍従に先導され、宮殿の中を進む。
大理石の床は磨き上げられ、歩けば自分の姿が映り込む。
思わず背筋を伸ばしてしまう。
壁には歴代の国王の肖像画、戦勝の栄光を描いたタペストリーがずらり。
黄金の額縁や宝石を散りばめた装飾は光を反射し、目を開けていられないほど眩しい。
頭上を見上げれば、天井いっぱいにフレスコ画が広がり、中央には巨大なシャンデリアが燦然と輝いていた。
……いや、豪華すぎでしょ。
公爵家も十分デカいと思ってたけど、あれはせいぜい高級ホテル。
こっちはテーマパーク級。某夢の国のシンデレラ城を三倍盛りにした感じじゃない?
庭園に面した長い回廊は日当たりが良く、窓から差し込む光に花々が揺れる。
甘やかな香りが風に乗り、鼻先をくすぐった。
……ふと、胸に哀愁のようなものが広がり、足が止まる。
アリエルの記憶の中に、王宮を訪れた形跡は無い。
私自身も初めてのはずなのに。この庭園には、なぜか懐かしい気持ちが芽生える。
「アリエル?」
父の声に我に返り、慌てて駆け寄った。
長い廊下を抜け、一際豪奢な扉へ。
案内役の侍従が立ち止まり、軽くノックする。
「クローバー公爵閣下、ならびにご令嬢アリエル様をお連れいたしました」
内側から短く「入れ」と声が返り、扉が音もなく開かれる。
父が先に一歩踏み込み、私もそれに続いた。
記憶というものは、不思議なものだ……
「この度は、娘アリエルにお見舞いのお言葉を賜り、恐悦至極に存じます」
父が片膝をつき、恭しく礼をする。
その姿に引きずられるように、身体が自然と動いた。
生まれてこの方、一度もしたことなど無いはずなのに……
腰を沈め、ドレスを広げるカーテンシー。
あまりにも自然で、自分でも驚くほど。
アリエルが普段からどれほど努力していたのかを、身体が教えてくる。
「本日はその御厚情に、心より御礼申し上げたく参上いたしました」
「よい。顔を上げよ」
やっばい。もう声からして王様。
威厳たっぷりの低音ボイス。
緊張しすぎて吐きそうで、顔なんて上げられない。
挨拶が済むと、国王はゆっくりと立ち上がった。
歩み寄る足取りには威圧感よりも、むしろ余裕が漂っている。
「ここでは堅苦しいな。座るが良い」
窓辺のソファを指し示す声音は驚くほど穏やかだった。
真正面から微笑みかけられた気がして、ようやく顔を上げることができた。
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