第12話「受験よりも過酷な日々と、ほんの小さな達成感」
乗馬から解放され、はい、また着替え。
何度着替えさせんだよ。今どきの結婚式だってせいぜいお色直しなんて2回だぞ。
普段着に戻り、椅子に腰を下ろすと、机の上には分厚い本が積まれていた。
……うわ、出たよ。勉強系。
「まずは語学から」
王子から手渡したテキストを開き、発音を繰り返す。
「……はい。帝国の公用語は問題ない。訛りも少ない」
マジかよ!?外国語は英語とドイツ語で医療論文くらいしか読めないんだが!!
次は歴史。王家の系譜や戦争の流れを確認される。
これはちょっと興味がある。
元々歴史はそこまで得意ではないけれど、今生きているこの世界のことを何も知らない私にとっては、なかなか興味深い。
特に魔法。まだ誰かが魔法自体使っている所を見たことは無いけれど、私が想像する通りの魔法だったら、魔法の発展と戦争はどう考えても切り離せないもんな。
軍用にまで転換できるほどの魔法になると、魔力の総量の問題から、勉強はもちろん技術も才能も必要。
結局は才能とある程度の身分で、魔法を使えるようになるかが決まるのか。
まれに天才が現れることもあるらしいけど、実際にはほぼ『魔導の名門公爵家』が独占している状態。
え~~~ずるくない??どれくらいのことができるのか全く想像できないけれど。
軍用って言うなら相当な威力もあるんだろうか?
でも、確かに誰でも彼でも使えたら、無法地帯になるから、制限したり管理するシステムは必要だよな。
『剣の名門公爵家』もあるらしいけれど、剣で魔法に太刀打ちなんてできるんだろうか?
あ、全員が魔法を使えるわけじゃないし、魔力の総量があるって言ってたから、無限に使えるわけじゃないのか。
そう思うと確かに剣も必須だな。
いや。でも、よくそこにクローバー家食い込んだな。
『神に愛されたクローバー家』って改めて考えてもフワッとし過ぎだろ。
何の神だよ。出て来いよ。剣と魔法に太刀打ちできる気しないんだけど。
最後は宗教。祈祷文を読まされ、教義についての理解を確認。
大概人と人の争いなんて、宗教が発端だろ。
ちっとは日本を見習えよ。あんな狭い島国で神様が八百万もいるんだぞ。
八百万もいたら、何をしたって一人くらい許してくれる神様いんだろ。
……うん。頭ではスッと理解できる。
でも体はもう限界。午前から動きっぱなしで、頭もフル回転で。
センター試験の直前ですら、こんな丸一日勉強しなかったぞ…
気力と体力の限界に、思わず机に突っ伏してしまった。
長い晩餐用テーブルに、父と母、そして王子と私が並んで座った。
蝋燭の光に揺れる銀食器、豪華な料理の数々……けれど、午前から叩き込まれた舞踏・礼儀・芸術・乗馬・学問のフルコースでもう限界。
「本日は長時間、娘のためにありがとうございます」
父が丁寧に礼を述べる。
「非常に教え甲斐があり、何より私の予想以上の成果で安心した」
王子は落ち着いた声で答え、ちらりとこちらを見た。
え……褒めた?今?
ちょっと嬉しいけど、眠すぎて反応できない。
パンをちぎりながら意識が飛びそうになる。
晩餐後、玄関で王子を見送る。
意識朦朧とする私を見て「無理はするな」と言う王子の笑みが妙に満足げで、なんだか腹が立つ。
帰れ帰れ。早く帰れ。なんなら二度と来るな。
自室に戻ると、ストールに包まれてソファに座り込む。
燃えたよ……真っ白に……
今日も今日とて、朝から家庭教師……という名の王子が訪れる。
渋々ドレスに着替えさせられるけれど、レースのついた袖はひらひら邪魔だし、きゅっと締まるコルセットは呼吸を奪うしで、座っているだけで肩が凝る。
もう……なんで来るんだよ。お前が来なければ私の生活は平和なんだよ……
「もうヤダ。これ週三回とか拷問じゃん……」
あからさまに口を尖らせると、侍女が困ったように微笑んだ。
「お嬢様、殿下もお待ちですよ。今日だけは頑張って」
「今日だけって言葉、絶対明日も言うパターンでしょ……」
待たんでええて。むしろ来ないでくれ。
嫌だって言っても、どうせまた来るんだろ……?
大きな溜息が止められないまま、背中を押される。渋々歩みを進め、机の前に腰を下ろす。
視界に入るのは分厚い教本と辞典の塔。ぎっしり詰まった活字を想像するだけで、すでに眠気が襲ってくる。
まずは語学の授業。
「リピート・アフター・ミー」と先生が言うわけではないが、発音の矯正はほぼそれに近い。
「ラ行の舌の位置が甘い。もっと巻き舌で」
「ら、ら……ら゛ぁ……無理ぃ!」
舌を噛みそうになりながら何度も繰り返す。けれど、ある瞬間ふと気づいた。
……あれ?意外とコツさえ掴めば早いかも?
医者だった頃、必死に覚えたラテン語の名残か、記憶の引き出しが思いのほか役に立っている。
続いて歴史。
「この年に即位した王の名を答えよ」
「えっと……アストリア三世……?」
一応正解らしい。でも、次々に飛んでくる年号と系譜の嵐に、脳みそがオーバーヒートする。
私は根っからの理系脳なんだよ!!!
「……眠い……」
背筋を伸ばしたまま舟を漕ぎそうになり、慌てて頬をつねる。
これ、センター試験の日本史Bかよ……しかも範囲は無限大……!
王子は淡々と系譜図を説明していくが、聞けば聞くほど魂が抜けていく。
午後は宗教。祈祷文を朗読させられる。
「……アメン、ドミニ、サンクトゥス……」
声に抑揚をつけろ、腹の底から声を出せと指導される。
……え、これ完全にボイトレじゃん。カラオケ前にやるやつ……!
笑い出しそうになるのを必死で堪え、真剣な顔で朗読を続ける。
王子は満足げに頷いた。
「なかなか筋が良いな」
いやいや、絶対発声練習を褒められてるだけの気しかしないんだが!?
二度目の授業を終え、ぐったりと椅子に沈み込む。
「もう、脳味噌も体力も残ってない……」
それでも侍女がそっと菓子皿を差し出すと、条件反射で手が伸びてしまう。
ふんわり漂う甘い香りに、心がほんの少しだけ復活する。
「まぁ、甘いもののためなら……ちょっとくらい頑張ってやっても……いいかもしれない」
でも、いい加減飽きてきた。
ラーメン、ポテチ、ジャンクフードが恋しい。
……三度目の家庭教師の日。
今日も朝からドレスに着替えさせられたが、ついに体が拒否反応を起こした。
ベッドにしがみついて動けない。
「ムリ!これ以上はムリ!!センター試験よりキツいんだが!!」
駄々をこねる子どものように床を転げ回ると、侍女が冷や汗を流した。
「お、お嬢様!殿下がお待ちです!」
「殿下……?……うぐ……」
名前を出されると、さすがに逆らえず、渋々立ち上がる。
この日の授業は小テスト形式だった。
「先週学んだ年号と系譜を答えよ」
「え、いきなりテスト!?聞いてないです!!」
とはいえ、転生前に培った受験記憶術は健在。
ノートに書き散らしたゴロ合わせを思い出しながら、必死で答えを書き込んでいく。
王子は感心したように頷いた。
「素晴らしい記憶力だな」
だから、伊達や酔狂で日本の最難関の大学出てるわけじゃないんだって……
こんな勉強が何の役に立つんだよ。マジで。何のための勉強なのかもよくわからん!
続いて語学。
王子が会話し、それを逐次訳させられる。
……え、これ同時通訳!?TOEICの試験かよ!?
970点取って満足したっきり、その後は勉強サボってた私にそんな高度なこと要求すんな!!
必死に口を回しながら、頭はフル回転。
……あれ?でも意外といける?いやいや、これ続いたら確実に死ぬ!
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