一人のデブへの憧憬に浸るー失恋
道を進むと小人の集落のようなところに辿り着いた。家の中を見てみると、まるで童話に居るようなチョッキを着たうさぎ達がいた。
「お姉ちゃん、ハムちゃん可愛いね。」
みつきちゃんが私の袖を引っ張って言った。ハムちゃん?うさぎちゃんなんだけどな・・・まだ幼いし見たことないのかなと思った。すると光輝さんはうさぎ達を指さして
「おにぎり‼︎」
と言った。光輝さんはうさぎがおにぎりに見えるのか・・・?でも光輝さんだしなぁと思った。
「え、お前これおにぎりに見えるん?このバケモンをおにぎりとか食い意地張りすぎやろ。」
と橋本が言った。バケモン・・・?この可愛いうさぎ達をバケモンと言った・・・?
「このうさちゃんをバケモンって言った・・・?」
私は橋本に言った。
「うさちゃんじゃないよハムちゃんだよ?」
みつきちゃんが言った。
「うさぎ・・・ハムスター・・・?」
橋本はいつもの嘲笑うような口調ではなく本当に釈然としない表情で黙った。もしかして本当に全員見えてるものが違うのだろうか。
「あら‼︎君たち‼︎いたの‼︎」
音雨さんがどこからともなく朗らかに現れた。大きな葉っぱのスカートと貝殻のビキニという絵に描いたようなリゾートの衣装をしていた。身長一六〇台後半の長身と色白で引き締まった体はあまりにも美しく女神かと思った。しかしその胸に谷間はなく少し得意げにもなった。
「細いな、もっと食べようよ‼︎」
光輝さんが言った。同級生の水着に全く動じることはなく表情を変えずに、音雨
さんに言った。それを見て何故か少し安堵した。
「絶対寒いやん、滑稽やな。」
と橋本が言った。橋本は寒がりなんだろうか。ただでさえ真夏なのに空調の効いていないここが寒い訳ない。
「リスちゃんの王国へようこそ‼︎私は姫様よ‼︎」
音雨さんが言った。いつもに比べあからさまにテンションが高くどうも様子がおかしい。
「なんでお前ら変なこと言うん。」
橋本が言った。言わんとすることは分かるが、少なくとも今までの言動からして橋本がしていい発言ではない。
「変なことぉ?可愛いリスちゃんだよ‼︎一緒に遊ぼうよ‼︎」
音雨さんの精神状態がおかしいのは誰の目から見ても明らかだった。
「キィキィキィキィイ‼︎」
うさぎ達が聞いたことのない甲高い声で鳴き始めた。うさぎは果たして鳴くのだろうか。私には分からなかった。しかし私の目から見てうさぎに見えるそれは確かにそう鳴いた。そして鳴いたと思ったら、集落中のうさぎがみつきちゃんの背後にいるうどんスープの化け物に襲いかかった。
「やめてよ‼︎やめて‼︎」
みつきちゃんが叫んだ。少なくとも私たちの目から見たら可愛いはずのそれは、純粋な殺意で動く獣にしか見えなくなっていた。
「やめてっ‼︎」
みつきちゃんが叫んだ時、音雨さんが
「オマエタチ・・・テキダナ?ユルサン‼︎」
と叫んだ。ガワは音雨さんのままであったが中身はまた別の何かであった。そし
て音雨さんらしきものはみつきちゃんに向かって駆け出した。私は咄嗟にみつきちゃんの前に立ち塞がった。
「だめっ‼︎」
その時、私の手は貝殻の向こうの柔らかいものに突き当たった。あぁ・・・と思ったのも束の間、音雨さんらしきもののヘイトが私に向いた。
「オマエ・・・キライ‼︎デブノミチナンテ・・・アア‼︎」
音雨さんらしきものはそう叫ぶと私を押し倒して首を締め始めた。とてもこの細身の少女から出るとは思えない圧倒的な力で締めてくる。苦しい。
「デブがなんだって⁉︎デブは良いだろ‼︎」
光輝さんが音雨さんらしきものを引き離した。音雨さんらしきものは転がり、体勢を立て直して吠えた。
「ツヨイノハコッチダ‼︎」
音雨さんらしきものは爪を立てて光輝さんに襲いかかった。元の音雨さんではあり得ない速度で光輝さんに掴み掛かり、流石の光輝さんも倒れた。
「デブガツヨイナンテソンナノマヤカシヨ‼︎」
音雨さんらしきものはそう叫びながら光輝さんの胸元を引っ掻いた。私は何故顔じゃないんだろうかと疑問に思った。そして音雨さんらしきものは
「デブジャナクテイイ‼︎ヤセテテモイイデショ⁉︎」
と続けた。
「いいやデブがええんや‼︎デブの力やぁあぁあぁああ‼︎」
光輝さんはそう言い音雨さんを押し返した。
「デブジャナクテモ・・・良いよね?」
音雨さんらしきものの声色は明らかに弱々しくなっていった。
「食べようよ太ろうよ‼︎」
光輝さんは言った。この声で音雨さんは完全に我に帰ったようだった。
「うちもデブになりたかった・・・」
音雨さんはそう言い、膝から崩れた。光輝さんは音雨さんを抱きかかえた。
「なんか尊いな。」
橋本が言った。このエモい雰囲気で言わないでほしいと思った。台無しである。
「ほないこかぁ。」
と光輝さんは言った。私たちは再び歩くことにした。