幻想の脂質、滅亡の夜
「やめて‼︎」
ボクは叫んだ。その時だ。
「パン‼︎」
発砲音のようなものが聞こえたと思ったらデブが吹き飛ばされ横たわっていた。
「んピイ‼︎ンギイイ‼︎」
デブは発狂しながら立ちあがろうとしたがあまりに自重が重かったのか到底起き上がりそうにない。下手すりゃ骨でも折れたんじゃないだろうか。
「デブが転がってんじゃねえよ。」
スーツの長身の女性がそう言いながらデブに向かってコツコツとヒールを鳴らしながら近づいていった。暗くてよく見えないが、大層な美人のようだ。左手には長い刀のようなものを携えていた。恐らく日本刀だろう。
「あいつは?」
低くその帯刀女は言うと
「仰せのままにぃ‼︎」
とデブはよく分からないことを返した。
「銃でも撃たれず気で押されただけなのによく鳴く。不届きものが‼︎」
帯刀女は言った。
「仰せのままに・・・」
デブは繰り返した。
「はあ・・・やっぱりダメみたいだな・・・イってる。いや元々無いのか。ともかくもういい。」
そう言うと帯刀女は刀を取り出し両手で握り、デブを真上から突き刺した。
「マーム‼︎」
デブはそうと叫んで力尽きたようだった。
「ひっ・・・」
ボクは小さく悲鳴をあげた。当然のことではあるが、生きた心地がしなかった。帯刀女はデブの死亡を確認してからコツコツとこちらに近づいてきた。
「な・・・何?」
ボクは泣きそうな声で言った。いやまあ実際に泣きそうなのだが。
「坊や、怖がらなくていいよ。」
帯刀女はさっきまでとはまるで別人のように優しく囁いた。こうしてボクはこの人と行動することになった。
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「蝿が増えてきたなぁ・・・蝿はいいタンパク源なんやけど調理しずらいんよ。」
光輝さんは言った。そもそも蝿も調理したことあんのかよこいつ。嘘だろ?
「蝿の蜜って甘いですよね。」
私は咄嗟に訳の分からないことを言った。私は疲れてるのだろうか。流石にこれは光輝さんといえど困惑するかと思ったが
「それだ‼︎」
と言って一瞬固まったあと歩き出した。なんだったんだろう。結局私が困惑して歩きだした。
十分ほど歩くと重厚な木製の扉があった。扉を開くと、無数の蝿と強烈な異臭が飛び込んできた。
「ひいぃっ‼︎」
私は叫んだ。何故なら人間の頭部が転がっていたからである。しかも一つだけではなく、五つも転がっていた。
「うーん、もう腐りだしとるな・・・しかもこの頭の持ち主は皆この僕よりデブや。ええ唐揚げ食ってはったんやろなあ。ぼよおおぉおぉぉおおぉおお‼︎」
光輝さんがそう言った。
「・・・にしても不気味じゃないですか?死体ですよ?しかも光輝さんの。もっとやばいものが控えてるんじゃないんですか?」
そう私は不安げに言った。
「僕でも食べれないかもなぁ。」
光輝さんは言った。不安に駆られつつも先に進もうとしたら強く視線を感じた。
「誰かいた?」
光輝さんが言った。やっぱり光輝さんも同じことを感じたようだ。
「私も誰か居たように感じたんですが全く見当たらないですね・・・」
私が言った。
「この簾の向こうやなああい?」
光輝さんが部屋の右の壁の脇にあった小さな簾を指して言った。そして私たちは恐る恐る簾を開けてその奥の広い部屋へ行った。すると世にも恐ろしい光景が広がっていた。
巨大な肉の塊が積み上がっていた。人の肌をしていた為、人の死体かも知れないと思ったが、それにしては原型も留めていないほどに肥えていたので確信はもてなかった。さっきのデブの頭蓋の持ち主だろうか。強烈な臭いもする。
「い、行きます?」
私は光輝さんに訊いた。その時だ。
字の通りその巨大な肉の塊は消滅した。まるで最初からそこには何もなかったように、または空間ごと書き換えたよう、に消滅した。しかし、何故かその後あからさまに人間離れして巨大な真っ黒な手が影送りのように薄っすら瞼の裏にこ
びりついた。あの手は一体なんだろう。私の幻覚か?私は光輝さんに色々尋ねたかったが、それより先に光輝さんが喋った。
「さっきまでデブはいたのにどこに消えたんや・・・?まあいいや、無くなったもんは探したってしゃーない、先に行こうよおおおおお。」
私はまだ違和感はあったものの元の部屋にある小さな扉の先に進むことにした。扉を開けると天井が見えないほど異様に縦に高い通路に繋がっていた。通路の両脇には無数の扉があり赤黒く僅かに光っていた。通路を少し歩くと上からビラが天井から降ってきた。ビラにはこう書かれていた。
「夜には寝よ。夜叉舞う。」
非常に簡潔な文であったが、それが如何に危険なものかよく分かった。するとその刹那ただでさえ暗い部屋はさらに暗転し、鐘の音が鳴った。
「・・・どうすればいいんですかこれ。」