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第6話

 

 自室へ戻る途中、こそこそと旅支度をしている影があった。誰かと思えば。


「ギルベアト様、お出掛けですか?」

「おう。今回は視察だけどな」


 視察の際は、聡明でいざという時には戦力にもなるデイジー様が出られることが多いのだけれど、珍しい。


「なんかこの前滅ぼした村から魔力反応があったとかでさ。アイテムかもしれねぇから見に行くことにしたんだわ」

「戦闘もないのにギルベアト様が出られるなんて珍しいですね」

「あー……それはだな」


 ギルベアト様はバツが悪そうな顔をして頭を掻いた。


「この前行った時に、忘れてきたんだよ……」

「何をですか?」

「……その、マントを」


 いつぞやの彼の姿が目に浮かぶ。リュカ様から貰ったただの強い魔物の証だの言いながら見せびらかしていた……確か古代の強力な防御魔法がかけられたとかいう、貴重なアイテムの。


「って、大ごとじゃないですか!」

「しっ! しーっ! だから視察に託けて取りに行くんだよ。リュカにバレる前に拾えば問題ないだろ?」

「またリュカ様に報告してないんですか……」


 というか、魔力反応があるのはそのせいなんじゃないだろうか。全く何をしているんだろうこの人は。


「ああ……だから旅支度だというのにこそこそと」

「そんな目で見るな」


 確か初めて会った時もバングルをなくしていたっけ。本当に雑なんだから。


「いいですか、ギルベアト様。物には適切な管理方法があるんです。大切な物ならそのように管理しないと、なんでもなくしてしまいますよ」

「デイジーやリリアーヌみたいなことを……」


 苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見やる。ただ、反論しないのはさすがに分が悪いと見てか。と、頭にあるものが浮かんだ。リュカ様にこの前聞いた名産品。おや、これは案外と名案なのでは。


「明日行かれる村は山岳地帯にありましたよね?」

「ああ。ちょっと奥の方にあるけどな」

「行く途中に街がありますよね」

「あるな」

「その街にはとても美味しいクッキーがあるそうですよ」

「そうか」


 意外と理解が遅いので重ねて伝える。



「とても美味しいクッキーがあるそうですよ」

「……そうか」



 いや、これは気付かぬふりの方か。


「リュカ様に急用を思い出しました」

「待て待て待て! それは卑怯じゃないか!?」

「何が卑怯です?」

「何ってお前が……その」


 ギルベアト様はようやく諦めたのか長く重いため息をついた。


「買ってくりゃいいんだろ?」

「いえいえ、私はそんなことは一言も」

「あー! わかったよ! 俺が買いたいから買ってきてお前にやるよ! これでいいか!?」


 ギルベアト様は肩を落としたが、まあこのくらいは許されるだろう。この前のプリンの恨みは根深いのだ。


「クッキーは割れやすいそうですから、気をつけて行ってらしてくださいね」

「気をつけろって意味が違うじゃねぇかよ……ああもう」


 大きな手でがしがしと撫でられる。


「なんですか?」

「大分変わったなと思って」


 以前の私から。確かに、ここに来たての時は受けていた虐待の傷が根深く、笑うことも怒ることも満足にできなかったはずだ。それが、こんなことを言えるくらいに回復している。


「ギルベアト様が言ったんじゃないですか。顔が足りないやら面白くないやらって」

「言ったけども……。ここまで逞しくなるとは思ってなかったんだよ」


 まるでデイジーだ、なんて言いながら仕上げにぺちんと叩かれる。まあ、彼なりにそれなりの愛情表現なのだろう。何も言わずに受け入れておくことにする。プリンのことはそう簡単には忘れないが。


「夜には戻るから、俺にも一個食わせろよ」

「えぇ……」

「一個も嫌なのかよ!」



 そうして、逞しくなった私は眠りにつく。





 明日のクッキーがあるからか、これまでで一番枕を高くして寝られた、ような気がする。


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