06 魔法少女♪奈里佳 第三話(3) 猫の手だって看護婦さん 第11~13章
【 魔法少女♪奈里香 】という作品は、パイロット版および本編が2001年2月21日から2005年9月16日にかけて連載されていた未完の作品です。初出は【少年少女文庫】という複数のメンバーによって運営されていた性転換ものに特化したサイトでした。本編第三話後、楽天のブログにて番外編01を2009年8月20日に公開しましたが、どうしても第三話のクオリティーを超えるどころか並ぶことすら難しいと思い、続きが書きづらくなった作品です。いづれリニューアルして続きをと思っていましたが、2024年1月3日に体調を崩し(B型大動脈解離および腸閉塞)、体力的な限界を感じて仕事も辞めました。それに伴い近いうちに自サイトを閉鎖する予定となりましたので、小説家になろうに転載する運びとなりました。
本日中に01~08まで投稿しますので、よろしくお願いします。全体ではラノベの単行本2冊くらいの分量があります。
第11章 健康に敏感♪ その2
(どうやら例の堀田修司だが、もとに戻ったらしいな)
ユニ君の音のない声が夏美の頭の中に響く。
「えッ! ホントッ!!」
思わず声を上げてしまう夏美。慌てて口を押さえてごまかそうとしたが、回りの様子を見る限り、その必要は無いようだった。
一応健康診断を待っている間は自習ということになっているのだが、誰も自習なんかしていない。そして生徒がまじめに自習をしていない自習時間は、昔からうるさいものと相場が決まっている。というわけで、夏美の叫びを聞いた者はごく一部だけであったし、一瞬けげんそうに夏美の顔を見た女子生徒もいるにはいたが、ただそれだけだった。
夏美もクラスメート達から、【いわゆるちょっとあぶないやつ】という評価を得ているらしく、ちょっと程度の奇行では不審を招かないようだ。
(修ちゃんがもとに戻ったって、それ、本当なの?)
こんどは声を出さずにユニ君に問いかける夏美。なぜか意味もなくひそひそ話モードになっている。
(自分で確かめると良いだろう。校内各所に設置してある監視カメラからの映像と、校内放送用のスピーカーをマイク代わりにして拾った音声だ)
ひとことそう言うと、ユニ君は例によって夏美の視界の一部にバーチャルな画像を浮かびあがらせた。しかもユニ君が言うように、そこには音声までもがついていた。マイクもスピーカーも機械の構造としては同じものだから、スピーカーをマイク代わりにして音を拾えるようにシステムをいじってあるということのようだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
修司に対して、看護婦(?)が謝っている様子が、夏美の視界の一部に映し出されている。職員用のトイレから保健室へと続く廊下のようだ。
「……高かったのに。これ」
右手に持ったデジカメを胸の高さに掲げると、それを見ながら肩を落としている修司。
(どうやら水に浸かって壊れているようだな。あのデジタルカメラは)
そうコメントすると、画像のデジカメ部分を拡大してみせるユニ君。細かな分析結果が重なって表示されるが、わけの分からない夏美にしてみたら、かえって邪魔なだけだ。
「でも、堀田君も悪いんだよ。あんな写真を撮っていたんだもん」
看護婦と修司の後をついて歩いていた克哉の言葉が聞こえてきた。
(あんな写真って……。どんな写真なのかしら?)
夏美は『ユニ君なら分かるでしょ?』と、暗にその写真を見たいと要求する。
(画像、そのものは残ってないが、会話をモニターしていたところによると、彼の局部が女性器に部分変身した際の、そのものの写真らしい。というわけなんだが、見たいかね?)
あくまでもまじめに夏美に質問するユニ君。このあたりは機械知性特有の融通の効かなさだ。
(せっかくだけど、遠慮しておくわ)
夏美は丁重にお断りをした。先日の経験からして、見ていて決して楽しいものでは無かったからだ。少なくともノーマルな性的趣味を持っている夏美にとっては。
「しょうがないか。後で、データだけでも引き上げることが出来たらいいんだけどな」
修司は、まだうらめしそうに、トイレの便器の中の水に落ちてしまったデジカメを見る。
「それにしても、堀田君のアソコは元に戻って男の子になったのに、矢島君のアソコは女の子のままなんですね」
どう修司に声をかけて良いか分からなくなった美根子は、笑顔を無理矢理浮かべながら、ぎこちない口調で質問した。
「個人差……、かな?」
あはははは、と、笑ってごまかしながら、頭をかきつつ克哉は美根子に答えるが、説得力は無い。
(ホントだッ! 修ちゃん、元に戻ったんだッ!!)
看護婦さんの発言を聞いて、夏美は顔がほころんで来るのを感じた。やはり恋人(?)のアソコが女の子のままでは、今すぐソレを使って何かをするわけでもないのに、なにか嫌ということなのだろう。
(画像では確認出来ていないから、完全ではないがな)
夏美の喜びに水をさすつもりはまったくないのだが、ユニ君は結果的にそういうことをしてしまった。
(単にそう言っているだけってこと?)
夏美がやや冷静さを取り戻す。
(可能性は否定出来ない。もう少し観察を続けてみるとしよう。本当のところが分かるかもしれない)
ユニ君は夏美の視界に存在するバーチャルな画像をやや縮小させた。
(看護婦さんが、修ちゃんのアソコが元に戻って男の子になったと言うんなら間違い無いんじゃないの?)
無意識のうちに机の上を指でトントンと叩く夏美。恋人(?)の修司の変身が完全に解けて元に戻ったことを喜ぶ気持ちと、それなのにユニ君が慎重な姿勢を崩さないことにちょっとイラついている気持ちが混ざっているようだ。
(彼が元に戻ったことを疑っているというわけではない。むしろ可能性としては、元に戻っている可能性のほうが高いと私も判断している。この場合、彼らが嘘をいう動機が無いからな)
夏美のイラつきに気がついているのかいないのか、冷静な口調を崩さないユニ君。まあ、機械知性なんだからそれもしょうがないかもしれない。
(じゃあ、疑っているようなことなんか言わずに、最初からそう言えばいいのに)
不満気な夏美。外から見ると、うれしそうな顔をしたかと思えば今度はむすっとした顔をする様子は、本当にちょっとあぶない人そのものである。
(そう言った不満は、私をプログラムした技術者に言ってくれ。それよりも、私が、『本当のところが分かるかもしれない』と言った真意は、前回の変身後、なぜ身体の一部のみ変身が解けなかったのか。それなのになぜ今になって変身が解けたのか。そしてあそこにいるもう1人の生徒、矢島克哉の部分変身はまだ解除されていないようだが、それはなぜなのか? そういったことが、もう少し観察を続けていれば分かるかもしれない。ひいては魔法少女♪奈里佳と戦うためのヒントが得られるかもしれないということなのだ)
まったくもって冷静に自分の意見を述べるユニ君。この意見には夏美にも反論の余地は無い。
(なるほど、そういうことね。だったら、さっさと観察を続けましょう。ふふふふふ、情報収集が戦いの第一歩ッ! 見てらっしゃい奈里佳ッ! 今度は絶対に私が勝つッ!!)
かろうじて口から言葉が出るのを飲み込んだ夏美だったが、右手を握りしめ、『ふふふふふ』と怪しげな笑いを漏らす夏美の回りには、なんとも近寄りがたい雰囲気が漂っている。夏美はこうしてまた一歩、変人への階段を上がったのだった。
「そういえば、部分的に女の子に変身していた他の人たちはどうなっているのかしらね? 堀田君のようにもう元にもどったのかしら? それとも矢島君のようにまだ変身したまま?」
夏美に観察されているなんてことには当然ながらまったく気がついていないまま、克哉、修司、美根子の3人は廊下を歩いている。ちなみに克哉と修司は、色が変わった尿検査用紙を持っている。
「早い遅いはあっても、そろそろ順番に元に戻りだしているかもしれませんね」
修司は、根拠もないまま適当なことを言う。
「矢島君は、どう? 元に戻るような感じはあるのかしら?」
ま、その意見はそれとしてという感じで修司の意見をスルーすると、後ろを振り返りながら美根子は克哉に質問した。
「ええと……。無いみたいです」
一応、考えたふりをした後で、克哉は小さな声で返事をした。
「うーん、やっぱり他の人の様子を見てみないと、矢島君の状態が普通なのかどうなのか分からないわね」
至極まじめな顔つきをして考え込み出す美根子。集中しているのか、眉間にしわが寄ってきている。そしてそのとき……。
「あッ!」
「看護婦さんッ!」
修司と克哉が警告しようとしたその時には既に遅く、美根子は何故か何もない廊下でつまずき、転んでしまった。つくづく転ぶのが好きな看護婦である。
「痛~い」
あまり痛そうには感じられないような口調の美根子。
「大丈夫ですか?」
克哉は転んでいる美根子に手を伸ばす。
「ええ、大丈夫。いつものことだから。なんでか分からないんだけど、私って転びやすいの。いつもこれで失敗しちゃうし、ホント、自分でも自分が嫌になってくるわ」
転んで尻餅をついたまま、美根子は自嘲気味にそう話す。
「転ぶくらいで、失敗しちゃうだとか、自分が嫌になるだなんて、おおげさじゃないですか?」
修司が不思議そうに尋ねる。
「転ぶ時に、足下がおぼつかない患者さんを支えていたりしていなければね。……それで危うく患者さんを骨折させちゃうところだったし。あ、ありがとう」
美根子は修司に対してそう答えると、今度は手を差し伸べてくれている克哉に礼を言った。
「いえ、どういたしまして」
それに対して克哉は、さらに手を前に伸ばして美根子の手を取る。ふんわりとした手の感触に思わず克哉は顔を赤らめるが、それは一瞬のことだった。
(奈里佳ッ! これはッ!?)
声を出さずにいることに努力が必要だった。柔らかな手の感触とは裏腹に、克哉が掴んだ美根子の手からは冷たい凍るような何とも言えない感覚がはい上がって来たのだ。
(直接身体に触れなければ分からない程度のまだ小さな芽のような状態だけど、この看護婦さん、結晶化しかけてるわね)
奈里佳のいつになくまじめな声が、克哉の頭の中で響いた。
「よっこらしょっと。……あらやだ。まるでおばさんみたいなこと言っちゃった。」
克哉の手を借りて立ちあがった美根子は、恥ずかしそうに笑う。
「いえ、そんなことないですよ」
美根子は自分よりも10才は年上の大人である。克哉のような中学生の子供からすると、十分におばさんの範疇に入ると言えなくも無いのだが、そこはそれ、社交辞令を言うことが出来る程度には克哉も大人だった。
(やっぱりこの看護婦さん、結晶化しかけてるんだね。どうしよう奈里佳?)
そして克哉は、苦笑い混じりの社交辞令で美根子に応えつつ、心の中の会話で奈里佳に質問する。
(どうって……。この状態ではまだ何も出来ないわよ。そうでしょ、クルルちゃん?)
奈里佳は、自分達の状態をモニターしているはずのクルルに助けを求める。ただ、自分で説明をするのが面倒くさいだけであろうが。
(そうですね。克哉君が変身して身体のほうも奈里佳ちゃんになったとしたら何とか出来なくも無いですが、現状ではとりあえず要注意人物として見守るしか出来ませんね。遠隔地からでもモニター出来るように、その看護婦さんの精神とリンクしておくというのが今とれる最善の方法でしょう)
良く言えば常に会話をモニターして手助けが必要なら助言を加える。悪く言えば常に盗み聞きをしていて自分の得意な話題になればしゃしゃり出る。というわけで完全なる状況把握のもと、克哉と奈里佳の会話に割って入ってきたクルルだった。
(見てるだけって、それだけで大丈夫なの? もしも急に結晶化が始まったら……)
言葉を濁す克哉。その脳裏には数日前に夢で見た崩壊のビジョンが再生されていた。
「ちょっと、矢島君ッ! 急にどうしちゃったのッ!?」
美根子は、転んだ自分に手をさしのべて起こしてくれたた克哉が、目の前で急に黙りこんでしまったのをしばらく不審そうに見ていた。しかし克哉が、突然小刻みに震えだしたかと思うと顔は青ざめ、冷や汗まで流しだしたのを目にして、あたりをはばからずに大声を出したのだった。
「え……」
再生された崩壊のビジョンに精神の平衡を奪われた克哉は、気の抜けた返事をするばかりである。
「とりあえず、早く保健室に戻りましょうッ!」
自分よりやや低い位置にある克哉の両肩を正面から掴んで、美根子は克哉の焦点が定まっていないその目を見ながらそう言い聞かせると、今度は修司の方に叫ぶのだった。
「手伝って下さいッ!」
その美根子の剣幕に押された修司は何も言わずに克哉を脇から支えた。
「行きますッ!」
その姿は、ドジな看護婦さんの姿には見えなかった。修司は軽くうなずくと、美根子と2人で克哉を保健室へと運び、その扉をくぐった。するとそこに待っていたのは、検尿の結果をカルテに記入している遠子だった。
「先輩ッ! どうしたんですかッ!?」
美根子と修司が誰がどう見ても具合の悪そうな克哉を両脇から抱えながら保健室に入ってきたのを見てとると、遠子は驚きの声をあげた。
「この子の具合が急に悪くなっちゃったの」
美根子は検査を受ける男子生徒をかき分けつつ遠子に答えると、克哉を保健室に置かれている3台のベットに連れて行くのだった。
「美根子、とりあえずここに寝せて」
真美先生がベットの周りに張られたカーテンを開ける。
「おい、矢島、大丈夫か?」
生徒の群れのなかから心配そうな声が口々に発せられるが、克哉はそれに応えない。美根子と修司、そして真美先生に抱えられながら、克哉はベットに横たえられた。
「熱は無いようね。というか逆に体温が低下しているみたいだけど……。ねえ、いったい何があったの?」
克哉のおでこに右手をのせてアバウトに熱を計ると、真美先生は事情を知っているだろう美根子に質問する。
「それが分からないの。私が廊下で転んで、この子に手を引かれて立ち上がったと思ったら、こうなっていたのよ」
まったくもって分からないと、ベットに寝かされた克哉とその周りに集まってきた男子生徒達の顔を順番に見ながら首をかしげる美根子。
「それだけですか……。何かそうなる直前に変わったことはなかったんですか? 先輩」
そう言いながら、遠子は克哉の身体に毛布を1枚、2枚とかけていく。
「いえ、とくに変わったことは……」
看護婦にあるまじきことだが克哉の容態を心配するあまり、美根子は気が動転して何も思い出せないようだ。
「そう言えばそのちょっと前に、女の子になっていた僕のアソコが一瞬のうちに元にもどったんですけど……、直接は関係無いですよね?」
自信無さそうに中途半端に手を上げて真美先生に答える修司。その瞬間、真美先生の顔つきが保健室の養護教諭とは思えないほど厳しく変わったッ!
「なんですってッ!? ちょっと見せてみなさいッ!!」
そのまま真美先生は本人の返事も聞かずに修司のズボンのウェスト部分を左手でつかんでぐいッと引っ張っると、今度はそこに出来た隙間からパンツの中に右手を突っ込む。
「うわッ! 先生、何するんですかッ!?」
当然と言えば当然だが、抵抗しようとする修司。しかしさっきまでの美根子に対する態度と全然違うのはどうしてだろう。やはり、いきなり突然にという点がポイントなのだろうか?
「元に戻ったという話が本当かどうか確かめないと、話にならないでしょッ! ……なるほど。ちゃんと付いてるようね」
ひとしきりムニュムニュと復活した修司のアソコを触り、その確かな存在を確認した真美先生は、ようやく修司のパンツの中から手を引きだした。
「真美ちゃん……」
それを見ていた美根子は、そこまでやっても良いのか? という戸惑いを隠せない。病院勤務で患者さんの意志を尊重しなければいけない職場環境と、保健室の養護教諭という、ある意味自分の方が立場が強い教育の現場という職場環境の差であろうか。真美先生は美根子の心配をよそに堂々とした態度で消毒薬を使って手を洗っている。
「堀田君は、ちゃんと元の状態に戻ってるようね。変身が完全に解けたと見て間違いないわ」
美根子の消極的な非難を完全に無視して、真美先生は独り言のようにつぶやきながら、克哉の上にかけられた毛布の中に手を入れる。続けてズボンの上から克哉の股間を触ってそこがまだ女の子のままであることを確認する。
「でも、同じようにアソコが女の子になっていた矢島君は元に戻る様子は無くて、なおかつ体調を崩している。どうしてなのかしら?」
そのまましばらく動きが止まる真美先生。美根子、遠子、修司の3人も黙ってその様子を見ている。しかしその時間もわずか数秒のことだった。
「……美根子ちゃん、遠子ちゃん。変身現象の後遺症が残っている男子生徒達を徹底的に検査するわよ。みんなの現状を把握しなくっちゃッ!」
真美先生のその剣幕に、ようやく自分が本来ここで何をしなければならないかを思い出した美根子は、それまでのおろおろとしていた気持ちを引き締めた。
「遠子ちゃん、行くわよ」
「はい、先輩」
美根子と遠子はお互いに顔を合わせてうなづいた。
「じゃあ、矢島君はしばらくここで寝ていてもらうとして……。さあ、あなたももう一度詳しく検査よ」
そして真美先生に引っ張っぱられるようにして修司もその場を去り、カーテンで仕切られた区画のベットの上には、克哉だけが取り残された。
(……ようやく静かになったわね。どう、克哉ちゃん、まだ気分は悪い?)
ベッドに横たわる克哉の頭の中に、奈里佳の声が響く。克哉の体調を心配しているのか、その音の無い声はいつもに比べてかなり小さい。
(あ、奈里佳。大丈夫……、と言いたいけど、ちょっとまだダメ。まだ崩壊のビジョンが消えなくて……)
克哉の弱々しい返事が奈里佳に返る。
(克哉君の潜在的な魔法力が強いのは良いんですが、正比例して感受性も強いというか、強すぎるのが問題ですね。完全に変身して身も心も奈里佳ちゃんになってしまえば問題無くなるんですけど)
クルルも離れた場所から会話に参加してくる。
(あッ! それって、私のことを感受性が無いってバカにしてない?)
奈里佳がすかさず抗議する。その反応性の良さは、ある意味十分に感受性が高いかもしれない。
(奈里佳ちゃんの感受性が無いだなんて言ってませんよ。奈里佳ちゃんに変身した後の克哉君は、自分の魔力を完全にコントロールすることが出来るってことです)
その場に居ないにも関わらず、『チッチッチッ』と顔の前で指を振っているような気がして、克哉はちょっとおかしくなった。
(クルル、僕が奈里佳に変身出来るにはあとどれくらい魔力がたまらないとダメなの?)
まだ気分的には落ち着いていない克哉だったが、その声だけは落ち着いていた。
(魔力のたまり具合からすると、明日にでも変身出来なくは無いですが、変身しただけで魔力の大半を消費しちゃいますよ。出来たらもう少し魔力がたまってから変身したほうがいいですね)
とりあえずクルルは克哉の質問に答えると、いったんここで言葉を切った。
(まだ変身できないのか……)
克哉はため息をつくような言い方をする。
(あららッ! もしかして克哉ちゃん、今すぐにでも変身したいの?)
克哉と奈里佳は一心同体の関係なので、別にそんなことは聞かなくても分かっちゃうのだが、あえて質問する奈里佳。おそらく克哉の口から直接聞きたいのだろう。
(うん、だってあの看護婦さん、結晶化しかけてるんだもん。このまま放っておいたら……)
そしてまた身体を小刻みに震わせる克哉。寒くない寒気に、克哉はベットの上で小さくひざを抱え込むように丸くなっていく。
(勝手に崩壊のビジョンを見るのは良いけど、いいかげん慣れなさいよね。ビジョンはビジョン。それ以上でもそれ以下でもないんだから)
突き放すような言い方だが、どこか優しげな奈里佳。珍しいこともあるものだ。
(克哉君が使命に燃えてくれるのは嬉しいんですが、魔力がたまらないことには変身ができないんですよ。あと数日のことですから、魔力が十分にたまるのを待ちましょうよ)
クルルも柔らかな口調で克哉を諭す。
(でもッ! だってッ!! このままじゃあの看護婦さん結晶化して……。死んじゃうかもしれないのにッ!!)
かろうじて声に出すことはせず、心の叫びを爆発させる克哉。その閉じた目からは涙がこぼれていた。
(ああ、もうッ! 泣くことないでしょッ!! まったく、それでも男の子なの?)
克哉が涙を流していることを感じた奈里佳は、それに対して文句をつける。
(奈里佳ちゃん。今の克哉君は『女の子』なんですけど♪)
場を明るくしようという意図なのか、必要以上に弾んだ言い方で奈里佳の言葉を訂正するクルル。
(分かってるわよ。ちょっとしたボケじゃない。ほら、克哉ちゃんも笑って、笑って)
本当はそのツッコミを克哉に言ってほしかった奈里佳だったのだが、克哉本人にその気が無いのではしょうがない。
(結晶化しかけているあの看護婦さんをそのままにしておくのはかわいそうだよ……)
やはりこのまま自然に魔力がたまっていくのを待ってから変身するしかないのかなと、克哉は自分でもそう思いながらも、どこかあきらめきれないでいた。変身するのを嫌がっていたはずなのだが、やはり結晶化による世界崩壊のビジョンを見てしまったことが克哉の心の奥底を大きく動かしていたらしい。
(……本来なら十分な魔力をためる為にはあと数日は必要なんだけど、克哉ちゃんがその気なら、あと1日でなんとかできなくもないわよ)
珍しくまじめな口調の奈里佳。
(えッ!?)
驚く克哉。まじめな口調の奈里佳に驚いているのか、それとも奈里佳の言葉の内容に驚いているのか? まあ、両方かもしれない。
(だから、やり方しだいで、1日もあれば十分な魔力をためることができるって言ったのよ。クルルちゃんなら分かるでしょ? なんてったてここには魔力が残存している人達がいっぱいいるんだもん。これを利用しないって手はないわね)
奈里佳はクルルに話を振った。自分で全部説明するのが面倒になってきたのかもしれない。
(う~ん、まあ、不可能ではないですね。他人が持っている魔力を吸収すれば確かにすばやく魔力を充填することができます。でも、自分自身の波長とは違う波長の魔力を吸収することになるわけですから、変身後に魔力のコントロールが乱れちゃうかもしれませんよ)
奈里佳の言いたいことにすぐに気がついたクルルだったが、同時に問題点も指摘する。
(ねえ、いったいどういうことなのか教えてよ。僕にも分かるように)
奈里佳に変身し、その記憶も共有したことがある克哉だが、変身したその状況で知ったことしか記憶に残らないので、克哉には魔法全般に対する深い知識は無いに等しい。というわけで、克哉には自分の頭の中で展開される奈里佳とクルルの会話にはまったくついていけていなかった。
(つまりですね、克哉君。たとえばこの学校の中だけでも、先日のお嫁さんへの変身が完全に解けなくて、まだ部分的に変身したままの生徒がいますよね? そういった生徒達には、部分変身を維持しつづける為に必要な魔力が残存しているわけです。その魔力を克哉君が吸収すれば、自然に魔力がたまるのを待つよりもずっと早くに魔力を満たすことができるというわけです)
説明的なセリフをよどみなく口にするクルル。それを聞いた克哉はしばらくその言葉をゆっくりと噛みしめるのだった。
(他の人の魔力を吸い取っちゃえばいいってことはなんとなく分かるけど、それって簡単に出来ることなの?)
しばらく考え込んでいた克哉だったが、考えても分かりそうになかったので素直に聞いてみた。
(あら、気づいてなかったの?)
奈里佳が本当に驚いたという声をあげる。実際には声は出ていないけど。
(気づいてないって何が?)
不思議そうに問い返す克哉。きょとんとしている。
(さっきまで一緒にいた堀田修司君の変身がなぜ急に解けたのか? それは克哉君が彼の魔力を吸収したからなんですよ。無意識にやったみたいですけど、やったことには変わりありませんから、簡単かどうかはともかくまた出来ると思いますよ)
奈里佳の代わりに克哉の質問に答えるクルル。
(知らなかった……)
克哉は言葉がない。
(やっぱり気づいてなかったのね。克哉ちゃんってば、さっきのトイレの中の出来事に対してあんまりいい感情を持たなかったでしょ? 『早く終わってくれないかなぁ~』なんて考えていなかった?)
奈里佳は克哉に問いかける。
(そういえば、そんなことを考えたような気もするけど、ホントにそんなことぐらいで堀田君の魔力を吸収出来ちゃったりするの? まるで嘘みたいな話のような……)
クルルや奈里佳の話を聞いても、克哉としては自覚がまったく無いので信じるに信じられない。
(嘘みたいだけど事実だからしょうがないでしょ。そもそも克哉ちゃんは自分が持ってる力に自覚を持たなくちゃ。いい、克哉ちゃんは私、つまり『魔法少女♪ 奈里佳』でもあるのよ)
なぜか胸を張って威張っているようなイメージ映像が克哉の脳裏に浮かんでくる。
(奈里佳ちゃんの言う通り、克哉君には他人の魔力を吸い取る力があります。というか魔力をためようとしている普段の状況が既に自然界や他人の魔力を少しずつ吸収している状態なんです。今回の堀田君のケースは、その吸収能力が選択的に働いた結果ということですね)
クルルも奈里佳の意見を補強する。
(ま、無意識にやっちゃったということだけが、ちょっとアレだけどね。本当なら意識的に魔力を吸収して欲しいところよね。というわけで克哉ちゃん、あの看護婦さんの結晶化を救う為に変身までの時間を短縮することは可能よ。克哉ちゃんにその気があればね♪)
奈里佳は挑発するように克哉に問いかける。イメージ上の奈里佳の手が克哉の首に絡みついてくるかのような雰囲気だ。
(その気はもちろんあるけど、出来るかな、僕に……。奈里佳が代わりに魔力を吸収してくれるってわけにはいかないの?)
いざとなるとやや気弱になってきた克哉。もしかしてちょっと情けないかもしれない。
(だから、あんまり言いたく無いけど私たちの本体は克哉ちゃんなのよ。私じゃないの。克哉ちゃんがやらなきゃ話は始まらないのよ。分かる? サポートはしてあげられるけど、やるのは克哉ちゃん本人がやらなくちゃダメなのよ)
ちょっと突き放したような印象で克哉の頼みを断る奈里佳。
(……分かった。出来るかどうか分からないけどやってみるよ)
ようやく腹を据えたのか、克哉の返事にも気迫が込められてきた。
(それでこそ、世界の結晶化と崩壊の危機を救おうという正義の魔法少女です! がんばって下さい)
克哉の頭の中には、素直に克哉の決心を喜んでいるクルルの声が聞こえてきたが、その時克哉の家にいるクルル本体は、緊張を伴ったまじめな顔をしていた。ぬいぐるみのようなクルルのまじめな顔というのはなかなか想像出来ないかもしれないが、とにかくまじめな顔であった。
(うん、ありがとう)
クルルの励ましに対して礼を言う克哉。その雰囲気からは強い決意がうかがえたが、無理をして緊張を押し殺している様子も感じられなくもない。
(でも、さっきも言いましたけど、他人の魔力を吸収するということは、自分とは違う波長の魔力を吸収することになりますから、変身後の魔力のコントロールに乱れが生じる危険性を覚悟しておいてください。おそらく奈里佳ちゃんに変身した後の克哉くんなら大丈夫だとは思いますけど、慣れるまでの間は注意が必要です。魔力が暴走なんかしちゃったら大変ですからね。とにかく注意してがんばってくださいよ)
念の為の注意をするクルル。しかし克哉の決意を変えようという気は無いようだ。克哉の決意の強さを理解しているのだろう。
(分かった。注意するよ。それで、他の人の魔力を吸収するにはどうしたらいいの? 堀田君から魔力を吸収したって言われても、何も覚えていないんだよね)
知ったかぶりとはほど遠い態度の克哉。謙虚というか素直である。
(相手に意識を集中して、魔力を吸い取るイメージをするのが基本かしらね。でしょ? クルルちゃん)
魔法関係の知識に関してある程度の知識はあるものの、完全な知識があるわけではない奈里佳としては、クルルに確認するのを忘れない。普段のタカビーな態度とは裏腹に、押さえるべきところでは慎重なのかもしれない。やはり元々の元は克哉と同じ精神をしているということなのだろう。
(まあ、そうですね。問題なのは誰から魔力を吸い取るか、その相手を特定することですが……)
奈里佳の言葉を肯定しつつ、問題点を指摘するクルル。確かに保健室のベットに寝ていて、その上そのベットがカーテンで外部と仕切られている状態では、相手を見ながら確認することはできない。クルルとしてはその点を問題としたのであろう。
(その点は問題ないわ。私が遠隔視して、その映像を克哉ちゃんに中継すればいいだけのことじゃない。ふふん、やっぱり私が居て正解だったわね)
何をすべきかがハッキリとしており、自分がそれを出来る能力を持っていることを自覚して威張る奈里佳。
(なるほど……。では、後は克哉君が誰から魔力を吸収するかを決めて、実行するだけですね)
納得するクルル。
(実行するだけですねと言われても、具体的にはどうすればいいの?)
何だか奈里佳とクルルにおいてきぼりにされたような感覚を味わいながら、克哉は質問する。
(そうね、他人の魔力を吸収するというと、良く知られたやり方としては血を吸うっていうやり方があるわね。ほら、吸血鬼みたいに血を吸うことで他人の魔力を吸収するわけよ。まあ、実際に血を吸わなくてもイメージの上で血を吸えば魔力を吸収できるはずなんだけどね)
具体的にという克哉の質問に対して、やはり具体的に答える奈里佳。
(吸血鬼……。う~ん、出来るかな。僕に……)
吸血鬼のように相手の血を吸うことをイメージしろと言われても、なかなか具体的にイメージ出来るものでは無い。克哉の戸惑いももっともだ。
(じゃあ、代わりにキスをするっていうイメージでもいいわよ。それでも相手の魔力を吸い取ることは出来るはずだから。そうよねえ。血を吸うだなんてことよりも、キスをするイメージのほうが健全よね♪ そうでしょ、克哉ちゃん?)
次善の策を克哉に提案する奈里佳。しかしその雰囲気から本当はこちらのやり方を克哉にさせたがっているのがみえみえだ。
(えーーーッ!? 吸血鬼のまねか、そうじゃなけりゃ、キ、キスをするしかないのッ!!)
声を出さないように、ベットの上で毛布を引き上げてそれで口をおおう克哉。
(克哉君、もしかしてちょっと誤解していませんか? 別に本当に血を吸ったり、キスをしたりしなくてもいいんですよ。単にイメージするだけなんですよ)
動揺している克哉の誤解を解こうとするクルル。
(そうそう、単にイメージするだけよ。もっとも、とことんリアルにイメージしなくちゃいけないんだけど、まっ、それぐらい何でも無いわよね?)
対して、微妙に克哉の不安を煽ろうとする奈里佳。楽しそうである。
(う~ん、イメージするだけでいいのか。じゃあ、とりあえずやってみるよ)
色々と不安はあったものの、やるしかないということで克哉は自分を納得させた。
(じゃあ、まずは保健室の中にいる子の中から1人選んでみることにしましょうか。克哉ちゃん、誰がいい?)
奈里佳の声とともに、目の前の景色が二重映しになってしまった。克哉がベットに横たわりそこから実際に見ている視界と、奈里佳が遠隔視して克哉に見せている視界が重なってしまったのだ。
(奈里佳、視界が二重映しになってるんだけど……。このままじゃ何が見えているのかごちゃごちゃしていてよく分からないよ)
当惑する克哉。
(バカねえ~。だったら目をつむれば良いだけでしょ? ちょっとは頭を使って考えたらどうなの?)
鼻で笑う奈里佳。しかし本来は克哉も奈里佳も同一人物である。というわけで奈里佳が克哉を馬鹿にしていても、奈里佳の口調に克哉に対する愛情が微妙に感じられるのはそのせいであろうか。
(バカ、バカって言わないでよ)
奈里佳に反論しつつ、それでいながら克哉は素直に言われた通りに目をつむる。すると克哉の頭の中には健康診断を受けているクラスメイト達の鮮明な画像が映し出された。
ちなみに夏美と『ユニット20479』、通称【ユニ君】が行っている視界の分割によるバーチャルな子画面の表示という技を使うには、克哉が身も心も奈里佳に変身して魔法を完全に扱えるようになる必要がある。つまり現状では視界の切り替えが精一杯なのだ。
(どう? この子は胸だけが女の子になっているわけなんだけど、とりあえずこの子からいってみる?)
奈里佳が克哉に見せた視界の中では、男子生徒が大きく膨らんだ胸もあらわに上半身をさらしていた。
(うん、分かった。じゃあ、とりあえず血を吸うイメージをしてみるね。やっぱり首筋から吸うイメージでいいの?)
男子生徒相手にキスをするイメージを頭に浮かべるよりは、まだしも首筋から血を吸うイメージを浮かべる方がマシと判断したのだろう。
(まあ、そうなんだけど、別に首筋にこだわらなくていいわよ。血は乳につながるから、あの子のおっぱいを吸っても魔力を吸収できるし、イメージするならそっちのほうが簡単かもね)
奈里佳はそう言うと、克哉に見せている視界を望遠モード(?)にして、男の身体についているということを除けば文句のつけようがないほど立派で形の良いおっぱいをアップで映しだした。
(そ、そうなんだ……)
アップになってしまえば、男の身体についているという欠点も気にならない。そんなおっぱいを目の前にして、克哉はごくりと唾を飲み込んだ。アソコが女の子になっている今の克哉であったが、やはり精神は健全な男の子ということなのだろう。
(そうそう、だから早く吸っちゃえ。ほら、さっさとしないと胸が隠されちゃうわよ)
急かす奈里佳。しかし克哉がわずかに躊躇している間に、その生徒の胸囲検査は終わり、見事なその胸はシャツの下に隠されてしまった。
(あ、もう遅いかな。あははは……)
寂しいような、ほっとしたような、微妙に乾いた笑いでごまかす克哉。
(もう、さっさとしないから。やるべき時はさっさとやるッ! で、どうするの?)
威勢良くはっぱをかけると、何かを問いかける奈里佳。
(どうするって何が?)
何を言われたのか分からない克哉は、そのまま奈里佳に質問を返す。
(だから次におっぱいをむき出しにしてくれる子の順番まで待つか、それともこの子の首筋から血を吸うイメージをしてみるか。あるいは単純にイメージできれば良いんだから、さっき見た記憶を元にしておっぱいを吸うイメージをしてみるか。どうするかって聞いてるのよ)
奈里佳は克哉に決断を迫る。
(首筋から血をすうイメージにしてみるよ)
しばらく考えた末に、克哉はそう答えた。
(もう、克哉ちゃんってば純情なんだから。ホントはおっぱいを吸いたい癖に♪)
克哉をからかう奈里佳。まいどのことながら楽しそうである。
(違うってば。いくらおっぱいでも男のおっぱいなんか吸いたくないだけだよ)
言い訳をする克哉だったが、実は心が揺れなかったと言えば嘘になるという状況だったりする。
(ま♪ 女の子のおっぱいなら吸いたいってか? 克哉ちゃんったらエッチなんだから、もう~)
自分の都合の良いように克哉の意見を曲解する奈里佳だったが、曲解したその意見のほうが克哉の本心を言い当てているのは真実である。その証拠に克哉からの反論は無い。
(奈里佳ちゃん、克哉君をからかうのもそれぐらいにしてあげたらどうです)
放っておいたらいつまで経っても話が進みそうにないとみたクルルが奈里佳と克哉の会話に介入してきた。
(ハイハイ、分かったわよ。クルルちゃんってば冗談も通じないんだから。そんなんじゃ恋人もできないわよ。で、克哉ちゃん。話を戻すけど、男のおっぱいなんか吸いたくないから、首筋から血をすうイメージをとってみたいと、つまりはそういうわけね?)
もう十分に楽しんだのか、奈里佳はクルルの言葉に対して比較的素直に応じたのだった。
(つまりも何も、最初っからそう言っているのに奈里佳が話をそらしたんじゃないか)
やや不満そうな克哉。しかし可愛い子がすねると更に可愛さが増すのはなぜだろう?
(あら、そうだったかしら? ま、それはともかく、ハイどうぞッ!)
自分に都合の悪いことはすべて水に流すその態度はある意味立派なような気がしなくもない。そんな自我自賛をしつつ、奈里佳は克哉に見せている視界を切り替えた。
(この首筋から血を吸うイメージをすれば良いんだね? そうしたらその人が持っている魔力を吸収することができるんだよね?)
分かっているならさっさとすれば良いのにと思わなくもないが、克哉としてはとことん納得しないと行動に移せられないらしい。
(そうですよ。克哉君。なるべくリアルにイメージするのがコツです)
克哉の背中を押すかのようにクルルがアドバイスをする。
(分かったら、さっさとやるッ! ほれほれ、ちゅーちゅーと吸ったんさい♪)
けしかける奈里佳。本来は世界の結晶化と崩壊を阻止する為の行動であるはずなのに、既に楽しいイベントと化しているようだ。
(分かったよ。ええと、なるべくリアルに血を吸うイメージをすればいいんでしょ)
そして克哉はベットの上に横たわったまま、奈里佳の遠隔視能力の助けを受けて視界に捕らえている男子生徒の首筋に意識を集中した。そして想像上の自分の唇をその首筋に這わせると、思いっきり血を吸うイメージをしたのだった。
「うわわッ! な、何だ何だッ!? くすぐったいだろ。やめろよッ!!」
イメージ上とはいえ、克哉に首筋を吸われた男子生徒は、それはもう見事なまでの反応を示したのだった。そして彼は首筋の何かを手で払いのけようとしたのだが、その手はただ空を切るだけだった。
「どうしたんだよ、急に。何かあったのか?」
不審そうに問いかける周りの生徒達。
「何かおかしなことでもあったの? ちょっとでも変なことがあったらすぐに教えて欲しいんだけど、どうしたの?」
他の場所で生徒達の体重を計っていた真美先生が異常を察して質問する。同じく美根子や遠子も、声を上げた男子生徒に視線を向けている。
「なんだか今、首筋を誰かに触られたというか、吸われたというか、何か変な感触があったんです」
そう言いながら首筋を手で触る男子生徒。
「あら? ちょっと見せてもらっていいかしら?」
美根子は男子生徒の首筋に何かを見つけると、ぱたぱたとスリッパの音を立てながら男子生徒のところまで歩いてきた。そしてそのままじっくりとその首筋を見て首をかしげるのだった。
「なんでキスマークが……」
確かにその男子生徒の首筋にはくっきりとしたキスマークがあった。
「え~ッ! お前、彼女がいたんだッ!! いったい誰にキスマークをつけられたんだよ」
「いやいや、ちょっと待て。今のこいつの胸は女の子のように膨らんで立派なおっぱいができているんだぞ。もしかしたらキスマークをつけたのは男かもしれんッ!」
「はッ! そういえばそうかッ!? 気持ち悪いやつ」
「しかし、まあ、おっぱいだけ見たり触ったりするのなら、それはそれで楽しそうじゃないか?」
キスマークと聞いて勝手なことを口々に言いだす外野達。女の子だけじゃなく、男の子だってこういう話になると盛り上がっちゃうものなのだ。
「違うッ! さっきまでこんなキスマークなんかついて無かったんだッ! 先生も見てましたよね?」
キスマークを首筋につけた男子生徒は、真美先生に自分の無実(?)を主張する。
「確かにさっき胸囲を測った時には、こんなキスマークなんか無かったわ」
男子生徒の首筋を確認する真美先生。疑問のみが浮かんでくる。
「ええ、私もそう思います。確かにこんな目立つような所にキスマークがあれば、もっと早くに気がつくはずです」
真美先生の意見に同意する遠子。その横では一番最初にキスマークを見つけた美根子が無言のままうなずいている。
「先生、もしかするとこれも変身現象の後遺症じゃないんですか?」
ふと思いついた雄高が、彼にしてはまじめな顔で意見を述べた。
「なるほど。ま、そんなところでしょうね」
ため息をつく真美先生。
「やっぱり他の生徒達にもキスマークがついているのかどうかもう一度確認しなくちゃいけないのかしら?」
少々疲れた気持ちで真美先生に確認する美根子。しかし既に答えは聞かなくても理解しているようだ。
「この健康診断は、集団変身現象の後遺症について調べるのが本来の目的ですからね。やっぱりもう一度調べてみないといけないんじゃないでしょうか?」
美根子に対して自分の意見を述べる遠子。
「ま、議論の余地なしってところかしらね。ハイッ! じゃあみんなッ! 検査が終わって服を着た人も、もう一度服を脱いでちょうだい。知らないうちにキスマークがついていたりしてないか検査するわよ」
真美先生はてきぱきと指示を出していった。その指示にあわせて美根子と遠子が動き、生徒達も服を脱いでいった。
それにしても本質的にはどちらも同じ男子生徒とはいえ、部分的に変身したままで女の子な胸をしている生徒と、どこも変身していない生徒が同じ場所で服を脱ぎ、肌をあらわにしているというのは妙に不思議な光景である。中には下半身にテントを張っている生徒もいたりするのだが、これでいいのだろうか?
(まったく克哉ちゃんってば何やってるのよ。キスマークをつけてどうするのよ。血よ、血を吸わなくちゃいけないのに、唇だけをつけてちゅーちゅーやっててもダメでしょ。牙を立ててガブッといかなくちゃ血は出てこないのよ)
保健室の様子をうかがっていた奈里佳は状況を把握すると克哉に文句を言い始めた。
(そんなこと言ったって、牙なんか無いんだもん。分かんないよ)
ちょっとすねてみせる克哉。まあ、その通りではある。
(文句を言わないッ! あの看護婦さんを結晶化から助けたいんでしょ? だったらつべこべ言わずにさっさとやるッ!)
奈里佳としても、美根子が結晶化しかけている状態を放置しておいて良いとは思っていない。克哉にキツイ言い方をしてはいるが、そういう言い方をして克哉の尻を叩くことが、むしろ克哉の希望に沿うことだと理解しているのだろう。というわけで、克哉を叱ることを楽しんでいるように思えるのはきっと気のせいだということにしておこう。
(そうだね、あの看護婦さんを結晶化から助けて世界を崩壊の危機から救う為には、ガブッと噛んで血を吸わないといけないんだよね。魔力を集めて早く奈里佳に変身しないと、看護婦さんの結晶化がいつ始まっちゃうか分かんないものね)
自分に言い聞かせるようにして、決意を固める克哉。『正義の為なら吸血行為だって許されちゃうのだッ! どうせイメージ上のことだしね』と、まるで夏美が言いそうなことを思っていたりする克哉だった。もちろん奈里佳もだ。しかしクルルの意見はちょっと違っていた。
(ちょっと待ってください。血を吸うイメージを使って魔力を吸収するのはやめたほうが良いんじゃないですか?)
誤解しようがない表現で克哉の行動を制止するクルル。こころなしか慌てているようにも見える。
(クルルちゃん。それってどういう事なの? 納得いく説明をして欲しいんだけど?)
奈里佳は、『せっかく克哉ちゃんがその気になったのに水を差さないでよ』という文句を忍ばせつつクルルに質問をする。ちょっと言葉のはしばしに棘が見え隠れするのは気のせいではない。
(ちゃんと説明しますから、とにかく待っててください。いいですね、克哉君?)
クルルは更に念を押す。克哉がクラスメート達から血を吸うイメージを使って魔力を吸収することが、そんなにもまずいことなのだろうか?
(うん、分かった。でもどうしてなの?)
克哉としてもクルルの意図が分からない。そもそもクルルは、『なるべくリアルにイメージするのがコツです』などと言って積極的に血を吸うイメージを克哉にさせようとしていたのだ。それなのに今はそれを止めようとしているのだから、克哉が疑問に思うのは当然である。
(あの男子生徒の首筋に克哉君のキスマークがついちゃったことを見て気がつきませんか?)
克哉の質問に対して質問で答えるクルル。
(それがどうしたってのよって……。あッ! もしかして!?)
声をあげたのは奈里佳である。どうやらクルルが何を言いたいのか分かったらしい。
(やれやれ、奈里佳ちゃんともあろうものがもしかして今まで分かってなかったんですか?)
あきれるクルル。その口調は嫌みと紙一重である。
(気がつかなかったんだからしょうがないでしょッ! 誰にだってそういうことはあるってことよ。よく言うでしょ? 『弘法も筆の誤り』って)
自己正当化をはかる奈里佳。
(いや、それを言うならむしろ『河童の川流れ』とか『猿も木から落ちる』とかのほうが……)
何故に挑発するようなことを言うのか? クルル、勇気がある奴……。無言で歯がみする奈里佳の気配が怖いかも。
(ねえ、どういうこと? 全然分からないんだけど)
またしても話からおいてきぼりになりかけている克哉が2人に事情説明を求める。
(キスマークがつくということは、克哉君の魔法力が相手に対して物理的な作用を及ぼしているということですよね。ということはつまり牙を立てて首筋から血を吸うイメージを使って魔力を吸収しようとすれば……、分かるでしょ?)
結論まで説明したわけではないが、そこまで説明されて克哉にもクルルが何を言いたいのかが理解出来た。
(つまり、僕が血を吸うイメージをして魔力を吸収しようとすれば、首筋に牙の跡がついちゃうと……)
理解した克哉の顔から血の気が退いてしまう。意外と男の子の精神は、流血沙汰になるような状況には弱いのだ。
(ま、跡がついちゃうだけならまだしも、ヘタすると頸動脈を傷つけて出血多量で死んじゃうかもね。まあ、ここは保健室で真美先生がいるし、ついでに看護婦さんも2名いるから手当のほうも期待できるってことで、よっぽどじゃないと死なないでしょうけどね)
さも、自分は最初から分かっていたという態度を取る奈里佳。図々しいというか立派というか。
(そんなッ! 血を吸うイメージをしただけで、相手を殺しちゃ洒落にならないよッ!!)
驚く克哉。まあ、驚かないほうがどうかしているのだが。
(克哉君の魔法力が強すぎるせいですね。本来、こうしたイメージをしただけではキスマークがついたりなんかしないんですけど、さすが克哉君♪ 僕が見込んだだけのことはことはありますね)
(そうねえ、克哉ちゃんの魔法力はものすごく強いのは間違いないわ。さすが私と同一人物でもあるだけのことはあるわね)
自画自賛するクルルと奈里佳。なんだかもう勝手にしてと言いたくなる克哉であった。
(じゃあ、結局みんなから魔力を吸収するためにはどうしたらいいの?)
話を元に戻そうと、克哉は具体的な質問をした。
(やっぱり、キスして魔力を吸い取るしかないんじゃない? それならキスマークがつくことも、牙の跡をつけちゃうこともないんじゃないかしら?)
軽い調子で結論を口にする奈里佳だった。
(そうですね。僕もそれがいいと思いますよ)
クルルも奈里佳に同意見のようだ。というか、正確にはクルルの意見に奈里佳も同意したというのが正しいのだが、まあそんなことはどうでもよい。特に克哉にとってはそうだった。
(それしか……、方法はないんだよね)
結局のところ、クラスメート達の中に残存する魔力を吸収する為には、イメージ上とはいえ相手の唇にキスをするしかない。その言葉を聞いて克哉は一瞬だが躊躇した。しかしいまだ奈里佳が遠隔視能力で克哉に見せている保健室内部の映像に看護婦の美根子が映ったとき、克哉は迷いを振り払ったのだった。
(そうね、普通にしていても魔力はたまっていくけど、あの看護婦さんが結晶化しかけている以上、完全に結晶化する前に何とかしてあげなくちゃね。クルルちゃんもそう思うわよね?)
さすがに克哉と同一人物であるだけあって、奈里佳は克哉の気持ちを100%理解している。ふざけたり遊んだりしていなければ、ホントに息の良いコンビなのである。まあ、めったにそういう状況にはお目にかかれないのであるが。
(結晶化は最初は徐々に進みますが、最後は爆発的な勢いで一気に進みますからね。それを考えたら、他人の魔力を吸収して魔法のコントロールが多少不安定になるかもしれないというリスクを抱えるのは、十分に許容範囲内です。克哉君ッ! そして奈里佳ちゃんッ! できる限りがんばりましょうッ!!)
クルルも含めて、既に止める者はいない状況である。外から克哉を見たら単に保健室のベットに寝ているだけなのであるが、その頭の中では大いに盛り上がりをみせていたのだった。
(よし、僕、がんばるからッ!)
数日前までの克哉だったら、魔力を吸収して1日でも早く奈里佳に変身できるようにしようとは考えもしなかったに違いない。しかし今の克哉は、結晶化とそれがもたらす世界崩壊のビジョンを見てしまったこともあり、『それに比べたら男とキスをするぐらいなんだッ!』と、思っているのかもしれない。すくなくとも傍目にはそう見える。
(じゃ、いきましょうか。でも、みんなから魔力を吸いとって部分変身状態を元に戻しちゃったら、克哉ちゃんだけが目立っちゃうわね……。どうしようかしら?)
ふと、奈里佳が思ったことを口にする。
(そうですねえ。どこで例のフューチャー美夏が監視をしているかもしれませんからね。用心の為に克哉君のアソコを元に戻してあげたらどうです? 奈里佳ちゃんも元々は克哉君のアソコが女の子になっていることは、誰にもばれない予定だったんですよね)
克哉の変身が近づいてきたとなれば、またしても前回と同じくフューチャー美香を名乗るディルムンのタイムパトロール(?)と戦わなくてはならない。とすればなるべく正体を隠しておいたほうが有利に戦えるということが言えるのだ。
(そうだよ奈里佳。ついでに僕のアソコも元に戻してよ。そうしようよ。ね♪)
結晶化と世界の崩壊の話は脇に置いて、克哉は期待に胸をふくらませて奈里佳にお願いする。
(だ~めぴょん♪ 克哉ちゃんのアソコを元に戻さなくても、結果的に目立たなくすれば良いんでしょ? だったら全員から魔力を吸収するんじゃなくて、適当に選んで魔力を吸収するとか……、そうねえ。もう変身が完全に解けて元にもどった人を今から部分的に女の子にしちゃうという手もあるわね。克哉ちゃんが魔力を吸収して、その魔力の一部を使って私が部分変身魔法を使ってそれなりの数の生徒の身体の一部を女の子に変えちゃうの。どう? これなら克哉ちゃんが目立つこともないし、第一おもしろそうでしょ?)
世界を崩壊の危機から救うという使命を忘れて、楽しみだした奈里佳。そんなに長いつきあいではないが、こうなった奈里佳に何を言っても無駄だということを、既に克哉は理解していた。
(もう、分かったよ。じゃあ、さっさといくよ。まずは誰からにする?)
こうして保健室のベットに寝たままであるにも関わらず、奈里佳の遠隔視能力の力を借りた克哉は、保健室にいる生徒達は言うに及ばず、城南中学校のみならず周辺地域のまだ変身状態を部分的に維持している人たちから魔力を吸収しまくったのだった。あいての唇にキスをするイメージをすることによって……。
(クルル~、奈里佳~、唇の感触が気持ち悪いよぉ~ッ! ああ、この人、舌を入れてきた~ッ!!)
1時間後、克哉の心の叫びがこだました。ちなみに男性からだけではなく、女性からも残存魔力を吸収出来ることに3人が気がついたのは、もう十分過ぎるほどの魔力を吸収し終わった後だった。けっこう3人ともおまぬけさんである。
第12章 家族な人々
「晩ご飯の時間まで寝てなくちゃダメよ。微熱があるんだから。それにほら、新しいパジャマも買ってきたからこれに着替えたらいいわ」
克哉から受け取った電子体温計の数字を確かめると、弓子は心配そうな、それでいてどこか嬉しそうな顔を克哉に向けた。ちなみに微熱があるのは、ついさっきまで学校内はおろか街中の人からランダムに魔力を吸収したせいである。それこそめいっぱいに。
「うん、そのパジャマに着替えるかどうかは置いといて、ちょっとぼうっとしてるから、僕も晩ご飯までは寝ているつもりだったから……。でもお母さんこそ仕事のほうは良かったの?」
本来であればまだ弓子は働いていて家にはいないはずの時間である。克哉が疑問に思うのも無理はない。前にも具合が悪くなって早退してきたことがあるが、その時の弓子はいつもどおりに仕事をを済ませて帰ってきたことがあるからなおさらだ。
「いいのよ。可愛い息子、いえ、娘の為だもの」
その言葉を聞いて、克哉は顔をしかめる。母親が暴走しかけていることが分かってしまったからだ。だとすれば目の前に広がる光景も理解できる。
「お母さん、確かに今の僕のアソコは女の子になっているけど、これは一時的なことでしばらくしたら元に戻るんだよ。だからちょっとこの女物のパジャマは遠慮したいなあ。それに服も」
具合が悪くなったから克哉が早退するという連絡を学校から受けた弓子は、早めに仕事を切り上げると、数々の女物の服やパジャマを買い込んで帰ってきたのだ。もちろんその女物の服は自分のものではないのは言うまでもない。
「元に戻るかもしれないけど、そうでないかもしれないじゃない。だったら女の子になっている間だけでもこの服を着て欲しいの。ね、いいでしょ?」
目をうるうるとさせながら部屋中に広げた女物の服をバックに、ピンク色をしたパジャマを手に取り克哉に差し出す弓子。そのパジャマにはややおとなしめながらも随所にフリルが装飾として縫いつけられており、とっても女の子女の子した感じである。
「いらないよ。今までのパジャマを着るから」
つきあってられませんと、部屋のすみに置かれたクローゼットの引き出しを開ける克哉。
「あれ? 中身がない……」
何が起こっているのか理解ができず、克哉の目が点になる。
「ああ、今まで着ていた服や下着は全部洗濯してるから♪ とりあえず今日のところは女物の服しかないの。がまんしてね」
してやったりという感じの弓子。満面の笑みとはこういう表情を指すのだろう。
(克哉ちゃん、あきらめて着てあげたら? 実際、今の克哉ちゃんは胸も膨らんでないしお尻も丸くないけど、まあ女の子であることには間違いないんだし。それにきっと似合うわよ)
まだ放心気味の克哉に対して、奈里佳が話しかける。イメージとしては克哉の背中を軽く叩きながらという感じであろうか。
(かってなこと言わないでよ。いくら今の僕のアソコが女の子になっていても、僕は男であることに間違いはないんだからね)
まずは奈里佳に文句を言う克哉だったが、現実問題として男物のパジャマや服が無いのはいかんともしがたい。
「お母さん、洗濯してるって言っても、全部を一度に洗濯するのは無理だと思うんだけど……。で、どこに隠しているの?」
魔力を吸収しきっているからだろうか? ちょっとだけいつもよりも強気かもしれない。
「クリーニング屋さんに出しちゃった。だって、しょうがないじゃない。うちの洗濯機じゃ一度に洗えないんだもの」
納得出来るような納得出来ないような、妙な理屈を持ち出す母、弓子であった。やはり奈里佳でもある克哉の親ということなのだろう。
「もぉ~っ、しょうがないなあッ! じゃあ、着替えるからお母さんは出ていってよ」
言いたいことは山ほどあったが、早めに横になって休みたい気持ちのほうが強かったので、克哉はその女物のパジャマを受け取ることにした。
「いいじゃないの。今は女同士なんだから。あ、そうそうッ! お母さん、下着も買ってきたのよ。ほら、可愛いでしょ? やっぱり熱があるときはこまめに下着も取り替えないとね♪」
いそいそと紙袋から取り出したのは、数々のショーツ達であった。
「女同士かもしれないけど、お母さんに着替えを見られるのは僕が嫌なの」
やはりいつになく強気の克哉であった。変身も、そして変心も近いのかもしれないが、色々な人達から魔力を吸収した副作用かもしれないという可能性もある。
「お母さん、さびしい……。せっかく克哉のことを思って買ってきたのに」
ショーツをハンカチのように握りしめ、軽く口にくわえる弓子。年齢を考えたら異常なまでに可愛らしい態度かもしれない。
「ちゃんと着替えるから出てってよ」
いくら可愛らしくても、しょせんは母親である。弓子のうるうる攻撃は、克哉に対しては何も効果が無かった。少なくとも克哉にはマザコンの気は無いらしい。
「じゃあ、このショーツもはいてくれる? はいてくれるって約束してくれたら、お母さん出てくから」
条件闘争に入る弓子。
「まあ、それならいいよ」
克哉はあっさりと弓子の要求を飲んだが、これにはわけがある。克哉は既に、トランクスを奈里佳の魔法によりショーツに変化させられたものを着用している。トランクスをはいてもすぐにまた魔法によりショーツに変化させられてしまうので、女物の下着を身につけることは仕方が無いこととあきらめている。問題は着替えを見られると、その事実を知られてしまうということなのだ。
「じゃあ、お母さんはまた後で様子を見にくるから、ちゃんと寝てるのよ」
一気に押してもダメだと悟った弓子は、ここはいったん退いたほうが良いと判断したようだ。買ってきた女物の服の数々を手早くクローゼットの中にしまうと、克哉の部屋を出ていこうとしたが、ふと思いついたように後ろを振り返る。そしてベットの上に置かれたものに目をとめた。
「ぬいぐるみ……。克哉が買ったの?」
ベットの上で微動だにせずにいるクルルを見つけて、ちょっと不思議そうにする弓子。
「え、あ、ああ。あれね、あのぬいぐるみは、買ったというか、拾ったというか……」
とたんにしどろもどろする克哉。とっさに言い訳が出てこない。
「拾ったの? 珍しいわね。克哉ってそういうの好きだったかしら? まあいいけどね。ぬいぐるみが好きだなんて女の子らしいし。あ、そうだ。今度もっと可愛いぬいぐるみを買ってきてあげようかしら。ねえ、どんなぬいぐるみがいい?」
また嬉しそうにはしゃぎかける弓子。
「このぬいぐるみはちょっとわけありなの。他のぬいぐるみは別に欲しくないから。じゃあそういうことで」
らちがあかないと、克哉はまだ名残惜しそうにしている母親の背中を押して部屋の外に押し出すとドアを閉め、更に念の為に鍵をかけた。
「はあぁ~、疲れる。お母さんもどうしてこうなのかなあ」
アソコが女の子になってしまっても、それが原因で不審に思われたりしない今の状況はそれなりにありがたくはあったが、どうにもため息をつくしかない克哉であった。
「ぬいぐるみのふりも疲れますね。やっぱり動けないのはつらいですよ」
弓子が完全に部屋の外に出ていったのを確認したクルルは、大きくのびをしながら克哉に話しかけてきた。まるで猫のぬいぐるみそのものといった姿だが、2本足でベットの上を歩いてくるのを見ると何だか妙なものを見ている気持ちになってくる。
(クルルちゃんの場合は、まだ良いわよ。誰も見ていない時はちゃんと自分の身体で動けるんだもの。私なんか、克哉ちゃんの身体を借りないといけないのよ)
愚痴をこぼす奈里佳だったが、口調そのものはその状況を楽しんでいるかのように聞こえる。まあ、本当に楽しんでいるんだろうけど。
「言っときますけど、身体を貸すつもりは無いからね」
クギを刺す克哉。口調は厳しいが、おびえたような雰囲気が伝わってくる。可愛いかもしれない。
(まあ、そんな小さなことはおいといて、せっかく買ってきてもらったんだから早く着替えたら? お母さんも後で見に来るって言ってたし、それまでに着替えたほうが良いんじゃない?)
克哉のことを心配してそう言っているわけではないことは、奈里佳の楽しげな雰囲気から明らかである。間違いなく、女物のパジャマを着た克哉の姿を早く見たいということなのだろう。
(奈里佳に言われなくても着替えるよ。これしかないんだし)
弓子に対する愚痴をぶつぶつと言いながら、克哉は詰め襟もりりしい黒の学生服を脱いでハンガーに掛ける。次はズボンのベルトを外すとそれを脱いで、下着の上にワイシャツを1枚着ただけの姿になった。……ちょっと萌える?
「はあぁ~、今、この部屋にある男物の服はもしかするとこの学生服とワイシャツだけか。でもお母さん、スカートなんか買ってきて僕にどうしろっていうんだろ?」
クローゼットの扉を開き、中を確認しながらため息をつく克哉。見ると中に入っているのは4分6分でスカートよりもパンツの方が多いのだが、それが弓子なりの配慮というか妥協点ということなのだろう。逆の見方をすれば、いずれはスカートをはかなければ、『お母さん許しませんよ』ということかもしれない。いや、『お母さん泣いちゃうから』だろうか?
(もちろん、『スカートをはいてね♪ by母より』ってことなんじゃないの?)
既に克哉としても十分に理解している事実を、改めて突きつける奈里佳。
「そんなことは分かってるけどさあ、アソコは確かに女の子になってるけど、体型そのものは男なわけだし、女物の服なんか似合うわけないじゃないか。まったくお母さんは何を考えてるんだろうって言いたかったんだよ」
奈里佳に返事をしながらクローゼットの扉を閉め、今度は引き出しを開けてみる。
(似合えば着るってことなのね。じゃあ、さっそくアソコ以外の部分も完全な女の子の体型に変身させてあげようか? ていうかサービスでやってあげるわ♪)
物騒なことを言い出す奈里佳。というか本当なのか? 似合えば女物の服を着るっていうのは?
「ストップ! 明日は中津木総合病院で再検査をしなければならないんだから、面倒になるようなことはしないでよ。お願いだから」
慌てる克哉。そうなのだ。あれから克哉が残存魔力を吸収した為に部分変身が元に戻った生徒もいれば、克哉が吸収した魔力を利用して奈里佳に部分変身魔法をかけられて、新たに一部だけ女の子になった生徒もいる。しかし克哉のように具合が悪くなった生徒はいないということで、克哉だけが中津木総合病院で再検査を受けることになっているのだ。
「そうですね。せっかく明日にでも奈里佳ちゃんに変身出来るだけの魔力がたまったのに今ここで克哉君の身体全体を中途半端に女の子の体型に変身させたら、奈里佳ちゃんに変身出来るのが先になっちゃいますしね」
のんびりした口調でやんわりと奈里佳に反対するクルル。
(まあ、それもそうね。どうせ急がなくても結果的にはいずれそうなるんだから)
なにやら思わせぶりはことを言う奈里佳。それに対して思いっきり不安な気持ちがむくむくと沸いて出て来る克哉。しかし魔力を限界まで吸収したことにより微熱とだるさが出ている克哉は、どうせはぐらかされるだけだろうと思ったこともあるが、奈里佳の言葉を深く追求することはしなかった。
「……とにかく、もう着替えて寝るよ」
ワイシャツを脱いで下着姿になった克哉は、その他の選択枝が無いこともあり、弓子から手渡されたシャツとショーツを手に取った。
「女の子のシャツって、ホントに花柄とかついてるんだね」
もちろん大きくて目立つような花柄ではないが、薄く小さく、しかし全面に花柄の模様がついている。今更どうこう言ってもしょうがないと覚悟している克哉は、短くそうコメントするとそのまま下着を着替えると、更にパジャマを着てベットの中に潜り込んだのだった。
(もう少し恥ずかしがってくれるとかしないと、おもしろくないじゃない。克哉ちゃんってばサービス精神が無いわね)
あまりにもあっさりと女物のパジャマに着替えた克哉に対して、どう答えれば良いのか分からない文句を言う奈里佳。
「誰にサービスするって? 訳分かんないことを言わないでよね。じゃあ、本当に寝るから。おやすみなさい」
よほどだるかったのか、そのまま寝息を立てる克哉。素早すぎるかも。
「おやすみなさい。克哉君。明日には魔法少女♪奈里佳ちゃんに変身出来ると思いますよ。でも奈里佳ちゃんに変身するということは、またフューチャー美夏と戦うことになると気がついていますか?」
猫のぬいぐるみには決して出来ない真剣な顔をして、ベットの中の克哉を見つめるクルル。
「本来なら克哉君には穏やか青春があったはずなのに……。すいません。そして、よろしくお願いします」
深々とおじぎをするクルル。その独り言には世界を救うという失敗が許されない戦いに克哉を巻き込んでしまったという自責の念と、世界の未来を託す希望がないまぜになった複雑なものだった。
どれぐらい寝ていたのだろう? 窓の外が夕焼け色に染まる頃、克哉はドアを叩く音で目が覚めた。
「克哉、起きてる? 佐藤君が来てくれたわよ」
部屋の外から声がする。弓子の声だ。
「あ、雄高が来てくれたの? 入ってもらって。もう大丈夫だから」
そうは言うものの、まだ全身に軽いだるさを感じている。しかし克哉はベットから上半身を起こして雄高を迎えるのだった。
(おお、恋人が心配してやってきてくれたのね)
克哉と同時に目が覚めた奈里佳が、すかさず茶々を入れる。まったくもって素早い。
(恋人なんかじゃないってば。もう、奈里佳はうるさいなあ)
当然のごとく怒る克哉であったが、なぜに照れたような雰囲気を漂わせるのか?
(ふふ、そうね。確かに今の状態なら恋人というより親友かな。まあ、こういった恋人関係も成り立たなくはないけどね)
奈里佳が何を言いたいのかわけが分からなかったので、とりあえず克哉は無視をすることにした。その一瞬のやり取りが終わったとき、ちょうど部屋のドアが開き、弓子と雄高が入ってきた。
「具合はどう? まだちょっと顔が赤いけど、さっきよりは調子は良さそうね」
そのままベットの横まで来ると、弓子は克哉のおでこに右手を当てて熱を測る。安心したような顔をしたところをみると、どうやら熱は下がったようだ。
「もう大丈夫だってば」
雄高が見ている前だからだろうか、母親に熱を測られているという今のシチュエーションが妙に恥ずかしい。
「じゃあ、佐藤君。ゆっくりしていってね。今、何か飲み物を持ってくるから」
弓子はそう言い残すと、何がおかしいのか軽く笑いながら、さっさと部屋から出ていった。
「来てくれたんだ。ありがとう。雄高」
恥ずかしいような嬉しいような、自分でもよく分からない感情をもてあましつつ、克哉は雄高に椅子に座るように身振りで示した。
「ん、まあ、心配だったからな。はい、克哉が早退してからの授業で出たプリント。来週までの宿題だってさ」
1枚しかないプリントを克哉に手渡す雄高。
(おおッ! たったこれだけの為にお見舞いに来てくれるとはッ! 喜びなさい、克哉ちゃん。どうやら相思相愛みたいよ♪)
本気か冗談か判断がつかないが、奈里佳は大はしゃぎではやしたてる。奈里佳の頭の中では、克哉と雄高はすっかり恋人になっているようだ。
「あんな騒ぎがあった後なのに、やっぱり宿題って普通に出るんだ」
手渡された数学のプリントを見て、ため息をつきながら感想を口にする。
(奈里佳は黙っててよ)
それと同時に、奈里佳に対しても注文をつける克哉。そのままベットから降りると、机の上にそのプリントを置いた。
「ふ~ん、パジャマだとアソコが女の子になっているのがハッキリと分かっちゃうんだな」
机に近づくということは、机とセットになっている椅子に座っている雄高にも接近遭遇するというわけで、当然に克哉パジャマ姿は間近で雄高の目にさらされることになった。
「もうッ! どこ見てるのッ!?」
聞かなくてもどこを見ているのかは明白なので、これは非難の言葉である。克哉は慌ててまたベットに戻ると下半身を布団の中に隠したのだった。
「目の前に来るんだもん、自然と見えちゃったんだからしょうがないよ」
まったく悪びれず、ひょうひょうとした態度の雄高。笑いを押さえているような感じだ。
「恥ずかしいんだからね」
ちょっとすねたような克哉。そんなに可愛くてどうする? とりあえず本来は男の子なのに……。
「そうやって恥ずかしがってると思ったから、俺が来てやったというわけなんだな。これが♪」
得意そうに胸を張る雄高。あまりふんぞり返ると椅子が倒れちゃうぞ。
「どういうこと?」
不思議そうに聞き返す克哉。その頭の中に、奈里佳のくすくす笑いが小さく響く。
(あッ! もしかして奈里佳、雄高に何かしたんでしょ? 何をしたのッ!?)
頭の中での会話にも完全に慣れた克哉は、雄高が返事をする前に瞬時に奈里佳に対して質問した。というわけなので時間経過がおかしいと文句を言ってはいけない。
(黙ってろって言われたも~ん♪ 雄高君から直接聞けばいいんじゃない?)
楽しげな奈里佳の様子から、克哉は聞くまでもなく事情を察することができた。保健室にいる間に克哉が他の生徒や学校周辺の人達から残存魔力を吸収すると同時に、奈里佳が適当に部分変身魔法を周囲に対して使うことになっていた。おそらく奈里佳は、雄高に対しても部分変身魔法を使ったに違いがない。
ちなみにこれは、事態の推移をどこかで観察しているであろうフューチャー美夏に対して、克哉の存在を目立たせないようにするためのカモフラージュ作戦である。
「つまりさ、なんだか知らないけど、俺も変身しちゃったんだよ。アソコがさ♪」
立ち上がり、股間を克哉の目の前に持ってくる雄高。言われてみると確かにズボンの前の部分に膨らみが感じられない。
「……雄高。何だか嬉しそうに見えるんだけど」
親友のアソコが女の子に変身していることについては間違いが無いとして、楽しそうに話す雄高の気持ちが分からない。それとも自分以外の男の子の平均的な反応なのだろうかと悩む克哉であった。
「まあ、このままずっと元に戻らないっていうなら困るかもしれないけど、そういうわけでもないみたいだし、どうせなら楽しんだほうが良いだろ? いや~、ほんと楽しみだね♪」
はははと、妙に明るく笑いながら答える雄高。これで歯も光れば完璧だ。
「楽しみって……?」
聞かなくても何となく分かる気がする克哉だったが、雄高の雰囲気がそれを許さなかった。さっきから早く質問して欲しいというオーラが出まくっているのだ。
「アソコだけとはいえ女の子になったんだから、やっぱり女の子なひとりエッチをするに決まっているだろ。女の子の快感って、かなりすごいって噂だからな」
話すだけ話すと、雄高はまた椅子に腰かけた。
(どうやら喜んでいるみたいだし、私も魔法をかけた甲斐があったってもんだわ。でも、せっかくの恋人同士になれるチャンスを潰してしまってごめんなさいね。克哉ちゃん♪)
奈里佳は絶対に遊んでいる。克哉はそう確信をした。
(お願いだから奈里佳。もっとまじめにやろうよ)
脱力気味に奈里佳に抗議する克哉。
(あら? 私はいつだってまじめよ。ふまじめに遊んだっておもしろくないじゃない)
奈里佳の開き直りというか屁理屈というか、その主張に対して、克哉はとりあえず奈里佳を無視することにした。まあ賢明であるかもしれない。
「……実際のところはどうなんだろうね」
奈里佳と会話しながら、同時に雄高に対して当たり障りのない返事をする克哉。
「試してみれば分かるって。なんなら2人で触りあってみるか? ……しかしこれってホモなのかレズなのかどっちなんだろうな」
何気なくきわどい発言である。
「さ、さあ、どうなんだろうね」
もう、どう答えて良いのかわけが分からない克哉。
(な、奈里佳~。どう答えたら良いの?)
奈里佳にすら助言を求める克哉。もう少し軽くいなせば良いのにそれが出来ないのは性格なのだろうか。
(さあね、薔薇でも百合でもどっちでもいいんじゃない? 適当に答えれば良いのよ)
自分でひっかき回さなくても話がおもしろくなりそうな予感に、奈里佳は高見の見物モードである。
「ま、いいか。それにしても克哉って可愛いよな。そのパジャマも似合ってるし♪」
にやりと笑う雄高。
「え?」
ふと我に返り、克哉は自分が着ているパジャマをあらためて見た。寝起きだったので忘れていたが、克哉はかわいらしい女物のパジャマを着ていたのだった。
「可愛いね。克哉ってそういったのが趣味だったんだ。やっぱりアソコだけじゃなくて身体全部女の子になりたいってか?」
雄高のその言葉に、何故か反射的に枕を投げてしまう克哉。
「わ、冗談だよ。冗談」
おどけながらも克哉が投げた枕をしっかりと受け止める雄高。
「もう、雄高のバカッ!」
恥ずかしさをごまかすために、必要以上に怒ってみせる克哉。そういうところが可愛いところなのだという自覚はないらしい。
「おおこわ。じゃ、俺もう帰るわ。色々と楽しみたいからね。あ、そうそう。明日は病院に行くんだって? がんばってこいよ」
何をがんばれと言っているのか知らないが、雄高はそのまま扉を開けて部屋を出ていこうとした。しかしちょうど扉を開けると、そこには弓子が2人分のジュースをお盆に載せて立っていたのだった。
「あら、佐藤君。もう帰っちゃうの? せっかく飲み物を持ってきたのに」
帰って行こうとする雄高を引き留める弓子。
「ああ、すみません。どうやら克哉の機嫌をそこねちゃったみたいだから、もう帰ります。じゃ、失礼しました~♪」
なおも声をかけようとする弓子を制し、雄高はそのまま元気良く帰って行った。よほど楽しいことがしたいとみえる。
「また来て下さいね」
克哉の部屋に入りかけていた弓子はまた廊下に戻り玄関まで行くと、外に出ていこうとする雄高に声をかけた。
「ねえ、克哉。佐藤君帰っちゃったけど、何かあったの?」
部屋に戻ってきた弓子は、克哉に問いかけた。克哉と雄高の間でどのようなやりとりが有ったのかを知らない弓子は怪訝な表情を浮かべている。
「だって、女物のパジャマを着てるって……」
何があったのかを説明するにしても客観的に先ほどの状況を見てみると、ほとんど痴話喧嘩のたぐいである。そのことに気がついた克哉は、言葉を濁して口を閉じた。
「からかわれたの?」
やや心配そうにする弓子。心配するくらいなら最初から自分の息子(?)に女物のパジャマを着せたりしなければ良いのにと思わなくもない。
「可愛いって……、言われた」
親友である雄高の名誉の為にも、ここで嘘を言うわけにはいかないとでも思ったのだろうか。克哉は言いにくそうにしながらも、本当のことを口にした。まあ、馬鹿正直というか律儀というか、克哉らしいと言えばらしい態度である。
「ならいいじゃない。本当に可愛いんだから。女の子が可愛いって言われたら喜ばなくっちゃね」
とたんに安心の表情を浮かべて、軽くはしゃぐ弓子。自分の娘(?)が誉められて嬉しい……、のか?
「でも、僕、ホントは男だし、可愛いって言われても……」
掛け布団の端をいじりながら反論する克哉。しかしその声は徐々に小さくなっていく。今の自分の状況を考えれば、完全に男であると主張するには無理があるからだ。
「お母さんとしては、子供は男の子と女の子の2人欲しかったから、克哉が一時的とはいえ女の子になってくれてちょっと嬉しいかな。話を聞いてる限りじゃ、変身してもちゃんと元に戻るんでしょ? だったら今の状況を楽しむぐらいのほうが良いじゃないの」
お母さんったら、雄高と同じようなことを言うんだなと感じながら、克哉は弓子の言葉を聞いていた。しかし考えてみれば現状を嘆き今を否定するという態度は、人間が自分の可能性を閉ざして結晶化する第一歩である。世界を結晶化と崩壊の危機から救おうとしている自分としては、確かに現状を楽しむぐらいの気持ちを持ったほうが良いのではないかと思えてきた。
(アソコが女の子になっちゃって、『困った、嫌だ』って言ってるより、楽しんじゃったほうが良いのかな? 結晶化を防ぐ為にも……)
頭の中で奈里佳に話しかける克哉。しかし表面的には黙りこんでいるように見えるので、弓子は克哉が自分の意見を聞いてそれについて考え込んでいるのだと思っている。
(分かってきたじゃない。未来を信じて今を楽しみ、そして夢に向かって努力する。苦労すら楽しめるようになってきたら本物よ♪)
なんだかものすごくまともなことを言う奈里佳に対して微妙な違和感を覚えながらも、克哉は心の中でうなずいた。
(そうだね。女の子になっている自分を楽しんじゃったほうが良いのかもしれないね。ねえ、クルルもそう思う?)
ベットの上で寝ているというか、じっと動かずにぬいぐるみのふりをしているクルルに、克哉は視線だけを向けてみた。
(この場合は楽しんじゃったほうが良いと思いますよ。他人に迷惑をかけないというただひとつのルールを守っている限り、人間は自分のしたいことをしたいようにするべきですからね)
現実には身体を微動だにさせていないが、克哉の頭の中には笑みを浮かべるクルルの顔のイメージが伝わってきた。
(そうそう、克哉ちゃんも本当は女の子の可愛い服を着てみたいって気持ちが少しはあるでしょ? 自分に正直にならないと未来の可能性を殺して結晶化しちゃうんだから、楽しんじゃいなさいな)
奈里佳も克哉の背中を後押しする。クルルと奈里佳に言われて、だんだんと克哉もその気になってきた。う~む。素直なのか? それとも流されやすいのか?
「……そうだね。普通だったら男なのに女の子の身体や感覚も体験できるだなんてことはないんだから、楽しまなくっちゃ損かもしれないよね」
脳内会議終了後、克哉は弓子に対して静かに、しかし力強く そう言った。
「でしょ!? じゃあ、お父さんが帰ってくるまでに可愛く着飾ってびっくりさせちゃおうか。ね♪」
まるでいたずらを相談するかのような口調の弓子。いい年をしてという気がしなくもないが、まあこれもひとつの夫婦愛、そして親子愛の形なのだろう。
「うん、びっくりさせちゃおう」
克哉はベットから起きあがるとクローゼットの前に行き、その扉を開いて中に入っている女物の服を確認する。そしてまだ少し恥ずかしそうにしながらも、弓子の提案するいたずらに協力することを宣言した。
なんだかちょっと騙されているような気がしなくもなかったが、開き直ってみれば女の子の可愛い服を着てみるのも悪くない。いや、むしろ楽しいかもと思えてくる克哉だった。
「さあ、そうと決まったら試着タイムよね? どんどん行くわよ~♪」
克哉よりも更に楽しそうにしている弓子に先導され、母娘(?)2人のファッションショーが華麗に始まった。
(ひゅーひゅー、似合ってるわよ。可愛い♪ 可愛い♪)
(ほお、なかなか……)
ギャラリーは、奈里佳とクルルだけだったけど……。
「ただいま。今帰ったぞ」
夜もふけてきた頃になってようやく帰ってきた範彦は、疲れた身体で玄関のドアを開けた。するとおいしそうなシチューのにおいが鼻孔をくすぐる。
「お、今日はシチューか?」
お腹が空いていたことを急に思い出した範彦は、シチューのことで頭がいっぱいになってしまった。ちなみに範彦の好みは、ビーフシチューよりもクリームシチューだったりするが、そのことはこの小説の内容と何の関係も無いのは言うまでもない。
「おかえりなさい。もう帰ってくる頃だと思って、ちょうどご飯の用意をしていたところなの。すぐに着替えて来てくれる?」
「おかえりなさい。お父さん。早くしてね。僕達もまだ食べていないんだ」
台所から聞こえる弓子と克哉の声。そしてカチャカチャと聞こえる食器の音。
「わかった。急いで着替えてくるよ。だからついでにビールも出しておいて欲しいなあ」
1日の仕事を終えた後に飲むビールのうまさは格別である。しかもおいしい料理と、それを一緒に食べることができる家族とともにということならなおさらだ。範彦は台所に視線を向けることなくいそいそと寝室に行くと、スーツを脱ぎ部屋着に着替えた。
そして範彦は台所から流れてくるにおいの元を確認し、それを腹におさめるべく寝室を後にした。数歩の歩みで寝室から台所へと移動を完了すると、範彦の目に飛び込んできたのは驚くべき光景だった。
「おかえりなさい。お父さん」
そこにはややおとなしめなデザインの紺色のワンピースに身を包んだ克哉がいた。しかしおとなしめなのはワンピースだけで、料理を作る手伝いでもしていたのかフリルが大量に縫いつけてある実用性よりも装飾性に重点を置いてあるとしか思えない可愛らしいエプロンをつけているその姿は、どこからどうみても女の子そのものだった。
……まあ、胸とお尻がないだけで、今の克哉は女の子には違いがないのだが。
「どう、克哉のあまりの可愛らしさに驚いた?」
なぜか威張る弓子。まあ子供を自慢するのは母親の本能のようなものなのだろうから、それは良しとしよう。
「どうしたんだ? 昨日は、『絶対に女物の服は着ない』って言ってたのに」
昨日、克哉のアソコが女の子になっているということが明らかになって、半ば冗談、そして半ば本気で、『女物の服を着てみてくれ。そしてそれを写真に撮ろう』と、範彦は克哉に話を持ちかけたのだが、完璧に断られていたのだ。
「ええと、どうせなら状況を楽しまなくちゃ損かな~と、思っただけなんだけど……」
とりあえず簡単に説明する克哉。
「おお、そうか。そうだよな。うん、可愛いぞ。克哉ッ! ところでエプロンをしているっていうことは、料理の手伝いもしたのか?」
テーブルの上にある料理は、おいしそうに湯気を立てているクリームシチュー。そしてコロッケと茹でたブロッコリー。コロッケは出来合のものを買ってきたのだろうが、シチューと茹でブロッコリーは手製のものだ。しかもそんなに難しい料理ではない。というかむしろ簡単な料理と言える。というわけでもしかすると愛娘(?)の手料理を食べられるのかと期待しつつ椅子に座る範彦だった。
「残念ね。克哉のエプロンは雰囲気作りの為だけなの。料理は全部私が作ったのよ」
夫が何を考えているのかを瞬時に察した弓子は、男親の夢をうち砕く発言をしたのだった。息子が娘になった以上、女同士の争いもあり得るということなのだろうか? う~ん。微妙だ。
「なんだ、弓子が作ったのか」
家庭内で言ってはいけないことを言ってしまったような範彦。それに気づいた克哉がおろおろとし始めた。
「私が作った料理は食べられないって言ってるように聞こえたんだけど、気のせいかしら?」
能面のような無表情な顔をして、極力冷静な口調で質問をする弓子。無表情かつ冷静な口調だけにかえって怖い。
「い、いや、そんなことは無いぞ。弓子の料理は最高ッ! いや~、おいしいなあ。あは、あは、あはははは」
父親のその様子を見て克哉は、『男って悲しいかも?』と、思わずにはいられなかった。
「分かれば良いのよ。じゃいただきます」
本気で喧嘩をするつもりではないので、範彦が折れた瞬間に表情を笑顔に戻す弓子。しかしその満面の笑みを浮かべたその顔こそが、最も迫力がある顔なのかもしれない。
「……いただきます」
両親が見せた言葉と表情のみで戦われた空中戦の様子にちょっとおびえながらも、克哉も弓子に続いて手を合わせた。
「まあ、なんだな。今日は格好だけのエプロンかもしれないけど、もしかして克哉がずっと女の子のままだったとしたら、料理のひとつでもおぼえておいたほうがいいんじゃないかな。どう思う? 弓子」
とりあえず範彦はシチューに手を伸ばしつつ、娘の手料理が食べたいという男親の夢を、教育問題(花嫁修業)にすり替えた。まだ諦めていなかったのか、父……。
「そう言われてみればそうねえ。明日の朝から早起きしてもらって食事の準備を手伝ってもらおうかしら?」
今度は克哉に向かって笑顔を向ける弓子。先ほどよりは弱いが、やはり圧力を感じる笑顔だった。
「でも、僕が女の子なのは今だけで、すぐに元に戻るはずなんだけど」
朝食の準備をするとなると今よりもずっと早起きをしなくてはいけなくなるので、朝寝坊気味な克哉としては、それだけは避けたかった。
「だけど今のままってこともあるんでしょ?」
どこか期待を込めたきらきらとした光を目に浮かべ、克哉に尋ねる弓子。母親というよりも主婦の立場としての期待かもしれない。
「女の子のままってことはないと思うけど……。たぶん明日にはまた元に戻るんじゃないかな」
今日はめいっぱい魔力を吸収したので、明日には魔法少女♪奈里佳に変身することができる。そうなれば今度はため込んだ魔力を消費しきって元に、つまり克哉が本来そうであるべき男の子に戻るはず。というわけでそうなることを知っている克哉は申し訳なさそうにそう答えた。
「あら、そんなことは分からないじゃない。一度元に戻っても、また部分的に変身しちゃうパターンもけっこうあるんでしょ?」
夕方に克哉の見舞いに来ていた佐藤雄高について、克哉から聞いた話を思い浮かべる弓子。
「まあ、それはそうなんだけど」
真実を詳しく説明しだすと、魔法少女♪奈里佳の正体が自分であることを明かさねばならなくなる。克哉としてはそれだけは本当に避けたかったので、ご飯を箸で口に運び、うやむやな返事でごまかした。
「だったら、女の子のままってこともあるわけなんだ。なかなか……、楽しみだな♪」
娘の父親というシチュエーションを想像して、ちょっと妄想が入っている範彦。食事をする手も休みがちだ。
「ともかく女の子だったら、お料理くらいできなくちゃ」
範彦の様子を意識的に無視すると、弓子は克哉に断言する。
「もう、だからずっと女の子のままでいることはないんだってば。それに女の子だから料理ができないといけないだなんて差別だよ」
無理に聞こうと思えば、甘えたような、そしてすねたような声で反論する克哉。しかしこの時、既に克哉は弓子の術中にはまっていたのだった。
「なるほど、女の子だけが料理をしなくちゃならないなんていうのは確かに差別よね。今の時代は料理をするのに、男だとか女だとかなんてことは関係ないってことかしら?」
にこやかな笑顔を浮かべて弓子は克哉に念を押す。
「そうそう、料理をするのに男も女も関係ないよ」
断言する克哉。網は今、この瞬間に閉じられた。
「じゃあ、克哉が女の子になっていようと男の子に戻ろうと関係なく料理の手伝いをしてくれるってわけね。だって女の子だけ差別するのっていけないことだもの♪ ああ、娘に料理を手伝ってもらうのって夢だったのよ。あ、もちろん男の子に戻ったからと言って逆差別なんかしないから安心してね」
克哉自身が先ほど言ったことを根拠に、結局は料理を手伝わせようという弓子。手を胸の前で組み、夢見るように目を閉じている。
「なるほど。それはいいな。克哉が弓子の料理を手伝えば、2人が作った料理を同時に食べることが出来るってわけだ。……ところで、ビールは冷えてないのかな?」
今、ここで弓子の意見を通しておけば、いずれは娘(?)の手料理を食べることが出来ると見た範彦も、けっこう上機嫌な様子だ。
「克哉、冷蔵庫の中にあるビールをお父さんに出してあげて。お願いね」
早速、手伝いをさせる弓子。それに対して一瞬、拒否をしようかと思った克哉だったが、ここは大事の前の小事ということで、黙って冷蔵庫の中から缶ビールを取り出すと範彦の目の前にそれを置くのだった。
「はい、お父さん。ちゃんと冷えてるよ」
「おう、ありがとう。しかし、しまったな。こんなことなら缶ビールじゃなくて瓶ビールを買っておくべきだったな。そうすれば、お酌をしてもらえたのになあ」
娘に晩酌のお酒を注いでもらうのがそんなにうれしいものかと、父親の考えがよく分からない克哉。まだお子さまである。
「もう、お父さんもお母さんもそういうことばっかり言うんだから。いくら今の僕のアソコが女の子になっているって言っても、態度変わりすぎだよ。だいたい、僕が早起きするの苦手だって知ってるでしょ。お母さん」
やっぱり不思議なことに、女の子になっている克哉のほうが男の子のままの克哉よりも強気みたいである。
「分かったわ。じゃあ、それは克哉がしたくなった時にすることにしましょうか? でもその代わりに夕食の買い物について来てくれる? もちろん女の子の格好で♪」
もしかして更に要求がエスカレートしている? 克哉は頭が痛くなってきた。
(奈里佳~、クルル~。助けてよ。もうお母さん、暴走しすぎッ!)
克哉は頭の中で叫ぶのだった。ちなみに、顔はひくひくと引きつりだしている。
(別に良いじゃない。女の子の格好で買い物に行くことの何が問題なの? だって克哉ちゃん、今、女の子でしょ? それに似合ってて可愛いし)
奈里佳に相談したのが間違いだった。そう判断するしかない奈里佳らしい返事であった。
(克哉君自体はどうなんです。けっこう女の子の服も楽しんで着ているみたいですけど?)
それに対してクルルのほうは、すぐに結論を出すのではなく克哉に質問を投げ返す。
(女の子の服を着るのも、家の中で着るならいいけど、外に出るときも着ていくのは抵抗があるよ。だって学校の誰かに見られたら恥ずかしいもん)
内弁慶(?)な克哉である。
(ふっきれてないわねえ。恥ずかしいっていうのが何よ。そんなものすぐに慣れるわよ。本当のところはまんざらでもないくせに)
克哉としては、言い返す言葉がない。テレビで男の芸能人が女装姿を見せることがあるが、たいていの場合それは似合ってなくて気持ち悪い。しかし自分の女装姿を見たとき、これが自分かと思うぐらい良く似合っていた。下手すると背が低く華奢で女顔の自分ならば、男物の服を着るよりも女物の服を着たほうがはるかに似合っているかもしれないと思ったほどだ。
というわけで女の子の服を着たまま外にでて、回りの反応を見てみたいという気持ちが無いと言えば嘘になる。ただそれ以上に恥ずかしいという気持ちが強いだけの話だ。
「お母さん、さすがにスカートをはいて外に出るのは遠慮したい」
奈里佳とクルルとの会話を終えた克哉は、感情を高ぶらせるでもなく、ごく普通の調子でそれだけを言った。そしてそのまま聞く耳を持たずということを表現しているつもりなのか、黙々と料理に手をつけるのだった。
「そう、残念ね。でもスカート以外の女物ならいいってことよね?」
身体全体が華奢で足も細い克哉なら、パンツルックも似合うはず。そんな思惑を胸に、克哉に妥協を迫る弓子。
「まあ、それぐらいなら……」
スカートさえはかなければ女装という感覚とは無縁でいられる。そんな考えの克哉は、弓子の提案に小さくうなずいた。
「そうだな。克哉が外で可愛い格好をすると、変な虫がつくといけないからな。スカートをはくのは家の中だけにするのもいいかもな。しかしもしもこのまま女の子のままだったら、制服もセーラー服にしなくちゃいけないんじゃないか?」
ぷはーッと、缶ビールを飲みほす範彦。2缶めを飲もうかどうか迷っていたが、どうやら飲まないことに決めたらしい。
「だから、多分明日中には元に戻ってるって言ってるでしょ」
ちょっとだけ怒ってみせる克哉。まるでお酒でも飲んだかのように赤く染まる顔が妙になまめかしい。
「だから、もしもこのままだったらってことだよ。な、弓子?」
息子の怒りならばともかく、娘の怒りをどう扱えば良いのかについて経験の浅い範彦は、弓子に下駄を預けようと話をふった。
「そうね克哉のアソコが女の子になったとは言っても、まだお尻は男の子そのままに小さいし、胸は出てないんだから、一気にセーラー服というんのもね……。セーラー服はもっと女の子らしい体形になってからでも良いんじゃないかしら?」
既に弓子の中では、克哉が元の完全な男の子に戻るという可能性は闇に葬られている。ほぼ確実に……。
「そうだな。やっぱりまだ体形は男のままだからなあ」
ちょっと酔っているのか、遠慮の無い視線を克哉に這わせる範彦。これが年頃の女の子に対しての場合だと、『お父さんってば、そんな目で見ていやらいしいッ! もう、だいっきらいッ!!』などと言われて、『そんなつもりで見てたんじゃないんだよ~』と、悲哀を感じることになるのだが、あいにくというか、幸いにもというか、克哉はそういう反応を示さなかった。
「だって、女の子になっているのはアソコだけなんだもん」
なんともあっけらかんとしたものである。むしろ母親に見られるほうが恥ずかしいと感じるのかもしれない。……分からないけど。
「ま、なにはともあれ、こういうチャンスはめったに無いんだから、さっさとご飯を食べたら写真を撮ろう。せっかく最新式のデジカメを買ってきてあるんだからな。よし、ごちそうさま」
なるほど、食後に克哉の女装(?)姿を写真に撮ろうと企んでいたから缶ビールを飲むのを1缶だけで止めたのか。考えているな、父。というわけで範彦はのっそりと席を立つと、デジカメを取りに行くのだった。
「じゃあ、せっかくだから、克哉用に買ってきた女物の服を全部着てもらおうかしら♪」
弓子もそそくさと食事を終えると、空いた食器を片付け出した。いつもとは大違いの早さである。
「あの……、それ、今日やらないとダメ? 僕は今日具合が悪くて学校を早退して来たってこと忘れてない?」
何やらひとりおいてけぼりになった感のある克哉は、『おーい』と両親の背中に向かってつぶやくのだった。ちなみにこの日、矢島家の部屋から灯りが消えたのは、そろそろ夜も明けようかという時間だったという。まったく何をやっているのやら?
第13章 中津木総合病院
「まったく、男のくせにそんな胸をして恥ずかしいとは思わないの? 修ちゃんも心のどこかに隙があるから、そんなことになっちゃうのよ」
朝の教室の中、夏美は修司を前にして文句を言っていた。立ち話であるので夏美の目の高さにあるのは修司の胸なのだが、学生服の上からもその胸が高く大きく盛り上がっているのが確認できる。
「心に隙があるかどうかなんていうのは関係無いと思うんだけどなぁ。あ、もしかして夏美よりも俺の胸のほうが大きいことを気にしているのか? 大丈夫。俺は夏美の小ぶりな胸も嫌いじゃないから」
修司は、さわやかな笑顔をして夏美の神経を逆なでた。
「誰の胸が小ぶりですってッ!!」
本気で気にしていることをズバリと指摘されて夏美は切れた。
「よ、おはよう。なんだなんだ。痴話喧嘩か? 朝も早くからお盛んですねえ♪」
修司に向かって夏美が叫んだ瞬間に教室に入ってきた雄高は、事情が分からないながらもとりあえず夏美をからかってみた。最近、夏美には克哉との仲をからかわれているので、そのお返しのつもりなのだろう。右手を口にあてて、小さく笑いながら自分の席に向かってゆく。
「修ちゃんがそんなだから、あんなことを言われちゃったじゃないのッ!!」
普段の自分を棚に上げて修司に文句を言う夏美。ついでに目の前にある修司の大きな胸を、学生服の上からむんずとつかんだ。
「わッ!? こらッ! いきなり何をするんだよ」
痛さ半分、そして気持ち良さ半分といった不思議な感覚を味わいながら、修司は左手で胸をガードしようとうするが、夏美の手は修司の胸をつかんで離さない。
「せっかく修ちゃんのアソコが元に戻ったと思ったら、今度は胸が膨らんじゃうだなんてッ! もう、いったいどうなってるのッ!」
むしゃくしゃする腹いせに、そのまま強く数回ほど修司の胸を揉みしだく夏美。役得……というわけでもないようだ。その顔は怒りには燃えているものの、萌えにより癒されている顔にはとても見えない。
「しょうがないだろ。きっとこれも変身現象の後遺症だよ」
あっけらかんとしている修司。まあ、アソコが女の子になってしまうよりかは、胸が女の子のように膨らむことのほうがショックは少ないかもしれない。
「なにがしょうがないよ。そんなことだから胸が膨らんじゃったんでしょッ!!」
何だか理屈になっていない理屈で修司を非難すると、夏美もまた自分の席へと座るのだった。それを見た修司も、これ以上何かを言って夏美を怒らせても損だと思ったのか、黙ったままその場を後にした。ブラジャーをしていない大きな胸をブルンと揺らせながら。
そして夏美は自分の席に座ってまだ何やらぶつぶつと言っていたが、やがて静かになった。しかし喋るのをやめたわけではなかった。
(昨日、変身現象の後遺症が解けて元に戻った人もいれば新たに身体の一部が変身した人もいたわけだけど、何か分かったことはあるの?)
夏美は自分の脳に融合して存在しているナノマシンの集合体、『ユニット20479』、通称【ユニ君】に話しかけた。
(いや、確定的なことは言えないが、事件の中心に城南中学校が存在している可能性が高いかもしれない)
断定的な言い方を避けるユニ君。おそらく推測の域を出ないのだろう。
(なにか裏付けになるようなものでもあったの?)
魔法少女♪奈里佳の正体につながる手がかりでもあったのかと、興味を示す夏美。
(市内各所に設置してある監視カメラからの映像を分析した限りでは、変身現象の後遺症が解けた者。また新たに後遺症が出たと思われる者は、監視対象地域のすべてで確認することが出来た。しかしあえて言えば現象の人口に対する発生件数の割合は、この城南中学校の中において誤差の範囲を越えて多いと言える)
淡々と説明するユニ君。同時に夏美の視界の片隅には、グラフ化されたデータがバーチャルな画像として表示される。
(じゃあ、やっぱり奈里佳はこの学校の関係者……。いえ、仮にも時間犯罪者とあろうものが、こんなにもあっさりと手がかりを残すものかしら? 第一、監視カメラの死角に入っていて私達が把握していない変身現象の後遺症が出ている人達がいるかもしれないもの。まだ、結論を出すには早すぎるわね)
一旦は、単純な結論に飛びつきかけた夏美だったが、ジャーナリストを志望する者としての自制心がその行動にストップをかけた。まったくどこかの国のマスコミ人とはえらい違いである。
(私も夏美に同意見だ。結論を出すにはデータが少なすぎる。しかし何も関係が無いと断言も出来ないのも確かだ)
夏美の視界にあるバーチャルな画像の内容が切り替わり、矢島克哉の静止画像が映し出された。
(城南中学校があやしいとして、更に注目すべき対象として矢島克哉がいる。我々は前回の変身現象の際の彼の行動から、矢島克哉は奈里佳の正体を知っているのではないかと推測しているわけだ)
前回の集団変身事件の際、克哉が体調を悪くして廊下に出てしばらくしてから入れ替わるように奈里佳が教室に入って来たことを理由に、夏美とユニ君は克哉のことを疑っていたのだ。克哉は奈里佳の正体を知っているのではないかと。
(ええ、証拠は何もないけど、どこか怪しいのよね。で、矢島君は昨日から体調を崩していて今日は学校を休んでいる訳だけど、監視のほうはちゃんとやってるの?)
夏美はユニ君に質問した。すると今度は夏美の視界に置かれたバーチャルな画面に、どこかの病院のロビーの風景が映し出された。
(これは……、中津木総合病院?)
ここ数年、病気らしい病気には縁が無い夏美にとってはあまり馴染みのない風景だったが、知らないわけでは無い。夏美は思いついた名前を言ってみる。
(そうだ。つい先ほど、矢島克哉がこの病院の中に入って行くのを確認した。見えるか? 待合室のベンチに座っているだろう? 学生服を着た姿が見えるはずだが)
画面がズームされ、克哉らしき人影が拡大される。もっともデジタル的に処理した望遠であるので画質が落ちてしまい、かえって顔は分からなくなってしまっている。
(う~ん、言われなきゃ、あれが矢島君だなんて分からないわね。ところでもっとクリアに音声は拾えないの? 会話が聞こえないんだけど)
大きな総合病院に特有の静かそうでいながら微妙にざわついている待合室が映っている画像を見ながら、夏美はユニ君に注文した。
(ハードウェア的にこれが限界だ。これでもずいぶんと処理をして聞きやすくしているんだがな。何か気になることでもあるのか?)
いかに未来世界で作られたナノマシンの集合体で、超絶的な性能を誇るユニ君でも、目や耳として既存の監視カメラやマイク代わりのスピーカーを利用しているとなれば、出来ることにも限界がある。
(いえ、特に気になるわけでもないんだけど、矢島君が持っているカバンの中からぬいぐるみが顔を出しているでしょ? 彼、さっきからそのぬいぐるみに話しかけているような気がするのよね。矢島君って、ぬいぐるみに話しかけるような人だったのかしら?)
なるほど、確かに良く見てみると、夏美の言うとおりである。
(……可能な限り努力してみよう)
監視対象としている克哉の通常とは違う行動に、ユニ君もまた疑念を持ったようだ。ユニ君の記憶領域に記録された小さな疑念。いずれそれは大きな疑惑から確信へと育っていくのだが、それはまだ先のことであった。
そして遠隔地から監視されているとは想像だにしていない克哉は、カバンの中に押し込んで連れてきたクルルに向かってなにやら熱心に話し込んでいた。
「クルル。これってもしかして……」
ひそひそ声ながらも真剣な表情の克哉。
「克哉君も気づいてましたか。どうやらあの看護婦さんの結晶化が昨日よりも急激に進んでるようですよ」
今日は克哉が身も心も魔法少女♪奈里佳に変身する予定の日なので、例によって克哉についてきたクルルだった。手下げカバンの中に入っているのだが、そこから顔だけをのぞかせている。
「やっぱりクルルも気がついていたんだ。なんだかついさっきから特に様子がおかしくなってきてるよね」
人が完全に結晶化するということがひいては世界の崩壊につながるということを、ここ数日の間で完全に理解していた克哉の口調は重い。
「さて、これからどうしましょうか。とりあえず看護婦さんのところまで行ってから変身するか、それとも変身してから看護婦さんのところまで行くか。克哉君はどっちが良いと思います?」
よくは見えないが、カバンの中で腕組みをしているらしい。クルル自身も悩んでいるようだ。
「そうだねえ。むしろ変身しちゃったほうがどこに行くにしろ動き回りやすいかもしれないね。奈里佳の遠隔視能力で看護婦さんのだいたいの位置は分かるし、強行突入するなら奈里佳に変身したほうがいいかも……」
魔法少女に変身することに慣れたわけではないのだが、使命の重さを理解した克哉に戸惑いはなかった。けっこう根がまじめなのだ。それに魔法少女♪奈里佳に変身しなくても既にアソコは女の子なので、いまさら魔法少女に変身したところでどうということもない。毒を喰らわば皿までという心境なのかもしれない。
(ねえ、2人とも声に出してしゃべってるってこと気がついてる? まあ、ちょっと変な人だと思われるだけでしょうから、どうでも良いんだけどね)
なんだかまともなことを言う奈里佳だったが、3人のなかで唯一、声を出してしゃべることができないのをひがんでの発言だけだったりするのかもしれない。
(あ、そうだった。クルル、ぬいぐるみのふりをしなくちゃダメだよ)
奈里佳の指摘を受けて、今更のように声を出さずに会話する克哉。
(で、僕がぬいぐるみのふりをすると、克哉君はそのぬいぐるみに話しかけてる変な子ということになるわけですね)
失敗をごまかす為なのか、軽口を叩くクルル。
(ほっといてよ。そんなことより、どこで変身しようか?)
やる気満々、開き直り度120%の克哉。人はこれをやけくそと言う。
(克哉ちゃんがやる気になってくれたのは良いんだけど、人前でいきなり変身っていうのはまずいかもね。どこで例のフューチャー美夏っていうおじゃま虫が見てるか分からないし。とりあえず人気のないところを探しがてら、看護婦さんの近くまで行ってみるのもいいんじゃない?)
至極まともなことを言う奈里佳。雨でも降るんではなかろうか? それよりも何故か克哉のほうが変身を望んで、奈里佳のほうが克哉の変身を遅らせようとしているようにも思える。
(そうですね。ここまで来たからには万全を期しましょう)
クルルも奈里佳の意見に賛成のようだ。
(じゃあ、そうしようか。ええと、感覚からすると昨日の看護婦さんはこっちにいるような気がするけど……)
長椅子から立ち上がり、病院の奥のほうに歩き出す克哉。
(ええ、そうよ。そっちでいいわ。……でも、なんでわざわざ学生服なんていう色気の無い服を着てきたの。せっかくお母さんが可愛い服をいっぱい買ってきてくれたのに)
克哉が歩いて行く方向を確認した奈里佳は、今日の朝からもう何度もかわされた話題を蒸し返した。
(だって、今日変身して魔力を使い切ったら、僕の変身も完全にとけてアソコも男の子に戻るんでしょ? だったら女物の服なんて着ちゃいられないよ)
答えるまでもないと、克哉もまた本日何度目かの同じ返事を繰り返す。
(外見だけ見れば、まったく変身していない克哉ちゃんも女の子そのものなんだから、スカートはいてたって分かりゃしないわよ。それに昨日はけっこう喜んで可愛い服を着ていたくせに♪)
思春期の繊細な心を持つ少年に対して、ダメージを与える奈里佳。ひゅーひゅーと口笛までが聞こえてくるようだ。
(もうッ! 家の中と外じゃ違うのッ!)
何が違うのか分からないが、妙なこだわりを見せる克哉。しかし家の中で喜んで女装しているのなら、いずれ外でも女装しそうな気がする。
(まあまあ、そういうことはまた後にして下さいよ。そろそろ目的地のようですよ)
カバンから上半身を乗り出したクルルが、前方に伸びる廊下の先を指さす。そこには院長室と書かれた部屋があった。
(部屋の中では何か言い争っているみたいだけど、ちょっとこのままじゃ聞き取れないわね)
奈里佳はそう言うと、ごく小規模な魔法を使い、部屋の中の会話がハッキリと聞き取れるようにした。ついでに遠隔視能力で部屋の中の光景も浮かび上がらせる。
それにしても奈里佳といいフューチャー美夏といい、正義の少女を自称する2人が盗み見ばかりしていて良いものなのだろうか?
「ですから院長先生。どうして私が通常の勤務から外されないといけないんですか?」
美根子は押さえた声でややうつむき加減になりながら院長に質問した。
「だからさっきから言っているだろう。君には変身現象の後遺症に悩む人達のケアを中心に行って欲しいと。それに市のほうからも、病院内で専属してこの件に対処できる人間を選出しておいて欲しいと言われているんでね。津谷君、私は君に期待しているんだよ」
院長室に置かれた大きな机の向こうから、院長は美根子を説得する。貼りついたような笑顔を浮かべている院長の顔が、その場の雰囲気をどこか非現実的なものにさせている。
「それは分かります。でも私が言いたいのは、変身現象の後遺症対策にあたるのが私だとしても、だからといってなぜそれ以外の仕事をしてはいけないんですか? 今だってぎりぎりの勤務体制なんですよ。夜勤ならなおさらです。1人でも人手が欲しいのが現状なのに、なぜ私は変身現象の後遺症対策だけをしていなくてはならないのですか?」
爆発したい気持ちをかろうじて押さえているのか、美根子の声は微妙に震えていた。その顔はさらにうつむきがひどくなっている。
「だから言っているだろう。市のほうからも専属であたれる人員を選出して欲しいと言われているんだ。さあ、分かっただろう。話はこれで終わりだ。君も勤務に戻りたまえ」
話を打ち切ると、美根子を無視するかのように机の上に広げた書類に目を落とす院長。わざとらしく音を立てて書類をめくっている。
「馬鹿なことを言わないでくださいッ! 変身現象の後遺症専属と言っても、緊急度の高い仕事なんて何も無いじゃありませんかッ!! もしかして院長、これって私を通常勤務から外す為に、変身現象の後遺症専属だと言っているだけじゃないんですか?」
うつむいていた顔を上げ、それまでの押さえた感じから雰囲気を一変させる美根子。そして美根子の言葉を聞いた院長は書類を見ていた顔をゆっくりと上げると、むしろ晴れやかな顔を美根子に向けるのだった。
「なんだ、分かってるんじゃないか。そう、つまりはそういうことなんだよ。だからもう出てってくれたまえ」
笑顔なのにその言葉は冷たい。しかし逆に美根子の心は熱く燃え始めた。
「なぜです? なんでそうなるんですかッ!?」
美根子は院長の机に両手を置き、身体を腰のところから曲げてその顔を院長の顔に近づけた。
「そんなに私の口から言わせたいのかね? じゃあ教えてやろう。津谷君、君の仕事に対する熱意は認めるが、それだけではダメなんだよ。みんなは君のことを何と言ってるか知ってるのかね? 失敗やドジばかりしている猫の手よりも使えない看護婦。猫の手ナースと呼んでいるんだよ」
開き直ったのか、院長の口調には毒が混じりだした。そして美根子には、まるでその毒が実体を持っているかのように、悪臭として感じられるのだった。…… 単に院長の口臭かもしれないが。
「私は一生懸命やってますッ!」
今にも泣きそうな顔になってきている美根子。声も震えている。
「一生懸命なら何をしても許されると思っているのかね? 医療事故を起こされてからでは遅いんだよッ! もういい、猫の手は猫の手らしく、人命には関わりのない仕事に戻りたまえ。その為の変身現象の後遺症専属なのだからな。さあ、出ていきなさいッ!!」
患者の前では絶対に見せないような高圧的かつ横暴な態度で、院長は美根子に言い放つと、もはや聞く耳は持たないとばかりに美根子に対してくるりと背を向けたのだった。
「……失礼します」
美根子は、怒りに任せて何か反論をしようとした。しかし自分がやってきた数々の過去の失敗を思いだすと、言葉を飲みこむしかなかったのだった。確かに幸いなことに、今までは自分の失敗やドジが深刻な医療事故に結びついたことはないが、今後はどうなるか分からない。たわいもない失敗をしたりドジなところが患者に愛されているとは言っても、それだから許されるというものでもない。
優しさや情のかけらもない院長の態度に対して気持ちの上では納得出来ないのは確かだが、だからといって何故そういった態度をとられているのかということを頭で理解できないほどでおろかではない美根子だった。
「うむ、ご苦労。では仕事に戻ってくれたまえ」
後ろを向いたまま、こちらに顔を向けることもなく答える院長。その口調は悪い意味での事務的という表現が、もっとも似合うものであった。
見られていないのだからどのような態度をとっても院長には分からないのであるが、美根子は院長の事務的な態度に対して、これ以上はないというほどの見事な礼をしながら院長室を後にするのだった。
(出て来るわよ)
別に言わなくてもみんな分かっているので言う必要はないのだが、奈里佳は克哉に注意を促す為にあえてその一言を言った。
(分かってる。もしかしてあの看護婦さん、ほぼ完全に結晶化してない? 昨日の様子では完全な結晶化までにまだずいぶんとあると思ったのに……)
魔法少女♪奈里佳に変身する直前まで魔力が高まっている克哉にしてみたら、結晶化の度合いを見るぐらいのことは、変身前でも簡単にできてしまうのだ。
(結晶化は、時として急激に進みますからね。今回の場合は、あの院長とのやりとりで色々とあったんじゃないでしょうか。でも良かったですよ。まだあの看護婦さんの結晶化を解除する余裕はありますからね。それもこれも克哉君の努力のたまものですよ)
変身現象の後遺症が出ている人達から残存魔力を吸収する為に克哉が努力したことを、クルルは誉めるのだった。確かにそれがなければ今回の件には克哉の変身が間に合わなかったかもしれない。
「よし、とにかくまだ間に合うんだったら急ぐよッ!」
もうここまで来たら声を出してもかまわないと思ったのか、克哉は気合を入れるかのように声を出してそう言った。そして何やらぶつぶつとつぶやきながら幽霊のようにふらふらとした足取りで正面から近づいてくる美根子に向かって歩き出した。
「猫の手が何だって言うのよ。私だって失敗したくて失敗しているわけじゃないのよ。ドジをしたくてドジをしているわけでも、もちろんないわ。一生懸命やろうとすればするほど、なぜかそうなっちゃうのよ。なのに院長先生ったら、私のことを使えない猫の手だなんてッ! 確かに私は失敗ばかりするドジよ。でも、私のおかげで暗い病室が明るくなったって言ってくれる患者さんもいるんだから。そうよ、猫の手だって役に立っているのよ。でも、院長先生の言うように、もしも大変な医療事故でも起こしちゃったら。ううん、そんなことないわ。だって今までだって大丈夫だったんだもの。でも、もしかして今度はそんな大きな失敗をしちゃうかも。そしたら、私、どうしよう。辞めるしか、ないのかな? ええ、そうよ。私なんて看護婦を辞めるべきなんだわ。そうしたほうがみんな幸せになれるのよ。ああ、もう、嫌ッ! 私、私、私、辞めちゃう、辞めちゃう、辞めちゃう。ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ…………。」
美根子に近づいた克哉の耳に聞こえて来たのは、暗く果てしなく落ち込んでいく美根子の声だった。顔を見てみると、目の焦点は合っておらず、どうやら周りが何も見えていないのか、あっちへふらふら、こっちへふらふらとしている。
(うっわ~っ!! 完全結晶化まで、あと一息って感じね)
美根子の状態を見た奈里佳が感想を口にした。
「そうですね、あの看護婦さんは今、自分の未来の可能性を自分で閉ざして彼女自身が単一の未来しか持たない結晶化した存在になろうとしています。彼女の未来の可能性のひとつひとつが新たな世界を作るはずだったのにその可能性を閉ざしてしまえば、やがては世界そのものを結晶化させる原因になってしまうんです」
クルルも声を出して話しはじめた。普通なら美根子に聞かれてしまう距離なので声を出さずに会話するところだ。しかし今の美根子は、耳に入って来た言葉が意味のあるものとして理解できないほどの状態になっていることは明らかだった。
「とにかく急いで変身しなくちゃ……。でも、この場所だと人に見られちゃうかなあ」
こういう場合でも、どこか落ち着いているというか、現実感を忘れないというところが克哉らしい。
「確かにこの位置からだと、待合室にいる人から丸見えですね。それなりに距離はありますからハッキリとは見えないでしょうが、あそこにある監視カメラに撮られるのは避けたいですね。奈里佳の正体が実は克哉君だったという証拠がビデオとかの記録に残るのも困りますし」
クルルも克哉の意見と同じらしい。
(じゃあ、トイレの中で変身したら? いくらなんでもトイレの中にまで監視カメラがあるだなんてことはないでしょ)
奈里佳としては、別に正体がばれようとどうしようと問題無いと思わなくも無かったが、とりあえずそう提案してみた。
「分かった。じゃあ、すぐにトイレに行こう。早くしないと看護婦さんの結晶化が完全になっちゃう」
そう口にしながら、克哉は廊下を走りだした。目指すはトイレである。克哉が病院に来ると言えば、小さな子供のころから中津木総合病院であるので、どこにトイレがあるのかは良く知っている。
(ちょっと待ったッ! 克哉ちゃん、そっちじゃないでしょ?)
トイレに入ろうとした瞬間、奈里佳が克哉を止める。
「もう、早くしないといけないのに。奈里佳ってば、何を言ってるの?」
一応、律儀にトイレの入り口の前で止まる克哉だった。その場で足を上下させて移動せずに走っている。
(だから、そっちは男子用でしょ? 今の克哉ちゃんのアソコは女の子だし、私に変身すれば当然女の子になるんだから、女子用に入るっていうのが筋でしょう)
まあ、奈里佳の言うことももっともである。……のか?
「もう~、トイレするわけじゃないんだから、どっちだっていいじゃないか~」
文句を言いながらも、ここで奈里佳と言い争いをしている時間は無いと思った克哉は、くるりと身体の向きを変えて女子トイレの中へと入っていく。しかしいくら身体が女性化しており、なおかつそこいらの女の子よりも可愛らしいとはいっても、学生服を着たままで女子トイレに入るのはちょっと恥ずかしい克哉だった。
「克哉君ッ! 変身、出来ますか?」
自分の意志で変身が出来るかどうかという意味の質問をするクルル。それに対して克哉は小さく答えた。
「大丈夫だと思う。じゃあ、行くよ……」
克哉は目を閉じ、自分の身体の中で解放されるのを今か今かと待っているパワーに方向性を与えた。
ドクンッ!
克哉の心臓が大きく脈打つ。すると今までの変身と同じく、克哉の身体が微光を発したかと思うと、周りの空間がやや薄いピンク色に変化した。狭いトイレの中のはずなのに、亜空間と化したそこには克哉以外のものは何も存在しない。ただピンク色の空間が存在するだけである。そして克哉の身体がすうっと空中に浮き上がり、自然と手が曲がり、胸の前で小さくファイティングポーズを取る。同時にしゃがみ込んだ時のように足も曲がり、例によって胎児のような体勢になると、至福に満ちた表情で目をとじた。
ピンク色の空間の中で、胎児の体勢のまま空中に浮かび上がっている克哉は、ゆっくりと回転しだした。2~3回瞬きするぐらいの間、そのままの状態が続いたが、やがて空間の下の方が徐々に赤い色に変わってくる。そしてその赤い色がゆっくりと上の方にせり上がってくるとともに、大小様々な泡(?)が浮かんできた。そして白く光る泡の中にやがて特大の泡が浮かび上がってると、その大きな泡は克哉を包み込み、今までと同じように克哉は奈里佳へと変身を始めたのだった。
まずは、短く刈り揃えられた髪の毛がざわざわと音をたてて伸び始め、同時に黒々とした髪はその色を失い、キラキラと輝くさらさらの金髪へと変化した。
次に身体がきしむような音をたてながら縮みだすと、それにあわせるかのように胸の肉が盛り上がり、その肉はじょじょに柔らかく弾力を持ち出すと、最後にはぷるんっと大きく震えた。
さらに変化は続き、腰がきゅうっとくびれてくると同時に、おしりがふっくらと大きくなってきた。続いて体中の皮膚が透き通るように薄く敏感になってきた。唯一、前回までの変身と違うのは、既に最初から股間の変身は終わっていたということであろうか。ともかくこうして身体の変身が終了すると、最後に身体を包む黒の学生服もまた変化し始めた。
詰め襟の学生服はさらにピタッと皮膚に張り付きながら、光沢のあるレザーのハイレグスーツへと変化する。はいていた黒の革靴は、素材を活かしたままレザーのハイヒールブーツへと変化して、白い足を包み込む。最後に腰のあたりのレザーがぞわぞわと動き出したかと思うと、ぐいっと勢いよく伸びて、タイトなミニスカートが出現した。
こうして変身過程が終了すると、虹色の星が縦横無尽に飛びかって、奈里佳の姿を完全に隠すのだった。やがて星が消えたその場所に、後ろ手で髪を掻き上げ、右足のかかとを軽く浮かせてポーズを取っている奈里佳がいた。
「世界の破滅を防ぐため、(自称)正義の魔法少女♪奈里佳、妖しく降臨! あなたの未来を見つけて ア・ゲ・ル♪」
例によって誰に向かって言っているのか分からないが、まあこれもお約束とばかりに決めゼリフを言うと、またまたこれもお約束の投げキッスをひとつ投げると同時にウィンクをする。その瞬間、お約束モードから解放された克哉、いや魔法少女♪奈里佳は、ハッと我に返った。
「こらッ! 奈里佳2号ッ! あんた、よくも私をおもちゃにして遊んでくれたわねッ!!」
突然大声で怒鳴り始める奈里佳。何だか知らないけど熱く燃えている。
(なによ、誰が2号ですって? 私のほうが先に出ていたんだから、私のほうが1号で、あんたのほうが2号じゃないの。言葉は正確に使ってよね)
対して冷静に奈里佳に反論する奈里佳。……なんだかややこしい。
「さっきまで克哉ちゃんだった私のほうが本体なんだから、私が1号で、あんたが2号に決まってるでしょ! まったくここ数日は何? あんた、克哉ちゃんだった私がおとなしくしているのを良いことに、好き放題してたでしょ」
はたから見ていると、奈里佳が1人で怒っているように見えるが、実際に身体を動かしてしゃべっているのが、ついさっきまで克哉だった奈里佳で、声を出さずにしゃべっているのが数日前から克哉の頭の中にいた奈里佳である。克哉が変身する前の精神だけで存在していた奈里佳と、克哉が変身したことにより身体と心がワンセットでそろった奈里佳の、2人の奈里佳が同時存在しているのだ。
(あんただって私の立場だったら、克哉ちゃんで遊んでいたはずよ。私には分かっているんですからね)
自己正当化をはじめる精神だけの存在のほうの奈里佳。
「それはそれ、これはこれよ」
その一言で問題のすべてをかたづける心も身体もそろっている奈里佳。……いいかげん区別して書くのが面倒になってきたかもしれない。
「ほほう、これはなかなか興味深いですね。克哉君が完全に奈里佳ちゃんに変身したら、克哉君の精神のサブシステムとして存在していた奈里佳ちゃん2号の精神は、奈里佳ちゃん1号の精神と融合して1つになってしまうと思っていましたが……、こうなっちゃいましたか」
トイレの床に置かれた克哉のカバンの中から出てくると、ぴょこんと2本足で立ちあがるクルル。そのまま奈里佳の周りをぐるぐると歩きながらその顔を見つめ、クルルはしきりに関心するのだった。
(もう、クルルちゃんまで、私のことを2号って呼ぶ~)
不満たらたらの精神だけの奈里佳。
「やっぱり、クルルちゃんは分かってるわね。じゃ、これからは私が、『奈里佳』で、あんたが奈里佳2号ってことでよろしく♪」
というわけで奈里佳は、にこやかに微笑むのだった。
「まあ、それはそれとしてもうひとつ興味深いことは、克哉君が奈里佳ちゃんに変身すると同時に心のほうまで変心しているということですよね。前回は変身と変心の間には時間差があったのに、これはどうしたことなんでしょう?」
クルルは今でこそ猫のぬいぐるみのような姿をしているが、本来は魔法世界“ネビル”における力ある魔導師なのだ。こういう場面では好奇心のほうが優先される性格をしていたとしても不思議ではない。
(どうだっていいじゃない。そんなこと)
すねる奈里佳2号。
「やっぱり魔力の蓄積度の差かしらね。でもそんなことは奈里佳2号が言うようにどうでもいいことだわ。今はとにかくあの看護婦さんが完全に結晶化するのを阻止するのが先決よッ!」
クルルに向かってそう言うと、奈里佳はトイレを飛び出して行った。何だかまじめと言えばまじめになってしまった奈里佳だが、奈里佳の性格が克哉に影響を与えるのと同じで、克哉の性格が奈里佳にも影響し始めているのかもしれない。
「そうでした。今はそちらのほうを優先すべきですね」
いかんなあとつぶやきながら、奈里佳の後を追うクルル。念のためにトイレから出たところで4つ足になり猫のふりをする。そのクルルの目の前では、まだぶつぶつと自分だけの世界で独り言を言っている美根子に対して、奈里佳がビシッと指を指しているシーンが展開しているところだった。
「ちょっとあなたッ! 自分じゃ気がついていないかも知れないけれど、結晶化しちゃってるわよ。このままじゃ世界を道連れに崩壊しちゃうわね。というわけで、あなたを救ってあげる♪」
奈里佳は美根子にむかってウィンクをするのだった。そして奈里佳は魔法の言葉を口にした。
「自分自身の本当の希望と未来を見つけるために、変身なさいッ! 看護“快人”おにゃんこナース!」
奈里佳の言葉を受けて、看護婦、津谷美根子の身体はみるみると変化し始めた。まずはその身を包む白いナース服が光りを放ちつつ消えていき、代わりに白くてふわふわの猫毛が生えてきた。しかもその猫毛は全身に生えているわけではなく、セクシーな部分にしか生えていないので、まるで毛皮で出来たセパレートの水着を着ているかのようだ。
それと同時に頭の横、耳と頭頂の間あたりから白くて大きな耳、それもいわゆる猫耳が生えてきた。そして変身は続き、お尻から白い毛に包まれた長い尻尾が生えてきてくねくねと動いたかと思うと、両手両足は大きな肉球がついた猫手猫足に変化する。さらに頭には猫耳に合うような形をしたナースキャップが被さると、次に左手首の上に小型のミサイルランチャーのようなものが現れた。最後に肩から斜めがけの状態で小さな白いポーチが現れて変身は完了した。ちなみにその白いポーチには赤十字のマークが輝いている。きっと何か色々と入っているのだろう。
変身したのと同時に、暗く、そして果てしなく落ち込んでいた美根子、いや、おにゃんこナースの表情は、ため込んでいた怒りを解放したような妙にすっきりとしたものに変わっていた。
「おにゃんこナース! 猫の手、猫の手、使えない奴ってバカにするにゃ~ッ! 猫の手だって生きてるんにゃ。一生懸命なんにゃ。そうにゃッ! みんなも一度、猫の手になってみるといいにゃッ!!」
変身し終わった看護“快人”おにゃんこナースは、自分の名前を大きく叫ぶと、ビシッとポーズを決めた。そして自分なりの理屈で燃え上がるのだった。もちろん語尾に『にゃ』をつける言い方はお約束である。
「さあ、おにゃんこナース! やっておしまいッ!!」
いっぺん言ってみたかったとばかりに左手を腰にして、廊下の先にあるロビーにいる人達の方向に、指の先までピンと伸ばした右手を向ける奈里佳。
「分かったにゃ。行くにゃッ!」
そのまま後ろを振り返らずに走り去って行くおにゃんこナース。そして軽く手を振って見送る奈里佳。
「行ってらっしゃ~い♪」
なんとなくのんびりしているような気がする奈里佳の声。まあ、フューチャー美夏さえ出てこなければ、おにゃんこナースに対抗出来る存在などいないと確信しているだけなのかもしれないが。
「……さて、じゃあ私たちは写真を撮りますか」
ロビーのほうで看護“快人”おにゃんこナースが暴れ出し始めたのを確認すると、奈里佳はクルルに向かってにこりと笑った。
「写真って? そういえばカバンの中にデジカメが入っていたみたいでしたけど」
クルルはなんのことを言われたのか理解出来ていないようだ。
(もしかして本気で撮る気なの? 『忘れてました』って言えばいいじゃない)
呆れている奈里佳2号。
「だって、お父さんと約束しちゃったんだからしょうがないでしょ。変身したらデジカメでその姿を写真に撮るって」
話しながら奈里佳はさっき変身したトイレの中に戻ると、カバンの中から三脚とデジカメを取り出した。まずは折りたたまれた三脚の足を伸ばすとそれを固定し、デジカメを取り付けた。
(奈里佳に変身したくせに、そういったところが妙に律儀ね。克哉ちゃんの精神に影響を受けているのかしら? やっぱり私のほうが『奈里佳1号を名乗ったほうが……)
まだあきらめていなかったのか、奈里佳2号。
「はい、セット完了。じゃ、後はちゃっちゃと写真を撮って、おにゃんこナースに合流しましょう」
奈里佳2号の発言を完全にスルーしながら、奈里佳は今セットしたばかりのデジカメの前に立つ。しかしそこは女子トイレの中なのだが、いいのか? 撮影場所がそこで。
(ちょっと、無視しないでよ。ああ、でもやっぱりあんたは克哉ちゃんだわ。だって抜けてるんだもん。バカよね~♪)
勝ち誇ったような口調の奈里佳2号。『おーほっほっほっほッ!』という笑い声が聞こえてこないのが不思議なほどだ。
「何よ、2号のくせに私のやることに文句を言う気? 私のどこが抜けてるっていうのよッ!?」
デジカメのリモコンを片手にカメラの前でポーズをとろうとしていた奈里佳は、奈里佳2号に文句を言う。
(だって、このまま写真を撮ったら、奈里佳の姿で写真に写ることになるのよ。それでいいの?)
確かに奈里佳2号の指摘する通りである。このまま写真を撮ったら、それは克哉が奈里佳の正体であるという証拠写真を撮ることになってしまう。
「ちょっと、それはまずいですね」
奈里佳に続いてまた女子トイレに入ってきたクルルも奈里佳2号の意見と同じ意見のようだ。というか普通そうだろう。
「ほーほっほっほっほっ! 私がそんなことも分からないでいたとでも思ってるの? もちろん分かっていたわよ。これはあんた達をちょっと試しただけなの。奈里佳2号、それにクルルちゃん。あなた達2人は合格よッ! おめでとう♪」
何故か頬に一筋の冷や汗をたらしながら、奈里佳はうそぶく。
(……ごまかしたわね)
ただその一言だけを言う奈里佳2号。
「ええ、ごまかしましたね」
同じくクルル。
「や、や~ね~。ごまかしただなんて人聞きの悪い。じゃ、さっさと変身しちゃうわよ」
早口でそう言っていること自体が、ごまかしている証拠じゃないのかと奈里佳2号とクルルは思ったが、とりあえずそれは言わないことにした。クルルにしてみたら言っても無駄だという思いがあったし、奈里佳2号にしてみたら言わなくてもその気持ちは奈里佳に伝わるはずだと思っていたからだ。ともかく奈里佳はその精神を集中させ、今の魔法少女の姿から更に変身をするのだった。
「ほう、そうきましたか。おにゃんこナースにそっくりですね。違うのは色だけですか」
クルルの目の前にいる2段階変身後の奈里佳の姿は、おにゃんこナースの姿にそっくりだった。左手につけた小型のミサイルランチャーのようなものから、肩から斜めがけにしたポーチまでそっくり同じだ。違いといえば髪の毛の色がおにゃんこナースの場合は黒色なのに対して、奈里佳の場合は例によって金髪であることと、猫毛の部分がおにゃんこナースの場合は白色で、奈里佳のほうは黒色ということだけである。
「そうよ。さしずめ『おにゃんこナース・ブラック』ってところかしらね」
なにやらわけが分からないポーズをとる奈里佳。
(じゃ、あっちのほうがホワイト? ま、確かにあんたのほうががさつだからお似合いかもね)
これまた、なにやらわけが分からない納得の仕方をする奈里佳2号。
「誰ががさつですって?」
右手を握りしめ、抗議をする奈里佳。相手を殴りたくてもその身体は自分自身なので殴るわけにもいかない。
「まあ、まあ、何だかよく分かりませんけど、とにかくさっさと写真を撮りましょう。早くおにゃんこナースと合流しないと、フューチャー美夏がまた出てきちゃいますよ」
奈里佳と奈里佳2号をせかすクルル。
「そうね。じゃ、とにかくちゃっちゃと済ませちゃいましょう」
後で写真を撮った場所が女子トイレの中なのはどうしてなのかということを説明するのに苦労するのだが、今の奈里佳はそんなことはまったく気にすることなく、ポーズを色々と変えながらデジカメのシャッターをリモコンを使って押すのだった。
続く
前書きにもありますように、体調を崩しましてその結果、仕事も辞めることになりましたので時間だけは有る状態になりましたが、本日中にアップする01~08以降の続きや、その他の作品の続きにつきましては、体力と気力の回復次第ということになりますので、あまり大きな期待はせず、ゆっくりとお待ちください。
なお、別作品の【妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール】という作品がミッドナイトノベルズのほうに投稿されていますが、そのリニューアル前の【妖精的日常生活】についても後日投稿する予定です。