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05 魔法少女♪奈里佳  第三話(2) 猫の手だって看護婦さん 第07~10章

【 魔法少女♪奈里香 】という作品は、パイロット版および本編が2001年2月21日から2005年9月16日にかけて連載されていた未完の作品です。初出は【少年少女文庫】という複数のメンバーによって運営されていた性転換ものに特化したサイトでした。本編第三話後、楽天のブログにて番外編01を2009年8月20日に公開しましたが、どうしても第三話のクオリティーを超えるどころか並ぶことすら難しいと思い、続きが書きづらくなった作品です。いづれリニューアルして続きをと思っていましたが、2024年1月3日に体調を崩し(B型大動脈解離および腸閉塞)、体力的な限界を感じて仕事も辞めました。それに伴い近いうちに自サイトを閉鎖する予定となりましたので、小説家になろうに転載する運びとなりました。

 本日中に01~08まで投稿しますので、よろしくお願いします。全体ではラノベの単行本2冊くらいの分量があります。

第7章 エスカレーション


「ねえ、ちょっと男子ッ! まだ着替えは終わらないの~?」

 体育の授業は2クラス合同で行い、1つの教室を男子更衣室として、もう1つの教室を女子更衣室として使うことになっている。いつもは女子のほうが着替えの時間が長くかかるのだが、今日はなぜか逆に男子のほうの着替え時間が長くかかっていたのだ。

「女子はもうみんなとっくに着替え終わってるんだけど、どうしちゃったの~!?」

 いつも男子に、『女子の着替えは長すぎる』と文句を言われることのはらいせか、ここぞとばかりに教室の中の男子生徒達に文句を言う女子生徒。

(どうしちゃったのかしらね? こんなことは初めてだけど、なにか事件でもあったのかな。昨日の今日で、また奈里佳が現れたなんてことは無いと思うけど)

 男子が着替えている教室の前で騒いでいる女子生徒達からやや離れたところに立ち、夏美は声を出さずにユニ君に話しかけた。

 ちなみに克哉と奈里佳も、本当は声を出さずに会話することは出来る。しかし奈里佳が面白がって、克哉が実際に声に出した話しかけにしか反応しないので、克哉は声に出さないと奈里佳に話しかけられないものと思い込んでいたりするのだった。ところで、『たった今、その設定を考えたんでしょ?』というような突っ込みをすると作者が泣くので、そこんとこよろしく♪

(ふむ。いつものように教室の中に私がいれば音声を拾えるのだが、あいにくと今は中津木警察署で作業中だからな)

 ユニ君が何を指して言っているかというと、夏美の鞄の中にいつも入っているPHSのことである。見た目はPHSだが、その本体はユニ君を構成するナノマシンの集合体なのだ。ちなみに夏美の脳神経系と融合している部分のユニ君とは常にデータリンクが成立しているのは言うまでもない。

(そうよね、朝食のあとすぐに鳥の形になって飛んで行っちゃたものね。念のために聞くけど、作業はまだ終わってないの? もしも終わっていたら教室に設置してある防犯用のカメラで映像が拾えるんでしょ?)

 夏美はちらりと教室のほうを見ながらユニ君に問いかける。その瞬間、教室の中からどよめきが聞こえてきた。なんだか、ひどく興奮しているような、それでいて安堵もしているような、なんとも微妙な雰囲気が感じられる。

(残念ながら、現在の作業の進行度合いは約7%というところだ。今晩のうちに作業が終われば、とりあえず順調という状況だと理解してくれ。但し、教室の中に量子反応が検出されてはいないから、奈里佳の仕業によって何か事件が起きているとは考えがたい。その点は安心しても良いと判断する)

 淡々とした口調のユニ君。奈里佳が出現した時には大量の量子反応が検出された前例を踏まえて、冷静な態度を崩さない。

(つまり男子の着替えが遅いのは、奈里佳以外の原因ってことね。まあ、いいけど。ホントにいったい何をやってるのかしら? 男どもったら)

 新聞部副部長としての性なのか、自分の知らないことがあるとどうしても知りたくなってしまう夏美だった。しかし場所が男子が着替えている最中の教室では、突撃取材をするわけにもいかない。夏美はため息をつくしか無かった。

 しかしその時、教室の中では大変な騒ぎというか、『おおさわぎ♪』になっていたのだった。話は克哉が保健室に連れて行かれた時に遡る。


「矢島君、ジャージのズボンとパンツを脱いでッ! さあ早く、急いでッ!!」

 いやがる克哉を強引に保健室に連れてきた佐藤雄高と体育委員のふたりの話を半信半疑の状態で聞いていた養護教諭、つまりは保健室の先生である高谷真美たかや・まみであったが、克哉の股間をまじまじと見た瞬間に、その態度は一変した。

「大丈夫? 痛みはどう? 吐き気は? とにかくちゃんと先生に診せてッ!」

 克哉の返事を待たずにジャージのズボンに手を伸ばし、引きずり降ろそうとする。

「大丈夫です。なんともありませんから。だからごめんなさい」

 当然に克哉は高谷先生の手を押さえて必死で抵抗する。保健室の先生とはいえ、まだ20歳代後半になったかどうかというばかりの女性にズボンとパンツを引きずり降ろされかけたら、それはもう必死に抵抗するのが普通というものである。まあ、喜んで引きずり降ろされる人もかなりの割合でいることはいることも確かだが。

「大丈夫なわけ無いでしょッ! 服の上からでも完全にめり込んじゃっているのが分かるじゃない。これで大丈夫なはずがないわ。ちょっとふたりとも、矢島君を押さえておとなしくさせてッ!!」

 真美先生に命じられた雄高と体育委員の男子生徒は、その剣幕に押されて素直に克哉を左右から取り押さえるのだった。自分よりも、ゆうに頭半分からひとつ以上は背が高くて体格も良いふたりに両腕を取り押さえられて、克哉の動きは大きく鈍った。しかしまだ自由が利く足をばたつかせ、下半身をくねらせ更なる抵抗をするのだった。……無駄な抵抗なのに。

「離してよ、雄高」

 半分涙声で、なおかつ潤んだ目をして上目使いで雄高に哀願する克哉。その抱きしめてやりたい表情全開の克哉の顔を見て、一瞬ぐらりときかけた雄高だったが、ここは心を鬼にしてしっかりと克哉の腕を押さえている。まあなんというか今回は大丈夫だったけど、彼が道を踏み外すのはもうすぐかもしれない。ちょっと楽しみ♪

「ごめん、克哉」

 顔を背ける雄高。そして克哉と雄高がやおいな展開に行きかけて踏みとどまっていたとき、克哉の下半身を覆っていたジャージのズボンとトランクスは、その定位置から移動することを余儀なくされていた。真美先生の手によって。

「えッ!? 矢島君、トランクスの下に何でショーツなんかはいてるの? それにこの股間。矢島君、あなた……、本当は女の子だったのッ!?」

 克哉には真美先生のその声が、死刑宣告のように聞こえたのは言うまでもないことだった。

(あ~らら、意外と簡単にばれちゃったわね。でも、これで堂々と女の子宣言が出来るわね。おめでと♪)

 克哉の神経を逆なでする奈里佳。

「僕は女の子じゃないッ!」

 はたしてそれは真美先生への返事だったのか、それとも奈里佳に対する怒りだったのか? ともかく克哉は大声でそう叫ぶと、とうとう本格的に泣き出してしまったのだった。

「え~ん、女の子じゃないのに~。ひっく、ひっく、え~ん」

 真美先生は泣きじゃくる克哉を見て、克哉を取り押さえていた雄高と体育委員のふたりに目で合図した。とりあえず自分のことを『女の子じゃない』と言っている克哉だったが、どう見てもその股間は女の子そのものでしかない。それに自分からショーツをはいていることからして、本当のところは自分は女の子なんだという自覚を、克哉が持っているのだろうと真美先生は誤解していたのだ。

「分かったわ。矢島君。でも、ソフトボールがぶつかったんだから怪我をしていたら大変よ。だから、ね。ちょっと先生にもっとよく見せてくれる?」

 ふたりの男子生徒が保健室の外に出て行ったのを確認した真美先生は、優しく克哉に問いかけた。

「ね、いいでしょ? じゃあ、脱がすからね」

 養護教諭の顔を前面に出し、他意をまったく感じさせない口調の真美先生は、克哉がはいているショーツを静かに、そしてゆっくりと降ろすのだった。

「……み、見ないでください」

 両手で自分の顔を押さえながら、消え入りそうな声でお願いをする克哉。その様子は年下趣味がまったくない真美先生ですら、危うく撃沈されそうなほどの破壊力を秘めていた。

「安心して、これは単なる診察よ」

 克哉を思いっきり抱きしめてなでなでしてあげたいという、心の奥底から沸きだしてくる感情と戦いながら、真美先生は努めて冷静な声を出す。しかし顔がほんのりと赤くなってくるのだけはおさえられなかった。それにしても男女問わず発揮される克哉の魅力って、もはや心理兵器レベルかも。

「……はい」

 顔を覆ったまま、小さく返事をする克哉。その素直さが真美先生の心を更にくすぐる。

「ちょっと、触るけど、これは触診といって大事な診察方法なの。だから身体の力を抜いていてね」

 そして克哉の返事を待たずに真美先生は、克哉の大事なところにそっと指を這わすのだった。

「あっ、ううん」

 自然と声が出てしまった克哉は、顔を覆っていた手を移動させて口を押さえたが、それでも艶やかな声が漏れてしまうのだった。

「ふつうに感じるようね。いったいいつからこういう状況なの? 矢島君、教えてくれる?」

 克哉のアソコが本物の女の子であることを確認した真美先生は、男の子の身体についている女の子の部分をもっと触っていたいという倒錯的な欲求に抵抗しつつ、養護教諭としての義務を優先させた。

「あの……」

 どう答えればいいのか? どこまで答えればいいのか迷ってしまった克哉は、言葉を濁すことしかできなかった。

「恥ずかしがらないで。これはとっても大事なことなのよ。先生を信じて。矢島君の悪いようには絶対にしないから。ね、お願い」

 小さな子供をあやすようにやや腰をかがめた姿勢を保ち、克哉の顔の高さに自分の顔をもって来る。ちなみに克哉のショーツは降ろされたままだ。風邪をひかなければよいのだが。

「今朝からです」

 嘘をつこうにも頭が白くなっているので、本当のことしか話せない克哉だった。

「分かったわ。もしかすると昨日の事件の後遺症なのかしら? ともかくしばらく落ち着くまで保健室で休んでいるといいわ。ちょうどベッドも空いてるし」

 勝手に納得すると、なごり惜しそうに克哉のショーツを上に上げる真美先生。ちなみに昨日の事件とは、魔法少女♪奈里佳と快人ヘイアーンによる集団お嫁さん変身事件のことである。詳しくは第2話を参考にして欲しい(宣伝)。

「はい」

 そのまま克哉は残されたトランクスとジャージを上に上げると、真美先生が指さしたベッドにおとなしく横たわるのだった。

(後遺症じゃないのにね)

 奈里佳が短く感想を入れる。そしてその間に、真美先生は保健室の外に出て行った。

「ちょっとお願い。矢島君の学生服を教室から持ってきてくれるかしら?」

 廊下で待っていた雄高と体育委員のふたりに指示をする真美先生だったが、その顔は怒っていた。雄高と体育委員のふたりは、保健室の入り口の扉に耳を押しつけて、中の会話を盗み聞きしていたからだ。

「あの、矢島君のアソコが女の子に変わっているっていうのは、やっぱり昨日の……」

「魔法少女♪奈里佳がまた現れたんでしょうか?」

 盗み聞きしていたことについてはきれいに開き直り、口々に真美先生に質問をする雄高と体育委員のふたりだった。既に集団変身現象を2回も経験しているとなると、克哉のアソコだけが女の子に変身していても、それはありえないことと否定する気持ちはまったくない様子だ。

「まあ、おそらくその関係しかないでしょうね。こんなこと普通じゃありえないから、魔法少女♪奈里佳に関わりがあるのは間違いないと思うわ」

 ちらりと保健室の中を振り返り、克哉がちゃんとベッドに寝ているのを確認すると、真美先生はそっと扉を閉めた。

「奈里佳に変身させられても時間が経てば元の姿に戻っているわけだから、矢島君もそのうち元に戻ると信じるしかないわね。というか、魔法の後遺症なんてものに対しては様子を見ることしか出来ないわよ。ともかく、矢島君の精神状態が不安定になっているから、今はそっとしておくしかないということね」

 真美先生そう言うと、ちょっと考え込む様子を見せた。

「矢島君の精神状態が不安定になっているのは、先生のせいもちょっとはあるんじゃないですか? だってほら、触っちゃったりしたんでしょ?」

 知ってるもんね。という言葉が雄高の顔に書いてあるのを見つけて、真美先生はとたんに顔を赤くする。

「あ、あれは、ちゃんとした診療よ。外見だけ変化しているのか、それとも神経も含めて完全に変化しているのかを確かめないといけないでしょ」

 しどろもどろな言い訳が、既に自白そのものである。

「あやしいなあ~」

 面白いおもちゃを手に入れたという表情で、真美先生を追求する雄高。

「もう、さっさと矢島君の学生服を持ってきなさいッ!」

 逆切れした真美先生が両手を振り上げて怒鳴ると、雄高達はあわててその場から逃げていった。

「は~い」

「分かりました~」

 もっとも、怒られたふたりはちっともこたえてなんかいなかった。早くこの大ニュースをみんなのところに知らせなくては♪ と、思っていたのだ。

 というわけで教室から克哉の学生服を持ってきて保健室に届けたふたりは、グラウンドに戻ると早速そのことを心配して待っていたクラスメート達に話したのだった。そして舞台は教室へと移り、男子の長い着替えシーンへと戻る。


「というわけでさ、克哉のアソコにボールがぶつかってめり込んじゃったのかと心配したけど、例の魔法少女♪奈里佳が原因の集団変身事件の後遺症で、アソコが部分的に女の子に変身していただけだったんだよ」

 グラウンドでも簡単に話したのと同じ内容の話を、もう一度詳しくみんなの前で話す雄高。なぜか得意そうな話しぶりだ。

「へえ~、後遺症か。そんなこともあるんだな。でもさ、ということは今の矢島は、女の子ってことだろ。なんか、いいよな」

 気楽な様子のクラスメート達の会話が続くかと思われた時、本日の体育を見学していた生徒達の間から何やらちょっときている笑いが漏れてきた。

「ふふふふふ、あーはははッ! そうか、そうだったのか。後遺症だったのかッ!!」

「はッ、なるほどね。後遺症か。そのうち元に戻るのか。なるほど」

「あ~、心配して損した」

 口々に安堵の声をあげる見学者達。そして、その中の1人がおもむろに学生服の上着を脱ぎだした。次にワイシャツを脱ぐとその下に現れたのは、さらしをきつく巻いた胸だった。

「!?」

 驚く面々。とは言っても驚いているのは、体育の授業をちゃんと受けていたものだけだったりする。

「……もしかして、その胸」

 服を脱いだ男子生徒の胸を指さしながら、答えの分かり切った質問をする別の男子生徒。

「そうだよ、昨日からここだけ、このまんまなんだよッ!」

 その言葉とともに、勢いよくさらしをほどく男子生徒の胸には、グラビアアイドルの胸についているべきような大きさの見事な乳房がこれでもかと自己主張していた。

「うわッ! すっげえーーッ!! なあ、触ってもいいか?」

 たちまち起こるおおさわぎ♪

「いいけど、あんまり強く触るなよ。強く揉むと痛いから」

 胸は膨らんでいるものの、お互いに男である。男同士であるのに妙に雰囲気を出しているのはいかがなものか?

「くう~ッ! いいなあ、もしかして昨日から揉み放題ってか?」

 羨望(?)の眼差しを大きく膨らんだ胸に向け、そしてじわじわと手を近づける。

「いや、意外とこれが自分で揉んでも感じないんだよ」

 自分の胸を下から持ち上げるようにして触りながら、ゆっくりと揉んで見せる男子生徒。その指先は大きく膨らんだ胸の肉に埋もれるように食い込んでいき、その柔らかさを強調していた。

「よぉ~し、だったら俺が揉んじゃるッ! どうだ、おい。気持ちいいか?」

 我慢が限界に来てしまったのか、飛びつくようにしてその胸をわしづかみにすると、男同士ということもかまわずに揉みしだく男子生徒。

「あん、や、やめろよ」

 たちまち漏れる喘ぎ声。既に声変わりしているのがちょっと残念である。

「いいなあ、両乳がちゃんとあって。俺なんかほら、見てみろよ。右乳だけなんだぜ。もう、バランスが悪くて、歩いてるだけで転びそうだよ」

 男同士のいちゃつきあいの横では、右乳だけがまるでメロンのような大きさにまで膨らんでいる男子生徒がその胸をさらしていた。確かにこれはバランスが悪そうだ。

「ちょっと待ったッ! バランスが悪いと言ったら、俺ぐらいバランスが悪い奴もいないぞ。なんたって、声だけ女になっちゃてるからな」

 風邪をひいて見学しているということになっていた男子生徒が、マスクを外すとロリロリなアニメ声で話し出した。どうでもいいが、既に病気自慢のノリである。

「ブワハハハハッ! 何だその声!? 似合わねーーッ! あはははは、は、腹が、腹が痛い」

 まだ中学2年生だというのに、ごついと言ってもどこからも文句が来ないだろうという顔をした男子生徒の口から出てくる女の子の声。これも確かにアンバランスだ。

「何だよ、笑うなよ。ぶん殴るぞ」

 笑われて恥ずかしかったのか、顔を赤くするロリ声の男子生徒。

「そんな、アニメ声で言われてもちっとも怖くなんかないもんねえーー♪」

 確かにそうだ。

「おーい、他の見学者も部分的に女の子に変身したままなのか?」

 もう教室の中は、俺は俺はと自分の女の子な部分を自慢する男子生徒と、それを面白がったりうらやましがったりするどこも変身していない男子生徒達のいちゃつき(?)の場となり果てていた。

「ふ、俺は足だけが女の子だ。靴が大きくてぶかぶかだぜ」

 上履きと靴下を脱いで裸足を見せる男子生徒。身体に比べて妙に小さな足が、確かに女の子の足だということを教えてくれる。

「なんだ、足だけか。つまらん」

 それを見て、くるぶしより上は普通にすね毛の生えかけている男の足であることを確認した男子生徒がそう言い放つ。するとすかさず別の男子生徒がその男子生徒を押しのけた。

「こらッ! 貴様ッ! つまらんとは何事だ。お、女の子の足……。さ、触らせてくれ。いや、触らせてください。しゃぶらせてください。お願いします」

 そう言うなりその男子生徒の女の子の足の部分を優しく手に取ると、ハァハァと息を荒くしながら頬をすり寄せるやつも出てくる始末。

「うわッ! こいつ足フェチだよ。エンガチョッ!」

 さすがにまだ中学生では、一般的な趣味ではなかったらしい。せめて女の子なふとももなら良かったのにね。

「それはそうと、矢島みたいにアソコが女の子になっているやつはいないのか?」

 ふと気がついたように雄高が、まだ自分のどの部分が女の子になっているのかということを告白していない体育を見学していた男子生徒達に質問する。

「は~い。今の俺がそう。アソコだけ女の子になってるんだな。これが」

 右手を半分だけ上にあげているのは堀田修司ほった・しゅうじである。しかしその顔は妙に青白くて元気が無い感じだ。

「え、そうなの? 堀田はホントに具合が悪くて見学していたと思っていたけど」

 ちょっと不思議そうな顔になる雄高。

「まあ、具合が悪いのは確かだよ。腹は痛いし、気分も重いし」

 確かにつらそうな表情をしている修司であった。

「ああーーぁッ! もしかして体育を休んだ理由って、あれ、マジだったのか!?」

 修司の言葉が意味するものに気がついて、雄高は大声をあげた。

「おお、マジもマジ、大マジ。アソコが昨日から女の子のままなのはいいとして、いきなり生理になっちゃってるから、もう大変なんだよ」

 ため息をつく修司。あれだけ魔法少女やお嫁さんになりたいと言っていたにも関わらず、やはり生理となると遠慮したい気持ちのほうが大きいのだろう。なんというか勝手ではある。

「そ、そうか。まあ、がんばってくれ」

 そう言うしかない雄高だった。

「おう、ありがとう。……あ、ちょっと血がたれてきたかもしれない。やっぱりティッシュを重ねてあててるだけじゃ駄目だね。保健室に行ってもらって来ようかな」

 どこからどんなふうに血がたれてきているのかということは聞かないでおこう。そう思う雄高だった。

「もらって来るって、やっぱり……。あれをか?」

 答えは聞かなくても分かっていたが、健全なる中学生男子としては、なかなかに人前で言いづらい単語ではあるので、雄高としてもどうしても言葉をにごしてしまう。

「もちろん。やっぱり初めてだからタンポンよりもナプキンのほうがいいんだろうな。う~ん、夏美に相談してみようかな?」

 幼なじみの島村夏美の名前を出す修司。しかしその夏美が、正義のナノテク少女フューチャー美夏の正体だということを知ったら、いったい彼はどんな顔をするのだろうか?

「そ、そうか……。ま、それはそれとして、保健室に行くなら俺も行くよ。克哉にこのことを知らせてやれば、変身の影響が残っているのは自分だけじゃないってことが分かって安心するだろうし」

 ポンと手を打ち、教室を出ようとしている修司を追いかける雄高。ちょうどそのとき、修司の手は扉にかかっているところだった。

「ん、分かった。じゃあ一緒に行こう」

 そのまま修司と雄高は教室を出た。すると廊下には、男子の着替えが終わるのを待っていた女子達がたむろしていたのだった。

「あ、出てきた。佐藤君、もう男子の着替えは終わったの? まったくもう遅いんだから」

 待ちくたびれて、いらついた声の女子生徒が、教室から最初に出てきた雄高を非難する。

「いや、まだみんなは着替え中なんだけど、修司の奴の具合が悪いものだから、ちょっと保健室に行くんだよ」

 どこまでの事情を説明して良いものかと雄高は一瞬だけ迷ったが、とりあえずあたりさわりのないことだけを言ってみる。そして言われたほうの女子生徒は雄高のすぐ後ろで元気なさそうにしている修司を見て、雄高の言葉が嘘ではないことを知った。

「ホントだ。堀田君、顔色が悪いわよ。大丈夫?」

 途端に声が優しくなる女子生徒。まわりのその他の女子生徒も口々に『大丈夫?』と聞きながら修司のまわりに集まってくる。なんだか好かれているね。修司君。

「やあ、心配ありがとう。でも大丈夫。具合が悪いのは確かだけど、病気というわけじゃないから」

 まあ確かに病気ではない。しかしそう言う修司の顔色は悪くて、誰が見てもつらそうな感じだ。

「具合が悪いけど病気じゃないって……。修ちゃん、なに訳わかんないこと言ってるのよ。全然大丈夫そうじゃないじゃない」

 心配そうな様子で近づいて来たのは夏美である。フリーカメラマン志望(だった?)修司と、新聞記者志望の夏美は幼なじみでもあり、そしてほのかに夏美は修司に恋心を抱いていたのだった。まあ、ほのかというよりも露骨な恋心というのが正解ですけど。

「ああ、夏美、いいところに来た。ちょっと夏美に聞きたいんだけどいいかな?」

 軽くおなかを手で押さえながら、青い顔をして夏美に話しかける修司。その弱った顔を見て夏美はきゅんと、心が音をたてるのを感じていた。どうも母性本能を刺激されたらしい。

「なに? 何でも言って!」

 心配そうに修司の目を正面から見つめる夏美。すでに夏美の周囲にはラブラブの恋人しか進入することが許されないフィールドが形成されつつあったが、まあどうでもよいことである。

「いや、俺、生理になっちゃったんだけどさ、初めての生理の時って、やっぱりタンポンよりもナプキンのほうが良いよね? 夏美はどう思う?」

 まるで聞いたことがない外国語で話された言葉のように、夏美はその言葉の意味がまったく理解できなかった。単語それぞれの意味は分かるものの、それが修司の口から流れてくるという状況に頭が追いついて行かなかったのだ。

「はぁ?」

 間抜けな返事をする夏美。思考が完全に停止している。まあ、当然であろう。

「だから、タンポンとナプキンのどっちが良いかな? 生理になるの初めてだからわかんなくてさ」

 夏美の思考が停止していることなど少しも気にかけることなく、修司は質問を繰り返す。ちなみにまわりにいる他の女子生徒達も固まっているのは言うまでもない。

「あの、島村さん……」

 雄高が固まってしまっている夏美の顔の前で手を振り、呼びかける。

「はッ! ええと、修ちゃん。今、『生理になっちゃった』って聞こえたけど、それってどういうことなの!?」

 さすがにジャーナリスト志望の夏美である。思わぬ事態に直面しても、すぐさま態勢を立て直している……、のかな?

「だから昨日、お嫁さんに変身しちゃったろ? あのあと変身が解けたと思ったんだけど、アソコだけ女の子のままなんだよ。で、今朝から生理になっちゃったと。それにしても、痛たたた……。生理っていうのは、こんなにも痛いんだな。知らなかったよ」

 顔をしかめて痛がる修司。しかしその姿を既に夏美は見ていなかった。

「魔法少女♪奈里佳ッ! またあのバカ女のしわざなのねッ!!」

 視線をあらぬ方に向け、大声を出す夏美。既に頭は沸騰状態かもしれない。

(夏美、いい機会だ。彼が部分的に変身しているという状態を観察してみたいのだがどうだろう。もしかして魔法少女♪奈里佳を名乗る時間犯罪者が持っている技術レベルが分かるかもしれない)

 いきり立つ夏美に対して、冷静に話しかけるユニ君。もちろんその声は夏美にしか聞こえない。そしてユニ君はいつものように夏美に話しかけると同時に、気持ちを落ち着かせる微弱な電気信号を夏美の脳に送るのだった。

(……分かったわ。ユニ君)

 声に出さずに夏美はユニ君に答えると、次に修司の手を取り歩きだした。

「修ちゃん、ちょっとこっちに来て……」

 そのまま夏美はとまどう修司を連れてその場を離れて行った。おそらく修司をトイレにでも連れていくのだろうが、いったい男女どちらのトイレに連れて行くつもりなんだろうか?

「お~い、あらら、修司の奴、行っちゃった。じゃ、俺は1人で保健室に行くか。克哉と真美先生にこのことを伝えなくちゃいけないし」

 思いっきり夏美に無視された形の雄高だったが、雄高はそれをさほど気にせず保健室へと歩いて行くのだった。

「と、いうわけでさ、部分的に女の子に変身したままなのは克哉だけじゃないんだよ。だから安心して良いっていうわけなんだけど……。どうした? ぼうっとした顔をして。もしかして俺の言うことが信じられない?」

 保健室で寝ていた克哉に教室での出来事を話して聞かせる雄高。しかし克哉は黙ったままだ。実はこのとき克哉は、奈里佳との会話に没頭していたりしたのだ。

(なるほど、やっぱりね。さっき体育の授業を見学していた生徒達を見て、なんとなくそうじゃないかなとは思っていたのよ。まあ、まさかそんなにも大勢に後遺症があらわれていたのはちょっと意外だったけど、考えてみればまったくありえない話じゃないわよね。あっ、克哉ちゃん。何か聞きたいなら遠慮しなくても良いわよ。頭の中で考えてくれれば、それだけでちゃんと会話出来るから♪)

 雄高の話を聞いた奈里佳は、ひとり納得している。

(頭の中で考えるだけで良いだなんて、そんなこと聞いてないよッ!)

 抗議をする克哉。

(だって聞かれなかったんだもん。だいたい聞きもしないで、言葉を声に出さないと私に伝わらないと勝手に思い込んでいた克哉ちゃんが悪いッ!)

 決めつける奈里佳。克哉の抗議は一言のもとに斬って捨てられた。

(じゃあ、その話はおいといて、今の雄高の話って本当なの?)

 奈里佳に言葉で勝とうだなんて無理だということを、たった1日ながらも繰り返し学習させられた克哉は、話題をクラスメイト達が部分変身していることに移す。

(みんなをこの前みたいに私に変身させたり昨日みたいにお嫁さんに変身させたりさせたきっかけは、私やヘイアーンの魔力だったかもしれないけど、変身した状態を維持させていた魔法の力は全部本人達の魔法力だもの。部分的にまだ変身が解けないことだってあるわよ。ま、個人差の範囲内よね)

 あっさりと言う奈里佳。

「おい、ホントにどうしたんだよ。克哉ッ!」

 奈里佳との会話に集中する克哉だったが、外から見ていると、単にぼうっとしているようにしか見えない。それを心配した雄高は克哉の肩をつかんで軽く揺さぶりながら短く呼びかけた。

「あ、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって頭が止まっていたみたい」

 雄高に向かって顔をわずかに赤らめながら右手でこぶしを作り、自分の頭を軽く叩く克哉。

「ま、まあ、びっくりするのは分かるよ」

 克哉の場違いなまでの可愛さにクラッとしかけた雄高は、照れ隠しの為にやけに大きくうんうんとうなずく。もっとも克哉自身は今の自分の仕草が可愛いということは気がついていないようだ。

(ねえ、奈里佳。個人差って言うけど、具体的にはどういうことなの?)

 雄高に返事をすると同時に、克哉は奈里佳に質問する。

(魔法なんてホントは誰にでも使えるんだけど、やっぱり上手い下手っていう個人差があるわけ。今回のは魔力のコントロールが上手く行かずに完全に元の姿に戻れていないというパターンと、魔力がやや暴走気味で部分的に女の子に変身する魔法を無意識に使っている。……ということかしら)

 至極まともな返事を返してくる奈里佳。

「ねえ、佐藤君。今の話からすると、佐藤君達のクラスだけでもそれなりの数の生徒達の身体の一部が女の子のままなのよね?」

 雄高の話を興味深そうに聞いていた真美先生。その顔には養護教諭という職業に忠誠を誓う顔だった。先ほどまで克哉の変身したアソコをいじくり回していた人物と同一人物だとはとても思えないッ!!

「ともかく昨日の変身現象の後遺症は思ったよりも広範囲に広がっていたという訳ね。一度これは全校調査をしてみる必要があるわね」

 脇で聞いていた真美先生は雄高の話を聞いてそう決意すると、ひとりで納得するようにつぶやいた。

(なかなかおもしろくなってきたわね♪)

 楽しそうな奈里佳の言葉を聞いて、克哉は逆に気持ちが沈んで来るのだった。果たしてこれからどうなるのだろうか? 心配することしか出来ない克哉だった。



  

第8章 健康診断前夜

「というわけで、昨日の職員会議で決まったことを伝えます。突然ですが明日、全校いっせいの緊急健康診断を行うことが決まりました。明日はちゃんと新しい下着を着てくるとか、健康診断に備えた準備をして登校してきてください」

 翌日、朝のホームルームの時間。克哉たちのクラスの担任である花井恵里32歳・独身♪が、開口一番に言ったのは、昨日発覚した集団変身現象の後遺症(?)への学校としての対策だった。

 ちなみに第2話の登場では【花井恵里32歳・独身】という表記だったのが、今回からは【花井恵里32歳・独身♪】というように変わっている。この【♪】は、奈里佳により結晶化現象が解除されたことで生み出された彼女の心の余裕を表しているのであった。う~ん、微妙微妙♪

(健康診断か。この時代の技術でいくら調べたところで何かが分かるとも思えないが、データ収集の観点からは興味深いな。問診結果による心理データ等も手に入れたいところだ)

 花井恵里32歳・独身♪の話を聞いて、ユニ君が夏美に話しかける。

(ふん、私たちがあれだけ調べても何も分からなかったのよ。健康診断なんて無意味よ)

 ちょっとムカムカとした言い方で答える夏美。

(外見は元のままなのに、局部だけが女性化していた堀田修司の件だな。確かに昨日は直接見たり触れたりしても何も分からなかったが、それでも継続して観察していれば何か分かるかもしれない。こういう場合、短気は禁物だ)

 ユニ君のその言葉を聞いて、夏美は黙ってしまった。感情は煮えくり返っているが、理性ではユニ君の言う通りだということが分かっているからだ。夏美は大きくため息をつくしかなかった。

「ああ、それからこの健康診断をする対象者は、変身現象を体験した人すべてということですから、女子も含めて後遺症が残っていない人も忘れずに健康診断の準備をしてきてください。それではこれで朝のホームルームを終わります」

 ホームルームの注意事項は進み、最後にそう言い残すと、花井恵里32歳・独身♪は教壇を降りたのだった。

「先生ッ!」

 教室から出て行こうとしかけた花井恵里32歳・独身♪を鋭く呼びとめたのは、堀田修司だった。まだ生理痛がひどいのか、左手でおなかを押さえながらふらふらと立ち上がっている。

「なにか質問なの。堀田君?」

 ゆっくりと身体を回しながら教室の内側のほうに向き直る花井恵里32歳・独身♪

「ええと、先生も知ってるように、俺のアソコはまだ女の子のままなんですけど、トイレはどうしましょう?」

 その質問を聞くと、花井恵里32歳・独身♪は考え込んだ。

「……そうよねえ。その問題があったわよね。そうだ。矢島君?」

 そしておもむろに克哉の名前を呼ぶ。

「えッ? は、はい、なんですか。先生?」

 主人公であるにも関わらずやっぱり集団のなかでは目立たないのをいいことに、ぼうっとしていた克哉は、名前を呼ばれて慌てて返事をするのだった。

「確かこのクラスでは、ええと、その、アソコが女の子になっちゃったままの男子は矢島君と堀田君のふたりだけだったわよね。なんだったら職員用の女子トイレを使っても良いけど、どうする?」

 花井恵里32歳・独身♪は、一見、唐突な提案をしたかに見えるが、これには裏がある。昨日、ふたりの他にも他のクラスを含めると、学校全体で10名程度の男子生徒のアソコが女の子のままになっていたことが判明したのだが、彼ら(彼女ら?)がいつものように男子トイレで用を足そうとしたら、まあ、色々とセクハラまがいの事件が何件か発生したのだ。当然、花井恵里32歳・独身♪もそのことを知っていたからこそ、そのような提案をしたというわけである。

「お願いします。まだ生理中ですから、男子トイレで『見せてくれ』とか『音を聞かせてくれ』と騒がれるのはちょっとうるさくて……。かといって女子トイレに行ってもよけいに騒がれるだけですし……」

 すぐに返事をしたのは、修司であった。そしてなぜか、じとっとした目で夏美のほうを見る。どうやら昨日、夏美はホントに徹底的に修司のアソコを触りまくって観察したらしい。

「矢島君はどう?」

 立ったままで返事をしない克哉に対して、返事を促す花井恵里32歳・独身♪

「じゃ、じゃあ、そうさせてもらいます」

 克哉も、修司がそうするならと、日和見な返事をする。

「そう、分かったわ。じゃあ、他の先生にも伝えておくから」

 そして今度こそ、花井恵里32歳・独身♪は教室の外へと出ていった。

(健康診断なんかしても意味無いけど、それはそれで面白そうだし、ま、いいか) 

 克哉の頭の中で、イメージ上の奈里佳がうんうんとうなずきながらコメントする。

(面白くなんかないよ。昨日の真美先生ってば、『診断』って言いながら僕の女の子なアソコを触りまくるし、もうかんべんして欲しいよ)

 机の上につっぷしながら、うんざりという感じで奈里佳に答える克哉。

(おー、おー♪ 面白くないって言いながら、触られまくってあんなにも感じちゃったのはどこの誰だったかな? それとも克哉ちゃんが可愛い声をあげていたのは私の聞き間違いだったのかしらね?)

 奈里佳のその言葉のあとに、昨日の保健室で克哉が思わず漏らしてしまった【アノ声】が、克哉の頭の中で再生される。脳を共有している同一人格の別バージョン同士なので、克哉と奈里佳にとって一方が思い浮かべたイメージを他方に伝えることなんて簡単なことなのである。

「やめてよッ!」

 恥ずかしさのあまり、慌てて奈里佳に抗議する克哉だったが、思わず口から声を出してしまうあたり、まだまだ修行が足りない。

「ん? 何が『やめてよ』なんだ?」

 案の定、克哉の一言を聞いた雄高が、克哉の席からさほど離れていないところにある自分の席を立って、克哉のところまでやってきた。

「僕、声に出してた?」

 嘘でしょ? という文字を顔に書きつつ、雄高に問い返す克哉。自然と顔に縦線が入ってしまう。

「うん、思いっきり声に出ていた」

 妙に真剣な顔で克哉の机の横に立っている雄高。普段のおちゃらけた態度の時はともかく、こういう時の雄高には冗談がきかない。

(ほらほら、彼氏が心配してるわよ。どう言い訳するの?)

 雄高の真剣な態度とはうらはらに、お楽しみモード全開の奈里佳。

(彼氏じゃないってば。もう、奈里佳は黙っててよ)

 いつもの気弱な態度はどこに行ったのやら、奈里佳に対して何だか強気の克哉。

(はい、はい。恋人の前だと強気なのね。お姉さん悲しいッ♪)

 ぜんぜん悲しく聞こえない声で奈里佳が答える。

「だから、違うって言ってるでしょッ!」

 またしても声に出してしまう克哉。しかし今度は自分でも声を出したことに気がついたのか、慌てて自分の口を両手で押さえる。一瞬で真っ赤になった顔が可愛い。

(私、し~らない)

 奈里佳はさっさと無関係宣言をする。どうやら高みの見物としゃれこむらしい。

「おい、克哉。本当に大丈夫か?」

 そして雄高は腰を曲げると、座っている克哉の顔と同じ高さに自分の顔を持ってきた。

「だ、大丈夫。だから心配しないで。あははは、やっぱりアソコが女の子になっちゃてるから、感情が不安定になっているのかな?」

 汗までたらしながら、必死で言い訳をする克哉。

「感情が不安定って、全然大丈夫じゃないじゃないか。それにそんなにも顔を赤くして……。熱まであるんじゃないのか? どれ……」

 そして雄高は、あくまでも自然かつスムーズな動きで、ふたりの顔を隔てるわずかな距離を乗り越えた。つまり、おでこ同士をくっつけたのだった。

「ゆ、雄高ッ!?」

 油断していたところにいきなり、【おでこ同士で熱はかり♪】なんていう技を食らった克哉は、裏返った声を出してしまう。おまけに大きく目をみはり、何かを言いたいのだが何を言えば良いのか言葉が思い浮かばなくて口をパクパクさせているなんて……、ホント、修行が足りない。

「熱はないようだな。て、何、その反応?」

 克哉の過剰な反応に不審がる雄高。

「だって、いきなりなんだもん。びっくりするってば。それに恥ずかしいし。とにかくびっくりしたのッ!」

 当然のようにそう答える克哉だったが、なぜいきなりだからびっくりするのかが、いまいちよく分からない。でも、かわいいから許す。

「びっくりしたのは分かったけど、恥ずかしがることはないだろ? 別に男同士なんだから。……とと、違った。そう言えば今の克哉って、女の子だったよな。とりあえずアソコだけは。じゃあ、ついでだからもう1回やっとこうか」

 そしてもう1度、おでこ同士をくっつける雄高と克哉。

「ひゃあ!」

 アソコだけは女の子とはいえ、いちおう外見的には男の子の時と変化がない克哉におでこをくっつける雄高も雄高だが、恥ずかしがりつつも本気で逃げようとしない克哉も克哉だと思う。

「毎度毎度、飽きないわね。あんた達って」

 そこにやってきたのは夏美である。

「うらやましい?」

 おでこを離して、やってきた夏美をちらりと見ると、今度は自分の左のほっぺたと克哉の右のほっぺたをくっつけながら夏美を挑発(?)する雄高。

(おお、雄高君大胆♪ 克哉ちゃんも負けずに抱きついちゃえ)

 ひゅ~、ひゅ~とはやす奈里佳。

「雄高、離れて欲しいんだけど」

 奈里佳の声を無視して雄高に抗議する克哉。目をつぶり下を向き、出せる範囲で一番低い声を出している。

(お~、お~、無理しちゃって♪)

 更に茶々を入れる奈里佳。まあ、現在の奈里佳としては克哉をからかうことぐらいしか楽しみがないのも確かなので、無理のないことかもしれない。

「つれないねえ。それよりも克哉。なんだか肌がきめ細かくなってすべすべしているような気がするけど、やっぱりアソコが女の子になっているせいかな?」

 克哉の抗議をさらりとかわして、ほっぺた同士をすりあわせる雄高。とりあえず学生服を着ている男同士(?)がほっぺたとほっぺたをすりあわせている絵というのは本来は美しくはないはずなのだが、克哉は学生服を着て男装した女の子と見えなくもないのでそのへんはクリアである。というわけで、文章を読んで絵を想像する時はその点に注意して想像するように。

「もう~、やめてよ」

 克哉としては本気で怒っているつもりなのだが、夏美にはその声が怒りの声にはとても聞こえなかった。

「いちゃつくなら学校以外でやって欲しいんだけど」

 半分頭を抱えつつ、夏美は気力をかき集めて雄高と克哉に文句を言う。

「いちゃついてないってば。それより何か用なの。島村さん」

 まだほっぺたをすり寄せてくる雄高の顔を両手で押し返しつつ、夏美に質問をする克哉。

「俺ならいつでも克哉といちゃついても良いんだけどなぁ~。今の克哉って、単に胸がない女の子っていう状態なわけだし」

 軽い調子の雄高。それを見て、『まったく最近の男どもときたら』と、夏美は頭が熱くなりかけた。

「佐藤君、私、矢島君にまじめな話があるんだけど、邪魔しないでもらえる?」

 夏美は雄高に冷たくそう言い放った。短いスカートからのぞくすらりとのびた白い足が、夏美の言葉をよりきつく感じさせる。

「おおこわ。じゃあ、黙ってるよ。ささ、どうぞ」

 大げさなリアクションを取ってふざけているが、雄高は夏美から目を離していない。夏美が所属する新聞部が発行する新聞は、面白みはなくても、とにかく事実を的確に報道をすることで生徒達に信頼を受けている。それは良いのだが、だからこそ誤報なんかされた時にはよけいに大変なことになってしまうのだ。

 今回の集団変身事件の後遺症問題については、既にあることないことの噂が飛び交い出しているので、雄高が身構えてしまうのも無理はない。もちろん克哉も緊張でこわばっているのは言うまでもない。

「どこかの新聞みたいに記事をねつ造したり偏向報道をしたりするわけないでしょ。常に事実のみにひざまずくのが私のポリシーなんだから」

 本気で自分には間違いがないと信じている時点で、ジャーナリストの態度としては既にもう駄目駄目なのだが、残念なことに夏美はまだそのことに気づいていない。夏美は自分こそが正義だという態度もあらわに、強気な姿勢のまま克哉を見すえた。

「矢島君。新聞部として今回の件について取材しているんだけど、インタビューに協力してもらってもいいかしら? 変身現象の後遺症が残っている人達から話を聞いて、何かこの事件の真相が解明できればと思っているんだけど。どう?」

 手にはメモ帳とボールペンを持ち、克哉がインタビューを拒否することなどこれっぽっちも考えていないのが見てとれる。

(奈里佳、どうしよう? インタビューって言ってるけど、なんて答えればいいの?)

 夏美に返事を返す前に、とりあえず奈里佳に助けを求める克哉。臨機応変な対応というのは、ちょっとばかり苦手だったりする。

(別に適当に答えておけばいいんじゃない? 克哉ちゃんが魔法少女の正体だなんてこと、分かるわけないんだし。どうしても答えに詰まるようだったら、私が身体を動かして答えてあげても良いけど。なんだったら、そうする?)

 まるで鼻の穴に人差し指を突っ込んで、老廃物と粘液が混ざりあって出来た粘度のある固形物をほじくり出しながら話しているような、なんともいいかげんな雰囲気で克哉の質問に答える奈里佳。

(……僕が答えます)

 一呼吸する間をおいて、克哉は奈里佳の申し出を断った。身体の主導権を一度でも渡したら、もうずっとそのままになっちゃうんじゃないだろうかという心配を否定しきれなかったのだ。

「いつまでも黙ってないで早く答えて欲しいんだけど。インタビューに協力してくれるの? それとも協力してくれないの?」

 顔には営業スマイルを浮かべているものの、その笑顔は夏美という名前に似合わず冷たい。

「あ、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしちゃった。ええと、インタビューだよね。別に答えても良いよ」

 下手に拒否するのも怪しいかなと思った克哉は、夏美のインタビューに答えることにした。

「克哉、誘導尋問なんかに引っかかるなよ」

 茶々を入れる雄高。克哉に話しかけている体裁を取ってはいるが、その実、本当のところは夏美に向けての話しかけであるのは明白だ。視線が夏美のほうを向いてるし。

「するわけないでしょ。そんなこと。私はいつだって公正よ」

 雄高の懸念を一蹴いっしゅうのもとに葬り去ると、夏美は自分の正義を誇って胸を張った。

「はいはい、いつだって新聞は正しいですよ」

 全然そうは思っていないということが丸分かりの口調である。雄高……、もしかして昔何かあったのか?

「それで島村さん。僕に何を聞きたいの?」

 黙っていたらどんどんと忘れ去られてしまうということに気がついたのか、克哉は夏美に対して問いかけた。さすがに腐っても主人公であるということか。

「大したことじゃないんだけど、奈里佳が現れて集団変身事件が起きた2日前のあの日、確か矢島君はその直前に気分が悪くなって教室を出て行ったわよね?」

 まずは事実確認をする夏美。しかしその目は獲物を狙う肉食獣の目だった。

「え、う、うん、確かに気分が悪くなって教室から外に出たけど、それがどうかしたの?」

 夏美の質問が何を意図して行われているのか予想がつかなかったが、これは【やばい】ということだけは克哉にも理解出来た。というわけでとりあえず事実を認めたが、夏美が知っていること以上の情報を与える気はさらさらない。

「奈里佳の正体なんだけどね……」

 わざとゆっくりとした言い方をする夏美。その言葉を聞いている克哉にしてみたら、まるでもう針のむしろに座らされているかのようである。

「奈里佳の正体?」

 ともかく克哉はあの日、教室を出てすぐに奈里佳に変身しているのだ。自分で考えると、克哉以上に怪しい人物はいないだろうと思えてくる。そんなこんなで克哉は平静を装っていたが、その表情の下では冷や汗をだらだらと流すことになった。まあ、精神的にだけど。

「矢島君がこの教室を出てから、すぐに奈里佳が入って来たのよ。分かるでしょ、矢島君」

 思わせぶりな言葉である。朝のホームルームが終わり、1時限目の授業が始まるまでの間の騒がしい教室が、なぜか克哉にはシーンと静まりかえったかのように感じられるのだった。

「どういう……、ことかな?」

 克哉はそれだけを言うのが精一杯だった。

(どうしようッ!? ばれちゃってるよ~ッ!!)

 表面は平静を装いつつ、克哉は心の中で奈里佳に助けを求めた。

(何をおたおたしてるのよ。はったりに決まってるでしょ。とにかく落ち着きなさい)

 奈里佳はまったく動じていない。なぜかその声を聞くだけで、克哉は奈里佳の落ち着きが自分にも伝わってくるかのような感覚を味わった。さすがに二心同体。

「つまりね、矢島君が教室を出てからすぐに、入れ替わるようなタイミングで奈里佳が教室に入ってきたわけよ。なにかこう、タイミングが良すぎると感じるんだけど、これって偶然なのかしら?」

 ジッと克哉の目を見つめる夏美。緊張した空気がふたりの間を流れる。

「偶然……、だと思うんだけど。それよりも島村さん、僕に何を言わせたいの?」

 あくまでもしらを切る克哉だったが、この言い方、聞きようによっては『自分は何かを知ってますよ』と受け止められなくもない。

「別に何もないわよ。ただ、私は事実を知りたいだけ。それだけのことよ」

 さらりとそう答えると、夏美は口を閉じた。

(どう、ユニ君、何か反応は出た?)

 克哉に対して口を閉じた夏美だったが、頭の中ではユニ君に話しかけていたのだった。

(今のところ微弱な量子反応は出ているが、変身現象の後遺症が出ている他の生徒達に比べて際立った反応というものはない。精神の動揺による発汗と体温上昇も正常範囲内だ。出来るなら、もう少し揺さぶってみてくれないか?)

 落ち着いた声で答えるユニ君。昨日は自分を構成するナノマシン群の大半、つまり夏美の脳神経系と融合していないナノマシンの全てが中津木警察署に出かけていたので、センサー類の大半が使用不可能だったのだが、今日は万全の態勢らしい。

(分かったわ。じゃあ予定通りに行きましょう)

 短く答えると、夏美はまた目の前の克哉に注意を戻したのだった。

「事実って?」

 下手なことが言えない以上、克哉としては自分から具体的な何かを言う訳にはいかない。綱渡りな感覚を味わいながら、夏美に対して克哉は質問で答えた。

「それを言ったら、そこの恋人さんが心配するような誘導尋問になっちゃうから言えるわけないじゃない。それともして欲しいの? 誘導尋問を」

 夏美は表面上、余裕のある表情を浮かべている。

「いやあ、恋人だなんて照れるなあ~」

 ついさっきまで、克哉に取材(?)する夏美を恐い顔をしてにらんでいた雄高が、頭を掻きながらにやけた顔をする。

「雄高ッ!」

 鋭く親友の名を叫ぶ克哉。夏美が言った『恋人』という言葉の意味は完全に皮肉だと分っていたから聞き流せたが、雄高が言う『恋人』という言葉の意味は、辞書をひくと一番最初に載っている意味だということが分ったから、つい叫ばずにはいられなかったのだ。しかしなぜそこで顔を赤らめるかなあ、克哉ちゃんは……。

「だから、痴話喧嘩はよそでやってって言ってるでしょ。まあ、あまり質問を限定すると答えを誘導しちゃいそうだったから控えていたけど、矢島君にはもう少し具体的に訊いたほうが良さそうね」

 雄高の反応を瞬殺すると、夏美は克哉の顔から目をそらさないまま、独り言を言うように克哉に話しかけるのだった。

「答えられることなら答えるけど、僕は何も知らないよ。島村さん」

 予防線を張る克哉。しかしその予防線はあまりにもか弱い。

「じゃあ、お願いするわ。まず事実確認なんだけど、今の矢島君は部分的に女の子になっている。そしてそれは一昨日、お嫁さんに変身した後遺症であると、ここまでは良いわね?」

 念を押す夏美。その目は克哉を捕らえて離さない。克哉のどんな些細な反応も見逃さないという目だ。

「うん、その通りだけど……、それが何か?」

 克哉はそう答えたが、事実はまったく違う。克哉はお嫁さんなんかに変身していないし、アソコだけが部部的に女の子になっているのは後遺症でも何でもなく、今朝、奈里佳に部分変身魔法をかけられたからなのだが、それを認めることは出来ない。フューチャー美夏こと、ディルムンのタイムパトロールという敵がいる以上、自分が魔法少女♪奈里佳だということをおおぴらに認めるわけにはいかないからだ。

「いえ、何でもないわ。それで矢島君、矢島君はいったい何時、どこで変身させられたの? 奈里佳によって花井先生がウェディング快人ヘイアーンに変身させられて、そのヘイアーンによってみんなはお嫁さんに変身させられたんだけど、矢島君もヘイアーンに変身させられたんでしょ? それは何時、どこでのことだったのかしら?」

 その夏美の質問を聞いたとき、克哉は『来たッ!』と思った。夏美の質問は、実にいいところを突いていたからだ。克哉は微妙に顔の筋肉がけいれんするのを感じた。

「そういえば、克哉は気分が悪くなっていたんだよな。保健室で休んでいる時に変身したのか?」

 何の気なしに雄高が克哉に話しかけた。克哉は思わず『そうだよ』と言いかけたが、その言葉を聞いた奈里佳の反応はまた違っていた。

(ストップ、克哉ちゃん。何も言わないで。この娘の質問、やばいわッ!)

 奈里佳の緊張した声なき声。

(何がやばいって言うの?)

 克哉は短く聞き返す。

(保健室で休んでいる時に変身したなんて言ったら、すぐに嘘がばれちゃうでしょ。だって保健室にはいつも養護教諭の真美先生がいるんだもの。真美先生にも取材されたら、一発じゃない。ホント、この娘、いい質問してくるわね。というわけで克哉ちゃん、気をつけて答えるのよ。いいわね)

 克哉と奈里佳の会話は、言葉に直すと数十秒の時間を必要とする内容だったが、意識同士が直接情報を交換して会話(?)しているので、その会話に要した実際の時間は数秒程度だった。

「いや、それが保健室には行かなかったんだよ」

 にらみつけるような夏美の視線を避けつつ、雄高のほうを見ながら答える克哉。

「それは興味ある事実ね。もう少し詳しく教えてくれる?」

 克哉の視線を追いかけるようにして立ち位置をずらした夏美が、雄高の質問を引き継ぐ形で質問した。

「え、だから、保健室に行く途中で吐きそうなぐらい気持ちが悪くなったから、いったんトイレに入ってその……、吐いていたんだよ。それで、ちょっとすっきりしてトイレを出たところで、ばったりと奈里佳と花井先生、というか花井先生が変身したヘイアーンに出くわして変身させられちゃたと、そういうわけなんだけど」

 奈里佳のアドバイスのもと、とっさに嘘をつく克哉。すらすらとよく出てくるものだが、目が泳いでいるのがいただけない。ついでに両手をのこぶしを軽く握り、左右それぞれの肩よりやや下の位置に置き、人差し指だけをピンと立てているのが、ワザとらしくも怪しい。

「つまり保健室には行かなかったと。なるほど、じゃあそれはいいとして、矢島君がお嫁さんに変身したその姿を誰か他の人で見た人はいるのかしら? 少なくとも教室の中では大騒ぎでみんながお互いに変身後の姿を確認しあっていたんだけど、矢島君はお嫁さんの姿でいったい何をしていたのかしらね?」

 だんだんと小さく、そしてつぶやくようになっていく夏美の声は、まるで克哉を静かに脅迫しているようにも聞こえた。

「だから、変身させられたら、また急に気持ち悪くなってトイレに逆戻りしたんだよ」

 一瞬、言葉を飲み込んでしまった克哉だったが、ポンと手を打つと明るい顔をして言うのだった。状況証拠的には怪しすぎる態度であるが、決定打ではない。

「なるほど。では、変身している間は誰にも会わなかったと。で、最後の質問なんだけど、部分的に女の子に変身している状態のままだってことに気がついたのは、いったい何時のことなの?」

 ふと、表情をゆるめると、ついでのように軽く質問を続ける夏美。手にしていたメモや筆記用具をしまいかけている。

「え、他の人は知らないけど、昨日、朝起きたらこうなっていたんだよ。お嫁さんへの変身が解けた時は、ちゃんと完全に元に戻っていたんだけどね」

 あまりにも嘘で固めるのも何だかまずいような気がしたので、この部分だけは本当のことを言う克哉だった。

「へえ、そうなんだ。堀田の奴は、変身が解けた時からずっとああなっていたって言うけど、色々あるみたいなんだな。克哉みたいに一昨日は大丈夫でも昨日の朝起きたら部分変身していたっていう奴もいるみたいだし」

 感心したように口を挟む雄高。

「分かったわ。色々と参考になったし、取材に協力してくれてありがとう。また何かこの件で気がついたことがあれば教えてくれるとうれしいんだけど、いいかしら?」

 その言葉を残すと、夏美は克哉の返事も聞かずに自分の席に戻って行った。見ると第一時限目の数学の教師が教室に入ってくるところだった。

(あの娘、要注意人物ね)

 数学の授業が開始されてまもなく、奈里佳が深刻な声を出した。

(島村さん、色々と調べてるようだしね。何か質問されても下手な答えをしないように注意するよ)

 克哉は、つい先ほどのことを思いだしながら奈里佳に答える。ちなみに数学教師は先日の集団変身事件で自分がいかに可愛いお嫁さんに変身したかを話している最中で、授業はまだ脱線したままだ。

(そんなことなんか問題にしてないわよ。克哉ちゃんは気がつかなかったの? あの娘、微弱だけど魔法を妨害する力を持ってるわ)

 普段とは、まるで別人のように真剣な雰囲気の奈里佳である。

(どういうこと? まさか島村さんが……)

 克哉も、真剣な返事を返す。魔法を妨害するということで、フューチャー美夏のことが思い出されたからだ。そしてそのイメージは奈里佳にも伝わることとなった。

(う~ん、さすがにそれは無いと思うけど、魔法を妨害してキャンセルする原理は、フューチャー美夏もあの娘も同じね。目に見えるものしか信じない頑固な心と融通の利かなさを兼ね備えたとても強い意思が共通しているわ)

 冷静に分析する奈里佳。ちょっと、らしくない雰囲気である。

(じゃあ、島村さんがフューチャー美夏の正体ってことは無いってことでいいの?)

 外見上は授業を聞くでもなく、ぼうっとしているが、頭の中では真剣な様子で奈里佳に問いかける克哉。

(まあ、力の質は同じものを感じるけど、パワーが段違いと言うか比較にもならないレベルだから、まず違うんじゃないかしら。それよりも、問題なのは結晶化よ。人は自分の未来の可能性を閉ざすことによって結晶化しちゃうんだけど、もうひとつ魔法を妨害する力を持つ人間も、場合によっては更に巨大な規模で自分も、そして世界をも飲み込むほどの結晶化現象を起こすことがあるのよ)

 精神だけの存在であるにも関わらず、奈里佳はごくりとつばを飲み込むのだった。

(それにしても奈里佳って色々なことを知ってるね。僕も自分が奈里佳に変身したときの記憶は残ってるんだけど、今、奈里佳が話してくれたようなことなんか知らないのに、すごいね)

 素直に感心する克哉だったが、しかしそれにしてもなぜ奈里佳はここまで事情に詳しいのであろうか? 奈里佳の精神は基本的に克哉の精神の一側面であるはずだから、知識量に差があるはずはないのに……?

(それはですね、克哉君。僕がふたりの会話をモニターして、奈里佳ちゃんに必要な知識をリアルタイムで送っているからなんですよ)

 奈里佳の知識量に驚いていた克哉だったが、今度は突然頭の中に響いてきたクルルの声に驚くことになった。

「ひゃッ!」

 つい、声を出しかけた克哉は、自分の口を慌てて手で押さえるのだった。

(そんなに驚かないでください。それにしても奈里佳ちゃん、克哉君に僕と奈里佳ちゃんが常にリンクしているってことを今まで話してなかったんですか?)

 ちょっと非難するようなクルルの声。

(だって、聞かれなかったし♪)

 あっけらかんと答える奈里佳の声に、克哉と、そしてクルルまで脱力したのだった。

(ホントに奈里佳ってば、僕の心の可能性が現実化したものなの? 何だか信じられないよ)

 現実にも頭を振りながら、心の中でため息をつく克哉。

(信じられなくても事実です)

 断言するクルルの声が聞こえる。

(はあ~、何だか疲れちゃったよ)

 数学の授業が子守歌に聞こえてくる克哉だった。


そしてその頃、夏美はと言うと……。

(やっぱり何か隠してるわね。矢島君は)

 数学の授業を聞いてるふりをしながら、ユニ君と会話をしていたのだった。

(確かに心拍数と体温の上昇、発汗の増大からみて、何かを隠しながら会話をしている様子だと判断出来る。何を隠しているのかは現状では判断出来ないが)

 先ほどの会話の状況を分析した結果、夏美とユニ君のふたりは、克哉が何らかの事実を隠しているという結論に達していたのだ。

(教室に入ってくる直前の奈里佳の姿を見ているとしたら、矢島君しかいないと思ったんだけど、どうやらその線で間違い無いようね。そして奈里佳の正体を知っていて隠していることからみて……)

 言葉を濁す夏美。

(彼の知り合いが奈里佳の正体だということかね?)

 夏美の言葉を引き継ぐユニ君。

(ええ、きっとそうに違いないわ。いったい誰をかばっているのかしれないけど、矢島君は奈里佳の正体を知っていることは確かだと思う。というわけで矢島君のことを監視対象に加えたいんだけど、どうかしら?)

 克哉に口を割らせるには、何か証拠でもないと難しいということを理解した夏美は、ユニ君に対して相談する。

(そうだな。当然にあの少年、いや、今は局部だけが少女になっている元少年か。とにかくその少年を監視していれば、いつか奈里佳と接触する瞬間を押さえることができるかもしれない。しかし私の一部を切り離して、彼を常時監視するのは難しいな。奈里佳ならばナノマシンのことをすぐに気づいてしまうだろうから、出来るならその方法は採りたくはない)

 考え込むように話すユニ君の言葉を聞いて、夏美も考え込んだ。

(ということはやっぱり街中の監視カメラの制御を乗っ取って、それで矢島君を監視するしかないということね)

 こうして、監視と言えば聞こえはいいが、結局のところ克哉をいかにしてストーカーするのかという相談をする夏美とユニ君が、克哉のことを怪しいとにらんでいる時、実はとある場所で密かに結晶化現象が進んでいたのであった。



  

第9章 猫の手ナース

ガチャーンッ! カラカラカラカラ……

 盛大な音が廊下に響く。ここは中津木総合病院のナースステーション前である。

「先輩、どうしてこんな何もないところで転ぶことが出来るんですか?」

 毎度のことながらとは思うのだが、あきれはててしまったのは、ちょっとくたびれかかった生地ながらもまぶしいくらいに輝いている白衣を着たまだ若い看護婦である。

「看護婦さん、また転んでるのかい? 足の悪い俺でも転ばないのに、大変だね。もしかして上についているおもりが重すぎるんじゃないのかい?」

 たまたま通りかかった入院患者が声をかける。そう、今転んだ看護婦のバストは、病院のナース服ではなく、キャバレーのナース服のほうが絶対に似あうと誰もが思うほど立派な大きさだったのだ。

「すみません。すみません」

 誰に対して謝っているのか、それとも口癖になっているのか、胸の大きな看護婦は『すみません』を連発しながら、運んでいた器具を拾い集める。

「ま、がんばれよ」

 ははは、と笑いながらその入院患者は軽く足を引きながらトイレへと歩いていった。

「先輩って色々ありますけど、とにかく患者さんからは好かれていますよね。いいなあ、そういうの。それに大きいし、胸も……」

 器具を拾うのを手伝いながら、ちょっとうらやましそうにつぶやく若い看護婦。

「こんな先輩が教育担当でごめんね。遠子ちゃん」

 若い看護婦、犬飼遠子いぬかい・とおこに謝りながらも、視線はまだ廊下に散らばっている器具がないかを探っている。彼女の名前は津谷美根子つや・みねこ。看護婦らしからぬプロポーション(?)に恵まれた彼女は、なんというかとにかくこう……、ドジであった。

「いいえ、そんなことないですよ。先輩って失敗も多くて、つまりその、ええと」

 言葉を選ぼうとしているが、思っていることをうまく言いかえることが出来ないらしい。その様子を見ていた美根子は助け船をだした。

「失敗も多くてドジ、と言いたいのよね。ハッキリ言ってくれて良いわよ。だって自分でもそう思うんですもの。私、どうしてこんなにドジなのかしら」

 ため息をつく美根子。やぼったい黒縁めがねのレンズがなぜか曇っている。蒸発した涙であろうか?

「違います、違いますッ! 私が言いたいのは先輩がドジだとかということなんかじゃなくて……、ええい、もうッ! 確かに先輩はドジです。それは認めます。でも、違うんです。私、知ってるんですよ。ドジだけど患者さんの中で一番人気があるのは美根子先輩だってッ!! みんな言ってますよ。美根子先輩を見ていると元気が湧いてくるって……」

 若い看護婦、遠子は先輩に対して失礼なことを言っていることに気がついているのか気がついていないのか、ドジ、ドジと連発しながら美根子を誉め、慰めるのだった。

「いくら患者さんに人気が有っても、ドジばっかりでみんなにも患者さんにも迷惑かけてるし、私、このまま看護婦を続けていてもいいのかな。なんて思うのよ、最近」

 美根子はどこか寂しそうな笑顔を浮かべて、後輩にそう言うのだった。

「先輩、ダメですよ。やめちゃダメです。先輩はこの病院に必要な人なんですから。もしも私が患者さんだったとしても、やっぱり先輩に看護してもらいたいと思いますもの。だってほら、例えば婦長さんみたいにいくら技術がよくても無愛想じゃ、患者さんの気持ちも暗くなっちゃいますよね。お願いごとだってしづらいです。でも先輩みたいな看護婦さんに看護してもらえたなら気持ちも明るくなれますし、何かとお願いごともしやすいと思うんです。これって大事なことなんじゃないでしょうか?」

 落ち込んでいる美根子を精一杯はげます先輩思いの遠子。熱がこもってきているのか、しだいに声が普通の大きさから段々と廊下に響くほどの大きさになってきている。意外と言うかやっぱりというか、この娘もドジっ娘ナースの美根子と組まされるだけあって、それなりのドジなのかもしれない。

「そうかしら?」

 その言葉を信じたいけど本音では信じられないという懐疑的な表情を浮かべつつ、小さな子供がお母さんに質問するような、どこか甘えた感じがする問いかけをする美根子。やや上目づかいの表情とダイナマイトなバストがアンバランスだ。

「そうですよ。絶対です♪ だからがんばりましょうッ!」

 身体のやや横側で左右の腕を曲げて、小さくファイトポーズを取る遠子。

「うん、もう少しがんばってみようかな……」

 そして遠子を見ながら小さくうなず美根子。どうやら丸く収まったようである。ふたりの間に、ほんわかとした空気が流れる。しかし次の瞬間、その空気は乾いた冷たい『パチパチパチ』という拍手の音によって壊されてしまった。

「「婦長ッ!」」

 音のする方向に振り向いたふたりは、その視線の先に婦長の姿を見つけて驚きの声をあげた。そこに立っていた婦長は普段は見せないニコリとした笑顔を見せていたのだ。しかしその笑顔は氷の微笑みだった。

「いやあ、ためになるお話を聞かせて頂きました。仕事を辞めたくなった同僚をはげまし、元気づけ、仕事に対する前向きな活力を引き出す。まことに立派です。しかしこれは立場が逆なのではないかと思いますが……。そうは思いませんか、美根子さん?」

 さらに笑顔を凍りつかせながら、美根子に話しかける婦長。対する美根子は、冷たい汗をたらりと垂らしているが、口からは『あうあう……』という意味不明の言葉しか出てこない。

「それから、遠子さん。私達の仕事はなんですか? 患者さんの命を預かる仕事ですよ。ドジでも明るくて患者さんに好かれていれば良いだなんて心得違いもいいところじゃないのですか?」

 ほこ先を美根子から遠子に移すと、言葉で作られた刃を放つ婦長。静かなもの言いだけに逆に迫力が感じられる。

「でも、婦長ッ! 患者さんの立場に立てば、明るく気持ちよく入院生活を送ってもらうことは大事だと思いますッ!!」

 若さ故の理想論からくる情熱に突き動かされるままに、婦長に反論する遠子だった。

「お黙りなさいッ! 患者さんの命を守る。第一に考えるべきはそれしかありません。まったく、教育担当が教育担当なら、教育されるほうも教育されるほうね。やっぱり猫は猫でしかないことがよく分かりました。やる気が無いならさっさと辞めてくれてもいいのよ。猫さん」

 氷の冷たさを持つものであっても、まがりなりにも笑顔だったその表情は今は無い。婦長の顔にあるのは紛れもなく憤怒の表情だ。

「先輩は猫なんかじゃありませんッ!」

 黙っていなさいというジェスチャーをする美根子の制止をあえて無視して、遠子は更に婦長に抗議する。

「ものの役に立たない人手なんか、猫の手と一緒です。猫の手しか持ってない猫の手ナースですッ!」

 そこまで言うと、これ以上の反論を許さないつもりなのか、くるりと身体の向きを変えて去っていこうとする婦長だったが、数歩歩いたところで足を止め、身体と首をちょっとだけねじって美根子と遠子を振り返る。

「あ、そうそう。あなたがた2人に院長先生からの伝言です。緊急の用事が無いのだったら、すぐに院長室に来て欲しいそうですよ。いったいどんな御用事かしらね?」

 去って行く婦長を見送る2人の胸には暗い気持ちが広がってきて、どちらからともなく美根子と遠子はお互いを見つめ合うのだった。

「先輩……」

 情けなさそうな声を出す遠子。その顔は、『ちょっと泣きそうかも?』という感じである。

「遠子ちゃん……」

 呼ばれた美根子は、さらに情けない声で応える。院長室に呼ばれるということがいったい何を表しているのか、今までの経験で十分過ぎるほど学習していたのだ。しかしまあ、なんとも嫌な経験ばかり積んだものである。

「私たち、何かしちゃったんでしょうか? 院長室に呼びだされるほどの失敗をした記憶は何もないんですけど」

 まだ経験値が低い遠子は、思い当たることがないと美根子に同意を求める。遠子にしてみれば自分の頑張りを評価されこそすれ、非難されるべき点は何も無いと思い込みたいらしい。まあ、幸せな娘である。

「そうねえ、昨日のあのことかしら? それとも……。う~ん、全然分からない」

 一方の美根子は、思い当たることがいっぱいありすぎてわけがわからなくなって来ているらしい。

「と、とにかく院長室に行ってみましょう。先輩ッ! 話はそれからですよッ!!」

 遠子は不安な気持ちを打ち消そうとするかのように、大きな声を出している。しかし声がちょっと裏返っているという事実そのものが、その試みが成功していないことを物語っていた。

「そ、そうね。まだ怒られるって決まったわけじゃないし♪」

 その可能性は極めて小さいだろうなあという予想を、あえて無視する美根子。

「そうそう、患者さんの誰かが誉めてくれたっていう話かもしれないし♪」

 応じる遠子。まあ、夢を見るのは自由である。

 こうして2人は沸き上がる不安を無理矢理押さえつつ、いったいなんだろね~? と、話し合いながら院長室へと続く廊下を歩くのだった。

コンコンコンッ

 院長室と廊下を隔てる1枚のドアを、軽く叩く美根子。ノックをするその手は震えている。

「……入りたまえ」

 中から院長の声が聞こえる。感情がこもっていない平板な声だけに、何を考えてここに呼ばれたのかという判断が出来ない美根子と遠子だった。緊張したまま美根子はドアのノブに手をかけると、ゆっくりとそれを右に回した。

「失礼します。津谷美根子、犬飼遠子の両名入ります」

 部屋の奥に座る院長の姿を認めると、美根子はうわずった声で入室の挨拶をする。もう看護婦になって何年も経っているのだが、いまだに院長の前に出ると緊張してしまう。むしろまだ働きだして1年にも満たない遠子のほうがリラックスしているぐらいだ。これが若さ故のなんとやらというやつなのだろうか。

「急な話で悪いのだが、2人には城南中学の健康診断の手伝いをしてもらいたい」

 院長が座る机の前に並んだ2人に対して発せられた言葉は、美根子のドジを叱責するいつもの言葉ではなく、意外な仕事の依頼だった。

「健康診断……、ですか?」

 てっきり叱られるものだと思いこんでいた美根子は拍子の抜けたような返事しか出来なかった。

「確か城南中学校の健康診断は先月終わったばかりじゃないですか。それなのにまたやるんですか?」

 城南中学校の健康診断で胸部レントゲン撮影をする為に、レントゲン車が出動したことを覚えていた遠子が院長に質問する。それにしても質問の仕方がなっていない。やはり若さ故の……。

「もちろん普通なら終わったばかりの健康診断をまたやるわけがない。しかし知ってるだろ? 君たちも。例のほら、集団変身事件のことを……」

 ちょっとだけむっとしたのも事実だが、遠子の遠慮のない質問に答える院長。今はなぜか遠子の口の聞き方に文句をつけるつもりは無いらしい。なにか考えがあるのだろうか?

「それは知っています。私も変身させられましたから」

 院長に対して、自分も集団変身事件の当事者だということを告白する美根子。

「ああ、そのことなら知っているよ。確か遠子君も変身したと聞いているが……」

 舌なめずりするような表情をしながら、露骨に興味津々の感情をあらわにする院長。

「えッ、遠子ちゃんも変身してたの?」

 軽い驚きを込めて遠子に質問する美根子。院長の目の前だという状況を忘れているかのようだ。

「はい。今回のお嫁さんにも変身しましたけど、前回の危ない女王様風の魔法少女にも変身しました。あの、でもそれが何か?」

 院長と美根子の質問に対して簡単に答える遠子。

「ああ、それも知っている。この中津木総合病院は、今までに2回あった集団変身事件が起こった地域の外縁に立地しているからなのか、関係者の中で変身現象を体験したことがある者は意外と少数派なのだよ。その中でも、2回とも変身した経験を持っているのは、少なくとも私が知っている限りでは、君たち2人だけだったというわけだ」

 面白いことを話しているつもりなのか、『くっくっく』と軽く笑いながら話す院長。

「先輩も、2回とも変身していたんですか?」

 今までそのことを知らなかったのか、遠子は美根子に問いかける。

「ええ、まさか私と遠子ちゃんの2人だけが病院の中で2回とも変身していただなんて知らなかったけど」

 驚く、美根子。同じ境遇だったのかと、改めて美根子と遠子はお互いに見つめ合った。

「さて、というわけでだ。じつは今度行われる健康診断は身体の調子を診るものじゃない。重要なのは心のケアのほうだ……。と、市のお偉いさんが言ってきたわけだ」

 院長はそこで言葉を区切ると、机の上に置かれた葉巻入れから葉巻を一本取り出し、それに火をつけた。普段は患者に禁煙を勧める医者が禁煙出来ないのだから、医者の不養生とはよく言ったものである。

「市のお偉いさん。……ですか」

 話がどこに向かっているのか分からず、美根子は生返事を返す。となりの遠子も同様にとまどっている様子だ。

「ああ、市のお偉いさんだ。我が病院に取っては大事なお方だ」

 そして葉巻の煙をぷかりと吐き出す。

「そのお偉いさんが困っているんだよ。『早く集団変身現象を何とかしてくれ。市民から苦情がきて困ってる』ってね」

 吐き出すようにそう言うと、そのままの勢いでまだ吸い始めたばかりの葉巻を灰皿に押しつける。まったくもったいないことをするおじさんである。

「苦情と言っても、変身の原因は魔法少女♪奈里佳っていう娘ですよ。市は関係ないじゃないですか」

 呆れたように言う遠子。

「変身した人の中には何故だかは知らないが、それまでの性格とはまったく違った行動を取る人が一定割合でいるらしい。本人達に言わせれば『本当の自分を取り戻した』ということなんだが、まわりの人間にしてみたら人が変わってしまったようで不安ということだ。市が苦情を言われる筋合いは何も無いのだが、じゃあそれ以外のどこに苦情を言えばいいのか分からないということで、市に苦情が殺到しているんだよ。『早く何とかしろ』ってね」

 話を区切り、こめかみを指で揉む院長。

「あの、それで、それが今回の話にどう繋がるんでしょう?」

 ますますわけが分からなくなる美根子と遠子だった。美根子が発言する横では、遠子がうんうんとうなずいている。

「市民からの苦情がある限り、市としては何らかの対策をしないといけない。しかし集団変身事件なんていう現代の科学を越えた状況に対処出来るわけが無かろう。出来るとしたらちゃんと対策をしているというポーズと、心理面のフォローぐらいだ。というわけでポーズとしての健康診断ということなんだよ。この城南中学校における健康診断は。ま、市のほうもそのへんの所は分かっているようだがね」

 暗い笑みを浮かべる院長。

「しかし身体に対する健康診断がポーズであるからこそ、メンタルケアの面では専門家を出してくれという依頼があったという訳なんだが……。こんなことに専門家がいるわけがない。というわけで津谷君に犬飼君、私が何を言いたいか分かるだろう」

 2人を見つめる院長。空気が重い。美根子と遠子は黙っている。

「我が中津木総合病院において2度の変身現象を経験した君たち2人ほど、この仕事の適任者はいないのだよ。特に津谷くんは患者さんから最も好かれているそうじゃないか。メンタルケアの面でそれは重要な能力だ。得難い力だ。期待しているんだよ。だから私を助けると思ってこの仕事をやってくれないかね?」

 普段、叱られることには慣れていた美根子と遠子だったが、そうであるからこそ誉められることには慣れていない。2人は院長の言葉に踊らされ、院長室を出る頃にはすっかり舞い上がっていた。

「いつも何を考えているのか分からないと思ってましたけど、院長先生もちゃんと見てくださっていたんですね。先輩が患者さんたちに一番好かれているっていうこともご存知でしたし」

 普段は院長のことをあまりよく思っていなかった遠子であったが、さっきのことで、評価が180度変わってしまったらしい。

「そうね。せっかく信頼して頂いたんですもの。頑張らなくっちゃッ!」

 美根子も大張り切りだ。

「そうですよね。頑張りましょう。先輩ッ!」

 遠子も既にのりのりで応えるのだった。はてさて、明日の健康診断はどうなることやら。


 そしてその頃、院長室では婦長に内線電話をかける院長がいた。

「ああ、もしもし、私だ。今、ふたりをそちらに帰した。後はうち合わせ通り、彼女らを通常の勤務から外して、全面的に市からの依頼に応えるように言ってやってくれ」

 先ほどまで浮かべていた笑顔を跡形もなく消して、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「……そうだ。あんなドジで失敗ばかりしているような看護婦を病院に残しておいたら、いつ医療事故を起こされるか分かったもんじゃないからな。いいようにおだてて適当な仕事を割り振って病院からは遠ざけておくに限る。君もそう思うだろ?」

 院長は電話の向こうにいる婦長に同意を求めた。

「……まったくだ。患者の命を預かる仕事をしているという自覚が足らないんだよ。彼女達には。……ああ、そうだ。ではよろしくな」

 電話の向こうの雰囲気から、婦長がいるナースステーションに美根子と遠子が着いたらしいことを察した院長は、受話器をおろすのだった。

「集団変身現象だなんてオカルトな事件が現実に起こるのはいいとして、それを医学的に解明するなんて出来るわけがないじゃないか。まったく、市のお偉いさんも無理なことを言ってくれる。まあ、どうせ無理な仕事ならあの猫の手以下のドジ看護婦にやらせて、何か失敗でもしてくれれば問題なく彼女を辞めさせることが出来るのだが……」

 院長は暗い希望を口にした。その瞬間、院長は人の命を預かる医者であるがゆえに、だからこそ平気で従業員を解雇する経営者の顔になっていたのだが、その心の内を知る者は誰もいなかった。。


 翌日、美根子と遠子の2人は中津木総合病院にて合流すると、そのまま克哉達が通う城南中学へと向かった。そしてまずは校長に挨拶を済ませて、そのまま保健室へと足を運ぶのだった。

「おはようございます。真美ちゃん、いる?」

 やけに馴れ馴れしい態度で保健室のドアをくぐる美根子。

「おはよう。美根子ちゃん。お久しぶりね」

 対する保健室の主、真美先生もくだけた返事を返す。

「おはようございます。中津木総合病院から来ました犬飼遠子です。……て、先輩達ってお知り合いだったんですか?」

 とりあえずまともな挨拶をした遠子だったが、美根子と真美ちゃんと呼ばれた養護教諭の様子を見て、好奇心が抑えられなくなってきたらしい。

「ああ、ごめんね。こちら、高谷真美さん。ご覧の通り城南中学校の養護教諭をしているんだけど、私とは幼稚園から高校までいっしょに通った仲なのよ」

 美根子に紹介されたのを受けて、遠子に対して軽く頭を下げる真美先生。

「よろしくね。犬飼さん。それとも遠子ちゃんって呼んだほうがいいかしら?」

 笑顔を浮かべながら、真美先生は遠子に右手を差し出す。

「犬飼でも良いですけど、この3人だけのときは遠子と呼んでください。そのほうが嬉しいです」

 差し出された真美先生の手を、両手で軽く握り返す遠子。そこはかとなく百合の花の香りが漂いかけたような気もするが、それは気のせいである。

「分かったわ。遠子ちゃん。それにしても、あなたの教育担当は美根子ちゃんなんですって?」

 真美先生は、微妙な興味をにじませつつ質問した。

「ええ、もちろんそうですけど、それがどうかしましたか?」

 もしかするとまた『ドジな先輩が教育担当で大変ね』とか言われるのだろうかと想像して、遠子は軽く身構える。しかし遠子の予想は良い意味で裏切られた。

「美根子ちゃんって教えるの上手でしょ」

 真美先生は遠子に同意を求める。

「確かに手取り足取りって感じで、先輩の教えかたはものすごく上手いです」

 我が意を得たりとばかりに身を乗り出す遠子。

「美根子ちゃんって昔からそうなのよ。1から10までをとことん解説しながら教えてくれるのよね。でも逆に言えば、そこまで詳しく解説しながらじゃないと他人に教えることが出来ないの」

 真美先生は、『わかる?』という問いかけを表情に込めて、遠子を見る。

「そうなのよねえ。私って頭悪いから何でも基本的な所まで分解してみないと理解出来ないの。だから他人に教える時に1から10まで解説しちゃうのは、自分がそこまでしないと訳が分からなくなっちゃうからなのよ」

 小さくため息をつきながら、美根子は真美先生が言ったことを肯定する。

「先輩は頭良いですよ。だってあんなにもわかりやすく教えてくれるんですから」

 話されている内容がよく分からなかった遠子は、そのまま反射的に返事をする。

「美根子ちゃんは、時間をかけてゆっくりと手順を踏んで何かをすることは良いんだけど、制限時間内にこれをしなさいって言われると、途端にパニックを起こしてしまってドジを連発しちゃうのよ。小さな時からそうだったけど、やっぱり今でもそうなのよね」

 嫌みな感じではなく、素直に友人のことを話しているという口調だったので、真美先生のその言葉を遠子は素直に聞くことが出来た。

「ああ、それであんなにも教えるのが上手い先輩が、いつもああいった結果になっちゃうのは、そういうことだったんですか!?」

 今更ながらに美根子のドジの原因に気がついたという様子の遠子。真美先生と美根子の両者をかわるがわるに見ながらしきりに納得している。

「落ち着いて仕事をしている時は大丈夫なの。でも、病院の仕事って婦長さんが言うように患者さんの命を預かる仕事でしょ? 1分1秒を争う時だってあるじゃない。そう考えるとどうしても慌てちゃって……」

 下を向き、背中を丸めて小さくなる美根子。どうやら自分で言ってて落ち込んできたらしい。

「ま、医療に携わるものとしては何とかしたい弱点よね。でも、今回のことはちょうどいい機会じゃない。健康診断なら1分1秒を争うだなんてことはないし、この仕事をきっちりこなして自信がつけば、少しずつかもしれないけど慌てることも少なくなってくるんじゃないの?」

 美根子のことを良く知っている真美先生は、遠慮の無い言葉で美根子を励ます。

「そうだッ! きっと院長先生もそう思ってこの仕事を私たちに割り振ってくださったんですよ♪」

 前向きな考えの遠子はパンッと手を打ち、にこやかに叫ぶ。

「私たちって……。もしかして遠子ちゃんもドジッ娘なの?」

 わざとらしく右手を口にあて目を大きく開いて、遠子に尋ねる真美先生。目がマジだ。

「違いますよ~。ただ私の場合は、物覚えが悪いだけです」

 胸を張って答える遠子。しかしその胸は巨乳な美根子の胸に比べると、あまりにも奥ゆかしく慎ましやかであった。

「な、なるほど……」

 それはそれで問題があるようなと思った真美先生だったが、なんだか何を言っても遠子には無駄なような気がして口を開くのをやめた。

「それはそうと、真美ちゃん。集団変身現象って、いったい何なのかしらね?」

 このまま話を続けていても、いかに自分がドジなのかという話にしか発展しかねないと思った美根子は、会話が瞬間的にストップした機を逃さず本来の仕事の話へと話題を誘導した。

「さあ、私には分からないけど……」

 答えようのない質問を受けて文字通り答える言葉を無くした真美先生は、ただ首をかしげるばかリだったが、ふと、何かを思い出したかのように言葉を続けた。

「でも、集団変身現象が何かっていうことなら、美根子ちゃん達のほうがよく知っているんじゃないの? 確か美根子ちゃんと遠子ちゃんの2人は、この件の専門家なんでしょ? 中津木総合病院の院長さんからの電話では、そういうことを言われたんだけど」

 真美先生は、昨日かかってきたその電話の内容を説明するのだった。

「院長先生ったら、そんなことを言ってただなんてッ!? 専門家だなんて全然違うのよ。正確には私たちは専門家というよりも体験者っていう感じかしら。魔法少女♪奈里佳とお嫁さん。その2回の集団変身現象を両方とも体験しているのは、病院内では私たち2人だけだけらしいから」

 誤解を解こうと、慌てて否定する美根子。美根子は右手を顔の前で小さく左右に振っている。

「でも先輩。確か院長先生は2回の変身現象を体験した私達だからこそ、集団変身現象の後遺症が出ている人達のメンタルケアをするには最適だとかなんとか言ってましたから、その意味では専門家ということでいいんじゃないですか?」

 気楽に答える遠子。

「ええ、それは分かっているし、そのことについては頑張るつもりよ。でも、『集団変身現象って何?』っていう質問には答えようがないじゃない。それとも遠子ちゃんには分かるの?」

 美根子は、質問の矛先を遠子に変えた。それを見て真美先生も、遠子がどう答えるのか興味津々という顔をしている。

「それはですね先輩、案外と世の中には本当に本物の魔法少女がいたってことなんじゃないでしょうか?」

 真剣な顔をして言い切る遠子と、それを聞いている真美先生と美根子の周りには白くて何も無い空間が広がり、壁にかかった時計の音だけがコチコチと響くのだった。

「……ハッ! いけない。何か催眠術にかかってしまったような」

 先に気を取りなおした真美先生が、両手で左右それぞれのほっぺたを軽くぴしゃりと叩いて気合を入れ直した。

「遠子ちゃん、私たちもう大人なんだから、魔法少女を信じるのはやめたほうがいいんじゃないかしら。もちろん趣味に文句は言わないけど……」

 教育担当者としての自覚からか、美根子は遠子にやんわりとクギを刺す。現実はどうであれ医療関係者が神頼みをしたり、まじないや魔法を信じているなんてことは、特に患者の前では見せないようにするのが基本なのだ。理由はもちろん、そういったことを信じている医者を患者は信じられないからということに尽きる。……らしい。

「でも、私たちが変身したのは事実ですよ。それに証拠のビデオや写真もたくさん撮られているし、これが幻覚なんかじゃないことはハッキリしてます。現代科学や医学でも分からないんですから、これはもう魔法ですよ。きっと魔法少女♪奈里佳は、魔法の国からやってきたプリンセスじゃないかと思うんですよね」

 ここぞとばかリに自説を主張する遠子。どうやら魔法少女マニアだったようだ。

「ま、それはそれとして、健康診断の打ち合わせでもしましょうか?」

 どうフォローすれば良いのか困った真美先生が、職業意識を復活させた。

「え、ええそうね。これがうちの病院で作った検査項目とマニュアルなんだけど、とりあえず目を通してくれる? ……ああ、ごめんなさいッ!」

 美根子はバッグに入れていた書類を取り出そうとしたが、慌てて中身をこぼしてしまった。

「だから美根子ちゃんは慌てちゃダメなのよ。落ち着いて動かなくっちゃ」

 真美先生は、ころころと笑いながら美根子をたしなめる。そしてその横では、『魔法少女はいるのに~』と、恨めしそうにつぶやく遠子がいたが、誰も相手をする者はいない。何となくこれでいいのかという気がしなくもないが、健康診断の準備は着々と進ん行くのだった。

 まあ、いくら綿密に健康診断をしたところで魔法のことは何も分からないだろうけど……。



  

第10章 健康に敏感♪

「というわけで今日の健康診断は、まず学年順、クラス順に行ないます。最初に男子、次に女子の順番で行ないますけど、集団変身現象の後遺症の状態がひどいと判定された人は、中津木総合病院でもう一度詳しく再検査をすることになっています」

 朝のホームルームの時間、花井恵里・32歳独身♪が、配布したプリントを読み上げながら説明をしている。

「ひどいというのは、日常生活に影響が出るレベルということらしいのですが、本人が気にする気にしないという精神的な面も強いですから、気になるようだったら遠慮無く自己申告してください。費用の点は、学術調査の観点から全て公費だそうですから安心してくださいということです。何か質問はありますか?」

 読み上げていたプリントから目を離し、クラスの中を見渡す花井恵里・32歳独身♪

「はいッ!」

 すかさず手を上げる夏美。まっすぐピンと右手を上げているだけではなく、背筋もまっすぐに伸びており、これを優等生の態度と言わずして何を優等生と言えばいいのかというぐらいの姿勢である。

「はい、夏美さん。何でしょう?」

 先日、ウェディング快人ヘイアーンに変身して結晶化現象を解除されたことにより、気持ちに余裕が出ているのだろう。花井恵里・32歳独身♪は、夏美の気迫に押されることなく、むしろおっとりとした応答をする。

「新聞部の部員として聞きたいんですが、この健康診断の模様を取材してはいけませんか? というか集団変身現象のことならみんなすごく関心があると思うんです。ぜひ取材したいんです」

 要約すると知りたいから取材させろということしか言っていない夏美である。とにかくそこまで一気に言うと、にらみつけるように花井恵里・32歳独身♪ をジッと見て視線をそらさない。

「そのことなら校長先生のほうにも、新聞部から取材の申し込みがあったと聞いています。確かその件に関しては許可を出すことは出来ないという返事を新聞部にしたはずですが、夏美さんは聞いていないのですか?」

 今朝の職員会議で教えられたことを思い出しながら、花井恵里・32歳独身♪はハッキリと断言する。

「ええ、聞いてますけど、そこを何とか先生の力で校長先生にお願いして許可をいただくというわけにはいきませんか?」

 食い下がる夏美。最初からダメもとという気持ちなのだろう。簡単には引き下がらない。

「やはり生徒のプライバシーの問題もありますから、いくらみんなの関心があることだとは言っても健康診断そのものを取材するということは許可できません。個人個人に直接許可をもらって、その人個人に直接取材するというなら別に構いませんけど」

 やはり花井恵里・32歳独身♪の答えは変わらない。しかし夏美の意見もまた変わらなかった。

「でもやはり、知る権利と報道の自由というものが……」

 両者の言い分が平行線になってきた頃、そのやり取り聞きながら克哉は奈里佳と頭の中で話をしていた。

(島村さんはどうしてあんなにも健康診断の取材にこだわるのかな?)

 声を出さずに頭の中だけで奈里佳と会話することにも慣れてきた克哉はのんびりとした口調だ。

(まあ普通の人が魔法少女やお嫁さんに変身したり、男の子が女の子に変身したりすれば、だれでも興味をしめすんじゃない? 特にあの娘は、世の中に自分が理解出来ないことが存在するってことが嫌みたいだし。まあ、気にすることでも無いわよ)

 どうでもいいという感じで奈里佳は答える。

(でも、島村さんに気を付けろって言ったのは奈里佳だよ。島村さんってフューチャー美夏と同じで、魔法を妨害する力があるんでしょ?)

 克哉は奈里佳に指摘をする。

(そうだけど、問題が起きる前からピリピリする必要は無いわよ。あの娘は人の迷惑を考えずに健康診断の取材をしたいと言っているわけなんだけど、そのこと自体は私たちの目的に照らし合わせればむしろプラスになるわけだし、放置しておいて問題ないってことよ)

 ゆっくりとやや間延びした返答をする奈里佳。その奈里佳の喋り方を聞いて、克哉はピンときた。

(奈里佳、今、裏でクルルと話してるんでしょ?)

 克哉の心の可能性である奈里佳自身の知識量は克哉とまったく同じであるので、奈里佳が克哉の知らないことや判断を言っている時、その知識や判断はクルルからもたらされているのだ。

(あははは、バレちゃった? まあ、クルルが言うにはこの世界の結晶化を防ぐには未来の可能性を広げることが大事で、その為には『世の中には今までの固定観念では計り知れないことがあるんだなあ』ということが常識になったほうがいいんだって)

 悪びれずにあっけらかんとした態度の奈里佳。

(つまり島村さんが健康診断を取材して記事にしてその内容が広まれば広まるほど、世界の結晶化を防ぐことが出来ると……)

 既に何度も説明されたことであるので、克哉の飲み込みは早い。

(そうそう、そのとお~り♪ 全然心配することなんてないのよ)

 精神的にVサインをする奈里佳。見えないけど笑顔がまぶしい。

(なんだか僕たちのやっていることって、世界を結晶化と崩壊の危機から救うってことだけど、表面的にはただ騒ぎを起こしてるだけのような気がする)

 克哉は先日、奈里佳に変身と変心した記憶をふまえて克哉の心で判断した結論を口にする。

(ま、ぶっちゃけその通りなんだけど、それがちゃんと世界を救うことになるんだから、それでい~じゃない♪)

 あくまでも能天気な奈里佳である。そうこうする間にも、花井恵里・32歳独身♪と夏美の交渉は最終局面を迎えていた。

「ではすべてを匿名にして記事にしますから、取材を認めてくださいッ!」

 夏美は、健康診断の直接取材を求めて花井恵里・32歳独身♪に詰め寄っている。

「ダメです。取材は認められません。匿名にしても誰のことなのかすぐに分かっちゃうじゃないですか。報道の自由は大事だと思いますが、個人のプライバシーを守ることのほうがもっと大事です。それに単なる健康診断じゃないんですよ。集団変身現象の後遺症検査なんですから色々と問題があるんです。というわけで健康診断そのものへの取材はあきらめてください。良いですね。島村さん」

 花井恵里・32歳独身♪も、頑として譲らない。

「分かりました。では、個人的にOKしてくれた人だけから取材することにします」

 夏美もおとなしく引き下がったが、渋々とした表情からすると、とても納得したようには見えなかった。

(あの娘も、もう少し融通を利かせればいいのにね。許可なんか事前に求めたりしないでとにかく取材しちゃってから事後承諾ッ! それで万事解決するのに)

 いいかげんなことを言う奈里佳。

(ホントにそれで良いの? なんだか違うような気が……)

 今ひとつ奈里佳ほど吹っ切れた考え方が出来ない克哉。

(いいのよ。ルールを守ることも大事かもしれないけど、ルールを疑ってみることはもっと大事なのよ)

 奈里佳は、花井恵里・32歳独身が先ほど言ったセリフをまねてうそぶくのだった。


「なあ、克哉。まだアソコは女の子のままなんだろ?」

 夏美と花井恵里・32歳独身♪の押し問答に終始したホームルームが終わると、1時間目の授業が始まるまでに存在するわずかな空き時間を利用して、例によって佐藤雄高が克哉の元にやってきた。

「うん、そうだけど。どうかしの?」

 部分的に女の子に変身しているのが自分だけというわけではないと分かってから、けっこう気が楽になっている克哉は気軽に返事を返す。

「いや、だからさ。この機会に女の子なひとりエッチでも体験したのかな~と、ちょっと聞いてみたかったりしてさ」

 食欲や睡眠欲よりも、もしかすると性欲のほうが強かったりするかもしれないまだ若い中学生男子。その代表のような雄高は、ストレートに克哉に質問する。

「ふぇ?」

 あまりにもあっけらかんとした雰囲気で質問されたものだから、克哉は一瞬何を言われたのか理解出来ず、間抜けな返事をしてしまう。

「だから今、克哉のアソコは女の子のままなんだろ? こんな良い機会はないんだから、ひとりエッチのひとつやふたつやみっつやいつつぐらい、やっちゃってもおかしくないんじゃないかと、そしてその気持ち良さはどうだったんだ? と、聞いてるんだけど。……ぶっちゃけ、どうだった?」

 まるで、『宿題やってきたか?』という朝の教室の中でごくあたりまえのようにかわされる会話のような口調で質問する雄高に、克哉は目を丸くする。

「そんなことするわけないでしょッ!」

 慌てて否定する克哉。顔は酒でも飲んだかのように真っ赤になっている。

「なんだ。おもしろくない。こういう機会は滅多に無いんだし、とりあえず触って確かめてみるっていうのが男として正しい態度だと思うぞ」

 今の克哉はどちらかと言えば女の子と言ったほうが正しいのだが、雄高はそんなことを気にせずに自己主張をしている。

(雄高君の言うように、ひとりエッチをしちゃえば良かったのに。行動や思考に禁止規定を設けるのは結晶化への第一歩になっちゃったりもするんだから、遠慮せずにしちゃえばいいのよ。ホント、気持ちいいわよ~♪)

 克哉の頭の中で響く奈里佳の声が、克哉を誘惑する。

(奈里佳が頭の中にいる状態で、そんなこと出来るわけないって言ってるでしょッ!)

 反論する克哉。しかし奈里佳はイメージの中でにやりと笑った。

(へぇ~♪ 私がいなければやっちゃっていたんだ♪)

 奈里佳の言葉によって図星を突かれたのか、克哉は独り百面相状態である。

「どしたの? どこか具合でも悪いの? ……あッ! もしかして生理!?」

 克哉の独り百面相を見た雄高は、最初は不審に思い、そしてしばらく考え込んだ末に、驚いたッ! という感情もあらわに大きく叫んだのだった。

「ちっが~うッ! もう、雄高のバカッ!」

 なんだかバカと言うその口調も可愛いなあと、言われたほうの雄高はそう思っていたりする。幸せな人生を送ることが出来る性格のようだ。まあ、克哉の口調はホントに可愛かったりするのも事実だったのだが。

「う~ん、もったいない。でも、まあ今日の健康診断でそういう検査もやるんだろ?」

 一転してまじめになる雄高。つられて克哉の口調もトーンダウンする。

「まさか学校の健康診断でそんなことまではしないでしょ。もう、雄高ったら脅かすんだら……」

 アハハと乾いた笑いで応じる克哉。

「ま、そんなこともあるかもしれないってことさ。でもいいよなあ。女の子の快感ってすごいらしいから、今晩にでもやってみるといいんじゃないか?」

 雄高君、思春期の青少年を通り越して一気に親父に突入状態かもしれません。

「うん、分かったよ。でも、ホントに今日の健康診断ってどんなことをやるのかな……」

 雄高にある程度譲歩しないとこの場はおさまりそうになかったのでそう言った克哉だったが、何故かその脳裏には、昨日、診断だと言いながら克哉の女の子なアソコを触診(?)しまくっていた真美先生の顔が浮かぶのだった。

(まさかね……。だって今日は病院から看護婦さんも来ているっていうし、大丈夫だよね)

 克哉は大丈夫だと思い込もうとしたのだが、逆に不安はふくらむのだった。はてさて……。


「はい、じゃあまずはこれで尿検査をしてきてください」

 克哉のクラスに健康診断の順番がやってきた。まずは男子生徒の全員が保健室の前に並ぶ。そしてそこで待っていたのは、中津木総合病院から派遣されてきた看護婦、遠子のこの言葉だった。

「細長い紙の半分に薬品が塗ってありますから、その部分に尿をかけてください」

 尿検査用紙を手に持ち、説明する遠子。

「すいませ~ん。失敗するといけないので、余分に2~3枚もらってもいいですか?」

 手を上げて質問したのは、堀田修司である。

「ええと、それは良いですけど、この部分に尿をかければ良いだけですから、失敗することなんかありませんよ」

 いままでこのような質問を受けたことは無かったのであろう。遠子は修司の質問の意味をはかりかねている。

「いえ、ですからアソコが女の子の状態で尿検査をするのは初めてだから、うまくかけられないこともあるんじゃないかと思うんですよ。つまり狙いが外れてうまくかからなかったらいけないので、やり直し用に2~3枚予備が欲しいんですけど」

 当然でしょ? という態度で、いたってまじめに答える修司。とても前回と前々回の変身に伴い、『魔法少女やお嫁さんになりたかったんだよ~』と、叫んでいた人間と同一人物とは思えない。

「う~ん、おちんちんなんかなくても尿検査は問題なく出来ますから安心してください。でもまあ、どうしても心配なら余分に検査用紙をあげますけど、あんまり意味はないですよ」

 元々から女である遠子には、変身現象によりアソコだけ女の子になった男の子の気持ちを想像するのは難しい。多分難しい。もしかしなくてもきっと難しいんじゃないかな?

「あのさ、堀田君。実際に失敗するかしないかはおいといて、もしも失敗しちゃったとしてもすぐにやり直すことは出来ないと思うんだけど」

 修司と遠子のやりとりを、やはりアソコが女の子になっているという同じ立場ゆえに興味深く聞いていた克哉は、やんわりと修司に話しかけた。

「どうして?」

 分かっていない修司。まあ、分かっていたのなら今のような質問は出ないはずなので当然と言えば当然な反応である。

「だって、失敗するってことはおしこを出し切っちゃうってことだよね。やり直そうとしても、そんな状態じゃもうおしっこなんか出てこないよ」

 克哉としては、なるべく修司を傷つけないように事実のみを話す。

(バカよね)

 克哉にしか聞こえない声で、奈里佳がぼそりとつぶやく。まあ、克哉としても異論は無い。

(アソコが女の子になって、気が動転しているんだよ。きっと……)

 自分でもまったく信じていないことを理由にして、奈里佳に対して修司の弁護をする克哉。口調が棒読みであるのが御愛嬌(?)である。

「あぁッ! そうかッ!!」

 あからさまにショックを受ける修司。ホントにバカだったらしい。まったく気がついていなかったのは明白である。修司は一言叫んだまま口を大きく開けて手をだらんと垂らし、そのままの姿勢で固まっている。

「何を騒いでいるのかと思えば、そんなくだらないことでうるさくしないで欲しいわね」

 カーテンで仕切られた保健室の一角から顔を出して話しかけてきたのは、保健室の主、真美先生である。

「そんなくだらないことって、僕にとっては大問題ですよ」

 恥ずかしいところを見られてしまったので、自己正当化の為に強気な姿勢をとる修司。顔を赤くしているのとはうらはらに、胸をそらせて大いばりである。

「世の中の女性はおちんちんなんかなくてもちゃんとおしっこをしているし、尿検査も問題なくしているんだから、あなたに出来ないはずはないでしょ?」

 いちいち相手にしていられませんと、ちょっと強気な真美先生。その真美先生に対して言い返そうと修司が大きく息を吸い込んだ時、またしてもカーテンの向こうからのぞく顔が現われた。

「あの、もしかするとこのタイプの尿検査は、和式よりも洋式トイレのほうがやりやすいかもしれませんよ。どうしても不安だったら、洋式のトイレを使ってみたらどうですか?」

 何故か焦っているような雰囲気を漂わせ、両手をせわしなく動かしながらそう提案したのは美根子だった。

「まあ、そのほうが確かにしやすいかもしれないわね。職員用のトイレには1つだけ洋式のトイレがあるから、そこでしたらいいわ」

 すぐさま美根子の提案に賛成したのは、真美先生である。そのまま修司に向き直ると笑顔で促した。

「じゃあ、そうします。矢島も行こうか?」

 素直に返事をすると、修司は克哉を誘いながら保健室を出て行こうとする。

「え、ああ、そうだね。行こうか……」

 克哉も、どうせなら和式よりも洋式の方が良いかなと思っていたので異存はない。

「あ、ちょっと待って」

 真美先生は2人を呼び止める。ドアに手をかける直前だった修司はその場に立ち止まったが、すぐに止まれなかった克哉は、先を歩いていた修司の背中にぶつかって鼻を打ってしまった。両手で鼻を押さえる仕草が可愛いかもしれない。

(克哉ちゃんったら、どんくさ~♪)

 ちゃかす奈里佳。克哉自身も、今の自分をどんくさいと思ってしまったので、言い返すにも言い返せない。

「何かまだあるんですか?」

 小さくゴメンと克哉に謝りつつ、修司は真美先生に質問する。

「ねえ、美根子。悪いんだけど、この2人に付いていってくれない?」

 修司の質問には答えず、美根子に対して手を合わせてお願いする真美先生。右目で軽くウィンクをしているその顔はちょっと笑っているようにも見える。

「付いてって……」

 とっさにどう答えるべきか分からなくなった美根子。頭の中が白くなったらしい。

「だから、こういう時の為に病院から派遣されて来たんでしょ? 美根子はさ」

 笑顔の真美先生。それを聞いていた克哉と修司はわけが分からなくて顔を見合わせるだけだったが、美根子はハッとしたような顔つきになると、美根子なりに真剣な顔をして身体を緊張に包んだのだった。

「そ、そうね。がんばらなくっちゃ!」

 何をどうがんばるつもりなのか知らないが、美根子はその決意を口にした。その拍子に美根子の自己主張の激しい胸がブルンと揺れたのだが、それを見た真美先生はちょっと顔を引きつらせ、克哉と修司は顔を緩めたのだった。

(は~、大きな胸よねえ。うらやましい? 克哉ちゃん)

 奈里佳が見ている視界は、当然に克哉が見ている視界そのものなので、誰の胸がどう大きいということを説明する必要はない。

(うらやましいなんて思ってないよ。もう、奈里佳は何を言ってるのさッ!)

 見ていたことを知られている恥ずかしさを隠す為に、克哉はちょっと怒ったような言い方をした。

(ま、私たちの胸は成長期なんだから、あんなおばさんには負けないから安心しなさいってことね)

 何故か得意そうにそう言うと、奈里佳は克哉の頭の中に、奈里佳の胸が大きく成長した未来予想図のイメージを投影する。そのイメージ映像の信憑性はどうなっているのかは分からないが。

(おばさんっていうのは失礼だよ。せいぜいお姉さんって言ったほうが……)

 なんだか本質とは完全にずれたところで奈里佳に反論する克哉。

「じゃあ、私、行ってきます。あ、遠子ちゃん、あとよろしくね。私、この2人の面倒を見る為に、ちょっとトイレまで行ってくるから。さ、あなた達、行きましょうッ!」

 そして遠子は真美先生と遠子にそう言い残すと、半ばあっけにとられている克哉と修司の手を引きながら保健室の外へと歩いて行った。残された他の男子生徒達はその様子を見ているだけだったが、そこに遠子から声がかけられる。

「さ、じゃあ、皆さんもこの検査用紙を持ってトイレに行って来てくださいね」

 改めて尿検査の案内をする遠子に促されて、部分的に女の子になっている男子生徒達がぞろぞろと保健室に最も近いトイレへと移動し始めた。


「あの~、看護婦さん?」

 その頃、美根子に手を引かれて校舎の中を移動していた克哉は、遠慮がちに空いているほうの手を小さく上げると、美根子に話しかけていた。

「なに? ええと……」

 美根子は歩き続けたまま後ろを振り返らずに克哉に返事をしようとしたが、自分が手を引いている2人の男子(?)生徒の名前を知らないことに気づいたのだった。

「矢島です。矢島克哉やじま・かつなりです」

 一応、自己紹介をする克哉。律儀である。

「ああ、ごめんなさい。私は津谷美根子つや・みねこよ。よろしくね。それで何だったのかしら? 矢島君」

 軽く一度後ろを振り返り、克哉の顔を見てそう言った美根子だったが、そのまま前に向き直る。ずんずんと歩くそのスピードは弱まることがない。

「職員用のトイレ、通りすぎちゃいましたけど」

 後ろの方を振り返り、美根子に正面玄関入り口近くにあるトイレを指し示す克哉。

「え、そうなの?」

 それを聞いて急に立ち止まる美根子。何だか予測出来ない動きをするのが得意なようだ。

「わッ!」

 そして案の定、美根子にぶつかりそうになる克哉。何とかあやういところで衝突を回避したのだが、もつれた足が怪しげなステップを踏むことになった。もちろんその事情は修司も同じである。

「とととッ!」

「きゃっ、危ない」

 修司は、克哉に比べるとやや落ち着いた動きの小さなステップを踏んだだけだったが、両手に克哉と修司をつないだままの美根子は、バランスを崩しかけた2人に左右から両手を引っ張られて転びそうになってしまった。やはり身体の重心が高いのであろうか?

「ああ、びっくりした」

 ようやく2人の手を離した美根子は、どきどきとする胸を押さえながら、克哉のほうを向いた。

「びっくりしたのはこっちですよ。職員用のトイレはあそこです。あ、ちなみに僕は堀田修司ほった・しゅうじです。看護婦さん」

 克哉に続いて修司も正面玄関に近いトイレを指さす。

「え、でも、あれって『来客用』って書いてありますよ」

 トイレの入り口の上に飛び出しているプレートの文字を読む美根子。確かにそのトイレには来客用と書いてある。

「それがうちの学校では職員用トイレってことなんです」

 したり顔で説明する修司。そしてその横では克哉も修司の言葉を肯定するかのようにうなずいている。

「あら、そうだったの。私は職員用のトイレはてっきり職員室の横にあるものだとばっかり思っていたわ」

 舌を小さく出し、右手で自分の頭を軽く叩いて照れて見せる美根子。顔が赤い。

「けっこう間違える人って多いんですよ」

 気にすることないですよと、慰める克哉。その言葉を聞いて、美根子は気を取り直した。

「なるほど、この学校じゃそうなっているのね。なるほど、なるほど。……じゃあ、それはそれとして行きましょうか。ええと、矢島君に堀田君、ついて来て下さい」

 この仕事をやり遂げるという使命感に燃えた美根子は、2人の返事を聞かずにさっさと歩いてトイレの中に入ってしまった。……来客用の女子トイレに。

「ちょっ、ちょっと看護婦さん! そこは女子用ですよ!! 良いんですか?」

 美根子が何のためらいもなく2人を女子用トイレに誘うのを見て、修司が慌てて声をあげた。しかしなぜかその声は嬉しそうだ。

「え? 何かまずいことでもあるの?」

 修司が何を問題としているのか良く理解出来ていない美根子であった。

「いや、別に……。ただ僕のアソコは女の子になっていますけど、外見は男のまんまの僕たちが女子トイレに素直に入って行っても良いんですか? まあ、看護婦さんが良いと言うのなら文句は無いんですけどね」

 自分が着ている詰め襟の黒い学生服をしめしながら、遠子に説明する修司。顔がにやけているのがなにかおかしい。

「ええ、高谷先生からは、『アソコが女性化している男子生徒には職員用の女子トイレの使用許可を出しているから』って聞いていますし、何も問題があるとは思えませんが?」

 女子トイレの入り口に立ったまま、美根子はわずかに首をかしげる。

「堀田君、もしかして昨日も今日も職員用の女子トイレを使って無かったの?」

 真美先生に言われるまま素直に職員用の女子トイレを使っていた克哉は、逆の意味で驚いた。

「いや、俺もここの女子トイレを使いたかったんだけど、入ろうとしたら何だか周りの女の先生達に白い目で見られてさ、それでも入ろうとしたら、『真美先生から聞いているけど、あなたの場合は男子用に行ってちょうだい』って言われたから、結局職員用でも男子用のトイレを使ってたんだよ」

 そう不満を漏らすと、修司は制服のポケットから小さなデジタルカメラを取り出した。

「せっかくだから女子トイレの様子をしっかりとこのカメラに収めたかっただけなのにさ」

 そして修司はカメラを構えてそのレンズを克哉に向け、パシャリとシャッターを切ったのだった。

(ホント、バカだわ。こいつ。でも、これぐらい自分の想いを素直に実行する行動力があるなら、この子が結晶化するなんてことはありえなさそうね)

 奈里佳は、あきれつつ感心した。

「もしかしてカメラを手に持ったまま、女子トイレに入ろうとしたの?」

 克哉は、聞かなくても分かる答えを聞く為に質問した。お疲れさまなことである。

「もちろんッ! 未知な場所に行く時にカメラは手放せないでしょう?」

 当然のように答える修司。

「そんなの持ってちゃ、いくら職員用でも女子トイレには入れてくれないと思うよ」

(私もそう思う)

 克哉が修司にそう言うと同時に、奈里佳もそれに同意する。まったくその通りである。

「真実を撮影しているだけなのに理不尽だ」

 何がいけないのか分かっていない修司であった。

「あの~、そろそろ検尿……」

 女子トイレの入り口に立ったままの美根子が、困ったような声を出す。

「あ、はいはい、今行きます!」

 美根子に呼ばれて、克哉はあわてて職員用の女子トイレに駆け込んだ。それを追いかけるようにして、修司も女子トイレの中に入っていく。

「おおッ! これが女子トイレかッ!!」

 ピンク色のタイルがふんだんに使われた男子禁制の部屋に立った修司は、感激の声を上げてまわりを見渡すと、遠慮なくデジカメのシャッターを切り始めた。

「やめなよ。誰も入ってないけど、女子トイレで写真はまずいよ」

 克哉は修司の学生服の袖を引っ張る。

「そんなこと言ってもだな、珍しいんだからしょうがないだろ? それとも矢島は珍しくないのか?」

 カメラを覗きこんだまま、克哉に反論する修司。さすがと言えばさすがであるが、……誰も入っていない女子トイレって、そんなにも珍しいか?

「珍しくは……、ないよ。だって昨日からここに入ってるし」

 ちょっと恥ずかしそうに答える克哉。

「えッ!? 追い出されなかったのか?」

 ようやくカメラから目を離して克哉に向かって振り向いた修司の顔は、本当に驚いていた。

「追い出されたよ……。男子トイレから。やっぱり職員用とは言っても女子トイレに入るのは恥ずかしいから、昨日は職員用の男子トイレで用を足したんだよ。そうしたら外にいた男の先生に、『音がちょっとまずいから、君は女子トイレでしなさい』って、言われたんだもん」

 克哉はほほを軽く朱に染めて修司に事情を説明した。

(あはははは、大きかったものね。克哉ちゃんの音♪)

 すかさず茶々を入れる奈里佳。やはり大きな音とは、あの音のことなんだろうか?

「ずるいなあ、音がするのは俺も同じなのに。やっぱり矢島は元々女の子みたいに可愛いからだろうな」

 修司の言葉に、更にほほを赤くする克哉だった。

「あの~、だから検尿を早く始めたいんですけど……」

 克哉と修司のやりとりのどこに口を挟んで良いのか分からなかったのか、美根子はおずおずと、何故か手を上げながら発言した。

「はい、分かりましたッ! いよいよ女子トイレ初体験っスねッ!!」

 グッと、こぶしを握りしめ、不必要なまでに力を入れる修司。女子トイレにかけるそのような情熱こそが、アソコが女の子になっているにも関わらず女子トイレから追いだされる原因となっていることに気がついていないらしい。

「あ、ハイッ! すみませんッ!!」

 一方の克哉はというと、電気に打たれたかのように軽く飛び上がってからペコリと頭を下げている。

「ああ、良かった。やっと検尿が出来る……。で、どちらから先にしますか?」

 美根子は、ほっとため息をつくと、1つしかない洋式のトイレを前にして、克哉と修司の2人に問いかけた。

「ハイ、看護婦さん、僕から行きます」

 克哉が返事をするよりも早く、修司は『ハイハイハイ』と、手をあげる。

「ええ、私としてはどちらが先でもいいですから、早くしましょう」

 安堵と緊張が混じった様子の美根子は洋式トイレのドアを開け、手で支えてドアが閉まらないように押さえている。

「それじゃ早速……。ととっ、忘れるところだった」

 個室の中に入りかけた修司だったが、途中でくるりと身体の向きを変えて、出てきてしまった。

「じゃ、矢島。これお願いな♪」

 明るい声と共に、修司は克哉にデジカメを手渡した。

「え? 何これ?」

 いきなりなんの説明もなくデジカメを手渡されて戸惑う克哉。デジカメと修司の顔を交互に見ている。

「何って、デジカメだけど。電源を入れてシャッターを押せば、デジタル写真が撮れるという……」

 至極真面目な顔をして、デジカメとは何ぞやということを説明し始める修司。その顔は真剣だ。

「いや、だからそうじゃなくて、なんで僕が堀田君のデジカメを受け取らなくちゃいけないのかということなんだけど……」

 渡されたデジカメを修司に返そうとするかのように前に差し出す克哉。その顔と態度からは修司の意図を的確に見ぬいていることが見てとれる。

(やっぱ写して欲しいんじゃないの? まあ変態な発想だけど、特に誰にも迷惑をかけてるわけじゃないし、いいんじゃない。写してあげれば)

 奈里佳は奈里佳で、面白そうな展開になるのだったらなんでもありという考えらしい。

(写してあげればいいって、いったいどこを写すことになると思っているの?)

 まあ、確かに本来は男子生徒であるにも関わらず、アソコだけ女の子になっている修司の検尿しているところを写真に撮るだなんてしたら、変態さんの仲間入り間違いなしである。克哉がちゅうちょするのも無理はない。

(まっ♪ 分かってるくせに。克哉ちゃんったらエッチなんだからぁ~)

 答えになっていないような、なっているような返事をする奈里佳。それに対して克哉は何かを言いたかったが、口では勝てそうになかったのでとりあえず奈里佳のその発言を無視することにした。ちなみに克哉が奈里佳に勝てないのは口だけではないことは言うまでもない。

「もちろん、このデジカメで俺が女の子なアソコで検尿しているシーンを撮って欲しいに決まってるじゃないか。それとも矢島、おまえのを撮らせてくれるのか?」

 修司は、『本当のところはそのほうが良いんだけど』と考えながら克哉が返そうとするデジカメを右手で押し返した。

「撮るのも撮られるのも遠慮したいんだけど……」

 洋式トイレの個室前での静かな攻防であった。

「あの、さすがにそういうシーンを写真に撮るのはまずいと思うんですけど……。やめましょうよ。そういうのは」

 看護婦というか、生まれながらの女性として、女性のたしなみというか常識というか、とにかく美根子は2人の男子生徒(?)がおかしな方向に足を踏み出しかけているのを見て、慌ててそう言うのだった。がんばれ、美根子ッ! がんばりきれないのは目に見えているけど。

「でも看護婦さん。例えば今の僕が手鏡でアソコを映しながら検尿しても別にまずくはないでしょ? デジカメで撮るのも同じことですよ。デジカメですから別に現像する為に誰かに見せなくちゃならないわけでもないですし、問題ないんじゃないですか?」

 女子トイレの中でいったい何を大真面目に会話しているんだと、美根子は修司の主張を聞いて頭が痛くなるような気がしてきたが、それをなんとか職業意識で押さえこむことにした。

「鏡とデジカメは違うんじゃないでしょうか?」

 援軍を求めるように、克哉のほうを向いて同意を求める美根子。顔は困りきっている。

「そうですよね。鏡はその場限りですけど、デジカメは後に記録が残っちゃいますもんね。やっぱりまずいですよ」

 美根子に同調する返事をする克哉は、ここで修司のそのシーンをデジカメで撮るようなことになれば、次は自分の番だと警戒しているのだった。まあ、結果はともかく流れとしてはそうなることは間違いないところだろう。

「じゃあ、いいです。デジカメで撮るのはあきらめますから、看護婦さん、検尿のほうを手伝ってください」

 もっと反発するかと思われたのに、修司の返事はやけに素直だった。思わず顔を見合わせる克哉と美根子。この2人、もしかすると似ているのかもしれない。

(何かたくらんでいそう。この子、なかなか良いわね。気に入ったわ)

 奈里佳は奈里佳で、修司のことを誉めている。

「手伝うって、検尿をですか?」

 話の流れに必死で付いて行こうとする美根子だったが、修司が何を考えているのかもうわけが分からなくなってきていた。そして克哉はというと……、既に傍観者モードに入りつつあった。

「そうですよ。そのためにここに来たんでしょ?」

 当然と言わんばかりの修司の口調。鼻息が吹き出している。

「ええ、そう言えばそうでしたね。分かりました。でも手伝うって何をして欲しいんですか?」

 デジカメで検尿シーンの瞬間の写真を撮ってくれという要求に応える訳にはいかないが、検尿そのものを手伝ってくれということなら、看護婦としての自分の仕事の範疇はんちゅうということであるから、美根子としても断るこはできない。 いぶかしむ気持ちも無いでは無かったが、美根子は修司の要求を受け入れる決意をした。

「だから検尿の検査用紙を看護婦さんが持っててください。僕がおしっこをしますからそれに合わせて検査用紙の位置を調整してくれれば良いんですよ」

 排尿するところを他人に見られることについては、なんの羞恥心も感じていないらしい。さすがというべきか、それともやっぱりというべきか。

「やっぱり自分だけでは出来ませんか?」

 念のために聞いてみる美根子。

「初めてですからね。やっぱり手伝ってください」

 そう言うと修司は美根子の返事も待たずにズボンのベルトを外し、まずはズボンのみを下に降ろしたのだった。

「えッ!?」

 ズボンの下から現われた下着を見て、美根子は小さく声をあげた。その声を聞いてそれまで視線をそらせていた克哉も、つい反射的にそれを見てしまった。

「それ、女の子用のショーツなんじゃ……」

 修司と克哉のアソコが女の子に変身しているということを知ってはいた美根子だったが、実際に詰め襟の学生服を着ている修司が女性用のショーツをはいているのを見ると、美根子は激しく違和感を覚えるのだった。

「ええ、そうですよ。だってしょうがないじゃないじゃないですか。実際に僕たちのアソコは女の子になっちゃってるんだし」

 現状を素直に受け入れている(?)修司は、ズボンを降ろしたショーツむき出しの下半身を美根子と克哉にさらしている。確かになにもない股間にはショーツがよく似合うのかもしれないが、よくよく注意をして見てみると、お尻の肉付きが貧弱でちょっとバランスが悪いと感じなくもない。簡単に言えば確かに股間には何もないのだが、全体の形は男の子のお尻という感じであろうか。

 まあ、そういうお尻に愛を感じる人もいるのは確かだけど……。

「そうか。そうでしたよね。聞いてはいましたけど、聞くと見るとじゃ大違いですよね。……ん? あの、これってもしかすると生理用のショーツなんじゃないですか?」

 修司がはいているショーツの種類に気がついた美根子は、修司の股間を指で指しながら固まってしまった。体中がギギギと音を立てているようだ。

「そうなんですよ。昨日に比べたらちょっとは楽になってきたんですけど、やっぱり大変ですよね。女の子が体育を見学するわけが分かっちゃいましたよ。あ、そうそう、ついでに取り替えなくちゃね」

 固まっている美根子の視線を気にするどころかむしろわざと見せているのではないかという感じの勢いで、修司は生理用のショーツを下に降ろした。そして更に固まる美根子。

「あ、ははは……、そ、そうなんですか。じゃ、ま、まずはそちらのほうから片づけ……、片づけましょうね。あ、ははは」

 そして動き出したと思ったら、やはりちょっと壊れてしまっているようだ。しかしまがりなりにも一応はさすがにプロの看護婦さんッ! 美根子は修司をトイレに座らせると、潮のにおいがする液体を吸って塗れているナプキンを手際よくショーツからはがして汚物入れに放り込むのだった。なんというか、別にそこまでしてあげなくても良いのだが、何となく成り行きに流されている美根子だった。

 さて、そんな2人から距離を置いている……。とは言ってもせいぜい1メートル半程度しか離れていない場所に立っている克哉は、修司が入っている洋式トイレに背を向けていた。なぜって、背を向けていないと見えちゃうからだ♪

(克哉ちゃんもこのままアソコが女の子のままだったら、あと2週間もすれば修司君みたいに生理になっちゃうわね。良い機会だからじっくりと見学すれば良いのに)

 くすくすと笑いながら奈里佳が克哉に話しかける。

(冗談ッ! そうなる前に僕は男に戻るから関係ないのッ!)

 声には出さないが、顔を真っ赤にして反論する。

(戻れるならね♪)

 奈里佳の答えは明るくそして短かかったが、克哉の背中に冷や汗を流させるには十分な何かを持っていた。

(え~ッ! でも、今度僕が奈里佳に変身して魔法力を使い切っちゃったら、変身が完全に解けてアソコも女の子から男の子に戻れるんでしょ!?)

 前に聞いた話を思い出しながら、克哉は念を押すように確認をする。声を出さないで会話することに意識的な努力が必要な程度には興奮し、そしてさすが怒っているかもしれない克哉だった。

(変身して変心したら、きっと元に戻りたくなくなるわよ。そうなれば克哉ちゃんは自分の意思で普段の自分が女の子でいられるように魔法を使うかもしれないでしょ?)

 克哉には、奈里佳が笑みを浮かべている様子がありありと想像できた。そして背中に流れる冷や汗が更にその量を増していくのも分かってしまった。

(絶対、そんなことしないもん)

 自分でも自信がない口調だとは思う。しかし奈里佳に変身すると心までも奈里佳に変心してしまうということを2度も体験している克哉としては、『そうしない』と自信を持って断言することができないのだった。

(わかった、わかった。じゃあそういうことにしておいてあげましょうか♪ 現実はどうであれ、人間には夢を見る権利があるんだものね♪)

 今、克哉と会話している奈里佳という人格は、克哉という人格がそうなっていたかもしれない可能性であり、現在克哉として存在している人格とは別物に見えていながら本当は同一人格であるのだ。というわけで奈里佳はまったく根拠のないことを言っているわけではない。無論、克哉に対して強制しようだなんてことも考えてない。奈里佳は、克哉が奈里佳になったときには自分の考えと同じ行動をするだろうということを知っているだけなのだ。……なんかややこしいけど、そういうことだと思ってほしい。

(そう言えば話は変わるけど、今度僕が変身して僕自身が奈里佳になったら、今こうして僕と話をしている奈里佳はどうなっちゃうのかな?)

 ふと思った疑問だったが、考えてみるとどうなるのかとても興味が沸いてきた克哉だった。

(さあ、どうなるのかしらね? ……クルルちゃん、分かる?)

 どうやら奈里佳にも分からないらしい。奈里佳は常時自分たちの精神とリンクしているはずのクルルに質問した。

(……僕もこっちの世界に来るときに持っていた知識の大部分を失っていますからね。ちょっと分からないっていうのが本音ですね。まあ、変身してみれば分かるんじゃないですか?)

 何だかもう他人事のような感じでのんきに応えるクルル。まあ、他人事には違いないんだけど。

(ちょっと、クルルちゃんッ! 無責任なんじゃないの? その言い方って)

 更に抗議を続けようとする奈里佳だったが、その時、美根子の叫び声が響いたのだったッ!

「な、なんですか!? これは~~~ッ!!!」

 その美根子の声に驚いた克哉は、あわてて身体をトイレのほうに向けると、美根子の後ろから個室の中をのぞき込んだ。

「えッ? え~と、それは……」

 ここ数日ご無沙汰しているが、以前の自分のものとまったく同じ種類のモノがそこにあった。しかも礼儀正しく起立して。

「ふ~む。どうやらこれはあれだな」

 落ち着いてはいるが、ちょっと残念そうな表情を見せながら、修司は正しく現状を認識したらしい。しかし女子トイレの個室に座り、アソコを起立させている男子学生というのは、何とも異常な光景である。警察に通報されても文句が言えないかもしれない。

「もうッ! いきなり変なことしないで下さい。慌てて検査用紙を落としちゃったじゃないですか。いったいなんのいたずらなんですか?」

 今ひとつ状況が分かっていない美根子は、修司の股間のそれをおもちゃかなにかだと思っているのか、そのまま修司の股間のそれをむんずと掴んでしまった。

「あれ? 取れない……」

 更に混乱しているのか、掴んだ手を離すことも忘れている美根子。

「まあ、普通は取れませんよね」

 行儀良くちゃんと立っているそれを、美根子に握られたままの修司。

「あの~、看護婦さん。堀田君の変身が完全に解けて、ちゃんとした男の子に戻ったんだと思うんですけど?」

 ポンポンと、美根子の肩を軽く叩きながら克哉は美根子に話しかける。

「……え~と、つまりこれは、おもちゃなんかじゃなくて本物?」

 それを握る手を開こうとするが、何故か意志に反して指が動かない。

「そうですね。触られている感覚ありますから」

 冷静な修司。しかしその冷静さが美根子の羞恥心を刺激する。看護婦という仕事柄、見慣れていないというわけではないのだが、さっきまで修司の股間は女の子だったのだ。心の準備が出来ていなかったものだから恥ずかしくなるのも無理はないと言える。

「ご、ごめんなさい。すみません、い、今、手を離しますからッ!」

 驚きが一段落したところで、美根子はようやく手を離すことに成功した。

「ねえ、堀田君。完全に元に戻ったの? どこか変なところは無い?」

 早くそれをしまって欲しいと思いつつ、克哉は修司に問いかける。

「う~ん、完全に元に戻ったんじゃないかな。生理痛も消えているみたいだし……」

 下腹部を確かめるようになでながら答える修司の様子は、生理通から開放された安堵感とは別に、やはりどことなく残念だという気持ちがうかがえる。まったくもって変態さんとしか言いようがない。

(魔力の暴走をコントロールできるようになったのか、それとも残っていた魔力がなくなったのか、どっちにしてもそろそろ変身が解ける頃だったのね)

 奈里佳は、『私はすべてを分かっていたわよ』とでも言わんばかりの調子でコメントする。

(でもさ、そうすると部分変身している他のみんなも、そろそろ変身が解けだすってことでしょ? 僕だけがまだ変身しているってのは、ちょっとまずくない?)

 対する克哉は、おろおろと問いかける。その割には頭の回転は良いみたいだけど。

(おそらく個人差があるはずだと思いますから、まだ変身が解けていない人も大勢いるんじゃないしょうか? だから克哉君、そんなに心配することはありませんよ)

 そう答えたのはクルルである。たしかに克哉、つまり奈里佳は自分自身の魔力を完全にコントロールしているので、変身したり変身を解いたり、また今回のように部分的に変身をしたりするのは思いのままなのであるが、みんなの場合はそうではない。

(……だといいけど)

 クルルや奈里佳には振り回されっぱなしの克哉としては、いまいち素直に納得することはできない。もしかするとまだ部分変身をしているのは自分だけなのではないかという疑いの気持ちを捨てきれないでいた。

「え~と、とりあえず良かったですね。元に戻って」

 それはともかく、気を取り直した美根子が修司のソレから微妙に顔を逸らしつつ、それでいてチラリチラリと視線を向けて、元の男の子に戻ったアソコを確認する。

「う~ん、もう少し多くの写真を撮りたかったのに残念だな。結局はこれだけしか撮れなかった」

 修司はポケットからまたデジカメを取り出すと、すでに写してある画像を液晶に表示させた。……しかしそんなことをする前に、早く下半身を隠してほしいものである。

「見てみるか? 矢島」

 修司は、美根子の肩越しにのぞいていた克哉にデジカメを渡すと、そのまま立ち上がりパンツとズボンを引き上げた。その様子を見て、美根子も微妙に緊張を解く。やはりいくら看護婦とは言っても、男性のむき出しの股間を見てもなにも思わないということは無いようだ。美根子も年頃な女性には違いがないということか。

「……!?」

 一方、デジカメを渡された克哉は、その液晶画面に表示された画像を見て固まってしまった。なんとそこには、アップで撮影されたアレが写っていたのだった。それはもう色気をはるかに通り越してグロさだけが前面に出てしまうほどの大写しのアップ画像だった。

「堀田君、これ、ちょっとまずいんじゃない?」

 今の克哉はアソコが女の子になっているが、本来なら若き血潮がドクドクと身体の一部に集中して流れる中学2年生男子である。たとえエロスよりもグロが勝っているような画像にだって、興味が無いと言えば嘘になる。

(まったく純情ねえ、興味があるならじっくり見てみればいいじゃない。ま、あの修司君のだと思うと私としては見たくなくなるけどね)

 克哉の屈折した気持ちはお見通しの奈里佳がつっこむ。

「中学生がこんなもの見ちゃダメですよッ! ちょっと、貸して下さいッ!!」

 一方、液晶画面に何が写っているのかに気がついた美根子は、克哉の手からデジカメを奪おうと手を伸ばす。

「ダメですよ。これは僕のですッ!」

 奪われまいと修司もその手を伸ばし、美根子と修司の手は克哉が持つデジカメの上で格闘した。そして……。

「ちょっと、2人ともやめてよ……」

 もつれ合った手と手、そして克哉の手から離れたデジカメは美根子の大きな胸に当たりはじかれると、その落下軌道を変えて洋式便器の中心部へと入って行ってしまった。

 そしてポチャンという情けない水音が響くと同時に、あたりに散らばる水しぶき……。哀れ、修司のデジカメはその短い生涯を終えたのだった。




続く

 前書きにもありますように、体調を崩しましてその結果、仕事も辞めることになりましたので時間だけは有る状態になりましたが、本日中にアップする01~08以降の続きや、その他の作品の続きにつきましては、体力と気力の回復次第ということになりますので、あまり大きな期待はせず、ゆっくりとお待ちください。

 なお、別作品の【妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール】という作品がミッドナイトノベルズのほうに投稿されていますが、そのリニューアル前の【妖精的日常生活】についても後日投稿する予定です。

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