03 魔法少女♪奈里佳 第二話 みんなでウェディング
【 魔法少女♪奈里香 】という作品は、パイロット版および本編が2001年2月21日から2005年9月16日にかけて連載されていた未完の作品です。初出は【少年少女文庫】という複数のメンバーによって運営されていた性転換ものに特化したサイトでした。本編第三話後、楽天のブログにて番外編01を2009年8月20日に公開しましたが、どうしても第三話のクオリティーを超えるどころか並ぶことすら難しいと思い、続きが書きづらくなった作品です。いづれリニューアルして続きをと思っていましたが、2024年1月3日に体調を崩し(B型大動脈解離および腸閉塞)、体力的な限界を感じて仕事も辞めました。それに伴い近いうちに自サイトを閉鎖する予定となりましたので、小説家になろうに転載する運びとなりました。
本日中に01~08まで投稿しますので、よろしくお願いします。全体ではラノベの単行本2冊くらいの分量があります。
イラストは転載していませんので、ホームページ公開時のイラストを見たい方は、Internet Archiveに保存されたページをご覧ください。
第二話 みんなでウェディング https://web.archive.org/web/20240207232935/http://ss595476.stars.ne.jp/narika_02.html
※ 前回までのあらすじ
無数に存在するというパラレルワールドのうち、その一つの世界の未来にある魔法の国、ネビル。そこからやってきた猫のぬいぐるみのような不思議な生き物、クルルによって、魔力が蓄積されると自動的に魔法少女に変身してしまう身体にされてしまった克哉クン。こうして彼は、魔法少女♪奈里佳として、世界を救うという崇高な目的の為にがんばるのだった。しかしその姿とやっていることは、悪い魔法少女そのものだったりして……。詳しくは、第1話『魔法少女誕生!』をお読み下さい。<(_ _)>
ビーーーーッ ビーーーーッ ビーーーーッ
けたたましく警報が鳴り響く。それに続いて時間管理局の人工知性が、機械音声によるアナウンスによって、状況を解説した。
『緊急事態!緊急事態! 21世紀初頭において、観測史上最大規模の時空分岐点が発生! なおも急速に拡大中。特A級時間犯罪の可能性大! 現在の拡大率から計算して、我々が介入出来る限界は、ディルムン標準時間で、あと27分49秒。以後は歴史改変の波に飲み込まれて、ディルムンの歴史が消滅してしまう可能性、極めて大。緊急展開部隊の出動を求む。12分以内に出動せよ。繰り返す……』
ディルムンとは、遙かなる未来、西暦91世紀の地球と、太陽系を中心とするおよそ半径2万4000光年の星域を支配する汎人類共同体の名称である。この時代、既に超光速航行は勿論のこと、時間航行技術、すなわちタイムマシンすら開発されていた。
超光速航行技術を開発する際の副産物としてタイムマシンが開発されてしまったとき、ディルムンではその技術をどう扱うかで、議論が百出した。タイムマシンの存在は、過去の歴史の事実を検証出来るという点で、学術的には非常に大きな意味があった。しかし、その他の点ではまさに禁断の技術であったのだ。
色々と問題はあったが、中でも最大の問題は、タイムパラドックスの問題であった。タイムマシンで過去に戻った時間旅行者が、自分を生む前の親を殺害した場合、果たしてその結果はどうなるのか?
親を殺害すれば、子供は生まれず、よって時間旅行をして親を殺害する事もなくなり、すると親は結局子供を生むので、その子供がやがて時間旅行して親を殺害するので、子供は生まれず……。と、いつまでたっても堂々巡りになってしまい、結局どうなるのかホントのところは分からないという、あまりにも有名なアレである。
しかし、タイムマシンが現実に開発された今、その命題にも答えを出すことが可能になった。過去の歴史を改変することは果たして実際に出来ることなのか? そして歴史を改変したら、改変される前の歴史は、そしてその歴史に生きる人々はいったいどうなるのか?
非常に興味深い疑問であったが、もしも万が一、実験的に歴史改変をした結果、自分たち自身が消えてしまったら……。いくら興味深いとは言っても、その恐怖は拭い去れるものではなかった。かくしてディルムンは時間管理局を設置し、タイムマシンの使用を学術目的のみに限定した。そして、その版図全域において時間改変を行おうとする時間犯罪者が現れた場合、それに対処する部門として、タイムパトロールを設置したのであった。
「発進準備を急げ! この時空分岐点の規模は半端じゃない!」
時間管理局局長の緊張に満ちた声がホールに響いた。
時空分岐点とは、歴史が分岐しようとするポイントのことである。但し、ディルムンの理解では、歴史はたった1本の道筋しか無いという前提なので、道路が二股に分かれるというよりも、鉄道の軌道が分岐するポイントをイメージしてもらえば良いだろう。
道路の場合は道が2つに分岐していたら、どちらに進むことも出来るし、2つの道は、道として同時に存在していると言える。ところが鉄道の軌道がポイントにより切り替えられた場合、列車が進むべき道は一本に限定される。列車にとり、ポイントの先に別な軌道が物理的に存在しても、実際には存在しないも同じであるのだ。
ディルムンの理解では、歴史とは一本の流れしか無いが、その歴史は時間旅行者という外力により、ポイントを切り替えられ、既知の歴史とは別な歴史に続く流れへと変化する可能性を秘めているとされている。
しかし、今まで歴史改変に成功した時間犯罪者は“いないはず”なので、実際に歴史を改変したらどうなるのかということは、誰も知らなかった。ただ、歴史を改変したら、元々の歴史に住んでいる『自分たちは消え去ってしまうかもしれない』という恐怖だけがあったのだ。
「緊急展開部隊の発進準備完了いたしました!」
「よし、すぐに発進させろ!」
「了解いたしました。……緊急展開部隊に発令! 7000年前の時空分岐点に向けて直ちに発進せよ」
指令を受けて、緊急展開部隊のタイムマシンが今まさに発進しようとした瞬間、またしても警報と人工知性の声がホールに響いた。
ビーーーーッ ビーーーーッ ビーーーーッ
『超空間に乱時流発生。時空分岐点への航行は乱時流が収まるまで不可能となりました。なお、乱時流の発生の状況からみて、この乱時流は人為的に作られた可能性大』
「くっ! 時間犯罪者め……。歴史改変をしたら自分自身も消えてしまうのが分からないのか!」
ぎりりと歯ぎしりをする時間管理局局長。そこに人工知性の機械音声が被さる。
『乱時流の発生により、生命体を乗せたタイムマシンの航行は極めて危険。無事に時空分岐点に到達出来る可能性は0.05%です。……緊急展開部隊の出動要請を解除。“ユニット”を送り込むことを提案します』
「……“ユニット”。自動機械にディルムンの命運を託さねばならんのか!?」
時間管理局局長は、認めたくはないという口調でそうつぶやいたが、意を決したように首を振ると、言葉を続けた。
「気にいらんが、他に手はなさそうだ。よし! 緊急展開部隊の出動命令を一時解除。“ユニット”による介入を行う! あるだけの“ユニット”をタイムゲートに放り込め!! たった一体でもいい。一体でも“ユニット”を時空分岐点まで送り込めれば勝機はある。急げ!!」
「おはよう……」
さわやかとは言い難いあいさつをしつつ、矢島克哉は、台所にやってきた。
「おはよう。なんだ? 今日は早いんだな」
既に朝の食事も終わりかけている克哉の父、範彦が、声をかけてくる。
「あら、ホント。いつもは起こさないと起きてこないのに、いったいどうしたの?」
母、弓子も少し驚いている。克哉は、普段はよほど寝坊助さんらしい。
「別に……。ちょっと昨日のことがニュースになっていないかなと思って……」
昨日、自分が『魔法少女♪奈里佳』に変身して、町中の人達を魔法で奈里佳のそっくりさんにしてしまったことを思い出すだけで、恥ずかしさでいっぱいになる克哉だった。
「昨日のことって、やっぱりアレのことか? 一時的にこの街のみんなが、金髪美少女に変身したという」
そう言いながら範彦は、朝刊の社会面を広げると、克哉に示した。
「見てみなさい。新聞にも写真が載ってるぞ。これはうちの近所だな」
そこには奈里佳の集団がハッキリと写った写真が掲載されていた。誰が撮ったのか知らないが、あの騒ぎの中で写真を撮ることを思いついた人間がいたとは驚きである。
「ホント。うちの近所だね、これは……」
克哉はその写真を見ると、ますます恥ずかしさが増してきた。
「それはそうと、昨日は遅く帰ってきたから聞けなかったんだが、克哉も、変身したのか? 例の『奈里佳』という金髪美少女に」
興味津々の顔で質問する範彦。克哉はその質問を受けた途端に、顔を真っ赤に染めたまま、何も言おうとしない。恥ずかしくて、恥ずかしくて、穴があったら入れたい……。じゃなくて、入りたい気分でいっぱいらしい。
「変身現象が起きたのは、この辺りが中心らしいですから、克哉もたぶん変身したはずですよ。でもお父さん、克哉ったらそのことを全然教えてくれないんだから……。もう、おもしろそうな話なのに」
弓子はそう言うと、テレビのリモコンを操作して、昨日の事件を報道しているニュース番組にチャンネルを合わせた。
『……というわけで、昨日午後6時過ぎ頃、N市中津木町を中心として半径およそ1.5kmに及ぶ広範囲にて、人々および動物たちが、一時的に金髪美少女に変身するという事件がありました。当初は何らかの化学物質が漏れだしたことによる集団幻覚事件かと思われましたが、実際に人々が変身した姿を映した写真やビデオ映像の存在が明らかになり、幻覚ではなく、実際に変身現象があったと考えざるを得なくなりました。この事件に関して、識者の見解によりますと……』
テレビでは、奈里佳の集団が映っている映像をバックに、女子アナが興奮した面もちでニュースを読み上げている。さすがに変身した人間が『万』の単位で存在し、なおかつその映像も撮られているので、いくら信じられなくても実際にあった事件として扱わざるを得ないらしい。しかしあの騒ぎの中でビデオを撮ることを(以下略)。
「へえ、みんな同じ顔に変身しているわけか。中津木町といえば、完全にうちのことじゃないか。それじゃあ、やっぱり克哉もあんな金髪美少女に変身したわけだ」
範彦は、感心したような、そしてちょっとおもしろそうにそう言うと、克哉の顔を見てニヤッと笑った。
「で、克哉は、女の子になってみた感想はどうだったの?」
弓子も、完全に面白がっている。
「ええと……、確かに僕も、『奈里佳』に変身したけれど、特に何にもおもしろいことは……」
顔を真っ赤にして、うつむいて返事をする克哉。言葉とはうらはらに、その態度は、“何かあった”ことを雄弁に物語っていた。それを見た範彦と克哉は、ますます面白がって克哉を追求したのは言うまでもない。
「そんなこと無いでしょ。鏡を見て、『これが僕……』とか言わなかったの? 」
「そうだぞ。やっぱ、基本だろう。だいたい、写真の一枚でもとっておけば良いのにもったいない」
息子が、一時的にも“娘”になったことをネタに、盛り上がりまくる両親であった。しかし範彦も弓子も、普通の人間がいきなり変身するということを異常に思わないのか? 読者に突っ込まれる前に、作者としてビシッと突っ込んでおこう。うんうん、これでよし。
「やあ、克哉クン。おはようございます。今日も良い天気ですね」
両親の質問責めと、はしゃぎまくった会話からようやく開放された克哉が、城南中学への通学路を歩いていると、突然クルルが声をかけてきた。
「あっ! クルル! 朝からいったいどこに行ってたんだよ!? 昨日のことが新聞やテレビに出てるんだぞ。どうする気なんだよ。こんなに大騒ぎになっちゃって!」
恥ずかしい気持ちでいっぱいだった克哉は、そのストレスのはけ口とばかりに、クルルに文句を言った。
「昨日、奈里佳ちゃんが使った魔法の影響が、この世界の結晶化に対してどういう影響を与えたのか、調査をしていたんですよ。……しかしさすがに、対象が広範囲でしたので、手間取りました。でも、おおむね好影響が出たみたいで、まずは大成功というところですね。それから騒ぎになった件ですが、僕達の目的を考えれば、もっと騒ぎになった方がいいわけですし、全然問題なしです♪」
そうなのだ。クルルの、そしてつまりは奈里佳の目的は、『未来の可能性が狭まることによって起こる世界の結晶化と、それに続く世界の崩壊を魔法を使って修正すること。同時に魔法による事件を起こし、その魔法を見た世間の人たちが、魔法の存在を受け入れて魔法について研究するようにすること。そしてその結果、この世界の可能性を大きく開花させることにより結晶化を防止し、最終的には、すべてのパラレルワールドの現在・過去・未来で構成された多層世界、“時空球”の崩壊を防ぐこと』なのだ。
(作者注:何だか自分で書いてても訳わからん。だから読んでて理解出来なくても心配無い無い。大丈夫♪)
「問題大ありだよ! もう恥ずかしくて恥ずかしくて、死にそうだよ。とにかく僕はもう奈里佳にはならないからね!」
克哉は、ぷうっと、顔をふくらませながら抗議した。その表情、男の子なのに、なぜかかわいい。もしかして奈里佳に変身した影響が残っているのだろうか?
「でも克哉クンも、昨日、奈里佳になったときに見たでしょ? 結晶化した人たちを。彼らをこのままにしていたら、この世界も、そしてすべてのパラレルワールドも含めた世界のすべてが崩壊してしまうんですよ。幸いにも昨日の事件に巻き込まれた人たちは、その影響で、結晶化が一時的にキャンセルされた状態になっていますけれど、世界の大きな流れが変わっていない状態では、またそのうち結晶化してしまうのは間違い無いんですよ。克哉クンは、この現状を何とかしなくてはと思わないんですか?」
そのピンク色をした猫のぬいぐるみのような姿に似合わず、クルルは真剣な面もちでそう言うと、気迫を込めてジッと克哉を見た。
「そうは言っても、恥ずかしいものは恥ずかしいの! 世界を救うって言うのなら、誰か別の人にやってもらってよね。僕はもう奈里佳なんかにはならないから。じゃ、そういうことでよろしく!」
克哉は、早口でそう言うと、さっさと学校へと歩き出そうとしたが、そこにクルルが、克哉がもっとも聞きたくない“現実”を指摘した。
「昨日も言いましたけど、克哉クンの身体は、魔力をめいっぱい吸収すると、自動的に奈里佳ちゃんに変身するように変化しているんですよ。それに僕にはもう、克哉クンの身体を元に戻すだけの魔法力は残ってませんから、『ならない』と言われても……。もう、いい加減、観念したらどうですか?」
昨日から何度も繰り返さされた会話を、懲りもせずにまた繰り返してしまった克哉とクルルだった。
「もういい! 僕は学校に行くから、クルルは家に戻って誰にも見付からないようにジッとしていろよ!」
そう言い残すと克哉はクルルを置いて、ひとり“ぷんすか”しながら学校へと向かったのだが、当然、その後ろ姿を見ながらクルルがつぶやいた言葉は、克哉には届かなかった。
「魔力がたまるまで、一週間以上はかかるかと思ってましたけど、現在の充填率からして、5日も有れば充分かもしれませんね。克哉クンと出会ったのは偶然でしたけど、もしかしてビンゴだったのかな……」
「おはよう。おい、克哉。昨日のアレ、凄かったなあ」
克哉が教室に入ると、クラスメートの佐藤雄高 (さとう・ゆたか)がいきなり話しかけてきた。
「……やあ、おはよう。昨日のアレって?」
昨日のアレというのが何を指すのかということについては、ほぼ完全に理解していた克哉だったが、とりあえず、とぼけたふりをしてみた。何とか少しでも時間を稼いでおきたい気持ちと、なるべくその話題には触れたくない気持ちでいっぱいだったからだ。
「とぼけるなよ。お前の家は、すっぽりと範囲内だろ? ほら、金髪美少女の『奈里佳』に変身したんだろ? 実は俺も変身しちゃってさあ、いやあ、あの“おっぱい”の感触……。良かったなあ……」
胸の前で見えない“おっぱい”を持ち上げて、ユサユサと揺するジェスチャーをしつつ、雄高がそう言うと、克哉は急に顔を赤くしだした。
「おっ、真っ赤になっちゃって、何、恥ずかしがってるんだよ。心配しなくても、城南中学のほとんどの生徒が『奈里佳』に変身しちゃったみたいだから、安心して喋っちゃえよ。うりうり、変身してる最中に何やったのか言ってみっ!」
奈里佳に変身した克哉が、色々とエッチなことをしたんだと、雄高は勘違いしたようだ。
「なっ、何も……。何もしてないったら!」
恥ずかしくて消え入りそうな声で抗議する克哉。その姿は妙に色っぽい。
「おはよう……。朝から楽しそうね……」
克哉がもじもじしていると、突然、枯れ果てた声で女の子があいさつをしてきた。
「やあ、島村さん、おはよう。……どうしたの!? 泣いてるみたいだけど……」
あいさつをしてきたのは、クラスメートで新聞部副部長の 島村夏美 だった。泣きはらした顔で、何やらただならぬ雰囲気を漂わせている。しかし単純に泣いているだけではなく、どうやら怒ってもいるらしい。ちょっと雰囲気が怖い……。
「矢島君、あなたの家って確か中津木町だったわよね」
克哉の問いには答えず、逆に夏美はきつい口調で質問を返してきた。
「うん……。そうだけど、それがなにか……?」
夏美が何を言いたいのか分からないので、克哉としてもどう答えて良いのか分からない。しかし、昨日の今日であるし、『奈里佳』関連らしいことは想像に難くない。
「知ってるでしょうけど、中津木町と言えば、昨日の“集団変身事件”の中心地だったわよね。『奈里佳』っていうムネばっかり大きくてノータリンな“バカ女”にみんなが変身した事件なんだけど……」
『奈里佳』のことをノータリンな“バカ女”と言い切る島村さんの物言いに、ちょっとムッとした克哉だった。ムッとしたこと自体、『奈里佳』の存在を無意識下では受け入れている証拠なのだが、どうやらその点については気がついていないらしい。
「で、その『奈里佳』が、どうしたのさ?」
克哉のほうもちょっと怒りをにじませた口調になってきた。はたから見るとケンカしているように見えなくもないが、もちろん痴話喧嘩ではないのは言うまでもない。
「普通の人が変身させられた『奈里佳』じゃなくて、本物のオリジナルのほうのことよ。『魔法少女♪奈里佳』って、バカみたいな名前を名乗っているアイツ。矢島君の家って、事件の中心地に近いから、もしかして昨日の事件の犯人、オリジナルな『魔法少女♪奈里佳』を見てない? 私は、『奈里佳』の正体を知りたいのよ」
図らずも克哉に対して、直球ストレートな質問をしてしまった夏美だった。対して克哉は、予想外の質問に、うろたえてしまった。まだまだ奈里佳に比べると精神力が弱い克哉だった。
「なっ……、なんだよう……。しっ、知らないよ。何で僕が知ってなきゃいけないんだよ!」
言いよどんだ段階で“あやしさ大爆発”である。
「あっ、俺も知りたい! もう一度、奈里佳になってみたいんだ。会って、もう一度変身させてくださいって、お願いしたいんだよねぇ~~」
雄高はそう言うと、ムネを持ち上げる仕草をしながら、『うへへへへ』と笑っている。その姿を見て、克哉はなぜか自分の胸を触られているような気がして、ぞくぞくっと、鳥肌が立ってしまった。
「こら、雄高! 何考えてるんだよ! それにその手つき。何だかイヤらしいからやめろよ。気持ち悪いだろ」
気色悪くて気色悪くて、声が震えてくる克哉。身体は男の子なのに、気分はセクハラを受けている女の子になっていたのかもしれない。そのアンバランスなところが、妙にかわいいと言えなくも無いと思う今日この頃……。(いや、個人的に言うと、かわいくない女の子よりも、かわいい男の子っていうのは本当にかわいいと思うんだよね。まあ一般的に言って、喋らなければ……、という条件が付くのが悲しいけれど。by 作者)
「別にいいだろ。他人の“女の子の身体”を触りたいって言っているわけじゃないんだし」
克哉が何故にそうも嫌がっているのか、ちっとも分からない雄高は、きょとんとした顔でそう言った。
「いや……。確かに、まあ、その通りなんだけど……」
克哉もどう答えて良いのか戸惑っている。2人の間を流れる空気が妙におかしくなり、曰く言い難い雰囲気になってきた。
「痴話喧嘩はそれぐらいにしておいてもらえるかしら。それでは改めて聞くけど、矢島君はオリジナルな『奈里佳』のことは全然知らないのね?」
夏美は、あからさまに冷たい声でそう言うと、克哉が座っている机を両手でバンッと、叩いた。
「痴話喧嘩って、何バカなことを……。ええとそれより『奈里佳』の件だけど、僕は知らないよ。ゴメンね」
長く喋れば喋るほど、何だかぼろを出しそうな気がして、そそくさと話題を切り上げようとする克哉だった。
「なあ、島村さん。島村さんも『奈里佳』に変身させてもらいたいの? やっぱりあの大きな“おっぱい”は良いよねえ。むにゅむにゅっとして、大きいにもかかわらず形も良いし、ふにっとした柔らかさも良いし。うんうん、変身したい気持ちも分かる分かる」
ひとり納得している雄高。その表情は既に1人だけの世界にいっちゃっている。
「違うわよ! 誰があんなノータリンでパープーで、アンポンタンな女なんかになりたいもんですか!」
凄い形相で怒りまくる夏美。こわひ……。
「……ああっ、そう言えば島村さんって、新聞部だったよね。だから『奈里佳』の正体を知りたいわけか?」
とりあえず、そう言った克哉だったが、夏美は返事もせずにくるりときびすを返すと、さっさと自分の席に戻ってしまった。どうやら本格的に機嫌が悪かったらしい。
その後、学内は『魔法少女♪奈里佳』の話題で持ちきりだった。ほぼ大半の生徒が『奈里佳』に変身していたので、お互いに臆することなくその時のことを話し合っている。やはり若くても日本人。どんなに異常な状態でも、仲間がいて、みんなと同じとなると、特に気にはならないらしい。むしろごく一部の変身しなかった者のほうが、肩身を狭くしている。そして授業もすべて終わり、下校前のホームルームが始まる直前の時間……。
ガララララ……
教室の引き戸が力無く引かれて、その男、堀田修司は やってきた。
「やあ、おはよう……。みんな、元気してた?」
そういうお前が一番元気無いぞ、と、クラスメートは思ったが、口にはしなかった。なぜなら、修司が手にしている“もの”にみんなの興味が集中し、それどころではなかったからだ。
「それ、もしかして……」
「すごい。どうしたの? それ!」
口々に驚きの声を上げるクラスメート達。何と修司が手にしていたのはビデオの山で、その内容は今までみんなが話題にしていた『魔法少女♪奈里佳』の映像だったのだ。これで驚かない方がどうかしている。
「昨日から徹夜で作ったんだ……」
話によると、昨日、修司も奈里佳に変身したのだが、写真部に所属する彼のこと、慌てることなく動じること無く、さっそく奈里佳に変身した自分の姿をデジカメや、デジタルビデオで撮影しまくったのだ。そしてその映像を夜通し編集して、一本のテープにまとめると、ダビングをしまくって持ってきたらしい。ついでにパッケージまで自作してくるとは……、堀田修司、侮れない男である。
「なになに、『魔法少女♪奈里佳 魔法少女誕生!』。史上最強のわるい魔法少女登場。……へえ、良くできてるなあ。まるで市販品みたい」
「で、中身はどんな内容なんだよ。まさかテレビのニュースを録画しただけじゃないよな」
「ええい、中身はとにかく、奈里佳ちゃんが映ってるだけで充分だ! これだけダビングしてあるってことは、売るつもりなんだろ? 一本、いくらなんだよ? 買うぞ! 俺は!」
やいのやいのの大騒ぎである。しかしその騒ぎをしり目に、ずんずんずんっと修司に詰め寄る人影があった。夏美である。その形相は怒りに満ちあふれていた。
「修ちゃん! 昨日、私に言ったことは本当なの!?」
その剣幕に教室内の喧噪が一時的に治まり、静けさがあたりを満たした。
「ゴメン。夏美。気付いちゃったんだよ。昨日、俺と夏美が一緒に奈里佳に変身しただろ。その時に分かっちゃったんだよ。今まで俺は、将来はフリーのカメラマンになりたいと思っていた。そうしたらお前が文章を書いて俺が写真を撮って、一緒に仕事をしたいと思っていた。でも、違うんだ……。俺が本当になりたいものは……」
修司はそこで言葉を句切ると、グッと右手でこぶしを作りながら目を閉じた。そして数秒間そのままでいたが、くわっと目を開けると、大声で高らかに宣言した。
「俺が本当になりたかったのは、魔法少女だったんだよ!」
修司のバックには、荒波がドドーンと波しぶきをあげていた。しかしその瞬間、夏美の右手は修司の左頬に吸い込まれていた。大きな音がしたが、それ以上に大きな夏美の叫び声が後に続いて、その音を消しさった。
「バカーーーーーーッ!!」
拒否の意志を込めて放たれた夏美の叫び声がクラス中に響いたとき、夏美の目には涙が光っていた。叫び終えた夏美は、そのまま修司を押しのけて教室から出ようと出口に向かったが、ちょうどその時、下校前のホームルームの為に入ってきた担任の花井恵里32歳・独身と、正面からぶつかってしまった。
「あいたたた……。ちょっと島村さん。これからホームルームですよ。ほらほら、みんなもちゃんと席に着いてください。これからホームルームを始めますよ♪」
なぜだか妙にご機嫌な様子の花井恵里32歳・独身である。生徒を怒る声の中に、まるでピンク色のハートが混じっているかのようだ。担任の浮かれた調子に毒気を抜かれた夏美は渋々と自分の席に戻っていった。
なお、この一連の小さな事件が起きていた間中、克哉はただ単に、ぼーっとしているだけだった。おいおい、しっかりしろよ。主人公! 奈里佳の時と存在感が違いすぎるぞ。せめてこの場面では、『わあぁぁ、奈里佳のビデオだって! うわぁぁん、はずかしいよぉぉぉ』ぐらいのことを言って欲しいものだ。いや、何も口に出さなくても心の中で思っていて顔を赤らめて、それをクラスメートにからかわれるというのでも良いのに、それすら出来ないとは!? はあぁぁ、先が思いやられる……。
「はいはい、みんな席に着いたかしら? じゃあ連絡事項があります。……皆さんもご存じのように、昨日の『魔法少女♪奈里佳』事件についてですが…………」
色々とくだらない注意事項が延々と続いて、クラス中の生徒の顔には退屈の2文字が浮かんできていたが、何故か花井恵里32歳・独身の顔だけは、ずっと笑顔でほころびっぱなしだった。
「というわけですから、皆さん注意して下さいね。それじゃあ、何か質問はありますか?」
いつもは、キャリアウーマンよりもきつい印象を与える表情をしている花井恵里32歳・独身なのだが、今日はさっきから“のほほん” と、にやけたままの顔をしている。そんな花井恵里32歳・独身に対して、好奇心旺盛な女生徒の声が飛んだ。
「先生! さっきからヤケに、嬉しそうにしてますけど、何か良いことでもあったんですか?」
「もしや、先月お見合いした相手と、何か進展でもあったのですか?」
「答えてください!」
「妊娠したという噂は本当ですか?」
教室は突如、“芸能人の記者会見会場”になってしまった。それを見た花井恵里32歳・独身は、怒って生徒達をたしなめるでもなく、より一層にやけた笑いを浮かべながら、素直に質問に答えだした。よっぽど、浮かれているらしい。
「あら、分かっちゃった~~~? そうなのよ~~。あの人ったら、昨日電話してきてね、今度の日曜日に大事な話があるからって、言うのよ、キャ~~。お見合い後にある大事な話って言ったら、もうアレよね~~! 私もとうとう“お嫁さん”になれるのね~~。ううっ、さんざん『まだ結婚しないの?』とか、『女は結婚してこそ幸せなのよ』とか、『あら、もう結婚しているのかと思ってたわ』とか、言われ続けてきたけれど、そんな言葉とも、これでさよなら出来るのね……。ううっ、うっ、うっ……、うわぁ~~ん! 嬉しい。うれしいよお~~」
とうとう、感極まって泣き出した花井恵里32歳・独身である。普段、『結婚なんて……』とうそぶいていたのは、強がりだったみたいである。
「先~生~。良かった、よかったわねぇ~~」
「幸せに、幸せになってね~~」
「結婚式には呼んでね!」
口々に祝福の言葉を述べる生徒達……。きゃいきゃいと騒ぐ女生徒や、うんうんとうなずきながら祝福の涙を流す者まで、反応は色々だが、ともかく、大騒ぎである。
しかしうかつなことに、この時点ではまだ誰も気がついていなかったのだが、花井恵里32歳・独身は、プロポーズを受けたわけでもなんでもなく、『今度の日曜日に、プロポーズを受ける』だろうと、勝手に思いこんでいるだけだったりするのだ。おいおい、大丈夫か? 作者はそんなに甘くないぞ。
「ありがとう。みんな。私、幸せになります。ありがとう。…………ところで作者さん、なんで私の名前だけ、(32歳・独身)っていう但し書きがくっつくのかしら(怒)」
おおっ、さすがに気付かれたか!? さっきまでの嬉しそうな表情を凍り付かせて、頬をピクピクと震わせる花井恵里32歳・独身の顔を見て、作者は場面転換を決意した……。
「まったく修ちゃんったら何を考えているのよ。『俺が本当になりたかったものは、魔法少女だったんだよおぉぉぉ~』ですって!! ふんっ! ああっ、情けない。もうっ、これもあれも、みいぃぃんな、あの奈里佳っていうムネばっかり大きくてノータリンなバカ女のせいよ。絶対に正体を暴いてやる。うん、これは新聞部副部長として当然の気持ちね。やつあたりなんかじゃないわ。私こそ正義なのよ!」
独り言ですら言い訳が混じるところに、夏美の性格が現れているのだが、そんなことはどうでも良いことであった。問題は、怒りに満ちた独り言に熱中するあまり、周囲に対する注意力が散漫になっていたということである。つまり夏美は、自分の頭の上に発生した異常事態に気付くことが出来なかったのだ。
夏美の頭上1メートル程度の何もない空間が、微妙に発光し始めたかと思うと、ぐにゃりと空間そのものが曲がってしまったのだ。もっとも空間が曲がっても、光は曲がった空間に沿って“曲がりつつ直進”するから、光を媒体として空間を認識する方法、つまりは視覚のみでは、空間が曲がったことを直接は感知出来ない。しかしよく見れば、曲がった空間を通してみた景色は、光の波長が伸びているせいで本来の景色の色とは微妙に違うから、色彩感覚が超人的に豊かな人で、空間が曲がるとはどういうことかということをそれなりに理解している人であれば、まったく感知出来ないということはない。(このへんの説明は適当ですので、物理畑の方、ツッコミされる場合はお手柔らかに。小説の説明とは、ようは“らしければそれで良い”ということで……。by 作者)
もちろん夏美は通常の色彩感覚の持ち主であり、空間が曲がるとはどういうことかということも理解していなかった。また、怒りによって注意力が散漫になっていたので、先にも言及したとおり、空間が曲がったという異常事態をまったく感知出来なかった。更に、その曲がった空間から“何か?”が飛び出て来たことなど、そしてその“何か?”が、自分の頭に激突しつつ爆発したことなど、当然に知ることはなかった……。
そして……。
(大丈夫か? 島村夏美。君の身体は既に出来る限り修復した。生命に別状は無いはずだ。欠損した脳組織についても、私の一部を融合させて代替させているから安心してくれたまえ。私の能力なら、体内の余剰物質を使って、脳細胞を作り出すことは可能だが、今しばらくは、私の組織と君の脳組織を融合させていたほうが都合が良いのだよ)
意識を取り戻した夏美が、まず聞いたのは、どこからともなく聞こえてくる“声”だった。
(誰っ!? どうして目が見えないの!? 何も見えない! 真っ暗……。私、どうなっちゃったの!?)
夏美は大慌てでそう言った(思った)。すると、さっき聞こえた(?)声が、落ち着いた調子で、状況を説明し始めた。
(島村夏美。意識を取り戻したようだな。状況を確認しよう。私は『ユニット20479』。呼びにくければ『ユニット』または『ユニ』とでも呼んでくれてかまわない。君は、私がこの世界に出現した際の事故により生命の危機に陥っていたが、私の権限の範囲内で、君の肉体を修復する事に決定し、既に肉体の修復はほぼ完了した。現在、君の脳組織と私の一部を融合させたことにより、有機脳神経系と機械情報系それぞれの再設定を行っている最中だ。その設定変更も、基本部分は完了した。残りはあと20%程度なので、時間にして数分で終了する。……理解出来たか?)
説明を聞いても、夏美は何を言われたのかすら、まったく理解出来なかった。そのことが、ますます夏美をパニックにおとしいれる。
(何、何がどうしたの!? あなた、いったい何者なのよ。お医者さんなの!? 誰なのよ!!)
夏美の精神はパニックの為、崩壊しかけた。しかし崩壊寸前、『ユニット20479』が介入してきた。
(精神が崩壊しかけているな。緊急措置を行う……)
そう宣言した『ユニット20479』は、夏美が興奮を収めて冷静に判断が出来るようにと、夏美の脳に微弱な電気信号を送った。その信号を受けて夏美の脳は、そして夏美自身は、急速に冷静さを取り戻した。
(これで、冷静な話し合いが出来るだろう。それでは事情を説明しよう……)
それから『ユニット20479』が、夏美に説明した内容は、驚きの連続だった。通常なら、とても信じられない内容だったのだが、『ユニット20479』が密かに夏美の脳に対して干渉を行っていたので、夏美は驚きながらも、素直にその説明を受け入れることが出来た。
(つまりこういうことね。あなたはディルムンと呼ばれる未来からやってきた『ユニット20749』で、正体はナノマシンの集合体。そしてあなたが現代に出現したとき、事故が起きて、あなたを構成する組織の半分近くが爆発消滅した。その爆発に巻き込まれた私は、脳組織の一部と内臓に重大な損傷を受けた。そのままでは命の危なかった私を助けるためにあなたは私の肉体と同化し、内部から私の肉体を修復した。そしてあなたは自分を構成する大部分のナノマシン群を失ってしまったので、とりあえずの間、情報処理能力をはじめとして、各種能力が低下している。そこで私の肉体や脳組織と融合したのを幸いとして、失ったナノマシンの代わりに私の脳組織を使って最低限の情報処理能力を維持していると……)
よどみなく自分が理解した内容を復唱する夏美。さすが新聞部副部長。こういったことはお手の物である
(その通りだ。現在、君の目が見えないのは、君の有機脳神経系と私の機械情報系が融合して動作している現状にあわせて、システムの設定を変更しているからに他ならないのだが……。どうやら設定変更が終了したようだな。とりあえず目を開けるぞ)
『ユニット20479』がそう言った瞬間、夏美の視覚が回復した。視界良好。問題なしである。
「うわぁ、やっぱり目が見えるっていうのは良いわね。あれ以上、真っ暗闇の中で喋ってたら、気が変になるところだったわ。あはは、そう言えば、さっきまで声を出さずに喋っていたのよね。なんかおかしい♪」
やけにハイになっている夏美である。どうやらシステム変更が影響しているのかもしれない。
(で、身体に異常を感じることはないか?)
夏美の頭の中で、『ユニット20479』の声が響く。
「何も問題ないわよ。というか、問題がなさ過ぎるんだけど……。本当に私って、命が危ない程の重傷だったの? 何だか全然、実感がないんだけれど!? きゃっ! 何よ! これ!!」
夏美は自分の身体や、制服を見回してみても何の異常もなかったので、いぶかしんでそう言ったのだが、すぐに驚きの声を上げた。なんと、自分が今立っているところを中心として、半径2メートル程度の範囲に渡り、道路や壁には、血がべっとりと付着していたのだ。
(うむ、この血痕は夏美の身体からでたものだ。身体と衣服に関しては私が修復したのだが、周りに飛び散った血痕までは手が回らなかった)
あくまでも冷静に答える『ユニット20479』。どうやら“ぐちゃぐちゃ”になった夏美の内臓などをナノマシンの力で組み立てて修復したらしい。ついでに破れた制服もナノマシンが修復したようである。さすがに原子を動かして分子を組み立てることすら出来る未来世界のナノマシン……。まるで魔法である。しかし、ユニットを構成するナノマシンの半分近くが失われた今、出来ることに限界があるのも事実であった。
「こんな状況なのに、どうして救急車だとか、野次馬さん達が来てないのかしら? それに、いったいどれだけの時間が経っているの?」
不思議そうに聞く夏美の質問に対して、『ユニット20479』は、これまた冷静そのものという声(?)で答えてくれた。
(私が出現したことにより、私達を中心として半径5メートル程度の空間が、捻れ曲がり歪んでいる。結果として空間の位相がずれていることにより、外部からは感知出来ない状態となっているのだ。早い話が、今の私達の存在は、他人からは見えもしないし、触れることも出来ない。この状態をキャンセルするには、特定の波動を出力する事によって可能となるのだが、夏美の身体を修復するまで、意図的に空間の歪みを放置していたのだよ。それから、この歪んだ空間の内部ではおよそ8時間が経過しているのだが、外部ではものの10秒も経過していないはずだ)
そう答えると、『ユニット20479』は言葉を続けた。
(というわけで、野次馬達はこれからやってくるはずだ。騒ぎにならないうちに逃げるとしよう。詳しい話はまた後だ。状況を確認したか?)
自分の知らないところで精神操作されている夏美は、『ユニット20479』の言葉をまるで疑うことなくうなずいた。
「分かったわ。とりあえず私の家に行きましょう」
「えっ! 『魔法少女♪奈里佳』は、時間犯罪者だったの!」
自宅に戻ってから、詳しい話を『ユニット20479』から聞いた夏美は、驚きの声を上げた。『ユニット20479』と会話をするのに声を出す必要すらないのだが、思わず大声を上げてしまったのだ。
(うむ、詳しいデータがないので、確かなことは言えないのだが、夏美の話からすると、現代の技術では不可能な所業を行うことといい、時空分岐点における出現のタイミングといい、まず間違いないと断定しても良いだろう。私の任務は、時間犯罪者、通称『魔法少女♪奈里佳』を逮捕して背景を確認し、奈里佳によって本来の歴史から外れつつある現代の歴史の流れを修正する事にある)
重々しく宣言する『ユニット20479』。
「分かったわ。奈里佳が相手と分かったらからには、私も協力を惜しまないわよ。何でもするから遠慮なく言ってよね。ユニ君♪」
夏美は、力強くそう言うと、友達以上恋人未満の存在である堀田修司を奪われた恨みとばかり、奈里佳に対する闘志をメラメラと燃やした。どうやらこの分では、ユニ君による精神操作も必要がなかったようである。
(ユニ君か……。まあ良い。名前は記号にしか過ぎないのだから、ユニ君と呼ばれることについて異存はない。それから、協力に感謝する。他のユニットと通信が取れない状況から考えて、どうやら未来から現代に何とか『無事に』到着出来たのは私だけらしい。それから、この時代を封鎖するように、超空間には人工的に作られた乱時流が発生しているので、今後の増援も当分の間は期待出来ない。今は私と夏美にしか、時間犯罪者から我々の歴史を守ることは出来ないのだ。よろしく頼む)
『ユニット20479』改め『ユニ君』は、あらためて夏美に協力を申し出た。もちろん夏美がその申し出を快諾したのは言うまでもない。
「私こそよろしくね。それで、まずは何から始めたら良いの?」
憎らしい奈里佳と直接対決出来るという喜びでワクワクしつつ、夏美がそう尋ねると、ユニ君は夏美と出会ってからはじめて、何かを考え込むような口調で答えた。
(それなんだが、『魔法少女♪奈里佳』と名乗る時間犯罪者の技術レベルがよく分からないのだ。少なくとも空中に奈里佳の姿が映し出されたというのは、大規模だが原理としては単純なホログラフィ技術だと思う。しかし集団変身現象というのは、よく分からないのだよ。ディルムンの技術なら、量子工学の応用で、物質を別な形態に一瞬で変化させることは可能だが、生命体、つまり人間の身体を年齢も性別もまったく違う人間に変身させようと思ったら、大量のナノマシンを使う方法しか考えられないのだが、その場合でも最低1週間はかけないと変身させることは無理だ。それに半径1.5kmもの範囲の人間を瞬時に変身させた上で、わざわざまた元に戻すだなんて……。何よりも、夏美も奈里佳に変身したということだが、私が調査した限り、夏美の身体にはナノマシンによって操作された形跡が見られない)
ユニ君は、困惑していた。ユニ君本体と脳組織が融合している夏美にも、その困惑が直接伝わってくる。
「つまり、どういうこと?」
夏美も真剣な口調で訪ねる。
(もしかすると奈里佳は、91世紀のディルムンよりも遙かに未来からやってきたのかもしれない。何かを始めるにしても、まずは情報収集が第一だ。そして2番目に、私の能力を夏美が使いこなせるように訓練をすること。そこから始めないと話にならない)
ユニ君の言葉に大きく肯いた夏美は、武者震いしてくるのを感じた。こうして2人は、『魔法少女♪奈里佳』に対抗すべく、活動を開始した。あまり華々しくはなかったが、戦いの幕は切っておとされたのだった!
月曜日の朝、克哉は体調がすぐれなかった。顔が火照ってぼーっとするし、ちょっと熱っぽい。体温計で測ってみたら37度2分の微熱だった。不快な感じというわけではないのだが、かといって本調子というわけでもない。“なんだか変”な体調だった。
「ねえクルル。昨日言ってたのってこれのこと?」
やけに情けなさそうな声で尋ねる克哉。声も消え入りそうな小さな声である。
「間違いないです! 克哉クンは、ほぼ魔力を吸収しきりました。微熱があるのは、魔力が今にもあふれだそうとしている証拠です。おそらくあと数時間もすれば、また『魔法少女♪奈里佳』に自動的に変身しますよ。良かったですね♪」
そりゃあもう、嬉しそうに宣言するクルル。その顔を見ていたら、めまいがしてくる克哉だった。
「ねえ、今日は学校休もうよ。熱っぽいし、今日はもう、いつ奈里佳に変身するか分からないんでしょ? 変身しているところを誰かに見られたらまずいしさ。ね、そうしようよ~」
これが奈里佳と同一人物とは思えないほどの、気弱な発言である。
「駄目ですよ。克哉クンは感じませんか? 城南中学の方向に結晶化現象のイヤな波動を……。この結晶化現象の源を探し出してストレスを開放しなければ、加速度的に結晶化が進んでしまいます。今日、奈里佳に変身出来るのは好都合ですよ。さあ、分かったら行きますよ!」
そう言うとクルルは、克哉の学生鞄から教科書その他をポイポイと放り出すと、鞄の中にするりと入り込んだ。ぬいぐるみの猫にしか見えないのに、結構器用である。あの手でどうやって教科書を掴んだんだ? まさかドラえもん……。
「あっ、クルル! 何するんだよ、教科書放り出しちゃって!?」
慌てて抗議する克哉。鞄の中に目をやると、中ではクルルがくつろいでいた。
「何するって、もちろん学校に行くに決まってるじゃないですか。“奈里佳が出現するところにクルル君あり”ですからね。それにどうせ授業にはならないと思いますから、教科書は必要ないです。じゃ、分かったら行きましょうか?」
平然としているクルル。
「むうぅぅ~~」
有効な反論を思いつかずにただ唸るだけの克哉。しばらく2人はにらみ合っていたが、観念した克哉が『はあぁぁぁ~』と、ため息をついた。
「分かったよ。どうせ置いていっても勝手に付いてくるんだろ?」
力無くつぶやくように喋る克哉。
「そうそう♪ 分かれば良いんですよ。それで今日しなければいけないことは、まずは学校の近辺まで行って、結晶化の中心を探しておく。そして克哉クンが奈里佳に変身したら、その結晶化を解除するということですね」
買い物にでも行くような気軽さで、そう言ったクルルに対して、克哉はひとつ質問をした。
「ねえ、クルル。結晶化を解除するって、具体的には何をしたらいいの?」
そう言えばそのことについては、何も聞いていない克哉だった。
「ああ、そのことなら、状況にあわせてもっとも適した方法を、その場の判断で臨機応変に行えばいいんですよ♪」
しれっとした顔で答えるクルルの答えを聞いて、克哉は頭を押さえたくなってきた。
「それって『てきとう』って言うんじゃ……」
克哉の戦いは始まったばかりだった(笑)。ガンバレ克哉! でも早く奈里佳に変身してね。克哉クンのままだと話が進まないんだよぉ~。君って自分から動いてくれないんだもんなぁ。(キャラ設定、失敗しちゃったかな? by 作者)
キーン コーン カーン コーン
始業のチャイムが鳴り、花井恵里32歳・独身が教室に入ってきた。
「おはよう! さあ、今日も張り切って行くわよ!」
妙に明るい態度であいさつをする花井恵里32歳・独身である。大声を出して笑顔を作っているのだが、何故かその笑いは乾いていた。しかし中学生には、まだまだその微妙な心のひだまで類推することが出来ないのであった。
「ねえ先生、お見合い相手が、日曜日に大事な話があるっていうのはどうなったんですか?」
「やっぱりプロポーズされたの? おめでとう、先生♪」
「結婚式にはクラス一同でお祝いに行くからね!」
「それで、いつ結婚するんですか?」
「もしかして、もう出来ちゃったんですか?」
「新婚旅行のおみやげ、忘れないでくださいね」
教室中が、生徒達が口々に喋る声で、“ワアァァァン”と唸るように響いていた。その生徒達の祝福の声、声、声……を、笑って聞いていた花井恵里32歳・独身は、徐々にピクピクと頬を引きつらせていたかと思うと、次第に首がうなだれ、とうとう下を向いてしまった。
「……先生、どうしたんですか?」
「何か変なモノでも拾って食べちゃったんですか?」
「先生……」
ようやく、生徒達も花井恵里32歳・独身の異常に気が付いてきた。そして教室が静かになるにつれて、教壇の上でぶつぶつとつぶやく声が聞こえてきた。
「教師を辞めてくれですって! 仕事を続けるつもりの女とは結婚出来ないって? バカ言ってんじゃないわよ。女は専業主婦になっていればいいだなんて、いったい、いつの時代の話をしてるのよ。へっ! 結婚したければ仕事を辞めろだって! 女は子供を育ててればそれでいいってか? だいたい女の幸せが結婚だなんて、誰が決めたのよ。まったく早く結婚しろ、結婚しろってうるさいのよ! そんなに専業主婦が好きなら、お前が専業主夫になれば良いのよ。はんっ! お前ぐらい、私が稼いで食わせてやるっていうんだ。もっともお前なんかと結婚するつもりはないけどな……。くそう、わざとらしく電話をかけてきて期待させやがって。私だって、私だって……。こうなったら、もう結婚なんかするもんか、一生、独身でいてやる! そうよ、結婚なんかしなくても死なないもんね。いいんだ、いいんだ。私なんか、私なんか……、ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ…………」
怨念のこもった怨嗟の声が延々と続く様子に、生徒達は背筋が寒くなってきた。
ちなみにその時、我らが主人公(?)の克哉は、熱っぽい頭を抱えて、机に突っ伏していた。もはや奈里佳に変身するまであと数分というところであろうか? そんな克哉に、鞄の中からクルルがテレパシーで話しかけてきた。
(克哉クン。気が付いてますか? あの先生が結晶化の中心ですよ。このまま放置しておくと、先生は自分の未来の可能性を完全に閉ざしてしまいますよ。幸いにももうすぐ変身するはずですから、何とかしてあげましょう!)
クルルの声(?)をボーッとした頭で聞きながら、克哉は考えていた。
(もう駄目だ。もうすぐ奈里佳に変身しちゃう……。このまま教室にいたら、僕が奈里佳だってことがばれちゃうよ。とにかく教室の外に出なくっちゃ)
決心すると、克哉は、クルルの入った鞄をそっと抱えると、ふらふらと立ち上がった。
「すみません。気分が悪いので早退させてください」
そう宣言した克哉は、花井恵里32歳・独身の返事を待たずに廊下に飛びだした。その瞬間である。
ドクンッ!
克哉の心臓が、大きく脈打った。そして……。
克哉の身体が微光を発したかと思うと、周りの空間がやや薄いピンク色に変化した。既に亜空間と化しているのか、克哉のまわりには何も存在しない。ただピンク色の空間が存在するだけである。そして克哉の身体はすうっと空中に浮き上がった。胸の前で小さくファイティングポーズを取るように手を曲げると、同時にしゃがみ込んだ時のように足を曲げて、まるで胎児のような体勢になると、至福に満ちた表情で目をとじた。
ピンク色の空間の中で、胎児の体勢のまま空中に浮かび上がっている克哉は、ゆっくりと回転しだした。2~3回瞬きするぐらいの間、そのままの状態が続いたが、やがて空間の下の方が徐々に赤い色に変わってきた。そしてその赤い色が徐々に上の方にせり上がってくるとともに、大小様々な泡(?)が浮かんできた。そして白く光る泡の中にやがて特大の泡が浮かび上がってると、その大きな泡は克哉を包んだ。すると克哉は、前回と同様、奈里佳へと変身を始めたのだった。
例によって短く刈り揃えられた髪の毛がざわざわと音をたてて伸び始めた。同時に黒々とした髪はその色を失い、キラキラと輝くさらさらの金髪へと変化した。
そして身体がきしむような音をたてながら縮みだすと、それにあわせるかのように胸の肉が盛り上がり始めた。その肉はじょじょに柔らかく弾力を持ち出すと、最後にはぷるんっと大きく震えた。
さらに変化は続き、腰がきゅうっとくびれてくると同時に、おしりがふっくらと大きくなってきた。続いて股間のあたりに何やら妙な感覚を覚えると仕上げに身体中の皮膚が透き通るように薄く敏感になってきて、身体を包む黒の学生服もまた変化するのが感じられた。
詰め襟の学生服はさらにピタッと皮膚に張り付きながら、光沢のあるレザーのハイレグスーツへと変化した。履いていた黒の革靴は、素材を活かしたままレザーのハイヒールブーツへと変化して、白い足を包み込む。最後に腰のあたりのレザーがぞわぞわと動き出したかと思うと、ぐいっと勢いよく伸びて、タイトなミニスカートが出現した。
変身過程が終了すると、虹色の星が縦横無尽に飛びかって、奈里佳の姿を完全に隠した。やがて星が消えたその場所に、後ろ手で髪を掻き上げ、右足のかかとを軽く浮かせてポーズを取っている奈里佳がいた。
「世界の破滅を防ぐため、(自称)正義の魔法少女♪奈里佳、妖しく降臨! あなたの未来を見つけて ア・ゲ・ル♪」
誰に向かって言っているのか分からないが、決めゼリフを言うと、投げキッスをひとつ投げた奈里佳は、仕上げにとばかりにウィンクをした。しかしその瞬間、奈里佳はハッと我に返った。
「えっ、えっ、ええぇ~~~っ!!」
大声を出したあと、急におどおどとした表情で身をよじらせて恥じらう奈里佳。これはこれでそそられる。
「クルル~、“変身”したけど“変心”してないみたいだよ~」
情けない声で恥ずかしげに言うその態度は、まだ克哉のままであった。あえて“変心”したいとは思わないのであるが、どうせ“変身”してしまうのなら、ついでに“変心”しちゃったほうが恥ずかしくないかな? という気持ちもあるらしい。
「どうやら、“変身”と“変心”のタイミングがずれてしまうみたいですね。前回の時のパターンを引きずっちゃっているみたいですけど、安心してください。数分もしたらちゃんと前みたいに“変心”して、ワンダホーでタカビーな奈里佳ちゃんになりますから♪
気弱バージョンの奈里佳は、クルルの冷静な解説を聞いて、気が重くなってくるのであった……。
一方そのころ教室では!?
(夏美、量子反応を検出した。この時代の技術レベルでは考えられない反応だ)
教壇の上で『ぶつぶつぶつ……』とやっている花井恵里32歳・独身を、やれやれと見つめていた夏美は、ユニ君の報告にハッとした。
(ユニ君、それって……)
先程までの表情とはうってかわって厳しい表情になった夏美は、心の中でそうつぶやくと素早く鞄からPHS(?)を取り出し、それをしっかりと握りしめた。
(間違いない。時間犯罪者だ。おそらく『魔法少女♪奈里佳』と名乗っているヤツだ。近いぞ、反応が急激に上昇中。この教室のすぐ側だ。何とかして外に出られないか?)
ユニ君はそう言うと、夏美の視覚神経に情報を流しだした。その瞬間、夏美の視界にはバーチャルなモニター画面が現れ、奈里佳の存在を示すだろう“量子反応”に関する情報が表示された。
驚くべき技術に感じるが、そもそも脳は、直接外部の世界を感知しているわけではない。あくまでも眼球の中にある網膜が感じた光子によって、視覚神経の中に信号が生じ、その信号を受けた脳がバーチャルな映像を脳内に組み立てているだけだ。したがって、本来、私達が感じているリアルだと思いこんでいる視覚映像そのものが、元々バーチャルな映像にしかすぎないのだ!
というわけで未来世界ディルムンのナノマシンが脳組織に融合している状態の夏美にとって、特別な表示装置無しで、バーチャルな映像を組み込んだ視界を持つことは、至極簡単なことなのだった。
(確かにこの距離だと、ちょうどこの教室の前の廊下みたいね……)
ここ3日間、ユニ君の能力を使いこなす訓練をしてきた夏美だったが、さすがに技術レベルが分からないという奈里佳相手に実戦をするとなると、身震いしてくるのだった。夏美は気持ちを整理するために、ちょっとの間ためらっていたのだが、そのためらっている間に、事態は進行していた。
「ええと、ごめんなさい。おじゃまします……」
恥ずかしさを隠すためにかえって大きな声を出しながら、奈里佳が教室の中に入ってきた。未だ“変心”していないのか、そのおどおどとした態度と女王様な服装とのギャップが、妙に萌える。
「あっ! 奈里佳だ! 魔法少女♪奈里佳だ!」
「すごい、本物だ。本物の奈里佳だ!」
「お願いします。僕を変身させてください。また奈里佳ちゃんにして下さい!」
「ずるいぞ、俺も、俺も変身したいですっ!」
「魔法少女になりたい! 奈里佳ちゃんに変身させてくださあーい」
「きゃーっ、奈里佳ちゃ~ん! お願い、あたしのムネのところだけ奈里佳ちゃんみたいにしてぇ~」
「えっ! そんなのもOKなの? だったら私も~」
「こら、そんな細かい願い事は後回しに決まってるだろ!」
「細かいとは何よ! あたしに取っては大きな問題なのよ!」
「ムネは小さいけどな……」
「きーっ! 言ってはいけないことを~!」
「ケンカする者は出てけ! 奈里佳様~。僕は奈里佳様の“しもべ”です。僕だけ変身させてください!」
やいのやいのの大騒ぎである。もちろんその騒ぎの中には、佐藤雄高と堀田修司 も混じっている。当然、奈里佳になりたいとほざいている堀田修司を見つけた夏美は、カッと頭に血が上ってしまった。そのまま修司につかみかかろうとしたのだが、その前に、奈里佳を取り巻く集団の中心から、つまりは奈里佳の口から、不敵な笑い声が響いてきた。
「ふっふっふっふっふっ」
「ふぅーっ、ふぉっ、ほっ、ほっ!」
「おーっ、ほっ、ほっ、ほっ! 奈里佳ってば人気者って感じィ? つらいわあぁ~、人気者って!」
“変身”に遅れることおよそ3分で“変心”し、強気バージョンになった奈里佳は、ひととおり笑い終えると言葉を続けた。
「でもゴメンなさぁ~い。奈里佳ねえ、今日はちょっとそこでいじけている人に用事があるの♪」
ビシッと花井恵里32歳・独身を指さす奈里佳。その奈里佳の妙な気迫に押されて生徒達は道を空けた。一方、夏美はというと、まわりに生徒達の目があるためにユニ君の能力を使えないでいた。
(ねえ、ユニ君! どうしよう? こんなにも人が大勢いたら、バトルモードになれないよ!)
心の中で焦りまくった声を出す夏美。それに対して冷静にユニ君は答えた。
(夏美、とりあえず奈里佳が時間犯罪者らしいという仮説は証明された。あれだけの量子反応をまき散らしていることひとつとっても、現代の人間であるはずがないことが分かる。とりあえずそれが確認出来ただけでも収穫だ。ここは焦らず、情報収集に努めよう。待っていれば、必ずどこかでバトルモードにチェンジ出来るチャンスがあるはずだ」
色々と反論したいことはあったが、現実問題、それしか手はなさそうだと思い直した夏美は、新聞部副部長の顔になると、奈里佳の言動を最大限漏らさず観察する事に専念した。
「花井恵里32歳・独身さん。あなた、自分じゃ気付いていないかも知れないけれど、結晶化しちゃってるわよ。もう身体なんかすっかりクリスタルね。私にはあなたがガラスの人形にしか見えないわ。このままじゃ、あなたは世界を道連れに崩壊してしまうわね。まったく、自分で自分の未来を閉ざしちゃうからそうなっちゃうのよ。そのへんのところ分かってるの?」
やれやれまったく……。という雰囲気で奈里佳はため息をついて、アメリカ人がよくするように肩をすくめつつ、首を横にふりふりした。
「というわけで、あなたを救ってあげる♪」
大きな声で宣言すると、奈里佳はちょっと首を傾けて独り言のように話し出した。それをクラスの生徒達は、ただざわざわと見ている。奈里佳の言いしれぬ迫力に圧倒されているかのようだ。
「結婚しないと宣言するのは感心しないわね。結果的に結婚出来ないならともかく、最初っから自分の可能性を閉ざしてしまうのは、ダメダメ♪ 人間には無限の可能性があるのよ。……とは言っても結晶化しちゃったあなたに何を言っても聞いちゃくれないでしょうから、まずは結晶化を解除しなくちゃね。その為には、思いっきり本音の部分を出すことね。じゃあ、“はじけて”もらうわよ♪」
考えがかたまったのか、奈里佳は呪文(?)を唱えだした。
「自分自身の本当の希望と未来を見つけるために、変身なさい! ウェディング快人ヘイアーン!」
奈里佳の言葉を受けて、花井恵里32歳・独身の身体はみるみると変化し始めた。身体が若干大きくなるとともに、肌の色は薄緑色へと変化したのだ。そして色気のないキャリアウーマンのような紺色のスーツが光り輝いたと思うと、ミニスカートな純白のウェディングドレスへと変化した。それはまあ良いのだが、なぜか右手には特大の刀を持ち、左手にはバズーカ砲のような形をしたモノを持っている。
姿が変化したのと同時に、その表情も暗く沈んだ鬱々モードから、どこかキレちゃっている底抜けモードへと変化した。しかし笑顔が浮かんでいるものの、その笑顔は憎しみによって生み出された、復讐を楽しむような笑顔だった。
「ヘイアーン!! 貴様ら! 嫁、嫁とうるさいぞ! そんなに嫁が好きなら、貴様らをみんな“お嫁さん”にしてやるぅぅぅ!!」
変身し終わったウェディング快人ヘイアーンは、自分の名前を大きく叫ぶと、ビシッとポーズを決め、そしておどろおどろしい声で呪詛の言葉を吐いたのだった。
「ライスシャワーーーッ」
ウェディング快人ヘイアーンが持つバズーカ砲(?)から、お米がバラバラバラーーーッと撃ち出される。そして驚いたことに、それに撃たれた生徒達は、たちまちウェディングドレス姿のお嫁さんになってしまった。
光沢のある白いドレスに包まれた元女子生徒、そしてお約束の元男子生徒。当然服装だけではなく肉体そのものも、いわゆる適齢期の女性へと変化しているのは言うもまでない。但し今回の変身は、前回のように全員が奈里佳の姿に変身するというものではないので、顔やスタイルは千差万別である。完全無欠に美人なお嫁さんもいれば、お世辞にも美人とは言えないようなお嫁さんまで、様々である。
「おーっ、ほっ、ほっ、ほっ! いいわ、いいわよ、ヘイアーン。たまりにたまったストレスを解消するには、やっぱり他人にぶつけるのが一番ね♪ さあ、学校中、そして街の人みんなをお嫁さんにしてしまいましょう♪ 行くわよ!」
教室にいる生徒を全て“お嫁さん”にしてしまった奈里佳とヘイアーンは、ああ忙しいとばかりに教室から出ていった。後に残されたのは様々なウェディングドレスに包まれた“お嫁さん”ばかり……。いや、違った。“お嫁さん”の集団の中にただ1人、普通の女子中学生の姿をした女の子がいた! 言わずと知れた夏美である!!
(ユニ君! どうしよう!? 先生が、先生が!!)
担任の花井恵里32歳・独身が目の前で“快人”にされ、動揺している夏美である。ユニ君はその状態を憂慮して、夏美の脳に信号を送り、夏美を落ち着かせると同時にゆっくりと声(?)をかけた。
(落ち着くんだ、夏美。まず奈里佳を捕縛する。それさえ出来れば、花井恵里32歳・独身はいつでも元に戻せるはずだ)
ユニ君からの信号を受け、ついでに声(?)を聞くことにより、夏美は落ち着きを取り戻した。
(そうね。まずはバトルモードになって、奈里佳を追いかけなくちゃ。ところでユニ君、私達もライスシャワーとやらを浴びたのに、何の影響もないのはなぜなのかしら?)
ユニ君なら何か知っているのではないかと思って、夏美は疑問をユニ君に伝えてみた。
(それがまったく分からないんだ。そもそもみんながお嫁さんに変身したメカニズムが皆目見当つかない。ナノマシンが使われていないことを確認出来たことが唯一の収穫だ)
ユニ君が夏美に返事をしたその時である。夏美に背後から声をかけるお嫁さんがいた。
「夏美ちゃん? あなた、何でお嫁さんに変身していないの?」
いやあな予感がしつつも振り向いた夏美の視線の先には、どことなく見覚えのあるお嫁さんの顔があった。
「もしかして……、修ちゃん?」
恐る恐る声をかける夏美。しかし間違いであってくれという想いは、見事に裏切られた。
「そうよ。あたし、修司よ。夏美ちゃん♪ あたし気付いたの! あたしが本当になりたかったのは、魔法少女なお嫁さんだったのよ! ああ、お嫁さん。あたし、本当にお嫁さんになれたのね」
うるうるした目をして、ほうぅぅっとため息をつく修司。その顔を見ていた夏美は沸々と怒りが湧いてきた。なお、その怒りのすごさは、ユニ君の精神操作ですら制御出来ないレベルであった。
「修ちゃんのバカーーーーッ!」
思いっきり修司を罵倒すると、夏美は廊下に飛びだした。廊下はお嫁さんで溢れていたが、夏美は純白ドレスのお嫁さんの集団を掻き分けつつ校舎から外に出た。すると、既に街中にお嫁さんは大増殖中であった。ゴキブリ以上の繁殖力かも知れない……。
(ユニ君、バトルモードになるわよ!)
夏美は人気のないところまで走ると、ユニ君に宣言した。
(了解した。しかし相手の技術レベルが分からないのは依然として変わらない。無理だけはするな。それから奈里佳を殺してはいけない。必ず生きたまま逮捕する必要がある。奈里佳が、どういう理由で歴史を変更しようとしているのか、その背景を知らなくては、既にここまで修正された歴史を再修正する事もできない。まずは奈里佳の計画を知り、その後にショートタイムトラベルを行い、未然に奈里佳の出現を阻止する。そのためにも必ず生かしたまま逮捕することを忘れるな)
熱くなっている夏美に対して、あくまでも冷静なユニ君である。
「ナノマシン展開、チェンジ! フューチャー美夏!」
夏美がそう言うと、手にしたPHSがその姿を変えて、夏美の体表面を覆いだした。なんと、夏美が手にしていたPHSは、夏美の身体に同化していないユニ君の分身、ナノマシンで出来ていたのだった。
そのPHSを形作っていたナノマシン同士の結合が解け、ゆるゆると手から腕へとナノマシンは展開していった。その様子はまるで液体金属が流れていくようにも見えた。そして夏美の身体を覆いだして、ものの30秒もかからず、夏美の身体は銀色に光り輝くナノマシンに覆い尽くされた。頭は後ろから髪をなびかせているものの、その髪の毛すらナノマシンに覆われ、銀色に輝いている。セーラー服もナノマシンによって覆われているのだが、どのような仕組みになっているのか、今の夏美は、銀色のレオタードに全身をつつんでいるように見えた。頭は同じくナノマシンによって形作られたヘルメットに覆われ、顔には半透明なバイザーがその上半分を覆い、美夏の正体を隠している。
「ようし、バトルモードに展開完了! ユニ君、奈里佳の位置は分かる?」
初陣に興奮しつつ、フューチャー美夏はユニ君に情報提供を求めた。
「ここから北に500メートルの方向で、量子反応が増大中……。おそらくそこにいるはずだ。飛ぶぞ!」
手短に答えたユニ君は、ナノマシンの一部によって構成されている重力制御システムを起動して、フューチャー美夏の身体を軽々と空中に持ち上げた。
「待ってなさい、魔法少女♪奈里佳! 私があなたを逮捕します!」
フューチャー美夏はそう言い残すと、奈里佳の反応があるという場所へと飛んでいった。
なお、なぜ“フューチャー美夏”なのかと言うと、未来世界のディルムン製のナノマシンの力を借りているので、未来を表す“フューチャー”という単語を使い、“夏美”という名前の漢字の順序を逆にして、“美夏”ということにしたのだった。(安直な命名だということはわかっているから許してね。 by 作者)
「 おーっ、ほっ、ほっ、ほっ! ナイス、ナイスよ、ヘイアーン! 街中をお嫁さんだらけにしちゃいなさい♪」
高らかに笑う奈里佳の横では、ヘイアーンが、バズーカ砲もどきで、逃げ往く人々を撃ちまくっている。
「ライスシャワーーーッ」 「ライスシャワーーーッ」 「ライスシャワーーーッ」
街中を走り回り、逃げ往く人々に“ライスシャワー”を撃ちまくるヘイアーン。次々と“お嫁さん”に変身していく人々。阿鼻叫喚の地獄絵……、ではなかった……。けっこう喜んでいる人も多かったのである。
純白のウェディングドレスを着た若い女性に変身した2人連れの男子高校生は、お互いの姿に一目惚れすると、ひしと抱き合い、延々と “誓いのキス” をし続けた。抱き合ったときにお互いのムネが“ふにゅっ”とつぶれあい、この状態をお終いにする気分になれない感覚を味わっていたからである。
また、適齢期の女性を嫁に出したばかりのお父さんは、緑色を基調としたウェディングドレスを着た女性の姿に変身した自分を確認したとたん、いってしまった娘のことを思い出して延々と涙を流し続けた。まあ、そこまでは良いのだが、娘を自分の手に取り戻したいという気持ちの表れか、お嫁さんに変身した自分の身体を触りまくり、やわらかな2つのふくらみを揉みまくり、はては長いスカートを乱さなくて出来ない行為にまで至る始末。そんなことをするような父親を持てば、娘も早く嫁にいきたくなるのだろう……。
「ヘイアーン、あそこに結婚式場があるわ。おもしろそうだから、みいぃぃぃんなお嫁さんにしちゃいましょう! おーっ、ほっ、ほっ、ほっ! 楽しい? ねえ、楽しい?」
ひとり“きゃいきゃい”と盛り上がる奈里佳と、どことなく不気味な笑顔を浮かべるヘイアーンは、逃げ遅れた人々および寄ってきたTS者をまとめて“お嫁さん”にすると、今度は通りの向こうに見える結婚式場へと向かった。
そして結婚式場に列席していた人達が騒ぎ出すよりも早く、ヘイアーンは言い放った。
「ふたことめには“嫁”、“嫁”とうるさく言うのは、貴様達か!? そんなにも“嫁”が好きなら、貴様らが“お嫁さん”になってしまえぇぇぇ!!」
そう言うと、ヘイアーンは、左手のバズーカ砲もどきを列席者に向けて撃ちまくる。
「ライスシャワーーーッ」 「ライスシャワーーーッ」 「ライスシャワーーーッ」
結婚式場に列席していた人達すべてがヘイアーンのライスシャワーによって“お嫁さん”にされてしまった結婚式場では、元々はじめから “お嫁さん”だった女性が、虚ろな表情で笑っていた。
「あはあはあはははははは…………。みんな、みんな“お嫁さん”になっちゃった。ひーっ、ひひひ。みんな“お嫁さん”になっちゃったら、誰が“新郎”になるのよ……」
壊れてしまった本当の“お嫁さん”のまわりでは、“お嫁さん”同士の怪しげなカップルが、ハートを飛ばしあっていた。
「さあーて、じゃあ次の場所に行くわよ、ヘイアーン!」
奈里佳がそう言いながら結婚式場を後にしたとたん、奈里佳の足下のアスファルトが高熱で燃え上がった!!
バシューッ! ボウゥゥゥッ
慌てて、後ろに下がる奈里佳。その顔は珍しく驚きに溢れていた。その驚いた奈里佳に対して、嘲笑するかのような声が上空から響いてきた。
「観念なさい! 魔法少女♪奈里佳。いや、時間犯罪者奈里佳! この正義のナノテク少女・フューチャー美夏が、お前を逮捕する!」
高らかに宣言するその人は、言わずと知れたフューチャー美夏であるが、右手の甲の部分に付着しているナノマシンの集合体で形成された小型の荷電粒子ビーム砲を構えたその姿は、先程とは外観が大きく違って見える。変身直後は、銀色メタリックなレオタード姿だったのだが、今はフレアスカートを始めとして、リボンやフリフリがいっぱい付いた洋服を着ているように見える。実はこのフリフリな衣装に見えるものは、冷却レーザーシステムの副産物であった。
ナノマシンの集合体で体表面を覆っている為、自身が発する熱と、ナノマシンが発する熱は、相当の量になる。それを放置していては生身の身体はとても保たないので、強制的に放熱を促す仕組みが必要となるのだが、その為に採用されたシステムこそ、『余分な熱エネルギーをレーザー光線に変換し、強制的に放出する』という冷却レーザーシステムである。これは究極までに完成されたナノマシン技術をもってして可能となる技術であった。
そして冷却レーザーシステムの余技として、身体の周辺にフリフリの洋服が実在するかのようなレーザーホログラフィを映し出すように調整されているのだが、それもこれもメタリックなレオタード姿では恥ずかしいという夏美の意見を採り入れてのことだった。しかしホログラフィで出来た衣装は、半透明のように透けているので、一種バレエの衣装のようにも見えるのだが……、それはそれで恥ずかしいような気もする……。
なお、ホログラフィの色は、放熱の具合で変化し、普段の緑色から、放熱の度合いが高まるごとに、黄色、白、ハレーションへと変化し、またシステムに異常をきたすと、虹色に輝くようになっているのだが、それは今の段階では関係ない。
(物理畑の方へ : 理論的にこんなことが可能なのかどうなのか? ご存じでしたら教えて下さいね。 by 作者)
「危ないじゃないの!? 靴が焦げたらどうしてくれるのよ!」
微妙に論点をずらして相手に油断をさせつつ、奈里佳はテレパシーでクルルに連絡した。
(ねえ、クルルちゃん、大変よ。訳わかんない“フューチャー美夏”っていう女が出てきたわよ!)
それに対してクルルの反応は素早かった。
(奈里佳ちゃんの目を通して僕にも見えている。間違いない。ディルムンのタイムパトロールだ! 奈里佳ちゃん、気をつけて!)
クルルに聞いて、相手の正体が分かったのはいいが、依然状況に変化は無い。
「ヘイアーン、アイツをお嫁さんにしちゃいなさい!」
とりあえずヘイアーンに攻撃を命じる奈里佳。まずは相手の実力を知ろうとしたのだ。
「ライスシャワーーーッ」
奈里佳に命じられたまま、ヘイアーンはライスシャワー攻撃をフューチャー美夏に対して行った。狙い違わず撃ち出されたお米は空中に浮かぶフューチャー美夏へとヒットした。
「おーっ、ほっ、ほっ、ほっ。たわいもない。この正義の魔法少女♪奈里佳に勝とうなんて100万年早いのよ♪」
奈里佳は勝利を確信して、高らかに笑ったのだが、その笑い声は、フューチャー美夏によって遮られた。ヘイアーンのライスシャワー攻撃を受けても、フューチャー美夏は何一つ変化しなかったのだった。
「そんな手品のような攻撃なんて、全然効かないわよ! それよりも正義の魔法少女を名乗るとはおこがましい。せっかくですから断言して差し上げましょう。あなたは見た目もやっていることもすべて、悪い魔法少女そのものです! わかったらおとなしく時間犯罪法違反で逮捕されなさい!!」
良く通る凛とした声で見栄をきる美夏。自分が正しいと思いこんでいる雰囲気丸出しだ。このあたり、微妙にユニ君に精神制御を受けている証拠なのだが、制御を受けている本人には分かりようがない。
「何が手品ですって! 私のは正真正銘の魔法なのよ! それに言っておきますけど、悪者はあなたのほうなのよ。あなたこそ世界を破滅に導く、悪の少女なのよ!! ディルムンのタイムパトロールさん♪」
奈里佳も負けじと反論する。しかし、美夏は、奈里佳が最後に言った言葉に過激に反応た。
「今、ディルムンと言ったわね。私はその言葉を一回も言っていないのに……。もう間違いない。魔法少女♪奈里佳、貴様を時間犯罪者として逮捕する!」
そう言うが早いか、美夏は右手の荷電粒子砲を最大出力で撃ち放った。無茶をしているようにも見えるが、相手が少なくともタイムマシンを自由に操る技術レベルを持っていると仮定するのなら、これぐらいは軽いジャブのようなものだと、ユニ君および美夏は考えていた。
「空間歪曲! ぐるりんビーム返し!!」
上空から迫り来るビームを見た瞬間、奈里佳はイメージを爆発させ、魔法を発動させた。奈里佳がイメージしたとおりに、まわりの空間は歪曲し、ビームは“ぐるりん”とUターンすると、そのままフューチャー美夏を襲ったのだった。
「くうっ!」
重力制御装置に悲鳴を上げさせつつ、かろうじてビームの直撃を避けた美夏だったが、思いもよらなかった方法で荷電粒子砲のビームをかわされたショックは隠せない。こんな方法はユニ君のデータバンクにも無かった方法だ。
なおビームが拡散した為、避けきれずに美夏の身体をかすめたものもあったが、それはナノマシンで形作られたメタリックスーツを取り巻くフィールドバリアが、バチバチと音をたてながらも安全に対処した。しかしシステムの発する熱が上がった為、美夏を取り巻く冷却レーザーによるホログラフィの衣装は、緑色から黄色へと変化していた。
「じゃあ次はこっちからいくわよ! ふふっ♪ お嫁さんばかりじゃ結婚式にならないから、美夏さんには、“お婿さん”になってもらおうかしら? おーっ、ほっ、ほっ、ほっ! 楽しいわねえ♪」
高笑いをした奈里佳は、右手をサッと振った。するとその手には真っ赤な色をした丸い宝石が先に付いている黒い色をしたステッキがあった。そのステッキの先を美夏に向けた奈里佳は、大声で呪文(?)を叫んだ。
「凛々しいお婿さんになっちゃいなさぁぁぁい!」
言葉とともにステッキの先からは、青と赤の二本の光が、らせんを描きつつ、美夏を直撃した……、はずだったのだが、美夏の身体を薄く覆っているフィールドバリアは、奈里佳の魔法攻撃を完全に消滅させたのだった!?
「ちっ、遠距離魔法攻撃は効かないのね! しかたがない……。ヘイアーン、後は頼んだわよ!」
攻撃が効かないと見た奈里佳は、そう言い残すと、虹色に輝く光とともにその姿を消した。どうやら今回の奈里佳は、テレポーテーションすら自在に使いこなすらしい。
「なんてこと! 奈里佳に逃げられてしまうなんて! ユニ君、奈里佳の量子反応は感知出来ないの!?」
思わず声に出してユニ君に問いかける美夏。
(すぐには無理だ。街中の“お嫁さん”にされた人々すべてから量子反応が出ているので、その反応がジャミングとなって奈里佳の反応を特定出来ない。それよりも今の奈里佳の攻撃を実際に受けてみて、興味深いデータが手に入った。詳しいことは後で話すが、奈里佳相手に手加減は無しだ)
ユニ君の報告を聞いて、悔しさがこみ上げてくる美夏だった。実はその悔しさですらユニ君の精神操作によって増幅されているのだった……。ユニ君、けっこう非人間的である。あっ、そう言えば機械知性だったから人間じゃなかったけ……。
しかし悔しがってばかりもいられない。奈里佳が消えてしまっても、そこに孫悟空よろしくドライアイスの雲に乗ってヘイアーンが空を飛んできた。そして特大のケーキカット用ナイフ……、というか刀で斬りかかってきたのだった。
カキーーーンッ
思わず美夏は、左手を上げて刀を受け止めた。一瞬、腕が切り落とされてしまうような錯覚に陥ったが、ヘイアーンの刀は、高周波で振動するナノマシンスーツが易々と受け止めた。それを見て、バッとドライアイスの雲ごと後ずさるヘイアーン。その隙にフューチャー美夏を覆うナノマシンの一部が右手に集結し、手の平の中にレーザーブレードの柄を形成する。
「花井恵里32歳・独身さん! あなたは悪い魔法少女♪奈里佳に騙されているんです。正気を取り戻して下さい!!」
相手の正体が担任の先生だけに、何とか戦闘を回避しようとして必死に説得をする美夏。しかしその想いは伝わらなかった。
「独身、独身って、言うな~~!!」
キレたような声を出すと、一旦後ずさったヘイアーンは、さらに勢いをつけて美夏に迫って来ると、大上段に刀を振り下ろした。
「レーザーブレード!!」
美夏は迷いを断ち切るかのごとく、大きなかけ声を発した。すると柄からオレンジ色のレーザーの刃が現れて、ヘイアーンの刀を受け止めた。本来なら物質で出来た刀は、レーザーブレードに触れた瞬間に蒸発して消えてしまうはずなのに、さすがは魔法の産物。ヘイアーンの持つ刀は、レーザーブレードと互角に剣戟を交わしたのだった。
「あなたは奈里佳に操られているだけなんです。分かったらおとなしく捕まってください」
ちょっと焦った声でそう言うフューチャー美夏。しかしヘイアーンは攻撃の手を休めない。しかも更なる武器を用意していたのだった。背中からひょいっとブーケを取り出すと、思いっ切りの力を込めて、フューチャー美夏に対して投げつけた!
ちゅどーんっ!
盛大な音をたてて、爆裂するブーケ。ここまで来たらフューチャー美夏も身を守る為に、否応無く戦わざるをえない。遠距離攻撃、近距離攻撃を織り交ぜての戦いは続く……。
一方、現場から消えてしまった奈里佳はというと……。
「ちょっと、クルルちゃん! これはいったいどうなっているのよ!? あたしの魔法が、フューチャー美夏って娘には、全然効かないなんて聞いてないわよ!?」
クルルの首根っこを捕まえて、厳重に抗議する奈里佳。
「僕も驚いているんだ。今まで魔法世界ネビルは、科学世界ディルムンの存在を観察してはいたけれど、直接接触をしたことがなかったんだよ。だから今まで精確なところが分からなかったんだけれど、どうやらディルムンのナノマシンは人間以上の知覚能力と、自然発生的有機知性体と同レベル以上の知性をもっていると判断しても良いみたいだね」
驚いているという割には、冷静に判断をするクルル。
「つまりどういうことよ?」
話が見えずに、いまいち調子が出ない奈里佳は、頭の中に疑問符を乱舞させていた。
「つまりね、魔法というのは前にも説明したように、心の中の認識を変化させることによって、現実の世界を制御しようという技術なんだ。現実はそれを観察する者が認識することによって確定される。これはこの時代でも量子力学として同じような考え方がされているのは前に話した通りなんだけれど、ここまでは良いよね?」
クルルは、一旦、言葉をくぎると、奈里佳の顔をじっと見た。
「ん、なんとかそこまでは分かってる。……で?」
先を促す奈里佳。
「つまり……、魔法力の強さというのは、観察力、認識力の強さとも言えるんだけれど、現実の状況をそのまま認識するのでは、それを魔法とは言わないよね。現実には存在し得ない状況を、現実に有るかのごとくバーチャルに観察し、認識して、その意志の強さによりバーチャルな観察結果を現実と置き換えるのが魔法なんだよ。まず望みの状況を観念的に、バーチャルに、観察し認識する事により現実を変化させるんだ。だから、奈里佳ちゃんみたいに“ 思いこみが激しくて、他人の意見を聞かないようなタカビーで自分勝手な性格をした娘”っていうのは、魔法能力がとても強いんだよ」
そこまで言うと、にやりとするクルル。もしかして克哉を“変身”させたのはもちろん、“変心”させたのですら計画的だったのかもしれない。意外と食えないヤツである。
「なあぁ~にか、気に障るような気もするけど、それがどうしたのよ」
更に先を促す奈里佳。気分を害していても、今は時間が貴重である。よけいなことで話の腰を折るわけにはいかない。
「だからね、逆に言えば、あくまでも客観的で、常に冷静に他人の意見を尊重し、自分をわきまえてる性格で、なおかつ、奈里佳ちゃんよりも強い観察力と認識力をもった知性体ならば、奈里佳ちゃんの魔法をキャンセル出来るということなんだ……。奈里佳ちゃんが現実をバーチャルな観察結果に置き換えようとしても、今見える現実だけが唯一のものと観察している“そいつ”は、その置き換えに対して抵抗勢力となる。その抵抗も観察力、認識力に劣るのであれば、奈里佳ちゃんの力に押し切られてしまうけど、奈里佳ちゃんの力に対抗できるのであれば……」
クルルの説明を聞いた奈里佳は、手を前に出してその説明を遮った。
「分かったわ。結局、あの娘、フューチャー美夏が、私の魔法をキャンセルしているのね!」
ぬうぅぅ~~、くそうぅぅ~~、という雰囲気で歯ぎしりしつつそう言った奈里佳であったが、その言葉はすぐさまクルルに否定された。
「いや、違うよ。奈里佳ちゃん。奈里佳ちゃんの魔法に対抗しているのは、フューチャー美夏と名乗っている女の子じゃなくて、彼女が身につけているナノマシンスーツのほうなんだよ。ナノマシンの集合体ともなると、全体では、この時代のコンピューターが束になってもかなわない程の計算能力も持っているし、なによりも有機発生的知性体と同じく、プログラムされたものじゃない本物の知性を持っているらしいし、そしてなによりも機械にしかできない融通のきかなさが、結局、奈里佳ちゃんの魔法に対抗する、一種の“魔法”となっている訳なんだよ」
クルルはようやく結論を口にした。
「う~ん、じゃあ、私の魔法は、フューチャー美夏には全然効かないの?」
珍しく、奈里佳は少しとまどった様子でクルルに質問した。
「いや、遠距離攻撃魔法はキャンセルされるけど、接近戦ならばこちらの魔法力もパワーが維持されるから問題ないはずだよ♪ それに遠距離攻撃魔法を直接ぶつけても駄目だけど、間接的ならば問題無いと思うよ」
そう言うと、クルルは奈里佳に対して、対フューチャー美夏用の戦い方を説明し始めた。
「お願いします。戦いをやめてください!」
もう何度叫んだことだろう。フューチャー美夏は、今自分が戦っている相手の正体が、自分が所属するクラスの担任、花井恵里32歳・独身であることを知っているだけに、いまいち戦いづらい。しかし、ヘイアーンに変身してしまった彼女は、戦っている相手が自分の受け持ちクラスの生徒だということには全く気づくことなく、全力で美夏に対して攻撃を仕掛けてきていた。もっとも気づいていたとしても戦い方に差はなかったであろうが・・・・・・。
「うるさいっ! いくぞ! キャンドルファイヤー!!」
口から大道芸人よろしく炎を吹き出すヘイアーン。既に読者の87%ぐらいの方がお気づきでしょうが、TS小説から違う小説になってしまっていることは公然の秘密ですので、そこんとこよろしく。(汗)
ボウゥゥゥーーーーッ
強烈な炎の奔流が美夏を襲ったが、その炎は美夏の体に触れる寸前、霧散してしまった。やはり魔法による遠距離攻撃では、美夏にダメージを与えられないらしい。そのことは既にフューチャー美夏の側でも理解しているらしく、バイザーの下には美夏の余裕に満ちた顔があった。
「あなたの攻撃は私には効きません。わかったらおとなしくしてください。私があなたを元に戻して差し上げますから、まずは地上に降りてください」
そう言うか言い終わらないかという時、美夏の体を衝撃が襲った。
ズガガガガーーーーン!
美夏をめがけて小石が、まるで機関銃弾のような勢いで雨あられと降り注いだのだった。その衝撃の大半は体表面を覆うフィールドバリアによって勢いをそがれたのだったが、バリアの処理能力を超えたものについては、ナノマシンスーツが直接その衝撃を受け持つことになったのだった。空中で大きな衝撃を受けた美夏は、バランスを崩して、一瞬、墜落しかけたが、すぐさま体制を立て直した。そしてそこに奈里佳の高笑いが響いた。
「おーっ、ほっ、ほっ、ほっ! どうかしら、小石のお味は?」
最高に気持ちが良いという雰囲気で言葉を続ける奈里佳。
「どうやらあなたのスーツには魔法が効かないみたいだけれど、この攻撃は効いたみたいね♪」
その声がする方向に顔を向けた美夏は、浮遊する小石の群を引き連れて空中に浮いている奈里佳の姿を見た。なんと奈里佳は、腕の付け根の部分から大きなコウモリのような羽を生やして、ばさばさと羽ばたきながら飛んでいたのだった。どうやら腕の付け根まで伸びた黒いレザーの長手袋についていたコウモリのような羽飾りを魔法で大きくしたものらしい。
「戻って来たな! 奈里佳!」
そう声を上げた美夏を、またしても小石の群れが襲う。小石たちは、奈里佳の魔法によって運動エネルギーを与えられると、一直線にフューチャー美夏を目指したのだった。つまり小石は奈里佳の魔法によって弾かれた後は、そのまま慣性の法則に従っているだけなので、これは魔法攻撃と言うよりも物理攻撃であるのであった。これなら魔法をキャンセルしようにも出来ないわけだ。
カキーーーンッ
既にフィールドバリアの防御力の限界はとっくに超えて、ナノマシンスーツ本体の高周波振動による直接防御がかろうじて襲いくる衝撃を防いでいた。しかしその限界ぎりぎりのところに、ヘイアーンの剣戟が襲う。防御力の限界を越えた攻撃に対して、ユニ君は、重力制御装置に回していたエネルギーをフィールドバリアに過剰注入し、何とかこれをしのぐことに成功した。しかし当然、美夏は空中に浮いている為の力を失い、勢いよく落下し始めた。
「キャアァァァーーーッ!」
思わず悲鳴をあげる美夏。さすがに本能的に恐怖を感じているので、ユニ君の精神操作も後手に回っている。
(美夏、防御力が限界に近い、このままではやられる! 反撃するんだ!)
ユニ君の思念(?)にも焦りの色が感じられる。
(でも、どうやって? 最大出力のビームでもあっさりとかわされちゃったのよ! それよりも早く何とかしてよ! もうすぐ地面にぶつかっちゃう!!)
美夏が半ばパニックになりかけたとき、重力制御装置が再作動し始めた。それに伴い落下速度を減じた美夏は、ふわりと着地した。しかしナノマシンシステムが発する熱が増大した為、冷却レーザーによるホログラフィは既に黄色から白へと変化していた。
(最後の武器が残っている。現在のシステムの状態からいって、何度も使える武器じゃないが、試してみる価値はある)
ユニ君の落ち着いた声(?)を聞いているうちに、美夏も自分を取り戻してきた。
(どんな武器なの? 確かビーム砲とレーザーブレード以外の武器については説明を受けてないんだけれど?)
美夏は疑問の思念をユニ君に伝えた。
(今、情報を送る……)
そう言う間に、ユニ君は、その武器に関する情報を美夏の脳に直接流し込んだ。そして情報を受け取った美夏は、呆然と驚きの思念を浮かべた。
(まさかこんな技術が実用化されてるなんて!! これが究極とまで言われた量子技術。物質波レーザー!?)
「どうしたのかしら? フューチャー美夏ちゃんったら、地面に降りたきり、動きがなくなっちゃったわよ。もしかして、もう諦めちゃったのかしら? ね、ヘイアーンはどう思う?」
上空からフューチャー美夏の様子をうかがう奈里佳の横には、ドライアイスの雲に乗ったヘイアーンが浮かんでいた。しかし今までとは違って、心なしかその顔は穏やかなものに変わりつつある。
「ヘイアーン……、疲れた……」
まともな返事が出来ないヘイアーンを見て、奈里佳は、すぐにピンッと来て、クルルにテレパシーで話しかけた。
(ねえ、クルルちゃん、ヘイアーンったら、魔力を使い切っちゃったみたいよ」
すると、それを予想していたのか、クルルからも落ち着いた思念波が返ってきた。
(ずいぶんと魔力を消費したからね。ヘイアーンの魔力は、結晶化した自分自身を強制解凍する時に発生するエネルギーがその源だから、ヘイアーンの魔力がなくなってきたということは、花井恵里32歳・独身の結晶化が解除されたということで、僕たちの当面の目的は達成されたということだね♪)
クルルの思念を受け止めた奈里佳は、まだ動かずにじっとしているフューチャー美夏を見下ろしながら、返事をした。
(じゃあ、どうしようか? ヘイアーンはそれで良いとして、私の魔力はまだビンビンなんだけど……?)
クルルがどんな返事をするのか、だいたい想像がついていた奈里佳は、わくわくしながらそう訪ねた。
(やっぱりここは、フューチャー美夏とバトルでしょう♪ ディルムンからの妨害は、排除しなくては♪)
クルルも、楽しそうだ。先ほどの小石攻撃の成功で、楽勝ムードが漂っているらしい。しかし、その余裕も、フューチャー美夏の新たな攻撃を受けるまでの間のことでしかなかった。
美夏の周囲を取り巻くレーザーホログラフィの服が、白色というよりも、まぶしいと表現したほうが良いぐらいの、ハレーション状態となってきた。どうやらナノマシン群が活動レベルを上げているらしい。そうこうするうちに、美夏が着用しているナノマシンスーツの形が変化し、右肩に、正体不明の何かが形作られた。そして……。
「物質波レーザー!」
大声でそう叫ぶと、美夏の右肩の物質波レーザー発振器(?)から、光子波を使ったレーザーではなく、物質波を使ったレーザーが発振された。
「何よこれ!? か、身体が凍る!!」
なんと、フューチャー美夏の発した物質波レーザーが奈里佳の周囲を照射すると、その空間から次々と液体窒素が湧き出してきて、奈里佳の身体は凍ってくるのであった! 何とか魔法により身体が完全に凍ってしまうのを防いだ奈里佳だったが、そこまでが限界だった。
それを見たヘイアーンは、奈里佳を助けようと、一気に急降下すると、頭上から美夏に対して示現流もかくやという勢いで斬りかかったのだが、するりとヘイアーンの剣戟をかわした美夏の強烈なストレートがボディに決まった。ナノマシンスーツにはパワードスーツとしての機能もあるらしく、ヘイアーンはアスファルトの地面にあっさりとくずおれた。フューチャー美夏、既に担任相手にも容赦がなくなっている……。
地面に横たわるヘイアーンは、既に魔法力の限界に達していたが、かろうじてまだ変身は解けていない。それを見た美夏は、奈里佳に向けていた物質波レーザーを、ヘイアーンが横たわるアスファルト照射した。すると、アスファルトからにょきっという感じで金属製の拘束具が飛び出て来たかと思うと、ヘイアーンの手足をがっちりと捕まえた。そして完全に拘束され、動きを封じられたヘイアーンは、そのまま気絶してしまった。
「あなた、いったい何をしたのよ! もしかしてあなたも魔法使いなの!?」
物質波レーザーの照射が途絶えた一瞬の隙をついて、羽まで凍り付いたので飛べなくなった奈里佳が、半ば落下する勢いで着地して体勢を立て直すと、美夏に対して驚きの声で質問をした。
「魔法ですって? 何を寝ぼけているのかしら? これは超絶の科学技術の結晶、物質波レーザーなのよ。あなたの手品と一緒にしないで欲しいわね」
余裕しゃくしゃくの表情で奈里佳に解説する美夏。
「物質波レーザー……」
何のことやら理解出来ない奈里佳は困惑している。そこに美夏の新たな攻撃が始まった。
「目には目を、歯には歯を。さっきのおかえしよ!」
美夏は奈里佳の上空を物質波レーザーで一閃した。するとそこには、大量の小石の群が出現したかと思うと、勢いよく奈里佳めがけて急降下し始めた!?
「結界防御!!!」
落下する大量の小石の群を避ける為、思わず魔法によるバリアを展開する奈里佳。しかし、レーザーを照射するだけで空中に大量の小石を出現させることが出来るとは……。いったいどういう原理なのだろうか?
※豆知識
量子力学の原理によると、物質も極低温に冷却することにより波(物質波)として振舞うということが分かっている。光のレーザーを使って物質を絶対零度近くまで冷却することにより,巨視的な物質波が実現される。物質波レーザーとは、原子が生み出す位相のそろった緊密な物質波のビームで、光子波のレーザーが、ホログラフィ映像を空中に描くことが出来るように、物質波レーザーを使うと、3Dの物質ホログラフィを可能にする。つまり、物質波レーザー技術は、3Dの映像どころか、レーザーの原子から実際に物質の複製を作りだせるのだ。
(ああ、自分で書いててもなんだか分からない……。誰か易しくフォローして下さい♪ by 作者)
防御結界により、かろうじて機関銃弾並の運動エネルギーを持った小石群の直撃を避けることに成功した奈里佳は、その小石群を魔法で自分の制御下に置くと、お返しとばかりに美夏めがけて弾き返した。
「行っけーーーーっ!!」
その小石群に遅れること、わずか一瞬。奈里佳は地面のすぐ上を滑るように飛んで、小石群の直撃を受けてフィールドバリアが限界に達して防御が弱っている美夏の足を、なぎ払うようにキックした。お互いに遠距離攻撃では埒があかないと判断した奈里佳は、電光石火の接近戦へと持ち込んだのだった。
しかし足を払われた美夏は、地面に倒れる寸前、重力制御システムを作動させると、横方向に落下して奈里佳から距離を置いて体勢を立て直すと、再度、物質波レーザーを奈里佳に向けて照射した。
「安心しなさい。息の根は残しておいてあげるから……」
うっすらと微笑みながら、物質波レーザーの照射を続ける美夏。既に奈里佳の周囲には、大量の水が球状に出現している。その水の中では奈里佳が苦しそうにもがいていた。奈里佳は水面(?)に出ようと必死で水をかくのだが、水自体が奈里佳の進む方向へと移動するので、常に奈里佳は球状の水の中心にいることになる。このままでは息が続かなくなるのは時間の問題であった。
(くっ、このままじゃ……。もうこうなったら……)
水中にいる為、無言のまま、奈里佳は心の中でイメージを爆発させて魔法を発動させると、自分自身の身体を変化させた。(おおっ、2段階変身……。 by 作者)
黒いレザーが、よりいっそうピッタリと肌に密着すると、ゴムのようにな質感に変化しつつ下半身を覆いだし、同時に左右の足は一つに融合してイルカのしっぽのような形に変化した。ご丁寧にも左右に広がった尾ビレまでついている。続いて上半身も胸の部分までが黒いゴムのような質感の皮膚に変化すると、背中には大きな背ビレが突き出してきた。しかしなぜかおへその周囲は白い肌のままで、肩から両腕までも白いままで変化なしだったが、よく見ると指の間には小さな水かきが出来ていた。
しかしもっとも大きな変化は両脇の部分だった。両脇にそれぞれ3本の裂け目が出来たかと思うと、奈里佳は水中で大きく水を吸い込み、脇の横に出来た裂け目から勢いよく吹き出した。なんと奈里佳は、エラ呼吸が可能な人魚に変身したのだった! なんとすごい魔法能力であろうか!?
もはや水中でも息が出来るようになった奈里佳は、球状の水の中でくるくると回転すると、フューチャー美夏を馬鹿にするかのように、 “あかんべえ”をした。
それを見た美夏は、怒り出すでもなく、哀れみの表情を浮かべて、物質波レーザーの照射を切ったのだった。その瞬間、それまで物質波レーザーの力で球状に形を保たれていた水が、物理法則に従って流れだし、奈里佳は支えを失って、地面の上に投げ出された。
ビチビチビチビチ……
流れる水は薄く地面に広がり、美夏の足下にもひたひたと水が押し寄せてきた。その中心で、ドッタンバッタンともがき苦しむ奈里佳。魔法によって水中でも息が苦しくならないようにエラ呼吸が出来る人魚の身体に変身したのは良いが、今度は逆に肺呼吸が出来なくなっていたのだった。オイオイ(笑)。
「バッカじゃないの?」
美夏も呆れかえっている。しかしそこに出来た隙を、奈里佳は見逃さなかった。奈里佳は息苦しさに耐えつつ力を振り絞ると、10万ボルトの大電流を放電したのだった。どうやら奈里佳が変身したのは、ただの人魚ではなく電気人魚(?)だったらしい……。
そして奈里佳が放電した大電流は、先ほどまで奈里佳を包んでいた大量の水を伝わって、フューチャー美夏にも流れたのだった!
バリバリバリバリバリーーーーーッ!!
油断していたのか、それとも既にナノマシンスーツの機能が限界まで来ていたのか、美夏は、ほとんど無抵抗の状態で、感電して気絶してしまった。当然、ユニ君の機能も一時停止しているのだが、奈里佳はそこまでの事情は分からない。とにかく気絶した美夏を見届けた奈里佳は、ようやく“電気人魚”の変身を解いたのだった。
先ほどの変身過程が逆回転して、もとの通常タイプの奈里佳に戻ると、奈里佳はヘイアーンの姿を探した。
「はあ、はあ、あぁ苦しかった。マジで死ぬかと思ったわよ、まったく。それはそうと、もうすぐ魔力が底を尽きそう……。なんだか気持ち悪くなってきちゃった……。そう言えばさっきは見境なく放電しちゃったけど、ヘイアーンは大丈夫かしら?」
力無くそうつぶやくと、のたのたと歩き出す奈里佳。そこにクルルのテレパシーが届いた。
(奈里佳ちゃん。ヘイアーンはとりあえず無事みたいだよ。でも奈里佳ちゃんの電気ショックまともに受けちゃったみたいで……。とにかく見れば分かるよ)
無事だという言葉を素直に受け止められないような、奥歯にものがはさまったような物言いに、奈里佳は妙な不安を覚えたが、見ない訳にもいかない。フューチャー美夏によって、アスファルトの地面に拘束されているヘイアーンの元にまで歩いていくと。奈里佳はヘイアーン、いや既に変身が解けた状態の花井恵里32歳・独身を見下ろした。
「あらやだ。かみなり様になってるわね」
花井恵里32歳・独身の髪の毛は、チリチリに焦げて、パンチパーマも裸足で逃げ出すという状態になっていた。しかも服も焦げて、破れ目から奇跡的に元の色を保っている白い下着がのぞいていたのだった。
(クルルちゃん。花井恵里32歳・独身さんは大丈夫なの? なんか焦げちゃってるんだけど)
魔力が限界に来ている奈里佳は、いつものタカビーな感じが薄れている。
(とりあえず命に別状はなし。ヘイアーンに残っていた最後の魔力が、電撃を防御したみたいだからね。それよりも花井恵里32歳・独身の結晶化は完全に解除出来たから、これでもう大丈夫。すべて終了、問題なしだよ♪)
クルルのテレパシーがとぎれると、奈里佳は、まだ気絶しているフューチャー美夏を振り返り、大声で締めの台詞を言ったのだった。
「おーっ、ほっ、ほっ、ほっ。弱い、弱すぎるわよ! フューチャー美夏! 今度会うときまでには、せいぜい精進しておくことね! じゃあね、バイバーイ♪」
そう言い残すと奈里佳は、最後の魔力を振り絞ると、虹色の光とともに消えた。どこかできっと克哉に戻っていることだろう。
ありがとう奈里佳、君のおかげで花井恵里32歳・独身の結晶化は解除され、彼女には無限の未来が開けたのだった。本当にありがとう。魔法少女♪奈里佳! もうすぐ第2話もラストだ、作者も喜んでいるぞ。書き出してから2ヶ月もかかっちゃったもんなあ……。疲れたよ。ホント……。
「痛たたたた……。うぅ~。頭がくらくらする……」
奈里佳が現場を去ってから既に1時間、ようやくフューチャー美夏が目を覚ました。
(気がついたか。美夏)
そこに、あくまでも冷静なユニ君の声(?)がした。
(あっ、ユニ君! 奈里佳は、奈里佳はどうしたの!? それから花井恵里 32歳・独身は?)
状況が把握出来ず、あわててユニ君に質問をする美夏だった。
(落ち着くんだ。奈里佳はもうどこかに消えてしまった。電撃を食らったので、私の機能も一時停止していたから状況は分からないが、とりあえず花井恵里32歳・独身は無事だ。ほら、そこに拘束されたまま変身が解けている。まずは花井恵里32歳・独身の拘束を解いてやらなくては……)
ユニ君に言われて、美夏は最小出力でレーザーブレードを展開させると、注意深く花井恵里32歳・独身の拘束を外してやった。
(これで良いかしら? それでこれからどうするの? 量子反応を頼りに奈里佳を捜し出す?)
美夏は気もそぞろという感じで、ユニ君に問いかける。
(いや、既に私のシステムもオーバーヒート気味だ。ナノマシンスーツの展開を解いてシステムを休止状態にしないといけない。だから奈里佳を追うのは今日のところは無理だ)
冷静な中にも、どことなく悔しさをにじませるユニ君だった。
(しょうがないわね。じゃあ変身を解いてちょうだい)
美夏がそう言ったとたんに、ナノマシンスーツはまたもや液体金属が流れるようにするすると夏美の右手に集中し、PHSの仮姿をとった。ほんのりと暖かいのは、まだ放熱が十分ではないのだろう。
(でも、ユニ君。ちょっと疑問に思ったんだけど……?)
夏美は、さっきから思っていた疑問を、ユニ君に訊いてみることにした。
(私たちの目的は、時間犯罪者の奈里佳が、歴史を変えないようにすることよね。でも、これだけ派手に事件を起こされたり、私たちも能力全開でバトルをしたら、もうこれだけで歴史は変わっちゃうというか、既に歴史は変わっちゃったんじゃないの? 時間犯罪は未然に防がないと意味がないんじゃないかしら?)
言われてみればもっともな疑問である。
(ああ、その点については心配ない。まずは歴史の変更の原因は、奈里佳であることは間違いがないようだから、歴史の修正を気にせず、とにかく奈里佳を逮捕して、どのように歴史を修正するつもりなのかを確認し、そしてここが最重要なのだが、この時代に出現した正確な時空ポイントを特定した後に、私たちもその時空ポイントの直前にタイムジャンプする。そしてこの時代に奈里佳が出現することを未然に防げば、歴史の修正はなかったことになるわけだ)
よどみなく説明するユニ君。しかしその論理に何か禍々しいものを感じた夏美は、更に詳しい説明を求めようとしたのだが……。
(でも、それって……)
夏美が質問を発しようとした瞬間、急にそれはどうでも良いような疑問に思えてきた。
(まっ、いっか。とにかく今は奈里佳を逮捕すればよいのよね)
そう言うと夏美は、花井恵里32歳・独身のほうに注意を移した。しかし、その心の動きが自然なものではなく、ユニ君、いやディルムンの自動機械『ユニット20479』の精神操作によるものであったということには、最後まで気がつくことがなかった。
こうして、『魔法少女♪奈里佳』と『ナノテク少女フューチャー美夏』という、二人の超絶少女のバトルは終わったが、戦いそのものは始まったばかりであった。どちらの少女もお互いの正義を信じているが、果たして本当の正義はどちらにあるのか? そもそも本当の正義というものは存在するのか?
運命の歯車は、二人の少女(?)のみならず、時空を越えた世界そのものを巻き込んで大きく動き出していた。果たして……。
次回に続く
予 告 編
新たな結晶化現象……。それは中津木町の総合病院で働く看護婦さんであった。それを発見した奈里佳は、直ちに行動を開始した! 結晶化現象を修正して世界を救うのだ!! 行け! 看護“快人”おにゃんこナース。しかしまたしてもフューチャー美夏の妨害が入って……。超絶少女達の第二次バトルが始まった!?
次回、『猫の手だって看護婦さん』 お楽しみに!
前書きにもありますように、体調を崩しましてその結果、仕事も辞めることになりましたので時間だけは有る状態になりましたが、本日中にアップする01~08以降の続きや、その他の作品の続きにつきましては、体力と気力の回復次第ということになりますので、あまり大きな期待はせず、ゆっくりとお待ちください。
なお、別作品の【妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール】という作品がミッドナイトノベルズのほうに投稿されていますが、そのリニューアル前の【妖精的日常生活】についても後日投稿する予定です。