こんなやつでも英雄に
田舎、田舎
英雄、英雄
そんな関係もない二つの言葉、それを体現する男がいた。そやつの名は「山中うみ」
山なのか海なのかわからないこの名前を
つけた親はどんな気持ちなのか。
それはさておき、
この男はのちに英雄となる。
さあ、皆で見てみよう。この男の英雄譚を
「脱サラさいこー!!」
今日、田舎に引っ越してきたこの男、名前は「山中うみ」
30歳、独身、現在職なし、脱サラ成功
このような輝かしいキャリアを背負い、この村「湖林村」にやってきた。
「いやー、いいねぇ〜、この村。これだよ、この生活を望んでたんだよ」
湖林村、人口30名。山中うみ、入村完了。現在31人。
「ここの土地安かったなぁ〜、この家と大きい畑のセットで500万って。いやぁ〜、あの都会の高い家賃とガミガミ上司とは比べ物にならんですな。」
木造建築、築250年。トイレ、風呂なし。
畑、縦50m、横3m。50m先、お隣の家。
「荷物も家に運び終わったし、隣の家に挨拶でも行こかな。と、その前にひと休みー」
キッチン、掘りごたつ、3つの部屋、庭付き、これら全てが「うみ」の新居である。
「よいしょー、この部屋は広いなー。10畳ほどかな。なんだよ、俺の東京での部屋より広いじゃん」
サラリーマン時代の「うみ」
6畳1部屋、トイレ共有
「ここから俺の脱サラライフが始まるのかー、サイコーだね。」
「よいしょー、ちょっと寝ようかな。」
「ドン!!」
「えぇー!床、落ちたんですけどー。」
築250年、改修は100年前に1度。脱サラサラリーマン、初日にして10畳のうち3畳を失う。
「寝るのはやめだ!!後2部屋もあるし大丈夫、大丈夫!こんな安い家なんだらこれぐらい、ただのサプライズだ!!」
この男、馬鹿である。男はまだこの家の本当の怖さに気づいていない。
「とりあえず、お隣さんに挨拶に行こう」
この家、玄関が4つある。1部屋に1つの玄関、そしてキッチンにも1つ。
「不動産屋に聞いた通り、4つも玄関があるのかー。便利だなあ。」
果たしてこれは便利なのか
「えーっと、お隣の家はあれか!俺の家くらいおっきいじゃん」
隣の家まで50m先。
「うみ」の家と全く同じ作りなのだ。
この男は一生気づくことはなかった。
「ついた、ついた。あれー?玄関が4つもあるぞ。4つの玄関とか今どき珍しいな」
お前の家も4つあるではないか
「どれを押せばいいんだろ。うーん。一番近いしこれにしよ!」
「ぶぶぶん、ぶぶぶん、ぷー」
この家のインターホンの音だ
「すんごい音だな。俺の家にもなるのかな、なるのかな。帰って鳴らしてみよ。」
中から1人出てきたようだ
「はーい。どうもどうも。今日引っ越してきた子?」
「はい!山中うみです!あ、30歳です!」
「科研るるみでーす。25歳。科研るるみって呼んで。」
科研るるみ、25歳、女、3年前に入村。1人暮らし。
「科研るるみさん。よろしくお願いします」
この男、女をジロジロ見ている。獣の目だ。きもい、キモすぎる。
「よろしくね!移住者が来るとは聞いていたけど、普通そうな男の人でよかった。変な人だと面倒くさいから」
この女は気づいていない。この男、
「変な人」である。
「あ、これつまらないものですが」
この男のサラリーマン時代に培われた接待力はあなどれない。
「つまらないものなら要らないよ」
「え、い、いらない。いらないの?」
あの女、ジョークのつもりで言った。
この男、膝から崩れ落ちる。
「え、あれ?冗談だよ、冗談。ちゃんと喜んでいただきます」
この男、膝から復活。単純な男だ
「ありがとうございます。。これは、東京名物の東京はて奈です。」
東京のお土産といえば東京はて奈。知らない人はいないであろう。しかしこの女
「こ、これが伝説の東京はて奈。初めてみるわ。なんと神々しい箱。」
名前だけしか聞いたことがないのだ。この女、離島でうまれ、都会を経験したことがないのだ。
「喜んでくれてよかったぁ〜」
女は話を聞いていない。この箱だけに集中している。この女、都会のものには執着がないのだ。
「本当にもらっていいの?」
「もちろん。科研るるみさんの為に買ってきたんだから。」
今にも泣きそうな、女。
「うみさん、いや、師匠。師匠と呼ばせてください」
「いや、なんで師匠なんですか」
床が落ちた時よりも戸惑う男
「こんな素晴らしいものを献上してくださるお人を、師匠と呼ばずになんと呼べば」
何度でも言おう、男は女に「東京はて奈」を渡しただけである。
東京はて奈、東京ならどこにでも売っている普通のものだ
「そんな大層なものでもないのに。師匠は恥ずかしいです。」
この男に恥ずかしさとかあったのか。
「師匠じゃダメなのですか?では、うみ神様と呼ばせていただきます。」
この女、「山中うみ」を崇拝してしまっている。
「うみ神様はもっと恥ずかしいですね。じゃあ師匠の方で」
「ははぁー」
この男、初日にして弟子ができる。
「師匠、この東京はて奈を解析して、この村でも流通させます」
言い忘れていたが、この女、科学者である。
「あ、うん。頑張ってください。では私はこれで」
「し、ししょおーーー!」
今生の別れじゃあるまいし。もう1度言う。男は女に「東京はて奈」を渡しただけである。男、50m先の家に走って帰る。
科研るるみ、将来、この女の東京はて奈の解析はこの地にお土産産業に大きく貢献することになるとは今は誰にもわからない。