立花晴2
3年生になった。
私が成長したのか、時間だけが過ぎて行ったのか、よくわからない。
身長も伸びている気はしないし。
昇降口に掲載されているクラス分けの一覧表。
入学式から数えて3回目のその表を、今年は今まで以上にじっくりと確認した。
私はB組、同じクラスに日比野新の名前は見つけたけれど佐内陽の名前は無かった。
「あーぁ、クラス別れちゃったね」
後ろからひなに急に声をかけられたもんだから、ッヒャって声が出て、ひなに笑われた。
ひなの言葉に落ち込む私を慰めるように頭を撫でてくれる。
クラスが別れたって、休み時間は一緒にいるからね。
3年になったら、なんだかんだで進学の事で手一杯になるもんね。
大丈夫、修学旅行の想い出は共有できてるし、私たちの関係に勝るものなんてない。
文化祭とか一緒のクラスで楽しみたかったけど、我慢するよ。
そして、新しい教室。
久しぶりに座る木製の椅子。早春の冷たい空気に晒された椅子は冷たくて、3年生になったことを意識させられる。
新は最前列、窓側に着席していた。
「今日は軽音部の活動はないの?」
お決まりのギターケースが見当たらないので声をかけた。
「今日と明日は入学式の準備と後片付けに駆り出される予定」
「そっか、顧問浅田先生だもんね」
軽音部顧問の浅田先生は教務主任って立場だから当然といば当然か。
新には、がんばれ、と労って肩を揉んでおいた。
明日はついに入学式。ひなの妹、茜ちゃんはもちろんだけど、一番気になるのはやっぱり日比野直だ。
やっと直と会える。
下校時間、昇降口には新入生のクラス表が掲示されていた。
「んーっと、あったあった、C組か、よしよし」
直のクラスはちゃんとチェックした、明日が楽しみだ。
入学式。
3年生にとっては平日の些細な一日だけれど、新入生にとっては特別な一日。
そして私にとっても今日は特別。直とようやく会える。
4限目終了のチャイムの後、クラスの子から連絡先交換をせがまれてしまったので出遅れてしまった。
「くぅ、時間ロスしたーっ、帰るんじゃないぞ、スナオー」
大きく息を吸って、早足でB棟へ急いだ。
直のことだから、クラスに馴染まず、サラッと帰ってしまう可能性もあるからね。
B棟への渡り廊下の先にある階段を見ると、ひなによく似た後ろ姿が階段を下りていくのを発見。
なんでこんなところに?と思いつつも、今はそれどころじゃない、早く直を探さなきゃ。
C組、C組、と口に出しながら歩く。
新入生からの目線が痛い。すみません、3年生がウロウロしてしまって。
大丈夫だよ、心配しないで、1年生を絞めるためにここまで来たんじゃないから。
私の目的は直だからね。
散々探したが、結局直を見つけることはできなかった。
「ウソでしょ、もう帰ったの?早くない?」
独り言の声が大きすぎて、廊下の1年生達がこちらに目線を向けた。
あ、やばい、声出てた。
でも驚くよね、直の行動の早さは尋常じゃない。
いや行動というのは語弊がある、ここは帰宅という言葉が正しい。
まぁ直の性格ならわからなくもないけどさ。
きっと雰囲気に居た堪れなくなって帰ったんだろうな、そう結論づけた。
会いたかったけど、明日に期待。
今日のロスは痛かった、明日はもっと早くB棟へ行ってやる。
教室に戻って新に報告。
「スナオに会えなかったー」
「多分、教室の空気が嫌で人気のないところで一人過ごしてるんじゃねーの」
「スナオの生息地リスト作っといてよー」
新に無茶なお願いをして、今日は帰ることにした。
夜、新からのメールに驚いた。
どうやら直は保健室で休んでいたらしい。
もう体調は大丈夫みたいだけど、ちょっと心配。
明日学校来るかな?また保健室で休んだりするのかな?
体調良かったとして、昼ってどこにいるんだろ?
食堂には行かなそう、教室にいるってこともなさそうだし。
他には…と思っていると新からメール。
今日帰り際にお願いしていた直生息地リストが届いた。グッジョブ新。
しかも可能性高い場所は星印まで付いてるし、できる男だ。
明日は晴れるみたいだし、このリストの中じゃ中庭が一番確率高そうだな。
ひなと一緒に行こうかと思ったけど、あの直だ、絶対人見知りするに違いない。
ならやっぱり最初は一人で行ったほうがいいな。
朝の通学路、舞い散った花びらは歩行者を避けるように歩道の片隅に集まっている。
その歩道を浸す新入生たち。
全てが新しく見える新入生に今この瞬間はどんな風に映っているのだろう。
やっぱり特別なものに見えるんだろうな。
ひなだったらこの風景をどんな写真にするんだろうか。
そう思いながら、ヨルシカの淡く芯のある歌声を聴きながら、新入生に混ざり登校。
この季節にぴったりの曲。
目の前の風景に溶け込んで、私の中に染み込んでくる。
この中に直もいるかな、と一人一人の顔を確認したけれど、直を見つけることはできなかった。
今日直って学校来てるのかな、ちょっと不安。とりあえず、新に確認しなきゃ。
「アラター、今日ってスナオ学校来てる?」
教室入って自分の席に着かずに新の席へ直行。
「俺が出る時に起きたっぽいからわかんないけど、多分来るはず」
「なにさ、多分って」
「あいつもハルに会いたがってたからな、今日会ったら昨日のこと謝るって言ってたし」
「…えっ、そっか、ありがと」
平然を装ったけど、顔に出ちゃってたかも。
直も会いたいって思ってくれてるんだ、それだけで嬉しい。
よし、今日は絶対に時間ロスせず直探索してやる。
昼休み私は新から入手した直生息地リストを片手に、最有力候補を目指した。
最有力候補、星3つ。中庭のベンチ、人気が少なく静かで直が好みそうな場所。
何故人気が少ないか、なんて答えは単純。
要は昼休みに好き好んで木陰の湿った場所に行かない、それだけ。
人が集まるのは大抵日当たりの良い食堂のテラス席、静かな場所なら図書室や校庭のベンチもあるし。
さてさて、素直くんはいるかなーっと。
あっさり直くん発見。
さすが新。ちゃんと弟の生息地を理解してるね。
気づかれないように忍び寄ろうとしたけど、やっぱやめ。
「スーナオー!」
声は届いてるよね?届いてるけど、あの怪訝な目は何?
こちらを凝視して目を離さない。
見つめてるって感じじゃないよな。かなり鋭い目つき、完全に睨んでるよね?
かなり近づいたところでようやく返事があった。
「ハルちゃん?」
「久しぶりー、スナオー!めっちゃおっきくなってるー」
目が悪かっただけ?
ハルちゃんと呼ぶ声の後ろ、完全に「?」マーク付いてたよね。
会いたいとか言ってた割に私の顔覚えてないとか、どうなん?
ま、とりあえず、素直に会えたし良しとしよう。
それにしても、なんちゅうイケメン、同級生なら完全に落ちてるわ。
とりあえず平常心、平常心っと。
「アラタに聞いたらさ、ここかなー、って、会えてよかったー」
直生息地リストを持ってるってことは隠しておかねば。
「昨日は大変だったってね、もう大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫」
「そっか、そっかー」
あ、つい昔の癖で頭撫でてた。どしよ、冷静に考えるとすっごくドキドキしてきた。
「ハルちゃん、髪の毛長くなったね」
そっか、あの頃ショートだったからね、だから初見で分からなかったのかな?
「へへ、大人っぽくなったでしょー」
とりあえず、年上の余裕を見せておこう。
あれ直、何ちょっと赤くなってんのさ、こっちまで照れるって。
「大人っぽ、やば緊張する」
ちょ、その反応、私の方が緊張するって。
イケメンが照れる仕草とか、ファンなら卒倒するよ?
ナチュラルにそういう可愛い仕草は反則だぞ。「スナオ、めっ」。
とりあえず心の中で親指立てて直を叱っておいた。伝わってないと思うけど。
「背もすごく高くなって見下ろされてるしー」
立ってる直の頭を触ろうとしても、背伸びじゃ届かない。
ジャンプして、ようやく頭に触れられるくらい。
あれ、はしゃいでるの私だけ?ちょっと恥ずかしいじゃん、別にいいけどさー。
それとも、久しぶりすぎて人見知り発動しちゃったか?
「ハルちゃん、ハルちゃんのまんまでホッとした」
「なに、さっきは大人っぽいって言ったじゃん」
直の横腹を軽くグーで突いた。
「って、違う違う、落ち着くって意味、大人っぽくても緊張せず話しできるし、あの時のまんまで安心したの」
あ、そういうこと。直あんま喋んないから緊張してると思った。
もともとそんな喋るタイプじゃないもんね。
「そういうことなら許す」
「なんだよそれ」
あっ、直の笑顔、何年ぶりだろ。
「私もホッとした」
「何に?」
「スナオに、だよ」
「意味わからんし」
久しぶりに会ったのに、あの時の延長線上にいることが何より心地良かった。
直にはわかんないだろうな。
離れ離れになった時からずっと思ってた。直に会う時は笑顔で会うんだ、って。
今日、笑顔で再会できて本当によかった。
「これから、またよろしくね!」
胸の中にしまってた想いが一気に飛び出して、涙が溢れそうになったけど上を向いてどうにか堪えた。
振り返って直に手を振って教室へ戻った。
教室へ戻る途中、ひなから声をかけられた。
「ねぇねぇ、さっき中庭でしゃべってた男の子って誰?」
やば、はしゃいでたの見られちゃったか?
「幼馴染、というかこの前言ってたアラタの弟のスナオくんだよ」
「あー、あの子がスナオくんか」
「あれ?ひな、スナオのこと知ってんの?」
「ん?知ってると言えば知ってるかな、昨日知り合った、というか名前は今知った、みたいな」
「どゆこと?」
全く理解できないでいる私を見るに見かねて、ひなが昨日の出来事を説明してくれた。