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被写界深度の奥の君  作者: 日比野ひび
3/5

佐内陽(さないひなた)

 終業式は退屈だった。


 明日から家族で石川県の母方の実家に行く事になっていたので、そのことばかり考えていた。

 山中温泉の老舗旅館が母の実家、この時期に行く目的はもちろん温泉と加能ガニ。

 今年は例年にも増して積雪がすごいらしい。温泉までたどり着けるかが心配だ。

 ホームルームでは担任が高校3年に向けてのこの春休みの大切さを説いている。

 たしかに2年生のわたしたちにはとても重要なことかもしれない。

 が、今のわたしにとっては今年の加能ガニが味わえるか味わえないかの方が余程重要で、思考の優先順位最上位はカニなのである。お願いだからわたしの焼きガニを奪わないでー。

 そして今回は晴れて茜と一緒に温泉にも入れる。やった。

 去年は直前で茜が体調崩したから結局お父さんとわたしだけで行くことになったんだよね。

 妹の茜は温泉が大好きだからすごく楽しみにしてたのに、かわいそうだった。

 今年は思う存分温泉に浸かってね。

 本当、カニなんかほとんど食べず一日に何回入るんだってくらい温泉に浸かるんだもの。

 それって逆に肌に悪いんじゃないかって思ったりもするけど、なぜか茜の肌はきめ細やかなんだよね。

 やっぱり温泉の効能なの?羨ましい。

 とりあえず、明日からの旅行のためにカメラを準備しなきゃね。

 ホームルームの終りを告げるチャイム。

 「そいえば茜ちゃんも来年から桜南だよね?」

 立花晴が早々に声をかけてきた。

 「そうだよ、今から楽しみで仕方ないよ」

 わたしは茜と登校できる事が楽しみで仕方なかった。

 つい先週、桜台南高校に無事合格を決めた妹。この半年間は本当に頑張っていた。

 生徒会副会長も務めていたので内申点も良かったのだと思うけれど、それでも頑張ってる姿を見てたからね。

 本当に褒めてあげたい。

 「佐内姉妹は本当に仲良し姉妹だもんね、一人っ子のわたしからしたら羨ましすぎ」

 「へへ、いいでしょ、茜は誰にも渡さないからねー」

 可愛い茜はわたしの最高の被写体でもあるからね、他人には譲らないよ、撮らせないよ。

 ま、でもハルはハルで茜と対をなすわたしの最高の被写体その2なのだ。

 この二人がいれば、日常の些細な風景のどれもがフォトジェニックに映っちゃう。

 今この瞬間もハルの姿が可愛すぎてシャッターを切りたくなるほど。

 手元にカメラがあれば間違いなくシャッターを切っている。

 今や貴重で高価なフィルムもハルを撮るためなら、何本使ったって構わないくらい。

 春休みのスケジュールをハルが聞いてくる。

 明日から数日はダメだけど、石川県から戻ってきた次の日からは空いてるよ、と返事。

 ハルもその日から空いてるみたい。やった、久しぶりにハルとお出かけできるー。

 久しぶりにレトロ喫茶行って、今開催されている写真展に行って、などと話が盛り上がる。

 ハルはわたしの趣味にも嫌な顔一つ見せず付き合ってくれる。ありがとうハル、大好き。

「あ、そいえば、アラター!、あんたのとこも桜南来るんだよね?スナオー」

 びっくりした。急に大きい声出すなし。

 新くんに話しかけたのね。

 ハルはすごい。何がすごいって、男女で親友が成り立っているのがすごい。

 みんな言うじゃん、男女の親友なんて成立しないなんて。本当この二人は特別って感じ。

 最初は付き合ってるのかと思ってたけど、そうじゃなかった。それ以上に兄妹、家族みたいな雰囲気?

 密着しててもなんとも思わないんだよね、すごいよ。新くんなんて軽音部の部長で女子人気ナンバー1なのにね。

 二人のことを全く知らない人が見たら、絶対美男美女カップルって思っちゃうよね。

 と言うか、この二人って一緒にいることでお互い彼氏彼女できない空気作ってるんじゃない?それ大丈夫?

 新くんが近づいてくる。

 「そう、スナオ来年から桜南だし、よろしくな」

 「スナオもついに高校生か、会うの楽しみ」

 「めちゃでかくなってるよ、身長俺より高いし、前見せたSNSの写真以上に、実物はイケメンだから」

 「マジ?高身長であの顔とか、もう芸能人じゃん、つか芸能人じゃん、絶対初日に見に行ってやるー」

 ハルの目が輝いている。新くんの弟くん何者?芸能人なの?ちょっと気になるかも。

 「じゃ茜ちゃんと同級生なんだ」

 「茜ちゃんって?」

 「ひなの妹ちゃん、これまためちゃ可愛い妹ちゃん」

 「おー、茜ちゃんな」

 ハルが驚いている。たしかにそういう反応になるよね、うん。

 そしてハルのジト目。いやそういう仲じゃないから、新くん早く説明しろし。

 「この前一緒にわたしの叔父のライブ見に行ったんだよ、その時に茜と会ったの」

 なーんでわたしが説明しなきゃなのよ、もう。貸し一つだからね、そう心の中で言いながら新くんを睨んだ。

 新くんはきょとんとしてる。だめだ、そういえばイケメンなのに空気読むの下手だった。天は二物を与えず。

 新くんの弟か、今まで男の子の写真を撮ることがほとんどなかったから、そんなにイケメンなら被写体として興味あるかも、わたしもこっそり見に行っちゃおうかな。


 石川から帰ってきてハルとお出かけ。久しぶりすぎて新鮮。

 お出かけの時はいつものカメラ、ニコンS3。

 渋いカメラ持ってるね、とよく道行くおじさん達に声をかけられる。

 そりゃそうでしょ、おじいちゃんがくれたカメラだもん。

 去年、石川県に遊びに行った時、写真部に入部したことをおじいちゃんに伝えたら、何やら奥からカメラを持ち出してきた。

 今までお父さんのデジタル一眼レフしか使っていなかったわたしにとって、初めて見るレンジファインダー式のカメラ。

 そして、何このエモフォント。ニコンなのにニコンじゃないみたい。

 このフォントに一目惚れして、おじいちゃんにおねだりして譲ってもらった。

 今ではわたしの相棒。一眼レフに慣れてたから最初は使いづらかったけど、もうこのカメラじゃなきゃわたしの写真は撮れない、ってくらいわたしの一部になっている。 

 「またおっきな荷物持ってきてるねー」

 ハルからいつものツッコミ。コンデジに比べると確かに大きな荷物なんだよね、でもこの重量感がまたいいのよ。

 何より唯一無二のニコンフォント。やば、可愛いー。

 手に馴染んだニコンS3を撫でてから、向かいに座ってクリームソーダを啜る親友をカシャと一枚。

 驚いてこちらを見た親友をもう一枚。

 うん、いい音。デジタルのシャッター音じゃなくて、この乾いたシャッター音。癖になる。

 さっきの2枚目、いいのが撮れたっぽい。

 現像しなきゃ分からないけど、背景のボケや少し逆光に反射する長い髪、何ならオールドレンズ特有のフレアまで想像できる。きっといい写真が撮れてる、はず。

 そんなことを想像しながらまた親友にレンズを向けた。

 

 入学式初日、茜の高校生活のはじまりの日。

 少し早めに出て、人通りの少ない通学路を二人でゆっくり歩いて行く。

「おねえちゃん、もういい?」

 36枚撮りのフィルムもそろそろ終わりそう。

「じゃさ、次は振り返ってみよっか」

「えー、まだ撮るのー?…こんな感じ?」

 あ、今の笑顔めちゃよかった。不満を口にした途端、不意打ちの笑顔。お姉ちゃんは逃さないよ。

 いいの撮れた、間違いなく今日イチ。

「そう、いい感じ、次は跳ねてみてよ、スキップみたいな感じ」

「おねえちゃんリクエスト多すぎー」

 すこし膨れた表情も桜台南高校の制服と混じり合うと、それすらフォトジェニックになる。

 いや、茜自体がもうフォトジェニックだからね、何を切り取ってもいい写真になるよ。

 36枚撮り終えて、フィルムを巻き取る。

 おじいちゃんが数年前に買い溜めていたモノクロフィルム。

 モノクロフィルムの値上げが発表された時に、相当な量を買い溜めしたらしい。

 もう使用期限オーバーしてるけど専用の冷蔵庫で保管してたからまだ使えるってことで譲ってもらった。

 この1年で結構使い込んじゃったから、この前石川県に行った時に補充させてもらった。

 今回譲ってもらった分で卒業するまでは持ちそうだ。

 さすがにお小遣いじゃ買えないからね。ありがとう、おじいちゃん。

 裏蓋を開けてフィルムを取り出す。撮り終えたフィルムは茜に持ってもらって、新しいフィルムを装填。今では歩きながらでもフィルム交換できるようになった。

 桜台南高校入学式と書かれた正門で記念撮影。さすがに記念撮影はスマートフォンでも撮影。

 「じゃ、また後でね」

 帰りは一緒に帰ろうと約束し、茜とは昇降口で分かれた。

 3年生の新しい教室までの廊下を歩いてて、はっと気づいた。

 撮り終えたフィルム、茜に渡しっぱなしだったー。はぁもう、後で取りに行かなきゃ。

 「ひなー、おっはよー」

 後ろから元気な挨拶。

 「ハルおはよー」

 負けずにわたしも元気に挨拶。

 「待ちに待った入学式だねー」

 「うん、早速いい写真いっぱい撮れたよー」

 ニコンS3を両手で撫でながらニンマリ。

 「お、早速エロカメラマンやってるねー」

 「エロ言うな」

 ハルのおでこをペシと叩く。

 「あ、そうだ、この前の写真できたよ、想像以上によかったよー」

 そう言って、六つ切りのバライタ紙に焼きつけたモノクロ写真をハルに渡した。

 「エモ!めっちゃいいじゃん、私じゃないみたい」

 「あの時の光の具合がとってもよかったんだよね、でも何よりモデルがイイ!」

 少し照れるハルは可愛い。多分わたしが男子なら、こんな顔されたら惚れてる。

 ハルは裏表がない性格なのに、人の心の中に土足で入ってくるガサツな感じがなくて、ハルのこと嫌いな人なんていないんじゃないか、って思うほど素敵な人柄。

 あれ、もしかしてわたしといつも一緒にいることで彼氏作れない状況になってる?

 わたしのせいだけじゃないな、新くんの存在が一番大きいな。

 2、3年生は昨日から学校が始まっている。

 ハルとは3年になってクラスは離れてしまった。

 でも今までと変わらず休み時間ごとに会いに行くほどに親密。あーあ、同じクラスが良かった。

 

 「よし、ホームルーム終わりー」

 担任の吉田先生はさっぱりしていて、ホームルームの時間が短いのが有名。

 チャイムなる前に終わるのには少し驚いたけれど。

 よし、いざB棟へ!確か茜は1年C組だったはず。

 現像機材は学校にしかないからね。今日のフィルムは今日のうちに現像しておくのがわたしの主義。

 撮り終えたフィルムは溜めない、師匠の教えでもある。

 2年生になってからは、このB棟へ来る機会も減ったな、行くのは保健室くらい。

 保健の横田先生は写真部の顧問、わたしの写真の師匠。

 写真を始めた頃は休み時間ごとに先生のところへ行って、いろいろ教えてもらったなー、懐かしい。

 2年の後半くらいからは、ほとんどこっちの棟にも来なくなった。

 横田先生とは週一の部活のミーティングで顔合わせてるから、横田先生が久しぶりってことじゃないけどね。

 そう思いながら歩いていると、1年生の教室が並ぶB棟3階に到着。

 教室の中に茜の姿は、んー居ないみたい。どこ行っちゃった妹よ。

 てか教室ここであってるよね?

 「ねぇ、ここ1年C組だよね?」

 とりあえず、教室から出てきた長身の男の子に声をかけてみる。

 え、ちょ何、無視するつもり?

 「ちょいちょい、無視はダメだよー」

 こんなあからさまに無視するとか、お姉さん凹んじゃうよ?

 「そうっす」

 え、何に対してのそうっすなの?意味わからん。

 会話が噛み合ってないじゃん。え、彼と私の距離で時差が発生するとか、次元の違う人間なの?

 「ちょ、ちょちょっ、待って待って、待ってって〜」

 もうなんで逃げるわけ?意味わかんない。私先輩よ。

 自分で言うのもあれだけど、顔も可愛いのよ?ハルには敵わないけど。

 「こんな綺麗なお姉さんが声をかけてんだからさ、会話楽しもうよ」 

 ほんと、反応が中学生男子じゃん、ここは年上として会話を引っ張っていってあげようじゃないの。

 「スンマセン、頭痛ひどくて保健室行きたくて、…ごめんなさい」

 え、あそゆこと。

 どれどれお姉さんが見てあげよう。

 あれ、何すごいイケメンじゃん、芸能人なの?しかも身長も高いし、あんたモテるでしょー。

 あでも顔色わる!入学式初日からこれじゃかわいそすぎ。

 「本当だ、顔色相当悪いね」

 「お姉さんが保健室まで案内してあげよっか?」

 とりあえず保健室つれてってあげないと、だね。フィルムも大事だけど、この子に声かけちゃったからには私にも責任あるというか。ほっておけないでしょ、さすがに。

 「いや、大丈夫っす」

 なのに断ってきた!なんで?どう考えても余裕なくない?絶対無理してるよね?

 ほらー、保健室と逆方向に歩こうとしてるし。

 「保健室、逆方向だよ?一緒に行ってあげるよ」

 「スンマセン、じゃあお願いしていいすか」

 うんうん、素直が一番だよ。

 肩貸そうかとも思ったけど、この子絶対断るだろうし、とりあえず並んで歩いてあげるか。

 時折足元がふらつく後輩を支えながら保健室へ急ぐ。

 「私の妹もC組なんだ、茜っていうの、仲良くしてあげてね…」

 あれ?あんま反応ないな。頭痛でそれどころじゃないか。そっとしておいたほうがいいかな。

 保健室に着いたので後は横田先生お任せします。

 そうだ、スポーツドリンクくらい置いといてあげよ。先輩からのお見舞いだ。ありがたく受け取りなさい。

 保健室から少し歩いたら茜と出くわした。

 「茜、どこ行ってたのよー、教室にいなかったじゃん」

 「ごめーん、A棟へ行ってた」

  さては新くん見に行ってたな?

 「でお目当ての人には会えたんですか〜」

 手をマイクがわりに、インタビューしてみたのだけれど、首は横に振られた。

 会えなかったんだね、残念。



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