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勇者に台本はいらない  作者: はか博士
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第一話 転生者は死の味を知っている。

 私には、いくつかのクセがあった。

 例えば、考え事をする時に指で机を叩いたり、例えば、ずり落ちた眼鏡を直す時の仕草であったり──

 例えば、信号が青の時左右を確認しないで、そのまま渡り始めてしまうことだったり。

 "クセ"とは、指摘されなければ一生気づくことが無いかもしれないほんのわずかな悪行のことだ、と私は思う。


 そうでなければ、青信号の横断歩道、白い線の上で、私のはらわたがまろびでているこの状況に説明がつけられないからだ。


 結論から言えば、私は死んだ。

 そして、転生した。



 第一話 転生者は死の味を知っている。



 置かれている状況について、今更説明する必要も無かろう。見たところこの異世界は、近代かそこらのヨーロッパっぽい、いわゆるファンタジーと言われて皆さん想像するであろう、RPGだとか小説だとかでよく出てくるアレだ。

 と、現状説明が終わったところで、私のクセについて、もう一つ公表しておくべきと思う。

 私のクセは、恐らく今皆さんがご覧になっているであろう"コレ"だ。

 脳内の思考を小説のト書きっぽくしてしまう、それも私のクセなのだ。

 一応死ぬ前は趣味でよく小説を書いていたためその名残でもあるのだが、見る人が見れば相当イタいはずである。そこについてはなんというか、ご容赦いただきたい。

 さて、ここで一つ言わせてほしい。

 予め言わせてほしい。

 これから私が考えることに何か特定の作品を攻撃するような意図は無く、あくまで好きだからこそ、疑問に思ったことを口にしたいだけだということを、もしこれを見ている誰かがいるのならご了承いただきたい。


 さて、せっかく転生したからには言いたいことがある。

 皆さんご存知の通り、この感じで行くと、この後私は何らかのチート能力が付与されていることに気がつき、それでスローライフなりハーレムライフなり、あるいは超善人ライフなりを目指すことになるのだが、彼ら主人公が何をモチベーションとしているのか、私はいまいちよく分かっていないのだ。

 考えてもみてほしい。

 転生したからには、この『転生』という言葉が仏教由来そのままの意味であれば、彼らは既に死んでいて、自分の人生を終えている。

 セカンドライフだ何だと言って、神から与えられたもので楽しんだところで、それは人形遊びと変わらないのではないか、と。

 もちろん、人形遊びでも暇つぶしや、現実の鬱憤晴らしくらいはできるだろうが。

 転生した時点で──他者であるという自覚を持って何者かに成った時点で、本来転生者は主観を失っているはずなのだ。だとすれば、どんなチート能力を得ようと富や名声を得ようと、満たされることはないのではないか、だってそれを得たのは自分ではなく、転生した先の他人なのだから。

 今こうして、死んで生まれ変わったことでこの疑念は確信に変わった。

 『死ぬ』ということを本来の意味で知ることは、生きているうちは絶対にありえない。

 しかし、私はそれを経験してしまった。

 異世界であろうと何であろうと、生き物は必ず死ぬ。

 だったら、別にあそこで終わろうと、ここから何かが始まろうと、何も変わらないじゃないか。そんな、ペシミズムだかニヒリズムだか分からない諦観だけが薄らと心の底にあり続けている。


 これから何を手に入れようと、何を得ようと、それが私のものになることはもはや永遠に無いのだ。


 それが、死ぬということだ。


 転生ボーナスという言葉があるが、私に言わせればこれこそがボーナスであり呪いだ。

 転生者は()()()()()()()()()。如何な能力者であろうと、生きているうちは私たちに追いつくことは出来ない。



 しばらくして思考が落ち着き、先よりは少し冷静に辺りを見回す。

 私は今部屋の中に居た。恐らく宿のような場所だろう。何となく見覚えがある。そしてベッド横のテーブルに置いてある道具のほとんどを私のものとして認識することが出来た。

 これはつまり、この身体の記憶なのだろう。文字も日本語と遜色の無い速度で読むことが出来る。

 荷物を漁りつつ朧気な記憶を整理していくと、この身体はこの世界の小説家だったらしいことが分かった。イェルク・バーグナーという名前、身分証明書、財布、あとは服がいくつか、それとネタ帳らしき新品のノートと、書きかけの原稿、ペンとインク。

 これだけあればまあ、しばらくは困らないだろう。

 さて異世界人のフィクションは如何程かと、私は原稿に目を通す。

 結論だけ言うと、そこまで落胆はしなかったものの、飛び上がって喜べるほどのものでもなかった。

 てっきり書きかけかと思っていたが、これで一応はオチがついているようだ。内容としてはノンフィクション寄りの書き方で、男女の色恋沙汰についての短編小説だった。

 前世で書いていたら人目に付くのにも相当時間がかかるだろうが、この時代感で書かれると後の世で名作になっていそうで恐ろしい。


 読み終えた原稿を戻し、窓の外を眺めると、この街はなかなか活気があるようだった。

 さっきモチベーションが無いというような話をしたばかりだが、かと言って"何もしない"をするのはもっとモチベーションが湧かないというものだ。

 宿をチェックアウトして、一度外に出てみることにした。


 受付に言われた1400Gという金額は何となくデカそうな気がしたので、一番大きそうな硬貨をあるだけ三枚出すと、一枚はそのまま返ってきて、六枚小さめの硬貨を返された。つまり大きい方が1000で小さい方が100、ということであってほしい。財布らしき布袋には他にも中くらいのや色が違うものやら色々あった。

まあ以前だって硬貨はそのくらいあったし何なら銀行から発行される紙=金になってて紙幣なんてのもあったんだ、それに比べればまだマシと考えよう。これくらいは慣れなければなるまい。


 カウンター横に、よく旅館なんかに置いてあるメッセージを書き残せるノートが置いてあった。

 せっかくなのでこの世界の文字の試し書きがてら、ペンをお借りして何か書くことにした。

 こういう時何を書くべきか。よく考えれば旅先での思い出も何も無いのだから思い浮かばないのも当然なのだが。


 まあ、無難に──無難でもないか、テキトーに、受付の方が若々しくてとても良かったです、とでも書いておこう。彼女、還暦を超えてそうな感じだが、それにしては元気そうなのは事実だ……し、


 と、視線を上げた途端、ぎょっとした。

 混乱した。

 あろう事か借りているペンを床に取り落としてしまうくらいには動揺した。


 受付の女性、つい数秒前までは髪全てが白く染まっていたというのに、腰はしゃんと伸び、首のシワも肌のシミも気にならなくなって……これじゃ若々しいなんてものじゃない。二十代だ。四十歳以上若返っている。

 異世界によくある魔術の線も考えたが、彼女は彼女で混乱しているようだった。


 一体何が?


 そう思考を巡らす視線の端に一瞬、「それがお前の力だ」という文字列が映ったような気がした。



 これじゃ、"いつもの流れ"だ。



 次の瞬間、私の視界は真っ黒に染まった。


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