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寝顔

作者: 侑希

 今日もまた喧嘩をした。

 喧嘩の始まりは大抵僕の小言からだ。

 今日は子供が怯えるくらいに怒鳴り合ってしまった。

 お互い仕事が大変な時期。ストレスが溜まる。時間的な余裕がない。

 相手が思い通りに動かない、動いてくれないことに、苛立ちの心を隠す余裕もない。

 喧嘩の理由は本当に些細な事ばかり。

 片付けがされていないだとか、タイミングがあわないだとか、ちょっと遅れただとか。

 お付き合いしていた頃なら笑い話にでもなるような、どうでもいいことばかり。


 妻を頭ごなしに怒鳴ったことが忘れられず、僕は少し開けた襖の隙間から眠る彼女の顔を今見ている。

 妻の横には、小学生になった娘がスース―と寝息を立てている。


 僕が会社に行く準備をしている最中に洗面台をつかっているだけで怒ったりした。


「すぐ出ていくんだから僕を優先させろよ、そんなこともわからないのか」


 玄関の靴が揃えられていないからと言って、小言を言った。


「ほんとお前ってこういうの雑だよな、そんな女だと思わなかったわ」


 冷蔵庫の中にずっと放置してある食品の賞味期限が切れているのを見つけては、文句を言った。


「お前、在庫管理できない人なの? 腐ってもしらないぞ」


 掃除機をかける前に埃を拭かないことを指摘した。


「だからいつも家が埃だらけなんだよ、みてみろ。この棚も、テレビの周りも埃だらけだ。掃除の手順知らないのかよ」


 まだまだ。それだけじゃない。


「今日は寒いから厚着していったほうがいいよ」


 と、玄関で見送る妻に、


「早く言えよ、今言われたって準備出来ないだろ」


 と逆に文句をぶつけた。

 さっき夕飯時に言った小言は、最悪だ。

 子供の食が進んでいないことにいら立ちを隠さない妻。

 それに不満を覚える僕はやはり責め立てる。

 

「今日のおかず。味が薄いんだよ。だから子供も全然食べないんだ。自分が薄味が好きだからって、皆が好きなわけじゃないんだ。そんなこともわからないのか」


 そんなこともわからないのか。

 そんなこともわからないのか。

 作って貰っておいて何様なのか。

 僕はいつもそうやって妻を責め続ける。


 目の前で眠る妻がもぞりと体を動かした。彼女の顔の眉間には、しわが寄っている。


 僕はいったい妻の何を分かった気になっているのか。

 何もわかってなどいない。

 自分の事ばかり考えているだけだ。


 今日のお昼。僕がパソコンに向かって調べ物をしていると妻が話しかけてきた。

 その時の妻は、どこかよそよそしく、何かをお願いしに来ていることがすぐにわかった。

 それが妙に僕の心を逆撫でる。


「なに」


 苛立たし気に答えた僕。

 妻はためらいがちに僕の横にくると、ちょっとお高いお菓子セットをネットで買っていいか相談に来たという。

 見てみると確かにかなり割高感のある物だったが、僕にとってはそんなものどうでもよかった。


「好きにすればいいだろ。君の金で買うんだ、なんでそんなこと僕に聞くんだよ」


 まるで邪魔者扱いでもするように、あからさまにつっけんどんに答えた。

 それでも妻はぱぁっと笑顔になる。


「ありがと! じゃ、買うね! 届いたら一緒に食べよ! 邪魔してごめんね!」


 明るい声音で答える彼女は部屋から出ていく。

 妻の笑顔には、喜びがあふれていた。


 僕がどんなにつらく当たっても、きつい言葉をなげかけても、喧嘩をしても、しばらくすると彼女は必ず笑顔を見せてくれる。

 その笑顔は、彼女の心が愛に満ちていることを教えてくれる。


 僕の小言から発展した今日の喧嘩も、きっと彼女は明日には笑って許してくれてしまうだろう。


 僕は今、妻の優しさに不安を感じ、こうやって顔を見にきてしまっている。

 僕はいつからこんな風になってしまったのだろう。どれだけひどい扱いをしてきたのだろう。

 妻を愛していないわけではない。大事に思っていないわけでもない。

 これからも一緒に生きていきたいと思っている。

 忙しく働き、家事をして、子育てもしている妻。

 頑張り屋さんで、一生懸命で、根性があって、心が広くて、愛にあふれてて、ちょっとドジだけど愛嬌のある彼女に、僕はいままで何をしてあげられたのだろう。


 自分の手足のように動くことを求めているだけなんだ。

 僕は一緒に生きるということの意味をはき違えている。

 最近、妻の笑顔を見るたびに心が痛む。それがその証拠だ。


 自分が間違っていることを認めたくなくて、知らないふりして、気づかないふりして、痛みを感じないように自分ばかりを守っている。


 眠る妻に頭を垂れて、僕は今日こそ誓う。

 明日からは君のことを少しでも理解できるようになりたい。

 何に苦しんで、何に悲しんで、何に喜び、感動するのか。

 もし僕が、また何か小言を言おうとしたならば、僕はいまこうやって眠る妻の顔を思い出すことにしよう。


 君が僕のパートナーであり、最愛の人であることを忘れないように。


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