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第五話 君子危うきに近寄らず

 


 今日の授業が全て終わったので、俺は真っ直ぐとある場所へ向かっていた。



「お邪魔しまァす」


 ガラガラーっと、俺は目的地であるサークルの根城に扉から侵入した。中は結構広く、多くの人間が詰めていて視線が一斉に俺へ集まる。

 その中でも、一際大きな机の上に大量の書類を乗せて作業をしていた男がいち早く反応し、いつ立ち上がったのか分からない速度で気付いた時には俺の眼前に立っていた。


 その男はすらりとしたモデルのような長身で、人の良さそうな整った甘い顔。しっかりとセットされた茶髪にピアス。服装も自身に似合い、かつ流行りを取りいれた……実に身だしなみに気を遣っているチャラ男だ。

 歯並びのいい歯をキラリと見せて、柔和な笑みを浮かべてその男は口を開いた。


「ようこそ『noblesse oblige』へ、どうしたの? もしかして今年のミスコン参加希望? 何年生? でも君みたいな可愛い子、俺が見落とすとは思えないけどなぁ……もしかして他大学かな?」


 畳み掛けるように探りを入れてくる男。しかし声色は不思議と相手を刺激せず、やんわりと耳に入ってくる。


 それはさておき、この男は『ノブレス・オブリージュ』……通称、『ミスコンサークル』の代表だ。

 俺は知り合いだが、女の見た目となってから初めて会うのでどうやら俺だと認識していないらしい。

 ミスコンサークルとはその名の通り、学祭の時に開催される『ミスター・ミスコンテスト』、つまり大学一カッコいい男とカワイイ女を決める大会を主催し、かつ進行しているサークルで……一年中ミスコンの事を考えている為、とても可愛い容姿になった俺を見て参加者とするべく代表としての血が騒いだらしい。

 既に彼の片手にはミスコン参加用紙が握られていて、迫ってくる代表から俺が思わず一歩後ずさったところで、後ろから藤代がひょこりと顔を出した。


「ぅげっ! 藤代……っ!」


 藤代の顔を見た瞬間、まるで苦虫を噛んだような反応を見せる代表。この人は基本的に誰に対しても人当たりが良いが、一部の人間にはこの様な対応をとってくる。余談だが、かつて男の俺が来た場合もこの人はこんな顔をしていた。

 俺は面倒だなと思いながらため息を吐き、仕方なく説明をする事にした。


「TAKAYAさん、説明すると長くなりますが……僕、『汐見』なんですよぉ」

「え?」



 *



「話はわかった。それで? 結局何の用なんだ?」


 TAKAYA……名前は芸名みたいなもんだが、彼に軽く事情を説明するとすぐ理解を示してくれ、サークル室内にある大きな応接机に案内されて紳士的にソファーに座らせてくれた。

 男の時とは百八十度違う対応だ。藤代なんて親指で、オラそこに座っとけみたいな顔されてる。藤代も俺の隣に座った。

 向かいにTAKAYAさんも座り、手元からミスコン参加書類を取り出して机に並べ始める。俺はまだ何も言っていないしミスコン参加する為に来たわけではないので、指を鳴らしてサークル室の前で待機していた盗撮野郎……タカミチを呼び出した。

 俺と藤代の後ろに待機させる。するとTAKAYA……代表は首を傾げて俺の言葉を待つ。


「実はコイツを、ミスコンのカメラマンにして欲しいんですよ。一年生なんですけど……あっ、一年生の勧誘リストってあります?」


 勧誘リストとは、ミスコンサークルが目を付けている可愛い・美しい女性リストだ。入学一ヶ月もあれば、美人な一年生はほぼ間違いなくそのリストに入っているだろう。

 代表の見せてくれたリストを眺め、目当ての人物を見つけて机の上に広げる。


「ほぉ……文江フミエちゃんね……シオミくん、君はなかなか目の付け所がいい。整った可愛い系として、俺も一年の中ではかなり有力株と見ている。それで? この子が一体……?」


 俺はニコリと笑って、盗撮野郎タカミチを親指でさす。


「コイツにその子の勧誘とその後の撮影を一任してやってくれませんかね?」


 俺がそう言うと、代表は真剣な顔で顎に手を置いて、暫し考える仕草をした。タカミチを頭の天辺から足先まで見つめ、首から下げられたカメラを見る。


「……なぜ、身体に葉っぱが付いている? シオミと藤代にも言える事だが」


 まるで探偵だ。鋭い眼光で目敏く衣服についた汚れを見つけ、代表はそこを指摘してきた。この人にハンパな嘘は通じないので、俺はニコニコしながら事実を話した。


「いやね、コイツってばこの女の子の事を草葉の陰から盗撮してたわけ。それくらいならミスコンカメラマンとして堂々と撮らせてやろうかなって!」

「えっ、犯罪じゃん。そんな奴ウチに入れたくない……」


 普通に引く代表。俺の笑顔は固まり、どうしたものかと思考を巡らせる。横の藤代が腕を組んでうんうんと頷いていた。いや、そうなのだ。代表が正しい。でも、俺の《念願成就》ゲットの為にも目の前の恋は見捨てるわけにはいかんのだ!


 俺は代表側のソファーに座り直し、スススッと彼の腕を取った。下から見上げるように、天使の様な笑みを浮かべて俺は言う。


「そこをなんとか……」

「うーん」


 代表は好意的に考える素振りを取ってくれた。後一押しである。


「せんぱぁい……あんなやつでも、今から教育すればいいと思うんですよぉ〜」


 出来る限りカワイイ声を出して俺は頼み込む。すると、代表は指一本立てた。


「シオミ、お前のミスコン参加はどうだ?」

「え……それはちょっと……」

「ならこの話は無かったことに……」

「っく。ならば、デート一回! ちゃんと服装整えてきます!」

「むむ! そしてそれをSNSに使うのはどうだ!」


 俺は少し考えた。

 代表は容姿の整った女の子が好きだ。そしてそれを周囲にも見せたいタイプ。ウチの大学で開催されるミスコンは、生徒数の多さから中々の規模である。そしてそれを取り仕切るサークルの代表ともなれば、SNSのアカウント一つとっても規模が大きい。

 まぁでも、代表ほどのイケメンなら……この美しい俺様に並んでもギリ許せるか……? 俺はこの辺りで妥協することにした。


「恋人設定とかでないのなら……」

「よし! 決まりだ! こないだ出来たパンケーキ屋だな! ついでにPR動画にも使うか……? まぁとにかく、ようこそ盗撮くん!」


 ガッ! と凄い勢いで立ち上がり代表はタカミチの手を握った。当のタカミチは現状が理解できず放心のまま流されている。


「シオミ、別にミスコン出ればいいじゃん」


 藤代が不思議だと俺に言ってくるので、俺は頬を掻きながら照れ臭そうに言った。


「いや、急に男から女になってミスコンなんて参加したら……嫌われそうじゃん?」


 俺は、男にモテたいのではなく女にモテたい。今は女の身体でも、その気持ちに変化はなかった。そうなると、ミスコンという女としての美しさを競う場は……ミスコンに参加する高いレベルの女性との恋愛発展の邪魔になる可能性があるのだ。

 万が一にもその可能性を潰すわけにはいかない。俺は常にどんな女性ともフラグを立てていきたいとまで思っている。

 そんな事を掻い摘んで説明したら、藤代はどうでも良さそうに頷いた。


「てか、このタカミチくんをウチに入れて、シオミと藤代は何がしたいわけ?」


 ふと、代表が心底疑問だと聞いてきたので俺は胸を張って答えた。


「タカミチと文江を、カップルにしてやろうかと思いましてね」



 *



 無理だろ。代表の冷たい言葉は俺の心に深く突き刺さった。しかし、俺には今まで二組ものカップルを作った実績がある。はっきり言って俺には才能があると思っている。《念願成就》を集めて男に戻るのもそう遠くないと考えていた。


 だが俺は自惚れていたらしい、キューピッドモードで周りから認識されなくなった俺は、頬を赤く腫らしているタカミチを見下ろしながら溜息を吐いた。


「う、うぅ……」


 呻くタカミチのそばでキューピッドモードを解除して、俺はしゃがみ込んでタカミチの顔を覗き込む。


「おい、お前。コミュ障すぎんだろ……」

「し、仕方ないじゃないですか……文江さんは僕にとって女神なんですよぉ〜」


 遡る事数分前、無事ミスコンサークルに入れてもらえたタカミチは、その証である腕章を腕に巻きつけて意気揚々と文江嬢に話しかけに行った。

 文江嬢は見た目が良い、そういう女の周りには男はもちろん女も多く集まる。つまり授業を受ける為に別教室へ向かう際にも彼女の周りには多くの人間が集まっていて、それはそのまま肉壁として機能する。

 タカミチのような雑魚男がその肉壁を突破できるわけがなく、文江嬢の授業が終わるのを待つしか無かった。終わってすぐ、俺が背中を蹴飛ばしてタカミチに文江嬢のところへ向かわせた。カメラを手に、ミスコンサークルの腕章を付けていればそれだけで話しかける口実になる。


「あ、あ、あ、あ、あのっ、でゅっ、み、ミス、ミスコ」


 だがタカミチは意中の人である文江嬢を前にすると、どう見ても不審者だった。突然カメラを手に持って現れた不審者に、文江嬢は目を丸くさせるだけだったが周囲はそうでは無かった。

 女達はカメラと頼りなくダサい格好のタカミチを見て、それだけで敵意を見せる。男達もまた、文江嬢という可愛い女に近付く怪しい男を前に、カッコいい自分を見せつけようと強い敵意を見せた。

 俺はその時点でヤバいなとは思ったが、時既に遅し、ミスコンサークルの腕章が機能する前にあまり物事を深く考えないタイプの男が拳を出してしまった。

 殴られ、吹き飛んだタカミチは地面を滑り……その隙に取り巻き達が文江嬢をタカミチから離そうと何処かへ連れて行ってしまった……。


 と、まぁこんな流れだ。


「い、痛い……殴らなくても良いじゃないか」

「いや、遠目に見ててもお前はキモかった。正直イキった男に殴られても仕方がない」


 ズバッと言い切った俺の言葉にガックリとするタカミチ。とはいえ、俺の邪魔をした罪は重い、あの男には後で制裁を加えるとしよう。顔はスマホで撮影していたので、その画像を俺の所属するサークルの共有サーバーに送りつける。


 しかし、どうしたものか……俺は頭を悩ませた。タカミチの文江を前にしたときのアガリっぷりは、もうどうしようとなく思えた。


「そもそもタカミチ、お前は文江のどこに惚れたんだ?」


 今更だが、なぜ盗撮をするように至ったのかを聞いていなかった。内心もうコイツは諦めようかなと考えはじめており、その質問は純粋な好奇心である。

 タカミチは、少し考え込んだ。すぐに答えなかった為すでに俺は興味を失っており、頭の中では次のターゲットを探し始めている。


「助け、られたんです……」


 小さな呟きのような声だった。

 タカミチの方を見ると、こちらとは目を合わさずボソボソと話し始める。


「出会いは、受験の時でした……その日僕は、緊張のあまり……」

「シャキシャキ喋らんかぁッ! このボケェっ!」


 あまりにもボソボソと陰気くさかったので我慢できずに俺は吠えた。この美少女ボディーで汚い言葉遣いなどしたくないのに、それをさせてくるタカミチの頬を張りたくてしょうがないところをなんとか抑える。


 その後さっさと事情を話させた結果、まとめるとこういう内容だった。


 受験の日、緊張のあまり腹が痛くなってうずくまっていたところに地味なメガネをかけた文江が心配そうに話しかけてきたらしい。

 戸惑っていると、手を握って落ち着いてと声を掛けてくれた。すると心が軽くなったらしい。

 そして、入学後少し垢抜けた格好の彼女を見かけた。そこで胸がズキュンだ。あとは俺の見た通りの盗撮犯となった。


 なんやかんやで優しい俺は最後まで聞いてあげた。スマホの通知を見ながら、俺はニコリと天使のような笑みでタカミチの肩を掴む。


「なら、文江がピンチの時はお前が助けなきゃな?」



 *



 次の日、文江はとあるサークル室の前に立っていた。そこは文化系のサークルで、名前も『果実料理研究会』とよくわからないが無難そうな名前だった。なぜ果実限定なのか……。

 文江は、不思議そうな表情を浮かべながらそのサークル室の扉を開いた。すると中は狭く、机の上に大きな瓶がいくつも並べられている。

 中には三人ほどの人間がいた。その中の一人は、昨日タカミチの事を殴った男だ。その男は目を見開いて、文江のことを確認するとニカっと気色の悪い笑みを浮かべた。


「文江ちゃん! なんだ、来てくれたんだ! まぁ入って入って!」

「え? え? いや、あの……」


 何やら戸惑っている文江の肩に手を回し、無理矢理部屋の中に入れる男。その様子を、眉を顰めて見ていた他二人の男達……殴った男、通称・殴男の先輩であろう二人は、機敏な動きで扉の側に行って首だけを外に出してキョロキョロと周囲を確認した。


「……鍵をかけろ」

「え!?」


 先輩Aが冷たい口調でそう言って、それに戸惑うのは文江嬢だ。ガチャリと閉められた扉、そして鍵。閉じ込められた形になった文江は、冷や汗を流して唾を飲み込む。


「せ、先輩? 顔怖いっすよ?」


 殴男が少しビビりながら雰囲気の変わった先輩二人にそう言うと、彼らは冷たい視線を殴男に向ける。


「まずいところを見られてしまったな……」


 先輩Aが額を抑えて悲しそうにそう言って、文江嬢をジロリと見る。彼女が身体を震わせるのを見て、彼は溜息を吐いた。

 先輩Bが、机に並べられた瓶の中……果実が詰め込まれ、中は液体で満たされている。瓶を開けてその液体をコップに移す。先輩Bはそのコップを文江嬢の前に差し出した。


「こうなったら、共犯になってもらうしかないな」

「せ、先輩? どういう事っすか?」

「お前も飲むんだ」


 そう言われた殴男は、瓶の中の液体をコップに入れてぐいっと一息に飲む。そして、顔を驚愕に染めた。


「こ、これ! さ、さk「声がデカい!」


 咄嗟に先輩Aが殴男の口を押さえ、先輩Bが周囲の音に耳を凝らす。しばらく沈黙が支配して、やがて安心した様に先輩達は息を吐いた。


「これはな、知られたら少しまずい液体だ。まぁジュースだよ。新入りのお前には今日振る舞うつもりだった……たしかにパーティーだと言ったが、まさか部外者を招き入れるとはな」


 先輩Aがそう言って、現状を把握できてなさそうな文江の顔の前にずいっとジュースの入ったコップ差し出す。


「さぁ……君にも飲んでもらうぞ」

「や、やめてください」


 抵抗する文江嬢だが、先輩達もなりふり構っていられない。彼女の顎を持ち、無理やり飲ませようとコップを口に近づける。


 その時だった。

 バコォン! と突然サークル室のドアが蹴破られる。


「オラァッ! 『マルサ』だコラァッ!」


 叫びながら二人組が室内に凄い勢いで侵入してきた。壊れた扉を踏み抜いて、威嚇するようにその二人は眼光を鋭くさせた。

 そう、その一人が俺であり、もう一人は藤代だ。丸の中にカタカナの『サ』と書かれたマークが背中に印刷された黒の特攻服と黒の学帽を被った俺と藤代はズカズカと中に入る。

 その進路を、先輩達二人が遮った。


「くそっ! 『マルサ』に嗅ぎ付けられたかッ!」

「うおおおっ! 捕まってたまるかッ!」


 先輩Aが俺と藤代の動きを封じようとし、先輩Bが机の上の瓶を回収しようとする。しかし、先輩Aの背後に一瞬で回り込んだ藤代が膝カックンをして片膝を床につかせた。

 そして、俺はその立てられた片膝を踏み台に先輩Aの首を蹴り抜く。そう、キューピッド・シャイニング・ウィザードである。


「グアアああっ!」


 瞬殺された先輩Aを見て顔を引き攣らせた先輩Bは、瓶の回収を諦め窓から逃亡を図ろうとする。しかしそうは問屋がおろさない。

 藤代が懐から長い鎖を取り出して、それを先輩Bに向けて投げる。先端には手錠がついており、先輩Bの足首にガッチリと手錠が噛み込む。


「くっ」


 足を掴まれ、悔しそうに呻く先輩Bを横目に俺は瓶を開けて中の液体に指をつけて舐める……。


「密造酒……アウトだ。これは見逃すわけにはいかないな」


 チラリと、俺は殴男と文江の方を見た。

 突然の事態に困惑する二人に、俺は学帽の下に冷酷な笑みを見せる。


「貴様らも共犯だな? これは校内謹慎では済まないぞ」


 俺に睨まれた殴男と文江は身体を震わせ、何か言い訳をしようと口を開くが……うまく言葉が出ないようだ。俺は聞く耳を持たないふりをした。

 そして、さりげなく合図を送る。部屋の外から中を伺っているはずのタカミチにだ。今、文江は俺に冤罪をかけられている……それを証明する為に、しれっと盗撮していた写真を無実の証拠として俺に見せるのだ。


 するとあら不思議、俺はあっさりと身を引き、殴男とは全く関係のない友人から突然この部屋に誘導されてかつ謎の罪を着せられそうになっている文江はタカミチに感謝をする……つまり、救いのヒーローになるわけだ。


「待ってくれ!」


 そして、狙い通りのタイミングで知らない男が俺と藤代の前に立った。俺の頭の上に疑問符が浮かんだ。藤代の知り合いかな? チラリと見上げると、藤代は俺よりも早く吠えた。


「何者だ貴様ッ!」


 知らない人らしい。 


「文江は無実だ! これを見てくれ!」


 知らない男は懐からデジカメを取り出して写真を見せてきた。それは俺がタカミチに撮るよう言っていた場面と同じ、文江がこのサークル室内に困惑しながらも引き入れられる所だ。

 俺はため息を吐いて首を横に振った。


「お前な、これがなんの証拠になる?」

「ならばこれはどうだ?」


 そう言って知らない男はスマホを取り出して、何かの音声を再生した。


 このサークル室内での会話だった。先輩や殴男の会話がはっきりと音声データとして残っており、それを聞く限り文江は今日初めてここに訪れたことになる。完璧な証拠だった。


「……ちなみにこれはどうやって?」

「ふっ、これだ」


 知らない男は誇らしげに文江の服を弄り、どこぞの頭は大人な小学生名探偵よろしく盗聴器を取り出した。

 俺は困惑した。果たしてこれは本気で言っているのだろうか。もしかすれば、俺こそが何者かに嵌められているのかもしれない。藤代もニコッと笑うだけで何も言わなかった。俺は文江を見た。


「アっくんっ」


 アっくん? 知り合いらしい。ぎゅっとアっくんに抱きついて「怖かったよぉ」と猫撫で声を出す文江を見て、俺はニヒルに笑って踵を返した。


「帰るぞ藤代……この女は無罪らしい」

「別ベクトルの犯罪臭がするけどスルーなの?」


 横でしれっと密造酒先輩ーズと殴男を縛り上げた藤代に俺はそう声を掛けて、帰ってきた言葉に神妙な面持ちで答えを返す。


「この世には触れてはならない事があるんだ……きっとな」



 *



 と、まぁカッコつけたものの後になって調べてみたら、文江という女には高校の頃からの彼氏がいたらしく、それがまた犯罪レベルの束縛を見せているらしい。

 GPS探知に盗聴器……しかしそれを愛だと受け入れているのが文江という女だった。それをミスコンサークル代表に伝えると


「ん? まぁでも見た目良いんでしょ? 俺が勧誘しとくよ」


 見えている地雷だろうと、見た目麗しいならば踏み抜きにいく。これがリーダーの資質か。俺はその件には深く関わらないようにしようと誓った。

 それはさておき、つまりタカミチくんには元より彼女とお近付きになる隙などなかったということになる。彼は盗撮なんてしていた癖に男の影に気付いていなかった。いや、あるいは気付かないフリをしていたのかもしれない……タカミチにとって文江は、神格化されすぎていたのだ……。ミスコンサークル室で項垂れるタカミチの肩に俺は手を置いた。


「タカミチ……もし文江に粉をかけていたらお前、あのヤバそうな彼氏に殺されてたかもしれない。運がよかったと思え、流石の俺もあそこから別れさせてお前と付き合わせるのは至難の業だ。てかあんま関わりたくない」


 俺にとって、はじめてのキューピッド作業失敗ということになる。だが不思議と悔しくなかった。そんな事より変な人達もいるもんだなぁという気持ちの方が大きかったのだ。

 タカミチは顔を上げた。妙に晴れやかな顔だった。どこか吹っ切れたのかもしれない。コソコソと盗撮をしていた彼だが、今回は何も得るものがなかったとはいえ一歩前に踏み出そうとした経験そのものが彼にとって宝になったのだろう。そうに違いない、俺がニコリと頷いていると、彼は言った。


「僕は彼女の彼氏になりたかったんじゃない。美しい彼女を撮りたかったんだ。ありがとうシオミさん。これからも僕は彼女を撮り続けます!」


 太陽のような笑顔だった。愛しの彼女に彼氏がいると知り、そこで自分の気持ちと再び向き合ったのだろう。そして、彼は本当に自分が求めていたものを知った。つまり自分を知ったのだ。

 こいつはミスコンサークルに向いているかもしれない。流れで籍を置くことになった彼は、もしかすればこれからとんでもない才能を発揮するかもしれないな。


 だが盗撮は犯罪なので正義の味方である俺は隠れて撮らずにちゃんと許可取って正面から撮れ、という言葉と共に制裁キューピッドラリアットをタカミチに食らわせた。





「そもそもお主が『恋愛チャート』を使っていれば、すぐに彼氏がいるってわかったのでは?」


 家に帰って今回の顛末を天使長に話すと、真顔でそう言われた。それは確かに、俺は頷き肯定した。

 だがそれには理由があったのだ。


「でもあの能力大して当てにならないし……」



 逆に、恋愛チャートを見ない方が上手くいくと思ったのだ。だが今なら言える、あの力の本当の強さとは……情報だ。しかしまぁ、終わったことはしょうがない。俺は悔しさを噛み締める。


「それはお主の問題ではないかのぉ」


 悔しがる俺にそんなツッコミを入れ、呆れ顔の天使長は首を傾げ……続けて呟く。


「そもそもお主の大学、治安どうなってんの……?」







TIPS


マルサとは、優良サークル保全委員会の略称。


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