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第三話 キューピッド羽交い締め



「まぁできないものは仕方がない。とりあえず今ある情報をまとめよう」


 そう言って俺は恋愛攻略チャートで得た情報をなんとか思い出していく。


 ミサキという女は、高三。そして、たっ……たっちんだっけ? 男の方も高三。そんで、男とミサキは同じクラスで、男には別の女の影がある。


「まっ、こんなところか」

「全然分かってないんじゃあ……」


 天使長が不安そうな顔で俺を見てくるが、しかしそんな心配はこの俺様には不要である。ニコリと笑顔を見せてやった。




「じゃあ、お先にね?」

「ガンバレよぉ、ミサキぃ」


 ミサキの友人二人は彼女から話を聞いて、ニヤニヤしながら更衣室へ向かう。その途中、すれ違った男……たっちんだ、彼にちょっかいを少しかけて姿を消した。

 ミサキの顔が強張る。よくも分からないまま、キューピッドを名乗る謎の存在である俺の言う通り男を呼び止め岩盤浴に誘ったが……不安は大きいらしい。色んな意味で防御の薄い服の裾をギュッと握り、男の到着を待つ。


「ご、ごめん、ちょっと遅くなったかな? 一回シャワーしときたくて……」


 そういって、男が少し上気した肌で少しだけしっとりとした髪をかき上げながらミサキの前にきた。

 普段の野暮ったい彼と違い、どこか色気を感じるのだろう。たしかに男の素材は悪くない。ミサキは見惚れて唾を飲み、言葉を失った。


「しっかりせんかぁ!」


 そこに俺の怒声が突き刺さる。耳元近くで叫んだ俺の声にミサキは大いに驚いた。

 ひへっ! と可愛げのない声をあげて首を急回転させたミサキに男が目を丸くさせるが、慌ててミサキが正気を取り戻してフォローを入れる。


「なんでもない! なんでもないよ!」

「見惚れただけ、だと言え」

「見惚れただけ! あっ!」


 言ってしまった後に顔を真っ赤にして、口を手で抑えるミサキに圧倒される男、いやたっちん。たっちん。


「おい、おい。たっちん引いてないか? 今のはほんとに女側が言うセリフなのか?」


 天使長はやはり心配なのだろう。俺の耳元でそう聞いてくるが、俺は自信満々に頷いた。


「まぁ見てろ。時間がないんだ、ミサキに無駄に消費させるわけにはいかない」


 とりあえず俺は天使長に少し離れておこう、と手で合図をして様子を見守ることにした。


「み、ミサキさん、なんかいつもと違うね」

「え! あ、あぁ……なんか、油断してたとこで会ったからびっくりしたと言うか!」

「えー、それは僕の台詞だけど。でもなんか、いつも手玉に取られてるから新鮮かも」


 そんな会話をして、和やかな雰囲気を見せる二人を見て天使長が感心した様に頷いた。


「成る程な、良い感じじゃないか。ミサキに余裕を無くさせて普段は弱気で受け身っぽそうな、たっちんの方に今日は主導権を握らせる……そういう策だな?」


 キラキラとした目で見つめてくる天使長に、俺はニコリとしてから事実を述べた。


「実はたった今進行中のチャートから離れて%が分からなくなった……」

「!?」


 いきなりの窮地であった。恐らく普段はギャル系のミサキが、ここ岩盤浴でもいつものようにリードする事で道を開く感じの攻略チャートだったのだろう。

 しかし俺の強引な介入により冷静さを欠いたミサキ、ここでたっちんとのパワーバランスが崩れたことで俺が見た恋愛攻略チャートから外れてしまったのだ!

 という事を天使長に説明すると、彼女は憤慨した。


「何やっとんじゃ! そもそもお主は強引すぎ!」


 ぐうの音も出なかった。しかしこうなったのはしょうがない。いつまでも過去をぐちぐち言っていても仕方がないのだ。そして乗りかかった船から降りるようなダサい真似を俺はしない。


「ふん、あんな能力に頼らずとも若造二人、俺にかかれば楽勝だぜ」

「お主と歳そんなに離れてないが」


 といってもしかし、しばらくは様子見といったところか。



 なんか気恥ずかしくなったのか岩盤浴……ちなみにいくつか種類があって、その中でも一番暑いタイプの室内に入っていく二人、それを俺たちはキューピッドモードで空を飛びながらついて行く。


 室内ではあまり喋ってはいけない。それはマナーだ。つまりミサキにすれば、黙っていても共に同じ時間を過ごせるという事。無為にならないその時間はたとえ無言だとしても彼女の心を一度落ち着かせ、かつ覚悟を決める為に大いに役立った。

 しかし俺と天使長は蒸し鳥になって死にそうだった。


「あ、あづい、あづい! お、おお……死ぬ……死ぬのは嫌じゃあ……あれ? 川が見える……」


 ダラダラと汗を垂れ流す俺たち。岩盤浴はサウナと違い、石の上に寝そべる事で体をあっためてなんかこう色々良い効果を得るヤツだが、室温が高いタイプのものは普通に暑い。そして天井スレスレで浮いている俺達は普通にサウナにいるのと遜色がない。


「天使長! しっかりしろォ! 帰ってこい!」


 とてもではないが、天使長はもう保ちそうになかった。仕方がないのでミサキ達二人の監視は諦めて天使長を外に出し、自販機で買ってきた水を力無く横たわる天使長にかけるように飲ませる。


「天使長大丈夫?」

「…………」


 返事がない。どうやら間に合わなかったらしい。キューピッドモードを解除して救護室にでも放り込むべきだろうかと真剣に悩んでいると、ちょうど視界にとあるものが。

 それはまるで冷蔵庫のような気温の部屋だ。岩盤浴を利用していて上がった体温を急激に冷やすための部屋。中央には台があって、上から降ってきた雪が山のように積もっている。俺はこれだ! とその中に入り雪の中に天使長を刺した。


「ぶはぁッ! 殺す気か!」

「良かった、生き返ったか」


 俺がふいーっと汗を拭うと、ぷんぷんしながら天使長は俺の持つ水を奪い取ってガブガブ飲む。


「ここ涼しー」


 ニコニコとそう言って機嫌をよくする天使長。

 テンションの浮き沈みが激しい人だな、と俺はめんどくさそうな視線を天使長を向けておいた。


 ふとその時、偶然にも俺たち以外いなかった冷蔵室(俺命名)にミサキとたっちんが入ってきた。

 どうやらミサキはいつもの調子を取り戻したようで、たっちんに向けて機嫌良さそうな顔を向けて話しかけている。


「はぁー、気持ちいいー。なんかさ、岩盤浴とかで汗かくと、身体が内側から綺麗になったーっ! って感じしない? あっ! 私汗臭くないよね!?」


 焦った顔で自分の着ている服をつまみ臭いを嗅ぐミサキを、たっちんは楽しそうな顔で見つめている。


「分かる。僕はあんまり来ないんだけど、サウナとかでも同じ事思うなぁ。ほらミサキさん、ヘソ見えてるよ」


 少し照れながらヘソが見えている事を指摘するたっちんに、恥ずかしそうに服を戻すミサキ。傍目から見ているとかなり雰囲気は良かった。なんなら普通にカップルにしか見えない。

 すっかり復活した天使長がこれはいけるんじゃないかと言いたげな顔で俺を見てくる。俺も、手応えありそうだと頷いた。


 冷蔵室にもベンチのようなものがあり、二人はそこに並んで座った。ここはむしろ寒いので長居はしないだろう。しかし他に客がいないのでゆっくりと話をするなら今だ。


 俺はミサキの耳元で囁いた。


「ミサキ、もっと身体を密着させろ」


 ビクッ、とミサキが身体を震わせ、少し顔を赤くさせ躊躇うも覚悟を決めた様に拳を握った。しかしそこでまさかのたっちんが、握り込んだ拳を包む様に手を置いてくる!


「寒い? もう出る?」

「ひょあっ」


 突然手に触れられて奇声を上げるミサキ、たっちんはそこで自分が彼女の手に触れていることに気付いたとでも言いたげに、少しやってしまったと顔を赤くさせ手を離した。それを名残惜しそうにミサキが見つめている……。

 しかし自然な手つきで女の手を取るとは……たっちん、見た目は草食系に見えてなかなかやる様だ。俺は感心した。もうたっちんの方にちょっかいかけた方が上手くいくんじゃないかと思ってきた。


「む、むしろたっちんのせいで暑いかも……」


 だがここでミサキが顔を真っ赤にして意味深な台詞を言うという攻撃に出た。「え? それって……?」と、たっちんが言ったので俺はその瞬間にたっちんの胸を軽く殴った。


「うっ」


 胸を抑えて呻くたっちん。ふふふ、少々物理的に過ぎるが、俺の事を何も知らないたっちんからすれば今の衝撃は胸のときめきと誤解してもおかしくはないだろう。

 人間って奴は、勘違いを真実に変えることのできる生き物だ。自分がときめいたのだと錯覚すれば、自分は無意識の内に相手に惹かれていたのだと思うものだ。


 そこで俺は無理矢理たっちんの手を掴みミサキの手を握らせる。


 たっちんも流石に俺の手の感触が分かっただろうが、俺の姿が目に見えない以上……自分が無意識に手を動かしたのだと思い込むのに時間はかからない。

 そこに、気になる異性の手を触ることによる興奮。たっちんは、そろそろ自分がミサキの事を好きなのだと勘違いする頃だろう。いや実際好きなのかもしれないけど、流石にそこまでは俺も分からない。でも多分良い感情は持ってる。


 ミサキとたっちんが顔を互いに真っ赤にしながら見つめ合う。俺の横の天使長は汗が冷えてガクガクブルブルしていた。


「あの、出ていたらどうですかね?」

「ぞ、ぞうずる……っ!」


 鼻水を垂らして自身の身体を抱く天使長を俺は呆れた視線で見送った。突然開いた扉にミサキとたっちんがビクッと驚いて慌てて手を離してしまう。それはそうだ、二人からすれば扉がひとりでに開き、勝手に閉まる謎現象ときた。


 いい雰囲気に水どころか冷水をぶっかけた天使長は一人で岩盤浴に入っていく、一方色んな意味で冷めてしまったミサキ達は、身体が冷えていることに気付いて冷蔵室から出て行ってしまった。


 俺はそんな一連の流れを見ていて、このままではらちがあかないとイライラを露わにした。


 そもそも何を好き好んで高校生のイチャイチャを見ていなきゃならんのだ、こいつら高三ってことは今年受験だぞ? 遊んでんじゃねぇぞ、異性にうつつを抜かしやがって……。俺は憤慨した。決して自分の受験期の灰色さを思い出した嫉みではない、勉強の大切さを分からせてやりたいと思っただけだ。


 ふと俺は天啓を得た。恋愛において最も大事なものは、タイミングでありイベントだ。そろそろ家で見たいテレビもあるのでさっさと終わらせる為には、劇的なイベントが必要だという話である。


「ミサキ……次はサウナに入れ……」

「うわっ! あ、サウナ行こう! たっちん、サウナ!」


 俺の存在を忘れていたのだろうか、突然話しかけられてミサキは動揺する。またもたっちんに変な目で見られるが、それを誤魔化し岩盤浴ゾーンに一つだけある大きなサウナに入っていった。


「あの部屋はなんか違うのか?」


 体温が戻り、元気を取り戻した天使長がいつの間にか買っていたアイスを食べている。それは俺の財布だよね? 何勝手に使ってるんすか。

 まぁそれはさておき、俺は真剣な顔を崩さず、しかし俺自身はサウナに入るのを躊躇していた。だが、俺も入らない事には計画を実行できない。ここが勝負所か……俺は頭から水を被った。


「ここは、いわゆる『ロウリュ』という奴だ」

「『ロウリュ』?」


 首を傾げる天使長に、俺は畏怖の気持ちを隠さず垂れる水滴を拭いながら唾を飲み答えた。


「ああ……定期的に熱せられた石にアロマ水をかけて周りにうちわで熱風を送り込むというイベントが発生する……雑に言えば、体感温度が『クソ暑い』サウナだ!! そしてそのイベントは、まさに今から開始なのだ!」


 アロマ水の入ったバケツを抱えた従業員が、二人くらいで巨大なうちわを持ってサウナの中に入っていった。俺は勇気を振り絞り、天使長の腕を掴み引っ張っていく。


「え、え!? ワシも!?」


 従業員に続いて中に入ると、まるで肌を刺すような熱気が襲ってくる。


「グッ!」


 思わず呻いてしまうが、ここで退いてはいけない。俺は天使長の手を離す事なく、ミサキとたっちんの側に待機する。


「あ、熱いね……」

「ちょうどロウリュが始まるよ、僕あんまり経験ないんだよね」


 普通に仲良さそうな感じ。もういいんじゃね? 《念願成就》くれ。

 とりあえずその後の展開は割愛する。二人は普通に熱風を食らい、キャッキャとはしゃいでいた。もちろんおかわりも二回くらいさせた。

 経験した者なら分かるが、アロマ水が蒸発した湿気のある熱風をうちわで送られると、よくこれで人は死なないなと思う程、熱い。



「グッ! グアアアアアァァァッ!!」


 ちなみに横で熱風を受けた天使長のリアクションはまるで悲鳴だった。語彙力を失い、爆発から身を守る様な姿勢で俺に掴まれた手を振り払えず熱風を受けていた。

 ミサキ達の側でおかわりも共に食らっているため、ロウリュイベントが終了した今はうわごとの様に「人間頭おかしい」と何度も呟いて力無く項垂れていた。



 イベントが終わると、中にいた奴等は休憩の為にほとんどが外へ向かう。もちろん、例に漏れずミサキ達も外に出ようとしていた。ここからが勝負であった。

 ガッ! と俺はミサキを羽交い締めにして、汗をダラダラ流しながら行く手を阻む。


「え!? うぐっ!?」


 そしてすかさず口を塞ぎ、何も言えない様にする。ウーウーと呻き暴れるミサキをキューピッド羽交い締めおよびキューピッド口封じで強引に抑える。身体のサイズは負けているが、キューピッドパワーで何とか抑え込んだ。


「み、ミサキさん?」


 一向に出ようとしないミサキに、たっちんが戸惑っている。だが俺とミサキはそれ所ではない。互いに全力だ(クソ暑いサウナの中で)。顔を真っ赤にしながら暴れるミサキを同じく顔を真っ赤にして抑え込む俺。


 朦朧とする視界、虚ろになっていく意識。天使長がその隙に外へ逃げ出すのを横目に確認して……ついにその時が来た。


 ミサキの目が反転する。

 全身真っ赤な茹で蛸みたいにして、ミサキはそのままぶっ倒れた。


「ミサキさん!」


 たっちんが叫ぶその声を遠くに聞きながら、俺は這いずるようにその場から逃げ出す。


 しかし、やはり無理が祟った様だ。サウナの外に出たところで、俺も意識を失った。薄れいく意識の中、俺は勝利を確信していた。

 だが、詰めを……。



 *



 気付いたら小一時間経っていた。


「し、しまった!!」


 ガバッと起き上がると、アホ毛が揺れて顔にかかる。キューピッドモードが解除されてる……。


「おぉ、起きたか。死んだかとおもった」


 横を見ると、天使長がホッとした顔で俺を見つめていた。そのまま周囲を見渡すと、どうやら俺が寝そべっていたのは休憩スペースの様だ。恐らく天使長が運んでくれたのだろう。目の前の机には料理が並んでおり、全ての皿が空っぽだった。


「俺の分は?」

「今から頼めば?」


 人の金で食っといてなんだこの人。だが普通に身体がだるいのでメニューを指差して頼んでくれと目で訴えた。


「ええ? ちっ、しょうがないのぉ……」


 しばらくして、俺の分のご飯を調達してくれた天使長が戻ってくる。少し休んで頭がはっきりしてきたので、俺は気になった事を聞いた。


「そういえば、ミサキ達どこ行った?」

「もう帰ったよ」


 なにぃ!? まだ気絶してると思ったのに!

 俺は慌てて飯を掻き込み、すぐに出るぞと天使長を急かす。


「待て待て、無茶するとまたぶっ倒れるぞ」

「いや、大詰めが待っている! 急がないと機を失うぞ!」


 大慌てで着替え、外に出た。すぐにキューピッドアンテナを起動しミサキ達の気配を追う。


「見つけた!」


 そして発見! そう遠くはない、急がねばと俺は走り出す。天使長が呆れた顔で聞いてきた。


「何を焦っておる。そもそも、何でサウナでミサキの足止めを? 何かの策か?」


 走るのも疲れたので一度立ち止まり、休憩した俺はやっぱり歩く事にした。なんとなく天使長の目が生暖かい、無理をするなよという普通の優しさがなんだか気恥ずかしい。

 それはさておき、俺は天使長に計画を話すことにした。


「いや、あそこでミサキが倒れるだろ? そしてその世話をたっちんがするわけだ」


 まず一つ目と指を立ててそう言った。


 あとはそんな難しい話ではない。たっちんに無防備で弱った姿を見せ、そしてミサキは正常な判断をできない様鈍らせる……あのサウナでの攻防は二つの意味があった。


「そんで、なんやかんやで救護室的な所でミサキに告白させて……という流れだった、たっちんのミサキへの好感度は高い、そこに加えて『放って置けない』状況はかなりカップル成立に有利に働くだろう、という目論見だったわけだが……」


 ここまで説明して俺はクッ、と口惜しく唇を噛んだ。


「なるほど、策に溺れたわけだ」


 うんうんと天使長が頷いている。悔しいがその通りである。そんなこんなで歩いてようやくミサキ達に追いついた。


「あ、あの、たっちん……今日は、なんかごめんね? 最後も迷惑ばっかりかけて」

「いや、大丈夫だよ。それよりも家まで送らなくても本当に大丈夫?」


 たっちんは本気で心配していた。しかしミサキは恥ずかしそうに顔の前で両手を振る。


「だ、大丈夫大丈夫! もうすぐそこだし!」


 別れ道の片方の先を指差すミサキに、たっちんは少し寂しげに見える顔で頷いた。俺はその様子を見て、これはいける! と走り出す。


「じゃあ、また学校で」

「うん、じゃあねたっちん! 今日はありがとう!」


 たっちんに背を向けて、走り出そうとするミサキ。どうやらたっちんは見えなくなるまで見送るつもりの様で、笑顔で片手を上げた状態でミサキの背を見つめていた。


「ちっ! ミサキめ! 今めっちゃいい雰囲気だろ!」


 告らせるなら今だ! と俺はダッシュで二人の元へ向かう。



 その時、クルッとミサキが振り返り小走りでたっちんの元へ戻り、彼の手をぎゅっと握った。


 思わず急ブレーキをかけて立ち止まる。一瞬、たがミサキとたっちんにとってはとても長く感じたであろう沈黙が場を支配した。


「たっちん! 好きです! 付き合って下さい!」


 おおっ! とすぐ後ろにいた天使長が歓喜の声を上げた。まだ、たっちんが返事をしていないと俺は唾を飲む。


「……こちらこそ、お願いします」


 カッ! と二人から光が放たれた。光の中からハートが飛び出して、俺の元に飛んでくる。


「おおっ! やった! 《念願成就》だぁ!」


 我が事の様に喜ぶ天使長だが、当の俺はポカンと口を開けてミサキの勇気に驚いていた。最後、彼女は俺のゴリ押しなく、一人で勇気を出して告白した。本当に短い付き合いだが、ミサキにはその勇気はないものだと思い込んでいた。そしてそれは思い上がりだった。


 浮かぶハートに触れると、溶ける様に俺の身体に消えていく。


 その後しばらく二人は何やら話をして、ミサキの方から恥ずかしそうに背を向けて走って去っていった。




「やるなミサキ」


 家に入ろうとするミサキを、俺は姿を現して褒め称える。ヘヘッと、鼻の下を擦りながら俺は照れ臭そうに言った。


「驚いたぜ、見事たっちんを落としてみせたな。あそこで攻めなかったら、もしかしたら違う未来が待っていたかもしれない。だがお前の勇気が」


 俺が偉そうになんかそれっぽい事を語っていると、ミサキは気まずそうに俺から目を逸らし、遮る様に言った。


「いや……ここで、勇気出しとかないと……いつまでもキューピッドに絡まれるのかなって思ったら……」


 ……。


 天使長は同情の視線をミサキに送っている。

 ニコッと笑って、俺も逆の立場ならそうかもと思ったので何も言い返せずに姿を消した。





TIPS

天使長は岩盤浴に少しハマったらしい

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― 新着の感想 ―
[良い点] 草生える 残念でもなく当然 自覚してる辺りが良いよね、言われてみればそりゃそうだ
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