第1話 恋のTSキューピッド爆誕!?
大学二年の春。
とても健全な男子だった俺は、朝に目が覚めると女の子になっていた。
短めの緑の髪、何故か一房だけ腰近くまであるアホ毛。白く透き通った肌に綺麗な翠眼。細身の身体は元の身長より低く女性平均より下くらいか、胸はそこそこ……。うん、中々美しい。
部屋の立て鏡に写る、可愛らしい自分の姿を呆然と小一時間見つめて俺は緑の髪をワシワシと掻きむしり叫ぶ。
「なんだこれはー!」
『ツッコミまで時間かかったのぉ』
呆れた様な謎の声。慌てて振り返ると、なんと俺のベッドに寝転ぶ謎の人の形をした光があった。微妙に眩しい。
「え、なになに今度は」
『お前が元の身体に戻る方法は一つ』
聞いてもいないのに早速重要なことを口にする光の人。立て続けに起こる超常現象に頭が追いついていないので「あ、はい」と曖昧な返事をして続きを待った。
『恋のキューピッドとして、百組のカップルを作ることだぁっ!』
「な、なんだってーっ!?」
*
つまりどういうことだろう。
俺は眩しいので微妙に薄目になりながら光の人に話しかける。
「あの、急展開すぎて話についていけないんですけど。読み切り漫画でも、もう少し説明ありますよ」
『だから、男から女になったお前が元の身体に戻る為には恋のキューピッドとしてカップル百組成立させる必要があるといっておる、ちっ……だから下民は』
なんでキレてんのこの人。
俺が不満を顔に浮かべると光の人はハッと何かに気付いた。
『まさか男に戻りたくないのか……!? それは想定外……』
そう言われ、俺はズリ落ちそうなズボンの腹を広げて股間を覗く。股間にいた立派な息子はもういない。余談であるが、未使用だ。
俺は少し考えた。
まず……光の人の言う事が正しいのならば、言う通りにしないと男に戻れないということになる。余談であるが、未使用の息子がいた。
「一つ質問があります」
『なんじゃ』
光の人が寝転んだままその辺に落ちてた俺の漫画を手に取り読み始めた。俺は真剣な顔をで聞く。
「ちんこだけでも生やせないんですか?」
『バカか? できるわけなかろう』
俺は膝から崩れ落ち、床を強く叩いて咽び泣いた。別に大きな問題ではないのだが、別に大きな問題ではないのだが未使用だった息子のことを思う魂の慟哭である。
「男に戻りたいです!!」
『す、清々しい程の男根脳だな……」
失礼にも、少し引いている光の人に俺は詰めよって叫ぶ。
「なんだと!? まだ使ってなかったんだぞ! あくまでも余談だけど!」
胸ぐらを掴む勢いで光の人に近付くと、触ろうとしたところでバチンと強く不可視の力に弾かれて俺は床を転がった。
バッと光の人は俺のベッドの上に立ち上がり、手をこちらに向けてもう一度宣言する。
『ならばやはり、お前は恋のキューピッドとして百組成立を目指すのじゃあ!』
さっきからそればっかりだけど、いったいそれはどういうことなの? 俺が女にされた理由と繋がらなくない? と当たり前の疑問が浮かんだのでそこを聞いてみた。
するとこんな答えが返ってくる。
『お前を女にしたのは、天使長であるワシではなく……言うなればワシより上の存在よ』
て、天使……長!?
「天使長って何!?」
『貴様ら下民より余程高貴な存在だと理解しておけば問題はない』
「あ、そういう感じの高慢キャラなんだ」
俺の言葉は無視して、光の人こと天使長は話を続けた。
『恋のキューピッドは、一組カップルを成立させることで《念願成就》の力を一つ得る事ができる……しかしキューピッドになり、かつ性別を反転し、更にそれを周囲の人間になんの問題もなく認識させる程……因果を操作されたお前の運命を元に戻すには……』
勿体ぶって光の人は言葉を溜める。
しかし何気にとんでもない説明をサラッと入れてきている。因果の操作ってなんすか。
『《念願成就》の力を百!! 必要とするのじゃあ!』
ちょっと待って欲しいので俺は挙手して質問をした。
「あの、わけわかんないことばっかなんですけど……つまり恋のキューピッドってのは女にしかなれなくて、だから俺が女になったって事でいいんですかね?」
天使長はキョトンとして首を振った。
『いや男でもなれるよ?』
「じゃあなんで女になってんの!?」
ふっ、と鼻で笑った光の人がめんどくさそうに言う。
『それこそ神の御意志というやつよ』
*
「そもそもなに、恋のキューピッドってバカじゃないの?」
『おい、貴様このワシに向かってなんて口を聞きやがる。お前はごちゃごちゃ言わんと黙ってカップル作ってこんかい』
イラッとしてきたので口が悪くなる俺にイラッとする天使長。大きくため息を吐いた天使長が俺に指を向け、またも呆れたように言う。
『しゃあないのぉ、ワシがレクチャーしてやるわい。まずは《キューピッドアンテナ》っ!!』
ビビッと俺のアホ毛が天に向けて立ち上がる。頭皮が抜けるのではないかというくらいだ! 痛い!
『《キューピッドアンテナ》は近くの恋の気配を感知する事ができるのじゃっ! そして《キューピッドチェンジ》っ!』
ギュルンっ! と俺のアホ毛が頭の上で円を描く。そう、それはまるで天使の輪。そしてそのまま輪っかは光り輝き俺の身体を宙に浮かばせた!
「お、おおおおおっ!」
背から天使の羽が生え! 俺は身体の中から湧いてくる《力》に打ち震えた……! う、浮いてるっ!
『キューピッドモードのお前は他の人間の目には映らない! しかしもちろん干渉することはできる……つまり分かるな? お前はその力を使ってカップルになりそうな者を見つけて手助けするのじゃ!』
な、なるほど!
プカプカと自分の部屋の中で飛行能力を試しながら俺は大きく頷いた。つまり女風呂を覗き放題というわけだな!?
ビカッ! と俺に落雷が落ちた。
全身に激痛。悶えて床に落ちて転げ回る焦げた俺を天使長が冷静に見つめている。
『ちなみに邪な考えを持ちキューピッドモードを悪用しようとすると天罰が降ります』
よく分かりました……。未だ痺れの残る身体を震わせながら俺は天に謝った。なるほど良くできてやがる……。
『まっ、とりあえずカップル作りに行ってみよー』
いつまでも部屋でグダグダしているわけにもいかないのでそういうことになった。
俺のボロアパートを出て少しした路地、アンテナを頼りに天使長と標的を探す。道中、後ろからついてくる天使長はグダグダと呟いている。
『かー、めんどくせっ。んでワシがこんなことせにゃならんのだ。一人でいけっ! タコ!』
殴りてぇ〜……。俺は笑顔でそう思った。めんどくせぇのはこっちのセリフだ。そもそもいきなりこんなことさせられてる俺の気持ちになりやがれ。
「天使長、さっきからうるさいんですけど?」
『うるさいとはなんだ。忙しい中こうしてお前を手伝ってやってるのにのぉ……』
なんなのこの人。俺はさっき落雷を落としてきた天に向かって心の中で叫ぶ。担当変えて下さーい!
『おい! 口にでとるぞ! この優秀なワシで何の不満がある!』
ぷんすかと怒る天使長を無視してアンテナの反応を探る。発見! ささっと影に隠れて後ろの天使長にも静かにしろと指を立てる。
『いや、だからキューピッドモードなら周りに気付かれんて』
対象を発見した。
アンテナが反応しているのは、何やらゴミ捨て場の前で膝をついて咽び泣くデブ男だ。俺は戸惑いながらも様子を見た。
「ウォオォォォン! さよなら、さよなら俺のミィコちゃーん!」
なんかアニメ絵の描かれた抱き枕を抱いていた。俺は振り返って天使長に自分のアンテナを指差して、真顔で壊れていることを伝えた。どうやら欠陥品らしい。クーリングオフをお願いします。
『壊れているわけないだろ。ほらあの男をもっとよく見てみろ! キューピッドモードの力はまだ他にもある!』
いや……カップル成立の力なんでしょう? あんなのが人と付き合えるわけねぇだろ。あ、あれか? 三次元対三次元とは限らないのかな? そう思って俺はもう一度ゴミ捨て場の前の男を見る。
デブ男は、まだゴミを抱いて泣いている。じっと見つめていると、不思議な感覚があった。脳裏に浮かぶ知らない女の人の顔……そして、デブ男とその女の人がカップルに至るまでの様々な手段……攻略チャートというやつだ! す、すごい……! これが恋のキューピッドの力……?
相手の女の人は、とても美人だ。悪いがあのデブ男に見合っているとは思えない。浮かんだ様々な攻略チャート。それら全てには成功確率が存在する。
最大で5%。俺は踵を返して帰路についた。
『待て待て! 何を諦めとる! 早く成立させてこんか!』
「アホか! 最大5パーって、それでも奇跡だわ! 見ろ、外で抱き枕抱いてゴミ捨て場の前で咽び泣くデブ男なんて需要あるわけないだろ!」
俺の腰を掴んで引き留めようとする天使長をなんとか剥がし、俺は別の対象を探すためアンテナを起動する。しかし、何度やっても先程のデブ男に反応する。
くそっ! やはり壊れてやがる!
『一度ロックオンした対象からは変更できないぞ』
ゴミじゃん……。腹が立ったのでアンテナをむしろうとするが、俺の頭皮が先に逝ってしまいそうだったので諦めた。
仕方がないか。というわけでとにかくこのデブ男を何とかしなければいけない。しかしキューピッドモードの俺をどうやら視認できないというのは本当らしく、デブ男の前でウロウロしても全く反応がない。
キューピッドモード解除。頭頂部に輪っかを作って僅かに発光していたアホ毛が重力に負けて垂れ下がる。
そして、突然視界に現れた俺にデブ男はビクッと身体を震わせて後退りした。
「……っ!? て、天使!?」
キューピッドです。確かに愛らしくも美しい今の俺を見て目を丸くさせるのも仕方があるまいな。とはいえ今はそんなリアクションにいちいち反応している場合ではない。
「だ、ダボシャツ天使……?」
ダボシャツ天使ってなんだ。俺は自分の格好を今一度確認する。男時代のシャツを羽織っただけの姿。下はノーパンである。
『変態じゃね?』
天使長から最もな意見を頂戴するが、そもそもサイズが合わねーんだから元はと言えばテメーらのせいだろ。
文句は山ほどあるがとにかく話を進めよう。俺はニコりと笑ってデブ男に手を差し伸べたが、握手されたらキモいなと思って引っ込めた。
「私は貴方の恋を応援しにきました!」
「詐欺か!? 詐欺だな!? くそっ、もてあそびやがって、どこに怖いお兄さんが隠れているんだ!」
汚らしい手で俺の肩を強く掴みデブ男が唾を撒き散らしてくる。俺は思わず顔が歪ませ、デブ男の顔面を引っ叩きたくなる衝動を何とか抑える。
美人局に引っ掛かった事でもあるのかというくらい迫真の顔で俺を責めるデブ男の肩に、何者かが後ろから手を置いた。デブ男が振り返ると、そこには青い制服を着たポリスメンが立っている。
「君、ちょっといいかな?」
「ご、誤解です……むしろ僕は騙される側というべきですか……」
ポリスメンは若い女の子に迫る変態らしきデブ男を警戒しつつも、刺激しないようニコニコ笑顔だ。それに対してデブ男は愛想笑いのつもりか気色悪い笑顔で首を横に振っている。
その時、一陣の風が吹いた。悪戯な風は俺のシャツを捲り上げ、その中の秘奥をデブ男とポリスメンに見せつける。ポリスメンの顔が引き攣った。即座に手錠を取り出しデブ男の手にかける。
無線を手に取り言った。
「女の子に暴行していた男を現行犯逮捕した! や、やばいやつだ……! 応援を頼む!」
「ち、違う僕じゃないー!!」
*
もはや辺りが暗くなった頃、近所の防犯カメラの映像と俺の証言によってデブ男は誤解が晴れて解放された。誤解といってもデブ男が突然俺の肩を掴んだ辺りは通報されてもおかしくない行為なので、俺が許したとはいえ厳重注意はされたようだ。
トボトボと帰路につくデブ男の後ろを、キューピッドモードの俺と天使長が続く。
『おいおい、どうするんじゃ? 前科者になったアイツに恋の相手なんて作れるかよ?』
「前科はギリついてないけど、ほぼほぼ不可能……」
俺も理由の一端とはいえ、警察に御用されるところを近所の住民に見られていたデブ男のカップル成立確率は最大で3%まで下がってしまった。なるほど世間の評価もこういう所に影響が出るわけだ。
トボトボと後ろをついていき、やがて橋の上を通る際……ふとデブ男が何かに気付いた。橋の下、流れる川の側に立つ人物がいる。薄暗くてよく分からないがどうやら女性のようだ。
デブ男は、あの人何をしてんだろ? と言いたげに橋の上からその女性を見下ろした。その女性は川の中に恐る恐る足を踏み入れて、まるで何かを探しているようだ。
俺はふと気になって橋の下まで降りて、川に入る女性の顔を見に行った。
綺麗に染めた茶髪に少しパーマを当てていて、お洒落な服に身を包む美人さん。どこかでOLとかやってそうな人だ。その顔にどこか既視感があるなと思えば、なんとあのデブ男の恋愛チャートで脳裏をよぎった女性ではないか。
つまり、最大で3%とかいうほぼ不可能に近い数値ながらもあのデブ男とカップル成立し得る存在だ。
身なりに気をつけていそうな彼女が、こんな川に足を突っ込む理由……何かを探している素振り……俺のキューピッドセンサー(?)がビビビッと天啓を得た。
ビュンッと橋の上に戻り、何とかしてデブ男にアプローチさせようとするが、なんとデブ男は千載一遇のチャンスを前に普通に家に帰ろうとしていた。
こ、このばかっ! 俺のキューピッドセンサーの解析によると、今この瞬間を逃せばこのデブ男の3%は0になる!
とはいえしかし、今また俺がコイツの目の前に姿を現してもデブ男は警戒して逃げてしまうだろう。捕まった原因だしね。
仕方がないので俺はキューピッドモードのまま助走をつけてデブ男にドロップキック。突然目に見えないなにかに蹴られたデブ男は大層驚きながら橋の手すりに身体をぶつけ、キョロキョロとあたりを見渡した。
「な、なんだなんだ!?」
すかさず俺はデブ男の両足を掴む。
「どっせぇぇい!」
「ぎゃあああ!」
『うわぁ……』
そしてそのまま全力で持ち上げる!
いくら体重差があるとはいえ不意打ち気味の俺の蛮行にデブ男は抵抗できるわけもなく、ひっくり返って橋の下に落下した。
ドパァァン! と凄まじい水飛沫を橋の上にまで巻き上げてデブ男は着水する。俺はガッツポーズをして吠えた。
「よっしゃぁ!」
『ええ……うわぁ……』
さっきから横で天使長がドン引きしているが、ともかくこれでデブ男はOLに認識してもらえた。
ほらみろ、と俺は天使長に橋の下を見るよう指をさす。
「あの美人OLがデブ男に気付いて駆け寄っている。まぁまずは出会いからってね」
『雑すぎんだろ……えぇ……あの女もドン引きしてんじゃーん』
突然、飛び込み自殺かと思わせる勢いで川に飛び込んできたデブ男に、OLが顔を青くさせながら服が濡れるのも厭わず駆け寄っている姿を見て俺は唇を噛み締めた。
「っく! デブ男に勿体無いくらいの良い人じゃないか」
『ええっ……お主がデブ男の何を知っている……?』
プカリとデブ男が水面に浮かび、おずおずとOLがつついている。ピクリとデブ男が動き、ガバッと勢いよく顔を上げた。
「し、死ぬかと思った……! ん? 何だこれ」
三途の川を渡りかけたのか血走った目を限界まで見開いて荒い呼吸をするデブ男は、ふと自分がいつの間にか握り込んでいた物に気付き目の前に持ってくる。
それは、安物のペンダントだった。まるで子供用のおもちゃだ。
「なんか、どこかで見た事のあるような……」
「そ、それ! 私のなんです!」
デブ男が手に持つペンダントに、強く反応したのがOLだった。やはり川に入っていたのは物を探していたようで、それこそデブ男の持つペンダントだったのだ。
「あ、あ、あ、あぁっ、そうなんでしゅかっ! あ、これ、どうぞ」
突然美人の女が詰め寄ってきた事に動揺したデブ男が顔を真っ赤にしながら一歩後退り、ペンダントを差し出す。それを潤んだ瞳で嬉しそうに受け取ろうとして、OLはデブ男の顔をよく見て……目を丸くさせた。
「まさか、たっちゃん?」
「えっ?」
キョトンとしたデブ男に、やっぱりそうだとOLが満面の笑みを浮かべて飛びかかる。
「たっくん! 私だよ、みなこだよっ! 久しぶり……そのペンダント、ずっと大事にしてたんだから!」
「み、みぃちゃん!? え、えっ!」
どうやら既知の仲だったらしい。抱き合いながら再開を喜び、一度落ち着いてからOLが僅かに潤ませた瞳を拭い言う。
「あの約束、覚えてる? ほら、そのペンダントを買ってくれた時の」
「え? まさか、結婚しよう……ってやつ?」
「そう! そうだよたっくぅん!」
そんな一部始終を見ていた俺はあまりの急展開にドン引きしていた。
「えぇ……っ。そんなことある? これが3%の確率の答え?」
『そもそも落ちてよく死ななかったな……死のキューピッドになる所だぞ』
橋の上から、川の中でわちゃわちゃしている二人を眺めていると、突如彼らが輝いた。光の中からハートが飛び出して、俺の目の前に飛んでくる。
『お、《念願成就》だ。おめっとさん。カップル一組成立だ』
ハートは、咄嗟に差し出した俺の手の上にゆっくりと降りてきて優しく止まった、なんだか幻想的に淡く光っている。おおっとそれを眺めながら、そういえばと気になっていたことを聞く。
「《念願成就》が一つって事は、これ一つでも何か願いが叶うわけ?」
『ん? ああ、そうなるぞ。特にこれは奇跡に近いカップル成立だ、かなり強力な……例えば金を望めば一生遊んで暮らせるかもしれんな」
へ、へぇ〜すごい。金か……。金、ね。
『だがまぁ、おすすめはしない。金を願ってろくな事になった例はないからのぉ』
い、いやそんな金を願うなんて……俺は元の身体に戻るんだし……。俺は少し悩みながら首を振った。
「でもこれを百個って多くない?」
『妥当じゃ。人間から、キューピッドに存在自体を格上げし、かつその他諸々の面倒を誤魔化せる程じゃからな。とてもじゃないが生半可の《念願成就》では歯が立たない』
「……人間からキューピッドにする事にすごく力がかかった、ってこと?」
『そもそも、そういうことじゃな』
えっ、てか今更だけど何でそこまでして俺をキューピッドなんかにしたの? 頼んでないんですけど……。
『しかし元の身体に戻るのは勿体ないんじゃないかのぉ〜。この高貴なワシには及ばずとも、天からの使者ともいうべきキューピッドになれたんじゃからなぁ。お主も下等な人間には戻りたくないのではないか? ん?』
やだ何なのこの人、急に高慢ちきな上位者ムーブしてくる。
ぐいぐいと肘で俺の顔を押してくる天使長に少しイラッとしながら、ふと思った事を口にした。
「逆にキューピッドから人間にするのは簡単だったりするの?」
『そりゃぁ、ようは格下げじゃからな。実際よく知らんけど、そんな事する奴いないし、多分』
「例えば《天使長を人間にしろ》ーっ、とか」
カッ! と俺の手の中にあるハートが強く輝いた。ギョッとする俺と天使長。天使長の光に包まれた顔っぽいところが俺の方を見てくる。
『嫌な予感が、するのじゃが?』
「……なるほど、《念願成就》を使うとこんな感じなのね」
なんだかおててがあったかいよお。はじけて光の粒になったハートが天使長の上から雨のように降り注ぐ。
すると、天使長の姿を隠していた光が解けるように消えていき、その場には銀髪金眼の美少女が取り残される。今の俺よりも小さい、まるで絵画から抜け出してきたかのような……って表現をされそうな容姿の美少女が自分の手を見つめて、プルプルと震え出した。俺はおかしくなって笑ってしまう。
「ふふっ」
「ふふっ、じゃない! き、貴様、なんてことをっ! わ、ワシの力がぁっ!」
頭の上に手を置いたり、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる天使長、俺は彼女の肩に手を置いてにっこりと笑顔を向けた。
「これで仲間じゃな!」
「口調を真似すんな!」
なんかちょっとイラッとするところのあった天使長の無様な姿に、突然キューピッドとかいう謎の存在にされた事とか……少し溜飲が下がり、俺は自分の将来への不安を一時忘れることができた。ありがとう天使長。そしてお互いこれからどうしようか……。