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尤も仙人とはいっても、レイホンは真っ当なそれじゃない。
不滅の魂を持って生まれた訳でもないのに、不滅に手を伸ばした者、仙人。
彼らは自然の力を体内に取り込み、昇華して己の物とする事で一体化を目指す。
簡単にいえば、生きながらにその身を精霊に近付け、不滅を体現しようとする。
自然に干渉する術、仙術はその為の手段に過ぎない。
つまり仙人とは、精霊その物ではないけれど、非常に近い存在だった。
だけど自然に干渉し、その力を体内に取り込むくらいなら兎も角、昇華して己の物とするには長く厳しい修練の他、類まれなる才が必要不可欠だ。
仙術を学んで厳しい修練に耐えても、結局は昇華して仙人には至れず、殆どの者は寿命で力尽きてしまう。
しかしそんな仙術の使い手達の中に、ある邪法を考え出した者が現れる。
己と遠い自然の力を取り込むからこそ、昇華に手間取るのだと。
ならば元々己に近い力、人の命を取り込み続ければ、もっと容易く不滅に至れるのではないだろうかと。
当然、そんなやり方では精霊に近付く事は出来ないけれど、けれども人の命を取り込めば、迫る寿命からは解放された。
そうした邪法に堕ちた輩を邪仙と言い、その中でも交合を経て命を吸う者を吸精鬼、血肉を啜って命を吸う者を吸血鬼と呼ぶ。
真っ当な仙人よりも命の扱いに長けた彼らは、時に自らが吸って蓄えた命の一部を、他者に分け与える事もできるらしい。
もちろん他人から命を分け与えられる行為にリスクが生じない訳がなく、吸精鬼や吸血鬼からの施しを受け続ければ、彼らから命を供給されねば生きられぬ身と化してしまう。
命を分け与えられなければ、飢えと渇きに襲われ、理性を失って誰彼構わず襲い掛かり、命を奪う化け物になる。
けれども奪った命を自らの物とできる訳でもなく、殺した死体を貪り喰らって、満たされぬ飢えに嘆く化け物を食屍鬼と呼ぶそうだ。
要するにレイホンは恐らく邪仙の、……それも吸血鬼で、皇帝は彼から命を分け与えられている。
ドワーフを手に掛けたのは、皇帝が最初は同じ人間の命を与えられる事に抵抗感を示したからだろうか。
まさか深い森を出てから、長老衆の与えてくれた知識が役立つなんて、思いもしなかった。
こんな事なら化石がカビの生えた自慢話をしてるなんて思わず、もう少しばかり真面目に話を聞いておくべきだったかも知れない。
古い神秘に関してならば、ハイエルフの蓄えた知識というのは、間違いなく人の世界では手に入らない物だから。
レイホンが自然に干渉する仙術を扱えるなら、ルードリア王国に続く山間を切り開く事はできるだろうし、吸血鬼なら戦争を起こす目的は分かり易い。
戦争で大勢の犠牲者を出し、それに紛れて大量の命を啜り喰らう。
吸血鬼の目的が、他にあろう筈がなかった。
そしてその喰らわれる命の中には、ルードリア王国の王都で暮らす、カエハやその家族の物も含まれる。
それはあまりに、僕にとって嬉しくない想像だ。
全てが杞憂で、単なる考え過ぎであればそれに越した事はないけれど、あまりに状況が合致していて、僕はもうレイホンの正体を確信してしまっている。
だから、そう、ふわふわと弄んでいた考え、レイホンを取り除かなきゃならないなんて、あやふやな表現をしていたけれど、僕はそれを改めよう。
僕はレイホンを、殺さなきゃいけないんじゃなくて、殺す。
自分にとって大切な物を脅かす脅威を、明確な殺意を以て排除するのだ。
……全く以て本当に、心の荒む話である。
翌日、隠れ家を引き払った僕はコルトリアの町を出て、街道を進むドワーフ達の後ろを、大きく離れて帝都に向かって歩く。
結局ドワーフ達は、僕が何を言っても止まらなかった。
推察されるレイホンの正体、それから皇帝との関係も話したし、今、帝都に向かう事は食われに行くような物だと脅しもしたのに。
「あのな、エルフのエイサーさんよ。儂等、交易を担うドワーフはな、単に荷物を運ぶだけが仕事じゃねぇのさ。人間の世界で修業する同胞と、故郷を繋ぐ。それも儂等の役割よ」
だから同胞がまだ生きてる可能性が少しでもあるなら、国に逃げ帰る訳にはいかない。
たとえ同胞が死んでいたとしても、遺品は国に持ち帰ってやらなきゃならない。
「それに儂等が帝都で騒いで耳目を集めれば、……エイサーさんよ、アンタの仕事だって、多少はやり易くなるだろう?」
……そんな風に主張されれば、僕に否と言える筈がないではないか。
交易の為にコルトリアに来ていたドワーフは十二名で、そのうちの三名は報告の為にドワーフの国に戻り、残る九名は帝都を目指す。
帝都までの道のりは徒歩でおよそ二週間。
僕は野営の時などは、人目がない事を確認してから彼らに混ざり、移動の時は離れて、村や町には寄らずに雪の積もった街道を、ただ歩く。
普通なら雪に足止めされて移動には難儀する季節なのだろうけれど、降る雪に、足元の雪に、宿る精霊にお願いすれば、足を取られる事はない。
本来なら移動に時間が掛かり、危険も伴う厳しい冬にも拘らず、僕等は予定通りの二週間で、フォードル帝国の首都、帝都グダリアへと辿り着く。
尤もドワーフ達はそのまま町に入れるけれど、僕が侵入するのは夜が更けてからで、しかもそのままレイホンを殺しに向かう。
ドワーフ達が騒ぎ立てた所ですぐさま謁見が叶い、餌にされる訳ではないだろうが、それでも時間の余裕はあまりないから。





