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それから更に一週間、僕が情報収集を始めてから四週間が経つけれど、一つ面白い事を知った。
どうやらこの国には、皇帝の意に反してレイホンを取り除こうとする動きがあるらしい。
もちろんそれは、公の動きでなく裏側の、暗闘という奴だ。
詳細の分からないルードリア王国への侵攻に反対し、処刑された将軍、ファウド・シュリゼンの長子、ルビウム・シュリゼンを中心に軍の一部が集まり、それを幾つかの貴族が支援しているという。
彼らはレイホンを皇帝を惑わす奸臣として誅殺し、この国を正す事を目的としている。
まぁ僕の感覚からすると、フォードル帝国は侵略国家だし、奴隷を合法としてる時点で正すも何もないと思ってしまう。
ただこの国の厳しい環境の中で生きていくには、他国人を奴隷として使い潰し、或いは暖かな南の地への進出が、どうしても必要なのかも知れない。
区別、差別には意味があり、社会がそれを必要としてるケースは多々ある。
それはこの地に生きる民ではない僕には分からない事で、口を挟む筋合いも権利もないだろう。
但し僕の知人の暮らす国が攻められ、彼や彼女が奴隷にされてしまうのならば、その時は容赦なく敵対するけれども。
だから彼らの主義主張には、僕は全く共感が持てないが、レイホンを狙う勢力の存在は実に都合が良かった。
だって仮に僕がレイホンを取り除く事に決め、それを実行した時、証拠さえ残さなければ疑いの目は自然と彼らに向く。
また彼らは情報源としても優秀だ。
何故なら彼らは主に帝都で活動してるから、この町では領主でも知り得ない国の中枢の動きも、彼らの会話を盗み聞く事で幾らかは把握ができる。
そもそも彼らがこのコルトリアの町にやって来たのも、物資の集積、輸送に関わり、レイホンに近付き討つ機会を窺う為だった。
故に彼らを注視し続けるだけで、僕もその機に乗じる事が出来るだろう。
だがこうして盗み聞きをしながら誰かを害する計画を練るというのは、……実に心が荒む。
ドワーフ達は僕を気遣ってくれるけれど、そう頻繁に接触する訳にもいかない。
人々は目の前で生活していて、その声を聞く事だってできるのに、僕はそこに混ざれない。
仕方がないのはわかっているのだけれども、この地はあまりにも寒すぎて、どうしても心細くなってくる。
今頃、ウィンは鍛冶に熱中してるのだろうか。
アズヴァルド、クソドワーフ師匠が指導してくれてるのだから、何の心配も要らないのだけれど、それでもやはり気にはなる。
カエハやその家族、それから同門の弟子達は、……うん、きっと元気にしてる筈。
僕の傍には精霊が付いていて、昔はそれだけで十分だと思ってた時もあったのに、深い森を出て人に混じって生きるようになってから、どうやら僕は随分と寂しがりになったらしい。
動けずともこの情報収集は僕にしかできないから、退屈だなんて思う暇はないけれど、ただ空いてる傍らを寂しく思う。
しかし泣き言はさておき、多くの情報が集まった事で判明するのは、僕に都合の良い話ばかりでは決してなかった。
例えばドワーフ達は、帝都より北部の町で暮らす同胞と、連絡が取れなくなっている。
より正確には、帝都で鍛冶師として働く三人と、北部の町に散って鍛冶師をしている四人、更に鍛冶師組合で顧問のような事をしてる二人と、合計九人のドワーフの行方が分からない。
それが普通の人間だったら、九人の行方不明者は……、大きな国では出て当たり前の数だろう。
だが元より決して数の多くないドワーフが九人も消えたとなると、フォードル帝国の鍛冶師組合では相当な騒ぎにならねばおかしい。
……にも拘わらず調べなければ行方不明の事実が出てこなかったのは、そのドワーフ達が行方を消した件に、帝国の皇帝が関与していたから。
行方の分からない全てのドワーフは、皇帝の招きで謁見し、そのまま姿を消したという。
帝都の城は大勢の兵に守られ、役人や女中が働く人目の多い場所なのに、謁見室から出てきたドワーフを誰も見ていない。
そうなるとドワーフ達の失踪には、間違いなく皇帝が関与しているのだろう。
故に鍛冶師組合も、真っ向から皇帝を非難したり調査をする事はできる筈もなく、ドワーフ達の失踪に関しては口を噤んだという訳だ。
それを知ったドワーフ達は、一部が報告にドワーフの国に戻り、残る全員で帝都に押しかけ、皇帝を問い質しに行くと言い出してる。
ドワーフという種族は決して愚かではないけれど、直情的で仲間を大事にする性質だから、こんな話を聞いて黙っていられないのは、無理もない。
だけど今、彼らが帝都に押しかけるのは、あまりにも悪手だった。
件の彼らから漏れ聞こえて来た話によれば、レイホンは老いて衰えつつあった皇帝に、若さを取り戻せると騙って取り入ったという。
そしてその為の儀式と称して、買い漁った奴隷や、或いは人間以外の異種族を殺害しているらしい。
それはもちろん、レイホンに反感を持つ彼らの、あまりにも偏った視点からの話だから、鵜呑みにするのはあまりに危険だ。
でも老いていた筈の皇帝は、ここ数年は衰えるどころか往年の精力を取り戻した風に見え、レイホンを非常に重用していた。
疑り深い物の見方だとしても、そんな風に見える要素があるという事は、或いは一部には真実が含まれている可能性はある。
どうやら悪い予感は、当たっているのかも知れない。
先日、僕がふと思い出したのは、ハイエルフの長老衆に聞かされた詩の続き。
真に不滅ならざる身で、不滅に手を伸ばした者、三つあり。
一つは魔族、魔に堕ちた人の成れの果て。
一つは妖精、個を捨て全となる事で、彼らの死は意味を持たなくなった。
一つは仙人、自然の気と一体化し、生きながらに精霊を目指した不遜なる賢き者。
魔族は、獣が魔力によって魔物と化すように、敢えて強い魔力を身に帯びる事で進化を目指した人々である。
人間、獣人、ドワーフ、エルフ等の種族を問わずに、その手法で進化を果たした人は魔族と呼ばれ、危険視されて滅ぼされたという。
尤もその系譜が、いずこかに残る可能性も決して皆無ではないけれど。
妖精は、蝶の羽の生えた小人、所謂フェアリーなのだけれど、彼らは種族全体が一つの生命だ。
生殖をして数を増やすが、肉体は端末の一つに過ぎず、種族としての集合意識がそれを動かす。
故に個の死に意味はなく、ある意味での不滅を実現してるといえるだろう。
但し彼ら、彼女らの小さな肉体は戦闘には不向きであるが故に、時に他の種族の子を攫って集合意識に組み込み、育てて戦士として群れを護らせる。
ハッキリ言って、かなり性質の悪い害虫だった。
それから最後に仙人だが、……恐らくレイホンは、その仙人の類である。





