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アズヴァルドが完成させたミスリルの剣を提出した品評会は、当然の如く優勝と言う結果に終わる。
まぁ元より鍛冶の腕はアズヴァルドが勝るのだから、同じミスリルの加工が成せれば、ラジュードルを上回るのはわかっていた話だ。
故にそのたった一度の品評会で、アズヴァルドが王座を得る事はほぼ確実となった。
しかし僕等はその成果に満足をせず、全てのドワーフを納得させる為に、或いは腕を見せ付けて捻じ伏せる為に、次の品評会からも大いに暴れ出す。
ミスリルではなく敢えて鋼で勝負して、反魔術派のドワーフ達を黙らせたり、または僕が魔術の術式を用意し、アズヴァルドが鎚を振るって魔剣を合作し、ラジュードルの得意分野で競い合ったり。
僕とアズヴァルドが協力すればどれ程の事が出来るのかを、国中のドワーフに見せ付ける。
勿論、僕とアズヴァルドがどれ程に他を圧倒して見せた所で、エルフとドワーフが手を取り合うなんて幻想だ。
でもほんの少しでも、互いの関係が良くなる、小さな一歩にはなると思う。
だって僕は、そしてウィンも、今ではこのドワーフの国に受け入れられたし、アズヴァルドが王になればもう少し具体的に動く事だって出来る。
例えば、そう、エルフは森の果実を人間に輸出し、人間はそれを酒にしてドワーフへ。
森のエルフは鉄を扱わないが、ドワーフは魔物の爪や牙を加工する技術も優れてるから、それでナイフや細工物を作れば良い。
優れた品を目の前にすれば、エルフもそれを否定はしないだろう。
ドワーフもエルフも、どちらも彼等自身は変わる事を望んでる訳じゃないけれど、変わってくれた方が僕が楽しいのだ。
きっとアズヴァルドもそれを楽しんでくれる。
何よりもハーフエルフであるウィンだって、他種が交流し合う世界の方が、恐らくはずっと生き易い筈。
そんな風に過ごしていたら時間はあっと言う間に過ぎ去って、僕等がドワーフの国に来てから、もう五年が過ぎている。
成長期のウィンはすくすくと伸びて、ドワーフに混じればもうそんなに小さくは見えない。
身体が大きくなると剣の腕も上がって来て、……最近は僕との木剣での打ち合いも、今では十に一度は、彼が勝つ。
ウィンは僕と違って強い闘争心に、強くなり、勝ちたいと言う気持ちに満ちているから、その成長がとても眩い。
それからドワーフの学校に通う事で鍛冶に興味が湧いたのか、何とウィンは、アズヴァルドに弟子入りを申し込む。
アズヴァルドはウィンに、どうして僕に教わらないのかと尋ねたらしいが、
「エイサーに教わっても、エイサーには並べないし、勝てもしないから。だからボクは、アズヴァルドおじさんに鍛冶を習いたい。……です」
彼はそんな風に答えたそうだ。
何故ウィンが、僕に並びたい、勝ちたいと思うのか、……それが少しわからない。
だけどアズヴァルドにはその気持ちが分かったらしく、彼はウィンの弟子入りを受け入れた。
だから僕とウィンは、兄弟弟子の関係に……、あぁ、否、それは剣を習い始めた時からか。
だったらまぁ、別に良いかな。
少しずつウィンは自分の時間を持ち始めて、以前よりも僕と関わる時間も随分と減っているけれども、それも多分正しい成長なのだろう。
当然僕はそれを寂しく思うが、同時に精一杯に伸びようとする彼の姿に、頼もしさと喜びも感じてるから。
別に嫌われてないし、好かれてるのはわかってるし。
今はそんな時期なのだ。
でもその時を見計らったかの様に、不穏な報せはやって来る。
それを運んで来たのは北へと交易に出ていたドワーフで、彼等がアズヴァルドに報せ、そこから僕にも伝わった。
「エイサー、どうやらフォードル帝国が、ルードリア王国に攻め込む準備をしとるらしい」
……と、そんな風に。
それは耳を疑う知らせだった。
フォードル帝国とルードリア王国を繋ぐ山道は、僕が封じてからは閉ざされたままである。
再び同じ事が起こることを恐れて、僕が封じた場所は勿論、迂回路すら誰も切り開こうとはしていない。
屈強なドワーフは山を踏破して行き来をしているが、人間が、それも重い装備や糧食を運ぶ軍隊が、通れる筈はないのだけれども。
「……何かの間違いじゃなくて?」
僕が思わず問い返してしまうのも、当然の話である。
その言葉にアズヴァルドは少し困った顔をして、頷く。
「道が閉ざされた事で放棄されていた砦や、帝国南部の町に、武器と糧食が運び込まれとる。あの国の南には、ルードリア王国かドワーフの国しか存在せん」
帝国内での武器と食料の値段が上がり、新規に兵を募って訓練を始めた。
間違いなく戦争の準備ではあるのだけれど、帝国とその周辺国の間に、大きな戦いの起きる予兆はない。
だとしたら……、帝国は軍で山を越える何らかの手段を手に入れたのだろうか?
それは実に考えにくい話だけれど……、そもそも本来は山の道が閉ざされる事、それ自体があり得なかったのだ。
となるとあらゆる可能性は、検討されるべきである。
例えば僕以外に、人間の国に出て来てるハイエルフがいるとしたら?
もしくはそこまで行かずとも、ルードリア王国側から行われた封鎖を、エルフの仕業だと聞き付けて、フォードル帝国がエルフを用意していたら?
軍を派遣して並のエルフではハイエルフの封を破れず、その責を負わされる事だってあるかも知れない。
寒い北の地にエルフは少ないと聞くけれど、皆無と言う訳でもないだろうから。
薄い、薄い可能性だけれど、絶対にないとは言い切れない。
もしも帝国が本当に山を越える手段を持っていたら、北の道は塞がれたと思い込んでるルードリア王国は、奇襲を受けるだろう。
それは僕にとって、あまり嬉しくない事態だった。
何故ならルードリア王国には、カエハやその家族達が暮らしてる。
ルードリア王国が奇襲を受け、北部地域をフォードル帝国が確保して橋頭堡を築けば、そこから先は長い戦争が続く。
当然、カエハやその家族の暮らしも、今まで通りとはいかないだろう。
でもカエハの最期は僕の隣で、安らかな物であるべきで、それは戦争なんかで乱されて、脅かされていい物では、決してない。
「行くのか?」
少しばかり心配げに、アズヴァルドが問う。
その問い掛けに、僕は頷く。
可能性が皆無でない以上は、調べねばならない。
僕はフォードル帝国の地に踏み込む事を、決意した。
アズヴァルドが次の王になる話は、もはや決定済みである。
故に僕は、今ならこの国を離れても大丈夫だ。
「……そうか。ウィンの事は、任せておけ。あの子も儂の、弟子じゃからな」
アズヴァルドの言葉に、僕はもう一度頷く。
大きな危険が予測される場所に、ウィンを連れて行ける筈もない。
「一年以内には、戻る心算だよ」
嬉しくないなぁと、そんな風に思う。
一年とは言えウィンと離れるのも、戦争の気配がする場所に自ら近付くのも。
だけどウィンが大事ならば、余計に彼も同じく家族だと思ってるだろう人達が住む、カエハの道場の安全は守らなきゃならない。
幾ら戦争を嫌っても、それは決して勝手に遠ざかってはくれない物だ。
平和を願うなら、大切な人の平穏を思うなら、必要な物は祈りじゃなくて行動である。
僕はその日のうちに準備を済ませ、新たに北へ派遣される交易隊に混じって、随分と慣れ親しんだドワーフの国を後にした。
八章終了です