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 炉に燃料の木炭を投入し、火の精霊の機嫌を窺う。

 二、三言ほど声をかければ、火の粉がボッと舞い散って、今日も炉に住んだ火の精霊が張り切る様子をアピールして来た。


 鍛冶を学び始めて半年程が経った頃、クソドワーフ師匠から、好きに引き受けて良いと任された仕事がある。

 それは釘の製作だ。

 僕が鍛冶屋で働く様になってから、付近の住民にも少しずつ知り合いが増えて来た。

 すると彼等が、実は釘や包丁、鍋と言った金属製品が不足して生活に不便をしている事があると知る。


 鍛冶屋の近くに住んでて何故?

 と僕は不思議に思ったが、クソドワーフ師匠は町一番の鍛冶屋として知られており、その仕事は兵士や冒険者相手の武器防具作りである。

 またドワーフと言う種族が頑固で知られ、見た目も筋骨隆々で厳ついとあって、付近の住民は日用品を頼み辛い、頼んじゃいけないと思ってたそうだ。


 でも鍛冶屋で僕が、ドワーフとは相容れない筈のエルフが働く様になったのを見て、その印象も緩和されて来たらしい。

 クソエルフ、クソドワーフと罵り合いながらも、お互いにとても楽しそうだからと。

 そこで付近の住民を代表して、顔役でもある地主が、僕にこっそり相談して来たのだ。

 包丁や鍋までとは言わないから、釘だけでも何とか融通して貰えないだろうかと。


 そしてその話をクソドワーフ師匠にしたところ、彼は少し考えて、

「……お前が来た事で増えた客なら、クソエルフ、やってみろ。作り方は教えてやる」

 僕にそう言ったのだ。


 と言う訳で、今日も僕は釘を作る。

 実は釘と一口に言っても、その種類は様々だった。

 数が必要とされる物は型に溶けた金属を流し込み、冷やし固めた鋳造、鋳物で作るけれども、必要数が少ない特殊な形の物は、ハンマーで叩いて熱した金属の形を変える鍛造で作成していく。

 しかも使用される目的次第では、その素材も変わる。

 例えば鉄釘以外にも、金色に光る黄銅、真鍮釘はその見目の良さから、地主等の富裕層からの需要が高いだろう。


 だけど作った釘が、全て商品として売れる訳では決してない。

 商品として付近の住人に引き渡される前に、この鍛冶屋で扱う品として合格か否かを、クソドワーフ師匠にチェックされるからだ。

 まぁ当然の話ではあるのだろうけれど、そのチェックがまた厳しい。

 鋳物の釘は兎も角として鍛造の釘は、暫くの間は作った物の一割も合格が貰えなかった。


 でも妙に甘くされるよりは、そうやって厳しくチェックをしてくれた方が、実際に客に商品を引き渡す時には安心だ。

 クソドワーフ師匠の検査にも合格した品だと、胸を張って商品を引き渡せる。

 それに少しずつでも検査を潜り抜ける合格率が増えて行けば、自らの進歩がハッキリと形になって見えるし、自身の苦手な所、改善すべき点も次第に浮き彫りになって行く。


 だからこの釘の作製は、なんと言うか本当に楽しい。

 引き渡しの時に喜んでもらえるのが嬉しいし、付近を歩いてる時に、僕が作ったと思しい釘が使われてるのを発見するのも驚きがあって面白い。

 このまま百年位釘を作り続けたら、周囲の家の建て替えなんかも進んで、この辺りで使われる釘の殆どを僕が作った物に変えれてしまうんじゃないだろうかと想像すると、そんな生き方も良いかなとうっかり思ってしまう。

 尤も今は楽しくても、百年も釘を作り続けられるかどうかは微妙な所か。

 多分僕は飽きっぽいから十年か二十年もしたら、次第に飽きて来るだろう。


 一ヵ月程も釘を打ち続けたら、合格率は三割に上がり、三ヵ月で五割を超えた。

 鍛冶屋はドンドン忙しくなって来て、従業員も漸く増やす事になる。

 増えた従業員は二名で、二人とも付近の住人で、子供を抱えた主婦だった人だ。

 週に三日ずつ、一日交代で働きに来ていて、休んでる方が働いてる方の子供も預かって、二家族分の面倒を見ると言う形にしてるらしい。


 僕も週に一度の休みの日には、時折だが彼等の家に招待されて、子供達の遊び相手になる事がある。

 人間の子供は成長が早くて、見ていて本当に面白い。

 数週間ぶりに見るだけで、ほんの少しだが確実に大きくなっている風に見えるのだ。

 子供達は僕の事を、クソエルフの兄ちゃんと呼んで慕ってくれる。

 けれども子供のうちからあんまり口が悪いと、碌な大人になれないから、そこは直した方が良いと思う。

 僕やクソドワーフ師匠の様に成長してしまって、それでも捻くれて頑固なのは、もうどうしようもないけれど。



 最近は、教わった以外の釘の作製にも手を出していた。

 例えば、そう、又釘だ。

 この世界には、少なくともヴィストコートの町には又釘、或いは鎹がなかったらしく、作って見せたらクソドワーフ師匠が目を見開いていた。

 技術的な問題であまり小型の物は作れないけれど、大きな物でも木材同士の接合には使えるだろう。


 釘の作成を引き受ける様になって、仕事はとても増えたが、同時に給料も随分と増えてる。

 僕は未だに生活費の多くをこの町で一番の冒険者、アイレナに依存してる状態だが、もうそろそろ本当にいい加減に自立したい。

 彼女もやはりエルフだけあって、あと少しは面倒を見るのあと少しが、本気でやたらと長いのだ。

 ずっと家を借りようと思っていたけれど、もう既に家を買える位に金は貯まっているから、今では購入を検討していた。

 この鍛冶屋の近くなら周囲も顔見知りばかりだし、そんなに治安も悪くないし、ここなら住んでも大丈夫だと思うのだ。


 アイレナは今、長期の依頼を引き受けて遠征に出かけているけれども、彼女が帰ってきたら今度こそ、話し合いに応じて貰おう。




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[良い点] 二、三言ほど声をかければ、火の粉がボッと舞い散って、今日も炉に住んだ火の精霊が張り切る様子をアピールして来た。 ハハハハハ。 彼女もやはりエルフだけあって、あと少しは面倒を見るのあと少し…
[一言] スローライフってタイトルに入って マジでスローライフしてる作品を(なろうでは)初めて見た
[気になる点] ずっと性別どっちかなーと思ってたけど お兄ちゃんってことはそういうことなのかな。
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