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さて、僕とハーフエルフの幼子、ウィンのファーストコンタクトはとても良い形で始まったけれど、しかし大きな問題が一つある。
それは、そう、この後の予定を、僕が全く以てさっぱり考えてなかった事だ。
いやだって、言い訳をするなら、ウィンに会うのが楽しみ過ぎて、その後になんて頭が回らなかったし、想像も出来なかったのだから、仕方ない。
しかしノープランのままに旅を続ける選択を取れば、負担が掛かるのは僕じゃなくてウィンになってしまう。
流石にそれは無責任過ぎるし、ウィンに辛い思いをさせる事は僕も耐えられそうになかった。
因みにもしもこのノープランがアイレナにばれたら……、叱られる位なら良いけれど、最悪の場合は再び彼女に養われる生活に逆戻りだ。
僕だって鍛冶師として稼げない訳じゃないけれど、冒険者の頂点の一人であるアイレナの財力は、文字通りに桁違いである。
……ウィンがある程度大きくなるまでなら、彼と一杯一緒に遊べるし、それも良いかなぁと思わなくはないのだが、養われて甘やかされる沼は一度嵌まると抜け出すのは中々に難しい。
つまり将来、僕はウィンに働かない駄目な大人だと認識されてしまう可能性があった。
それはちょっと、想像するだけでも心が圧し折れそうだ。
となれば僕は兎にも角にも、程度はさて置くにしても、働く必要は絶対にある。
そうなると僕が働いてる間のウィンの面倒は、他の誰かに頼る、例えば家政婦を雇う等をするしかないだろう。
頼る誰かは、雇う誰かは、誰でも良いって訳じゃない。
僕の大切なウィンを一時でも任せるなら、この人になら大丈夫って思える信用が、どうしても必要だった。
真っ先に思い付いたのは、僕の剣の師であるカエハの、その母親だったが、今の段階でルードリア王国に戻るのは些か以上に気が早い。
せめてアイレナが言ってた王の謝罪と交代が正式に行われるまでは、大人しく待つべきである。
カエハの母親は、勝手ながら僕にとって一番家族に近い感覚を持てる存在だから、ウィンとは是非とも会わせたいところだけれども……。
あぁ、けれどもその謝罪と交代が済んだ後は、エルフ達の故郷の森への帰還を支援する為にも、僕がルードリア王国に入るのは悪くない身の振り方だ。
カエハの、ヨソギ流の道場ならば、安全の面でも申し分はないだろう。
次に思い付いたのは、ヴィレストリカ共和国のサウロテの町で出会った女性、カレーナ。
……個人的には彼女の事は頼もしいと思うし、好感を持っているけれど、サウロテの町の為に動く密偵であるカレーナに、幼子であるウィンを預けようとは、流石に僕も思えない。
他には僕の鍛冶の弟子であり、魔術の師であり、ついでに悪友でもあるカウシュマンもいるけれど、……彼は子供が好きじゃないって明言してたし。
ウィンを気に入ったら気に入ったで、何やら悪い遊びを教えそうだ。
魔術を覚えるのなら、カウシュマンは良い師となるが、我が悪友ながら人として真似てはいけない面も彼には沢山あるから。
うん、お前が言うなって文句が聞こえてきそうだけれど、なしったらなしだ。
すると他には、……あぁ、あぁ、そんなに長くない時間ならばと、一人思い出した人がいる。
以前に会った時はまだ子供と言って良い年齢だったが、あれから五、六年は経つから、頼れる年頃になってるだろう。
それは小国家群の一国、トラヴォイア公国の町、ジャンペモンと言う都市で出会った宿の少女。
名前は確か、ノンナと言っただろうか。
金色に光る麦の海に浮かぶ石船。
あぁ、あの光景を、僕はウィンに見せてやりたい。
ジャンぺモンは豊かな町で、食は美味しく、人も優しい場所だった。
トラヴォイア公国の鍛冶師組合が発行してくれた書状もまだ持ってるから、ルードリア王国の状況が変わるまでの一年か二年程は、ジャンぺモンに滞在しよう。
よし、決定。完璧なプランだ。
そうして僕は胸元に抱きかかえたウィンを布で固定し、ザインツの首都、スゥィージを発って再び小国家群を目指す。
ウィンも一人で歩けない訳じゃないのだけれど、流石に町から町への旅ともなると、子供の足と体力では厳し過ぎる。
恐らく僕に抱きかかえられてるだけでも、布と言う支えがなければ疲れてしまう位の旅だし。
交渉の為にルードリア王国へ向かうアイレナとは、スゥィージの宿で別れた。
彼女と次に会うのは、恐らくルードリア王国の状況が変わって、僕が王都に戻った時だろう。
「驚きました。エイサー様がちゃんと先の事を考えてらしたなんて。あっ、いえ、悪い意味ではなくて、エイサー様は大抵の事はどうにでも出来てしまわれる力をお持ちなので、どんな状況にもその場で判断して対応される方ですから……」
因みにこれが、僕のこれからの予定を聞いたアイレナの反応だ。
物凄く僕に気を使ってくれてる様で、普通に随分と失礼な事を言われた気もするが、これが身から出た錆と言う奴なのだろうか。
……何と言うか、そう、色々と反省を促される思いである。
まぁいずれにしても、僕等の道行きは先が明るくて、世界は色に満ちて輝いていた。
「ウィン、ほら、見て。空の上、大きな鳥が飛んでるよ」
僕が指差す先の空を、大きな大きな鳥が飛んでる。
随分と遠くの空なのに、あんなにハッキリ姿が見える程に大きいなんて、恐らくは魔物なのだろう。
しかしそんな事はどうでも良くて、広い空を雄大に飛ぶ鳥の姿に、ウィンは呆けた様に口を半開きにして驚いている。
その様があまりに可愛らしくて、僕は嬉しい。
この世界はとても広くて、驚く物がたくさんあるから、それを彼と一緒に見て歩こう。
森の中では知れなかった事を彼に教えて、或いは一緒に知るのだ。
それはきっと、とてもとても楽しいだろうから。
 





