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魔術とは、魔力を術式で変質させたり、属性を添加して、思う通りの現象を引き起こす技術だ。
そしてその魔力に影響を与える術式とは、発する言葉であったり紋様であったり、人の意思であったりと様々だった。
すると当然の話ではあるのだが、その魔術に必要とする以外の術式が、魔力に影響を与えてしまうと、当然魔術は失敗する。
故に最も望まぬ形で魔力に影響を与えてしまいがちな人の意志と言う術式は、出来得る限り排除しなければならない要素だろう。
勿論、人の心を切り離してどこかに追いやってしまう訳にもいかないから、魔術師はどんな状況でも冷静、平静でいる為に、精神修養を重視する。
「ちょっと思い付いたんだけど」
その精神を鍛える為の瞑想中、ふと思い付いた僕は、同じく隣で瞑想するカウシュマンに声を掛けた。
瞑想中に話しかけるのも実際どうなのかとは思うが、今の思い付きは結構大事だから、出来ればすぐに聞いて欲しい。
僕が魔術を、彼が鍛冶を習い始めて、もう一年が経つ。
ある程度は互いを理解が出来る様になったから、カウシュマンも僕が下らない用事で、こんな時に声を掛けない事は知っている。
「ん……、なんだ?」
ゆっくりと目を開け、彼が問う。
思い付いたばかりの話だから、うまく説明できるかが少し不安だけれど、僕は数秒考えて、何とか自分の中で言葉を纏めた。
「魔道具が一般的にならない理由って、魔力を流せないと使えないし、魔力が流せるなら魔術を使えば良いって考えがあるからだよね?」
先ずは前提条件の再確認。
この認識が間違ってるなら、今の僕の思い付きは、何ら意味のない物でしかない。
「あぁ、オレも実際、着火するなら道具じゃなくて、自分で魔術を使った方が早いと思うしな」
苦笑いをしながら言うカウシュマン。
魔道具の研究者である彼ですら、魔術の方が手っ取り早いと考えている。
だけどそれは、魔術師が平静を保てる状況である前提で考えるからではないだろうか?
「でもそれって平時だからの話で、例えば奇襲をされた時、乱れた心で魔術を失敗させるより、……魔道具を使った方が安定しないかな?」
それは護身用の道具、或いは武器としての魔道具の提案。
言葉による術式を魔力に載せる時、乱れた心はどうしても言葉と一緒に魔力に載り易く、望む結果を乱してしまう。
だったら咄嗟の際に身を守る為、魔力を流すだけで術が使える魔道具を身に付ける事は、魔術師の生存率を引き上げはしないだろうか。
例えば、そう、僕がイメージする魔術師は、やはり杖を持ってるべきだと思うのだ。
ワンドでもロッドでもステッキでもスタッフでも、何でも良いけれど、杖がある方が雰囲気が出ると思う。
「ほら杖の先に術式を刻めば、身体から離れた場所で魔術が発動する分、余計な要素が入りにくいと思うし、杖なら常に携帯してても不自然じゃないしね」
喋ってる間に言いたい言葉が頭の中で纏まって、僕が気持ち良く語っていると、……ふと気付くと、両眼を見開いたカウシュマンがこちらを凝視していた。
正直子供が見たら泣き出しそうな位に、目力が強い、怖い顔だ。
でもそれは、別に彼が怒ってるからじゃないだろう。
「魔術師は多くの魔術が使えるから、わざわざ一つの機能しか持たない魔道具は要らない。だったら魔道具はその一つの機能が活かされる状況を想定して、価値を出すしかないよね」
護身用以外なら、移動用の道具なんかはどうだろうか?
ゆっくりと己の身体を浮き上がらせる魔術を使ってる最中に、不慮の事態で動揺すれば、真っ逆さまに地に落ちる。
そんな最中に冷静になって、再度魔術を行使し直せる魔術師は、そうはいない筈。
しかし魔道具であったなら、魔力を流すだけで良いのだから、通常の魔術行使よりは安定性があった。
他にも長時間の集中が必要な魔術も、魔道具で代替すれば良い。
この方向性でなら魔道具の需要を、即ち魔道具の存在価値を、高める事が出来るんじゃないかと、僕は思うのだ。
…………どの位の時間だろうか、カウシュマンはずっと何かを考えていて、そして大きく深い溜息を吐いた。
「……駄目だ。わからん。それで魔道具が受け入れられて必要とされるのかされないのか。そもそも上手く行くのかどうかも、全然わかんねぇな。でも面白そうだ。やってみたい」
でも溜息の後に顔を上げた彼の表情は、満面の笑みだった。
それは新しい何かへの好奇心と、物を作りたいと言う欲求が入り混じった笑み。
「だったらやってみよう。術式を刻む事を考えたら、金属製の短杖が良いかな?」
そうと決まればもう、瞑想なんてやってる場合じゃない。
僕が足を崩して立ち上がれば、
「いや、最初は失敗が怖いから、思い切り長い杖を作って、その先から水が出る魔術を使える様にしようぜ。それが成功したら、少しずつ短く、魔術も段階を踏んで実用的な物にして行けば良い」
カウシュマンもまた同じく立ち上がる。
興奮しつつも、安全確保を忘れない姿勢が心強い。
二人ともが一つ大きく伸びをして、それから鍛冶場を目指して歩き出す。
新しい何かが生まれる予感に、期待感に、背中を押される様に早足で。