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「頼むっ、オレをアンタの弟子にしてくれっ!!!」
僕が鍛冶師組合でそのローブ姿の青年に縋り付かれたのは、このオディーヌで鍛冶仕事を始めて三週間目の事。
当初は日用品位しか需要がないだろうと思っていた鍛冶仕事だったが、組合から頼まれたのは意外な事に武器や防具の作成ばかり。
何でも軍用魔術学院や対魔戦術学院は武器での戦闘も教えており、需要がない訳じゃないらしい。
また日用品の生産に関しては、それを奪うと町の鍛冶屋が飢えると言う。
故に武器や防具の需要が多い訳ではないけれど、同時に腕の良い鍛冶師も居ないから、折角の上級鍛冶師が町に来たこの機会に高い品質の武器や防具を、少しでも多く作って欲しいとの事だった。
あぁ、うん、成る程。
そんな風に頼られれば嫌な気分になる筈が勿論なく、僕は機嫌良く剣に斧に槍にと、先ずは武器から完成させては納品を繰り返していた。
けれどもその日、僕が鍛冶師組合に入って来るや否や、職員に詰め寄っていた一人の青年、その姿からして魔術師であろう彼が、こちらに勢い良く駆け寄って来て片膝を付いて頭を下げて、先程の台詞を口にしたのだ。
何の事かわからずに、勢いに気圧されて思わず一歩下がろうとした僕の足に、逃がさないとばかりに青年が縋り付く。
敵意があっての行動だったら蹴り飛ばして終わりだけれど、彼は必死ではあったけれど、僕に向ける感情は決して悪い物じゃなかったから。
僕は内心引き気味になりながらも、取り敢えずは落ち着いて、相手を宥めて事情を聞き出す。
今にして思えば、そう、これまで僕が弟子入りを願い出た時、相手が引いた分だけ踏み込んで、強引に弟子入りを果たして来た。
それと同じ事を相手がしていると気付かずに、僕は思わず引いてしまって、こちらから手を差し伸べて事情を聞いてしまう。
だから多分、その時にはもう、僕の負けは決まっていたのだろう。
青年、カウシュマン・フィーデルとの出会いはまさに運命の巡り合わせだったが、その運命を引き寄せたのが僕じゃなく、彼だった事だけが、少し悔しい。
カウシュマンはこのオディーヌで自身の研究室、アトリエを持つ一人前の魔術師だ。
尖塔に住む魔導士程ではないけれど、二十にも満たぬ年齢で一人前の魔術師であるのなら、十分以上に優秀だろう。
そしてそんな優秀な魔術師である彼が、わざわざ僕に鍛冶を習いたいと頭を下げた理由はたった一つ。
武器に術式を刻んだ魔道具、魔剣を作りたいと願うからだった。
数年前まで、見習いだったカウシュマンは、ある魔術師の弟子だったと言う。
その魔術師の名は、ラジュードル。
このオディーヌでもとても珍しかった、ドワーフの魔術師。
そう、僕が役場の男性職員に聞いた、魔術適性を持ったドワーフの一人だったのだ。
ラジュードルはこの町にアトリエを持ち、己が作った武器や装身具に術式を刻む、魔道具の研究を行っていたらしい。
故にそんなドワーフの魔術師を師としたカウシュマンも、やはり魔術を会得した後は魔道具を研究する道に進む。
しかし数年前、ラジュードルにドワーフの国からの帰還要請が届き、彼はこの町を去ってしまう。
幸い、カウシュマンは魔術の基礎は充分に学び終えていたから、後は己で研鑽を積む様にと言い残して……。
それからカウシュマンは既製品の道具に術式を刻みながら魔道具の研究を続け、オディーヌで一人前の魔術師と認められるまでに至ったそうだ。
けれどもカウシュマンは、己と師を比べて苦悩した。
師であるラジュードルと違い、カウシュマンは自ら装身具や、武具を作る技術は持っていなかったから。
その技術を伝える前にラジュードルはドワーフの国に帰ってしまったから、カウシュマンに魔剣は打てない。
葛藤し、葛藤し、それでもそれを解決する術は見えず……、そんな時にある場所で、僕が打った剣を目にする。
そう、ドワーフの流れを汲む技術で打たれた剣を。
カウシュマンはそれに運命を感じたらしい。
己でそれを打つ技術は持たずとも、ドワーフを師と仰いだ彼は物を見分ける目を持っていた。
最初はてっきりドワーフの名工がこの町に来たのだと思い、鍛冶師組合に紹介を頼んだら、それを打ったのがエルフであると聞いて耳を疑ったと言う。
だが僕の師がドワーフである事は、鍛冶師組合に見せた上級鍛冶師の免状には記載されていたから、カウシュマンもそれならばと納得し、ドワーフに学び、ドワーフの技術を得たエルフならば、自分にもその技術を伝えられるんじゃないだろうかと考えたそうだ。
それ故にカウシュマンはこの機会を逃すまいと、鍛冶師組合に日参し、僕が来るのを待っていた。
あぁ、何と言う事でしょう。
僕の個人情報が思いっ切り駄々洩れである。
まぁこの世界だと個人情報の保護なんて概念が薄いのは仕方のない話だが……。
「お願いします。何でもします。お礼も払います。雑用だってしますから、どうかオレにもその技術を」
そんな風に頼む彼の気持ちは、正直痛い程に良く分かった。
と言うか、詳しい話を聞いた所、ラジュードルがこの町を離れたのは、僕がアズヴァルドと、僕のクソドワーフ師匠と別れた時と殆ど同じで、そこにも運命を感じてしまう。
そう、僕は彼に共感したのだ。
だからこそ、僕は思う。
カウシュマンはズルいじゃないかと。
だって僕が鍛冶を彼に教えたら、……まぁ多分十年近くは掛かると思うけれども、カウシュマンは魔剣が打てるようになる。
なのに僕が魔剣を打てないのは、どう考えたってズルい。
寧ろ、そう、魔剣が必要だったなら、彼が僕に魔術を教えた方が、絶対に効率が良い筈だ。
きっとそうに違いない。
……多分?
だけどそう思った所で、素直にそれを口にして喧嘩をするのは、少し前までの僕である。
今の僕はクレバーだ。
ルードリア王国を出てから色んな物を見て来た旅が、僕に闇雲に前へ走るだけが目的を叶える術じゃないと教えてくれた。
僕の目的を叶えたいからと言って、相手の目的を否定する必要はない。
何しろさっき、カウシュマンは何でもすると言ったのだから。
「そうだね。じゃあ何でもすると言うのなら、僕に魔術を教えてくれないかな。僕も魔道具、……魔剣にはとても興味があるからね。それなら多分、お互いの条件は公平じゃないかな」
そう言って右手を差し出せば、頭を下げていたカウシュマンは驚いた様に顔を上げて、目をぱちくりと瞬かせ、僕の顔と右手を交互に見詰めた。