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以前、鍛冶の師であるアズヴァルド、クソドワーフ師匠との別れの時、彼に次はどうするのかと尋ねられた。
その時に僕は、確か剣と魔術を学ぶ心算だと答えたと思う。
するとアズヴァルドは、『精霊の力を借りる事が出来るのに魔術か』なんて言葉を口にした事を覚えてる。
当時はその意味は分からなかったけれど、今になって思えば、彼は精霊に関しても魔術に関しても、ある程度の知識があったのだろう。
先日、町役場の男性職員の言葉を、僕はオディーヌにやって来て一週間で実感する。
弟子入りを申し込もうと考えて会ってみた魔導士のいずれもが、僕が魔術を学びたい旨を伝えると、多かれ少なかれその瞳に敵意の色を宿したのだ。
鍛冶の師であるアズヴァルドも、剣の師であるカエハも、二人とも僕の弟子入りの申し出を、最初は断った。
だけどそれでも僕が喰らい付き、頼み込み、彼等の弟子となったのは、断りはしても僕に敵意の類は抱いていなかったから。
勿論それだけじゃなくて、技術に惚れ込んだりとか運命的な物を感じたりもしたけれど、それでも相手が心の底から僕を嫌っていたのなら、強引に弟子入りしようとは思わなかっただろう。
多分、きっと、恐らく。
……と言う訳で、僕はどうにも弟子入りが出来そうにない。
魔術の国であるオディーヌで、魔術を学ぶ方法は二つある。
一つは僕が先程諦めた、いずれかの魔術師に師事をする事。
魔術師は優れた弟子を育てて初めて、魔導士と呼ばれる立場になり、大きな名誉を得る。
優れた魔術師を増やす事で、魔術の世界に貢献したと見做されるのだ。
弟子は師から受けた恩を返す為、一人前となって以降は研究して得た知識を師と共有する。
尤もこれは一方通行の関係で、師が研究によって得た知識が、弟子に与えられる訳ではない。
勿論、多くの師は、弟子に自らの研究成果を引き継ぎ後世に残すのだろうけれども、中には例外も居るだろう。
例えば複数の弟子を抱えた魔導師は、たった一人の弟子に自らの全てを残し、他の弟子には何も残さなかったなんて話もあるそうだ。
まぁでもそんな事は、魔術の世界でなくとも、師弟関係が存在するならどこにでも転がっている話であった。
弟子の得た知識が師と共有されるとは言っても、弟子の方だって技術の一つや二つは秘匿して隠し持つだろうし、至って普通の話である。
そしてもう一つ、二種類目の方法が、そう、オディーヌに三つもある魔術学院に通う事だった。
三つある魔術学院の一つ目は、単に魔術を学ぶだけでなく、それを戦争に活かす戦術も研究する、軍用魔術学院。
二つ目は、冒険者として活動する予定の魔術師の卵が、魔物と戦う為の魔術や身の守り方を学ぶ、対魔戦術学院。
三つ目が、上記の二つの魔術学院に入れない者の為の、基礎魔術学院だ。
まず軍用魔術学院は、元々このオディーヌが建設された目的でもある、戦力としての魔術師を小国家群の国々に供給する為の魔術学院である。
謂わばこのオディーヌで最も重視される魔術学院だと言えるだろう。
但しこの軍用魔術学院に入れるのは、小国家群の国で市民権を持つ者のみであり、また卒業後はその市民権を持つ国で一定期間の軍役が課せられるそうだ。
無論、軍役と言っても魔術師に支払われる給与は一般兵の比ではなく、重要な人材として丁重に扱われるし、軍の中での出世も早い。
要するに間違いのないエリートコースと言う訳で、僕には全く無縁の魔術学院だった。
次に対魔戦術学院だが、ここは冒険者としての魔術師を育てる魔術学院で、卒業後の三年間は小国家群内で冒険者活動をする事が義務付けられると言う。
まぁこの時点で僕には無縁の場所なのだけれど、一応説明すると、冒険者のチームに魔術師が一人いるだけで、そのチームは大きく戦術が広がり、活動が安定する。
しかし魔術は適性がなければ扱えない特殊な技術で、その数は決して多くはない。
故に冒険者の間では常に魔術師が不足しており、実際、僕も冒険者の知り合いは少なくないが、その中でも魔術師は僅かだった。
そこに目を付けたのが小国家群で、オディーヌで冒険者としての魔術師を養成する事により、魔術師をパーティメンバーとして欲する冒険者を小国家群内に誘致。
彼等に小国家群内で活動して貰い、魔物による被害を大きく減らしたそうだ。
最後に基礎魔術学院は、他の魔術学院の様に卒業後の規定はないが、その代わりに学費は著しく高額になる。
そして教える内容は、その名前通りに魔術の基礎のみ。
更なる魔術の知識を得たければ、卒業後にはやはり師を求めるしかないだろう。
つまりなんと言うか、どれも微妙にピンと来ないと言うか、期待外れの内容だった。
魔術に対する好奇心を満たすだけなら基礎魔術学院一択で、僕なら高額の学費も然程の問題はない。
だけれども、……そう、折角ここまでやって来て、道は一つしかありませんと言われると、素直にそれを選ぶのも、何だかどうにも悔しい気分だ。
それに何より、巡り合わせの様な物を感じない。
まぁ良いかと、そんな風にも思う。
別にこのオディーヌで学ばぬとも、他の地で優秀な魔術師と知己を得る事もあるだろうし、魔術の適性があると知れただけでも十分な成果である。
だから萎えてしまったこの気持ちを何とかする為にも、取り敢えず鍛冶でもしようか。
どうせ暫くはこの地に留まり、知人のエルフであるアイレナからの連絡を待たねばならない。
魔術の為の都市である以上、武器や防具の需要は薄いだろうけれども、鍋だの包丁だの日用品や、いっそ初心に帰って釘の大量生産だって楽しい筈だ。
不貞腐れても仕方ないと、僕はオディーヌの町の鍛冶師組合を訪ねる。
まさかそこで、今度こそ運命を感じる巡り合わせが待っている等とは、思いもせずに。