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満足の行く仕事は出来たし、報酬も大金貨が十枚と破格だったが、少しジャンぺモンの町には長居をし過ぎた。
だから僕は、大仕事を終えて三日は殆ど寝て過ごし、それから四日を宿の少女、ノンナと遊んだり、町の観光に費やして気力を回復した後、旅立ちを決める。
大分と時間を使い過ぎてしまった為、あまり時間に余裕がない。
これ以上のんびりし過ぎると、知人のエルフであるアイレナとの連絡が行き違いかねなかった。
その場合、心配したアイレナがどんな行動に出るかは、あまり考えたくない事だ。
魔術の国であるオディーヌに辿り着くには、もう幾つか都市を経由しなければならない。
のんびりと滞在まではしないにしても、町を何も見ずに急ぎ足で駆け抜けると言うのは、あまりに勿体なく思う。
故にジャンぺモンの町で使える時間は、もう全て使い切ってしまった。
旅立ちを告げた時、ノンナは少し寂しそうだったが、彼女も宿の娘だから、出会いと別れには慣れている。
これが必ずしも今生の別れでない事は理解して、
「またね!」
と笑顔で言ってくれた。
そんな風に言われたら、次もこの町に立ち寄って、この宿に泊まりたくなってしまうから、ノンナも中々に商売上手だ。
そうして僕はジャンぺモンの町を後にして、トラヴォイア公国領を抜けて北東へ、魔術の国であるオディーヌを目指して、街道を歩く。
この世界を旅する上で厄介な所は、道の先の情報を得る手段が、誰かに話を聞くしかない所だった。
地図と言う概念や、地図の現物がない訳じゃないのだが、その手の物は国が厳重に管理してる事が殆どだろう。
少なくとも僕の様な流れ者には、そう簡単には手に入れられない。
勿論長く暮らした場所ならば、例えば僕の場合はルードリア王国ならば、十年以上を暮らしたから、その周辺国位までなら国土の形や大きさも予想は出来る。
だからこそルードリア王国からヴィレストリカ共和国に向かった時は、森歩きをしてパウロギアを強引に通り抜けた。
しかし同じ真似を小国家群でしようとしたなら、僕は間違いなく迷うと思う。
山や森を避けて迂回する街道は、時に冗長に感じてしまうが、結局は素直に道に沿って歩くのが、恐らく一番早いのだ。
さてこの北東に街道の先には、アルデノ王国と言うやはり一都市のみを保有する小国があった。
保有する都市の名前もアルデノで、覚え易くて好感が持てる。
更にアルデノから街道を北に向かえば、大きな湖を有する国、水瓶の国とも呼ばれるツィアー共和国の都市、フォッカに辿り着く。
フォッカからは船に乗って湖上を北に進めば、対岸にはやはりツィアー共和国の都市であるルゥロンテ。
因みに湖の名前もツィアー湖で、ツィアー共和国はこの湖と共に生きて行くとの誓いを立てて、その名を国名にしたのだとか。
そしてルゥロンテから北東の街道を行けば、僕が目指すオディーヌがある。
町の名前、国の名前を並べるとややこしいが、距離的に言えば然程に遠くはない。
僕は歩きだから多少の時間は掛かるけれども、都市から都市への距離は、歩いても精々が二、三日と言った所だ。
勿論馬車を使えば、その日のうちに都市から都市への移動も可能だろう。
まぁ、うん。
酔うから絶対にお断りだが。
途中で野宿をしながらも街道を歩き続けて、アルデノ王国の都市であるアルデノも間近となったであろう頃、街道からも立ち並ぶリンゴの果樹が見えて来た。
そう、アルデノ王国は、果実の生産が盛んな国だ。
果樹の間を幾人もの農夫が歩き回って、収穫をしたり、木々の世話をしている。
僕の好奇の視線に気付いたのだろうか。
街道から程近い果樹の一本が、リンゴは必要かと問うて来た。
歩き続けて喉も乾いてるから、実にありがたい申し出だけれど……、僕は笑って首を横に振る。
その果樹にとっては、リンゴの一つも自分の一部って認識で、それは間違いなく正しいのだけれど、世話をする農夫からすれば話は別だ。
僕が果樹の許可を取ってリンゴを得たとしても、彼等からすれば泥棒にしか見えないだろう。
この辺りはどうしても、人間とハイエルフには埋められぬ感覚の差があった。
当然ながら、植物と人間の間にも。
しかしそれでも、ここに生える大量の果樹は、人の手で世話を受けながら、のんびりと生きている。
その光景を見ていると、僕はなんだか嬉しくて楽しい。
だがその時だった。
果樹の並木が立ち並ぶずっと向こう側で、ドォンと言う大きな音と悲鳴が、風に乗って聞こえて来たのは。
見ればそこでは、圧し折られて薙ぎ倒されたリンゴの果樹と、そこに頭を突っ込んで実を貪り食う巨大な猪の姿。
森の木々に比べるとリンゴの果樹は少し細めな印象はあったが、それでも相手が普通の猪ならば、たった一度の体当たりで圧し折られてしまう程には軟ではない。
だから今、果樹を圧し折り実を喰らうのは、
「グ、グリードボアだぁっ。誰かっ、町から冒険者を呼んで来い!!」
そう、その叫び声の通りにグリードボア。
つまりは並の猪とは比べ物にならない膂力と巨体を誇る魔物の一種である。





