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「あー……」

 熱い湯に浸かっていると、色んな事を考えてしまう。


 ここは、ドワーフの国から北に行った火山地帯の外れにある、ドワーフの戦士団の駐屯地。

 火山地帯の魔物と戦い、その素材を国に届けるドワーフの戦士の為の駐屯地。

 だがこの駐屯地には、単に戦士達が滞在するだけでなく、もう一つ大きな特徴があった。

 それが以前に、僕が掘ったこの温泉である。


 いや、より正確には僕が温泉を掘ったから、火山地帯に遠征するドワーフの戦士達の為にも利用しようと、駐屯地としても整備されたのだ。

 故にこの駐屯地には、温泉に入る為に物資の輸送隊に混じって足を伸ばすドワーフも、実は珍しくないという。


 でも今は、この温泉は僕だけの貸し切り状態だった。

 僕とアイレナは、物資の輸送隊とは別でこの駐屯地にやって来たし、ドワーフの戦士達もこの時間は周囲の警邏や訓練、武具の手入れといった普段の仕事に忙しくしている。

 だから女湯に入ってるアイレナも、きっと貸し切り状態だろう。


 実に贅沢だ。

 けれども少しばかり、そう、寂しい気がしなくもない。

 つい先日までドワーフの国で過ごしてた時は、周囲が実に賑やかだったから。

 ドワーフは酒を飲むと陽気だし、アズヴァルドが色々と気を回してくれた事もあって、実に居心地が良かった。

 それを一人で思い返すと、颯爽と国を出てきたにも拘わらず、少し寂しく思ってしまう。


 これでも別れには慣れてはいるんだけれども。

 手で掬った湯を顔にかけてから、天を仰いで大きく息を吐く。

 身体に沁みる熱が心地好い。


 多分、アイレナと一緒に旅をしてるからだな、と、そんな風に思う。

 一人旅だったら、別れた後の寂しさ、過ごす夜の静かさなんて、当たり前だった。

 振り返るよりも前に進む足を動かす事に集中していれば、感傷は紛れて薄れて、やがて消える。

 ずっとそうして来たし、きっとこれからもそうするだろう。


 だけど今、アイレナという、僕が心から安心できる相手と一緒に旅をしてるから、恐らく甘えが出てしまっているのだ。

 だって、温泉に一人で入った途端に寂しさを思い出すなんて、僕が彼女に甘えているから以外に考えられないし。

 尤も、別にそれで自分が情けないと、恥じようとは思わない。

 むしろ自分の心の動きが新鮮ですらあった。


 まぁ、アイレナには本当にずっと頼ってるから、どうしたって甘える気持ちはあるのだろう。

 何より彼女は、とても気軽に僕の事を叱るし怒るし、或いは心配だってする。

 そんなエルフは、これまで大陸の東から西まで、ざっくりとではあるが旅したけれど、アイレナ以外にはいなかった。

 彼女はとても変わり者で、それから紛れもない英傑だ。


 アイレナの名前は、東中央部では既に人間にも知れ渡ってる。

 彼女が成した数々の功績と共に、歴史にだって刻まれるだろう。

 もちろん全てをアイレナが一人で為した訳ではないけれど、人間とエルフの間に起きた問題に対して真っ先に、そして常に一番前で動いてきた。

 後の世で、彼女は一体どんな評価を受けるのか。

 僕はそれを確かめる事を、実は密かに楽しみにしていた。


 ただそれも、まずは無事に雲の上での探索を、巨人との遭遇を果たしてからだ。

 雲の上という未知の世界では何があるかわからず、巨人が僕達にどんな対応を取るかも、やはりわからない。

 聞いた話からの判断にはなるけれど、巨人の物の見方は、不死なる鳥や竜とは少しばかり違ってる。

 どこまで僕に、それからアイレナにも、好意的に接してくれるかは、会ってみなければわからなかった。

 つまり雲の上は、これまで僕が訪れたどんな場所よりも、危険が大きな場所かもしれない。

 だからこそ怖くもあったが、同時に楽しみでもある。


 この世界への干渉を、神は禁じられているらしい。

 なのに時折、まるで神が関わったとしか思えぬ出来事が、歴史に刻まれていた。

 そのうちの幾つかは、僕と似た様なハイエルフの仕業である可能性が高いと思う。

 実際、僕も山を動かして山道を塞いだり、新たな河川を作り出したり、割と色々とやっている。


 ただハイエルフの仕業というだけでは説明のできぬ幾つかは、……或いは巨人の手で演出された奇跡なんじゃないだろうか。

 一体、巨人は何を考えて地上に干渉するのか。

 僕はそこに興味があった。

 ずっとこの世界を記録し続けているという巨人は、……竜の炎に焼かれる世界に、寂しさを感じないのだろうかと。

 そう聞いてみたいのだ。


 下手な聞き方をすれば喧嘩になるかもしれないけれど、それでも僕は興味があった。

 いやぁ、巨人と僕で喧嘩なんて、サイズ的にどうなんだろう。

 できる物なら、してみたい。


 ちょっと茹ってきたので、立ち上がって湯から出る。

 熱い湯に浸かっていると、色んな事を考えてしまうけれど、それが纏まる事ってあんまりない。

 思考は散漫で取り留めのないままだ。

 だけどそれが、どうにも不思議と愉快である。


 水を一杯飲んだなら、借りた部屋でゴロゴロと過ごして、休むとしよう。

 もう何回かは、ここにいる間に湯に浸かりに来る心算だし。

 アイレナも、ちゃんと休めて疲れを抜けているだろうか?





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― 新着の感想 ―
ハイエルフとエルフって子を残せるんだろうか?その場合、なにエルフになるんだろう。
[一言] アイレナの事を思った直後にアイレナに心配されて叱られる事を考えるエイサー ぶれませんねえ
[気になる点] アイレナはエイサーがスデゴロ大好き蛮族えるふだって事知ってるんでしたっけ? [一言] いやぁ、巨人と僕で喧嘩なんて、サイズ的にどうなんだろう。 できる物なら、してみたい。 うん。知…
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