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ドワーフの国は、酒場が多くて宿屋が少ない。
酒場が多い理由は、ドワーフ達がこよなく酒を愛していて、宿屋が少ない理由は、この国には外からの来客が殆ど居ないから。
故に酒場の個室で仮眠を取る事が当たり前のようにできるというのは、少し前に述べただろう。
酒場以外にもドワーフの国に多い施設と言えばもちろん鍛冶場で、これも理由はドワーフ達がこよなく鍛冶を愛しているから。
だがもう一つ、ドワーフの国には明らかに他の場所よりも多い施設が存在していた。
「エイサーさん、今日はよろしくお願いします」
僕に向かって丁寧に頭を下げたのは、この学校で教師をしているというドワーフの女性。
そう、酒場と鍛冶場以外に、ドワーフの国に他の場所よりも多い施設とは、子供の為の学校だった。
といっても別に、僕はドワーフが他の種族に比べて殊更に子供への教育に熱心だという話をしたい訳ではない。
他の種族には他の種族の、子供への教育の仕方があって、ドワーフの場合はそれが学校であるという話だ。
例えば人間の場合は、末端の宗教施設がそれを兼ねる場合が多い。
東中央部の国々は豊穣神を崇める宗教の勢力が強いから、殆どの町には複数の教会があり、そこで町の子供には読み書きや計算、社会の仕組みや歴史等を教えてる。
また村の場合は、教会がある村は教会で、そうでなければ博識な村の老人か村長辺りが、やはり読み書きや計算は教えていた。
貧しさに、そこに手が回らぬ場合も少なからずあるだろうけれども、文字を知らぬままに大人になっても、町に出て教会に行けば、やはり文字くらいは教えて貰えるのだ。
そういった実利もあるからこそ、宗教は人々の生活に密着し、人間は信仰を当たり前のように受け入れている。
エルフの場合は、そもそも子供を集落全体で育てる風習があるから、集めた子供に教育をするのは長老や年嵩のエルフの役割だ。
そしてエルフは子供である時間が長いから、必然的に教えて貰う事柄も多かった。
だって人間に比べれば頻繁に読み書きの機会がある訳でもないエルフが、それでもそれを教え伝えてる理由なんて、時間が有り余っているからだろう。
もちろん最初に言葉を被造物に与えたのが創造主であるからという、それを貴び敬う気持ちも大きいとは思うけれども。
あぁ……、でもよく考えてみれば、創造主が与えたのは言葉であって文字ではない。
しかし言葉と同じく、文字も地域で多少の差はあれど、少なくともこの大陸で見かけた文字は、元を同じくするのであろう似通った物ばかりだった。
では一体、誰が文字を与えて広めたのだろうか?
やはり創造主が言葉と一緒に、文字も被造物に与えたと考えるのが、最も自然な流れである。
言葉なんて使われる間に変化していきかねない代物が、それでも大きく変わらずに伝わっているのは、目に見える形で残る文字と一緒に与えられたからじゃないだろうか。
だがもう一つの可能性として、世界を観察して記録する役割を課せられたという巨人が、己の役割の為に文字を考え出したのかもしれない。
巨人は何度もこの世界に干渉しているらしいから、彼らが文字を人に広めているなら、世界が焼かれた後にもそれが変わらず残っている事にも納得がいく。
全ては、僕の想像に過ぎないが。
……まぁ、話が大分逸れてしまったけれど、ドワーフも人間もエルフも、それぞれの事情に合わせて子供達への教育を行ってるって事だった。
ただやはり、学校という施設を設けて教育を施す分、ドワーフは多少、子供への教育に熱心なのかもしれない。
何しろドワーフの子供達は学校で、読み書きや計算、社会の仕組みや歴史だけでなく、鍛冶の基礎や金属の見分け方まで習うのだから。
そして今日、僕がドワーフの学校に招かれたのは、子供達が受ける授業の一つを担当する為だった。
というのも、ドワーフの学校で学ぶ子供達の幾らかは、将来は鍛冶師になるだろう。
但し若いドワーフが鍛冶師となった場合、ある程度の年数は人間の国へと出稼ぎに、もとい修行に行って名を上げねばならないという風習がある。
ドワーフは女性が国外に出る事は殆どないから、女性の鍛冶師はその修行を免除されるらしいけれども、本人が望むならば修行に出ても許されるそうだ。
しかし当たり前だが、ドワーフの常識と人間の常識は大きく異なり、その違いから人間の国に出た鍛冶師が揉め事を起こしてしまうケースは少なくない。
故にドワーフの学校では子供達に、人間の国で暮らす為の基礎的な知識を教える授業がある。
尤も教師はドワーフの国の外に出た経験がないから、その授業だけは外部から、人間の国へと修行に赴いた事のある鍛冶師を招いて行われるという。
でも多くのドワーフの鍛冶師よりも、人間の国に関しては僕の方がずっと詳しい。
そりゃあ住んでる期間が、旅をした地域の広さが、関わった人間の数が違うのだから当然だろう。
だから先日アズヴァルドに、
「お前さん、ちょっと学校を回って、子供達に人間の国の事を話して来てやってくれんか。子供達も、お前さんの話なら物珍しがって喜ぶじゃろ」
なんて風に頼まれてしまったのだ。





