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ウィンとの話し合いを終えた僕が滞在する事になったのは、今は連合軍の兵の宿舎として利用されている、宿の一室。
恐らくはその中でも、上等な部屋を選んで手配してくれたのだろう。
建物だけの話になるけれど、いわゆる高級宿の類である。
別に高級な宿を使わせてくれなくても、僕はウィンと話せればそれでよかったのだけれど、どうやら気を遣ってくれたらしい。
本当は彼が身を寄せる虎の氏族の拠点に招いてくれようとしたのだが、今は遠慮しておいた。
つもる話はあるけれど、それは何時でもできる事だ。
東中央部と西部の距離に比べれば、寝泊まりする場所の違いなんて些細だろう。
彼には連合軍での、或いは虎の氏族での立場もある筈だから、その邪魔はしたくなかった。
ゆっくりとした時間を過ごすなら、今の戦いが終わってからでも十分に可能だ。
もうお互いに子供じゃないのだから、常に一緒に行動したいって訳でもないし。
そしてウィンと再会した翌日から、僕はこのクラウースラに滞在する連合軍の、様々な種族の代表者からの招きを受ける。
最初に面会を申し込んで来たのは、当然ながらエルフの代表者だった。
どうやら町中で僕の姿を見かけたエルフからの報告を聞いて、即座に面会を求めたらしい。
だけどそれでも当日じゃなくて一日おく配慮は見せる辺り、どうやらエルフの代表者は気の利く人物なのだろう。
実際、ウィンがエルフの協力を求めて森を訪れた際にも、彼がハーフエルフである事よりも、先触れの風の見事さに注目して褒め称えたのだとか。
確かにエルフは精霊術の実力を重視するし、ウィンはそれに長けている。
しかし残念ながら、エルフのハーフエルフに対する偏見は実に根の深い話だから、それでもウィンの実力を正しく評価するのは、そう簡単にできる事じゃない。
僕はそのエルフの代表者、カルテッサと呼ばれる女性から、この地のエルフが置かれた状況を聞く。
クォーラム教は他の種族よりも優先してエルフを狙い、捕らえて隷属させてきたと。
逃げたエルフは大きな森へと集まったけれども、霊木のある森もどのようにしてか人除けの結界を突破され、クォーラム教の占領下におかれてしまった。
その結果、今では人に捕らわれずに残ったエルフは、元より北部に住んでいたエルフのみとなっているという。
種族の連合軍ができた事で状況は大きく変化しつつあるが、それでも未だに多くのエルフは人間に隷属させられている。
仮に彼らを救えたとしても、エルフとしての生き方を奪われた時間の長さを思えば、そう簡単には元の生活に戻れないだろう。
またクォーラム教の聖地の傍にあった大きな森は解放されたが、霊木を有する規模の森は、まだ幾つも人間の占領下のままだ。
あぁ、そんな状況にハイエルフが現れたなら、そりゃあ助けを求めたくなるのも当然だった。
元より僕もウィンの、つまりは連合軍の手助けはする心算でいる。
但しあまりに僕が目立ってしまうと、それこそ種族の連合軍の纏まりに嫌な影響を及ぼしかねない。
故にエルフ達には僕がハイエルフである事は黙ってて貰えるように頼み、その代わりと言ってはなんだが、何らかの形で西部のエルフ達が元の生活に戻れるように支援をすると約束をした。
恐らくその時には、東中央部のアイレナや、西中央部のレアスやテューレといった、他の地域に暮らすエルフの実力者にも助力を求める必要があるだろう。
尤もそれは、西部からクォーラム教を排除して、他の地域のエルフがこちらにやってこれるようになってからの、つまりはまだまだ先の話だけれども。
さて、そんなエルフの次に僕との面会を求めた種族は、まぁこれも予想通りではあったけれどもドワーフだった。
実はドワーフは、西部に生きる多くの種族の中でも、比較的人間による被害が少なかった種族だ。
というのもクォーラム教の思想が蔓延し始めた早期に人間を見限り、北西の険しい山奥にあるドワーフの国へと引き籠って、外部との交流を全て絶ってしまったから。
東中央部や東部でもそうだったけれど、ドワーフの国というのは本当に山々の深い場所にある。
だからドワーフが外との交流を絶ってしまえば、人間以外の種族もドワーフに接触する事はできなかったし、その存在すら半ば忘れられていたらしい。
ウィンが武器の生産力の拡大を求めてドワーフを仲間に加えると言い出し、北西の山々に踏み入ってその国を発見するまでは。
当たり前の話だけれど、それは決して簡単な事じゃなかった筈だ。
だがウィンは、東中央部のドワーフの国で彼らの学び舎に通い、ドワーフの歴史や風習、社会の仕組みについて深く学んでる。
知識という面においては、ウィンは僕以上にドワーフに関して詳しいだろう。
もちろん地の精霊の助けも受けての事だとは思うけれど、ウィンは彼らの国を見付け出し、同胞として認められた証であるミスリルの腕輪を見せて交渉をした。
酒や食料と引き換えに、武器や防具を輸出して欲しいと。
そして叶うならば、西部の状況を変える為に、ドワーフという種族の力を貸して欲しいと。
ウィンは利を説き、エルフの血が混じるからと馬鹿にした相手とは一歩も引かずに殴り合い、その後に酒を酌み交わしてドワーフ達に認められた。
何とも、実に羨ましい話である。
僕といた頃のウィンはまだ酒が飲めなかったから、酒の匂いに顔をしかめてるところしか知らないのに。
ドワーフの代表者であるグヴォードは、どうやらウィンと飲んだ酒の席が面白かったから、同じく東中央部で同胞と認められた僕とも酒を飲んでみたいと、そんな風に思ったらしい。
そう飲みながら語ってくれた。
西部では、エルフとドワーフの関係は、同じ連合軍に属してはいても決して良くはないそうだ。
人間という同じ敵と戦う為に、揉めない程度の距離を置いて同じ場所にいるだけらしい。
だがグヴォードは、その関係を変化させたいと思っているという。
というのもこの数百年、ドワーフ達は自国の需要を満たす程度にしか鍛冶を行えず、足りぬ食料を賄う為に北西の凍った海にまで出て、海獣を狩る事で腹を満たしていたのだとか。
それはドワーフにとって、実に我慢を強いられる日々だったのだろう。
しかし今は主に獣人が顧客となり、思う存分に鍛冶をして、武器や防具と引き換えに食料と酒が手に入るようになった。
そのドワーフにとっての豊かな日々を齎したのは、隠れていた自分達を見付け出した、遠き地で同胞と認められしウィン。
……そしてウィンはドワーフに語ったらしい。
自分の故郷では、エルフとドワーフが交易をおこない、ドワーフ達はエルフの森で採れた果実から造られた酒を飲んでいると。
またその交易を実現させたのが、同じくドワーフに同胞として認められた僕であるとも。
そしてドワーフの代表者は、まだ知らぬ酒がそこにあるなら、エルフと取引をしてでも飲んでみたいと言っていた。
ウィンはドワーフとエルフを、連合軍という枠組みに組み込んだが、それが精一杯だったそうだ。
だからもう一人の同胞が更に何を齎すのかを期待してると、グヴォードは言って酒を呷り、満足そうに笑う。
それからエルフ、ドワーフが相次いで面会をした事に興味を持ったのか、ハーフリングやケンタウロスの代表者までもが、僕と話をしに来た。
連合軍でも数の多い獣人は、種族の代表じゃなくて氏族の代表との面会になったけれども。
だけどアラクネや蟻人、虫系の特徴を持つ種族にも、僕は興味があったのだけれど、そちらとの接触はまだ叶っていない。
何でも彼らはこの西部でも決して数の多くない種族で、連合軍に参加してる数も僅かなんだとか。
多くの話を聞き、この西部について知るうちに、少しずつ物事が見えてくる。
連合軍が抱える問題も、ウィンが目指してるのであろう未来も。
本当に少しずつだけれども。





