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「……やっぱりキラキラ光ってる。あぁ、本当に、本当にエイサーだ。このタイミングの悪さも、エイサーらしいや。久しぶり、エイサー」
そう言ってウィンは、懐かしそうに目を細めて笑う。
わかれた頃に比べると、もう彼は本当に大きくなっている。
身体だけの話じゃなく、身に纏う雰囲気も以前よりもずっと落ち着いてて、まだ小さな芽だったころから若木になるまでを一緒に過ごした僕には、ウィンが立派な巨木になったように見えた。
彼は、僕の数え間違いでないなら、もう九十近い年齢だ。
人間で言うならば、三十を幾つか過ぎたくらいになるのだろうか。
もちろんエルフなら、ハイエルフと同じく老化とは無縁だから、成長が終わった後の年齢なんて見た目に反映されないのだけれども……、ハーフエルフはそうじゃない。
今はエルフ由来の若々しい見た目が残る彼も、ここから先は徐々に老いて行くのだろう。
「ここまでの旅で噂は色々と聞いたよ。頑張ってるみたいだね」
だけど僕がそう口にすると、ウィンの浮かべた笑みがほんの少しだけ曇る。
表に浮かべぬように、笑みの下に押し込めようとしたけれど、僅かに滲み出てしまったそれは、悔しさ、怒り、……それから悼みだろうか。
隠そうとしても、僕にはわかった。
これでも僕は、義理ではあっても彼の親だ。
五十年以上ぶりの再会であっても、それは何も変わらない。
寧ろ一緒に過ごしてた頃の方が、近過ぎて見えなかった事も多かった気もするけれど。
今のウィンの笑みは、僕には泣き顔のようにも見える。
或いは沢山泣いた後の、泣き疲れてしまったような顔にも。
……あぁ、いや、恐らくもう、散々泣いた後なのだ。
きっと何か、とても大切なものを失って。
だがウィンが隠そうとしている以上、今はそこには触れないでおこう。
相手が彼でなくたって、見えてる傷口に指を突っ込み、穿り返すような趣味は僕にはなかった。
ウィンが東中央部を旅立ってから五十年が経った事を考えれば、幾つもの出会いと別れがあった筈だ。
ハーフエルフである彼の生きる時間は、人間や獣人と比べれば、やはり長い方ではあるから。
ましてや今の西部の状況を考えると、その別れが穏やかな物であったかどうかも、わからない。
先程の表情から、ある程度の察しは付くけれども。
もしもウィンが、自分からそれを話したいと思ってくれたなら、僕は耳を傾けるだろう。
また僕も、多くの出会いと別れは繰り返して来たから、気休め程度の言葉は出せる。
そう、気休めにしかならないのだけれど、その気休めがどれ程にありがたいかも、僕は知っていた。
ただそれも、ウィンが望むなら、必要とするならの話だ。
それから少しの間、僕とウィンは互いを懐かしんで言葉を交わす。
僕らが離れていた時間は長く、語れる事は幾らでもある。
そして僕はもちろん、ハーフエルフである彼だって、時間は多くある生き物だから。
けれども残念ながら、
「エイサー、会えて本当に嬉しいけれど、ここはもうすぐ大きな戦いが起きる。ずっと戦い続きの西部でも、一番大きな戦いが、起きるんだ」
今のウィンを取り巻く状況には、どうやらあまり時間の猶予がないらしい。
ただ僕は、そんな事は承知の上で西部に、このクラウースラにまでやって来た。
ウィンが僕を気遣うのは、彼と一緒に東中央部で過ごした時、僕が大きな争い事は避けるようにして来たからだろう。
あぁ、確かに僕は、酒場での喧嘩ならともかく、戦争みたいな大きな争い事に関わるのは好きじゃない。
でも戦争への忌避感を上回るくらいに僕はウィンに会いたかったし、手助けしたいと思ってる。
そうでなければ僕は、そもそも西に足を向ける事すらなかったのだ。
つまりは、そう、
「そんなの今更だよ。ウィン」
今更そんな事を言われた所で、僕はここを立ち去りはしない。
それに僕は、ウィンの反応を見て、やっぱりここに来て良かったと思ってる。
だって彼は、自分達だけでは解決が難しい問題にぶち当たっている筈だった。
ウィンは僕をそれに巻き込みたくないという思いや、或いは巻き込めない事情があるのかもしれないけれど。
けれども僕は、何度も繰り返しになるけれどもウィンの親だから、
「僕は君を手伝いに、いや、助けに来たんだ」
彼がどう考えていたとしても、僕はウィンを助ける心算だ。
たとえ余計なお節介だと思われたとしても。
僕の言葉に、ウィンは複雑な表情を浮かべて沈黙する。
彼の頭の中では、様々な感情や考えが巡っているのだろう。
それが終わるまで、僕は黙ってウィンの言葉を待った。
実利的な事を言えば、僕の力は確実に彼の役に立つ。
それはウィンも当然知ってる。
だから僕を巻き込みたくない、僕に頼りたくないのが、感情的な問題だったら、彼はこんなにも思い悩む筈はない。
何故なら今のウィンには、周りに多くの人がいて、彼が抱える問題はその多くの人にも関わりがある。
ならば少しでも早く、犠牲を少なく問題を解決する為に、僕の力を借りる事は厭わないだろう。
ウィンは昔から、本当に優しい子だったから。
つまり彼には、もっと何か別の、僕に力を借りられない理由があるらしい。
やがて顔を上げたウィンは、大きく一つ息を吐く。
「確かに、ボク等は今、大きな問題に直面してる。エイサーも聞いてると思うけれど、連合軍はクォーラム教の聖地を陥落させた。そしてその際に、奴らの長、聖教主を討とうと対峙した」
それはこのクラウースラに来る途中の旅でも聞いた話である。
獣人を中心とした複数の種族の連合軍が、クォーラム教の聖地を陥落させたと。
「そうすればミズンズ連邦を解体し、西部の人間にクォーラム教を捨てさせる事も不可能じゃなかった筈なんだ。……でも、ボク等はそれに失敗してしまった」
しかしその際に聖教主は討ち取れず、その号令によって聖地奪還の大軍勢が編成される事になった。
その人間の大軍勢と連合軍がぶつかるのは、もう然程に遠くはない。
だが問題はそれよりも、実際に対峙しておきながら、ウィンとその仲間達が聖教主を討ち損ねた事だろう。
彼の仲間がどの程度の物かは知らないけれど、少なくともウィンが、実際に対峙した上で、単なる人間を取り逃がすとは考え難いし。
「大きな犠牲を出した上で、ボク等は彼女に勝てなかったんだ」
そう、彼が発する言葉には、明確な憎しみが宿ってる。
それから自分の無力さに対する悔しさと怒り、喪った者への悼みも。
「獣人の精鋭が振るう刃も、精霊の力も、アレには全く通じなかったんだ。……ボクはあのクォーラム教の聖教主は、以前にエイサーから聞いた、吸血鬼って化け物だと思ってる」
あぁ、やっぱり、そうなのか。
二十七章スタートです
また本日、転生してハイエルフのコミカライズの二巻の発売日となります
どうぞよろしくお願いします