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僕はこれまで人間の王侯貴族の類とはできる限り関わらないようにしてきたが、マルマロス伯爵には興味が持てた。
けれども僕が伯爵に興味を持ったからと言って、向こうも同じであるとは限らない。
エルフという種族に興味を抱いてくれはするかも知れないけれど、多分それだけでは弱い気がする。
これがレビースなら絵画を足掛かりに、ヒューレシオなら歌を使って、マルマロス伯爵の芸術性に訴え掛ける事ができただろう。
しかし僕には絵の心得もなければ、詩歌を得意ともしなかった。
だったら僕は、僕なりの強みを活かして伯爵の興味を惹かねばならない。
それは恐らく、マルマロス伯爵の好みからは些かズレる分野だろう。
だけど、いや、だからこそ僕は、それを使って興味を惹きたいと思うのだ。
武骨だとの理由から、剣を帯びすらしないという彼に、思わず所持したくなるような剣を献上しよう。
見た目だけが華美な宝剣でなく、実用性を伴って、それ故に美しい剣を。
幸い鍛冶師組合は、この町にもそれなりの規模で存在してる。
大理石の加工や、採石に使われる工具の需要が高いからだ。
訪れた鍛冶師組合で免状を見せれば、驚かれはしたものの、鍛冶場の手配はスムーズに行われた。
さて、では一体どんな剣を打つとしようか。
炉に火を入れて、鍛冶道具を握り、素材の鉄の匂いを嗅ぎながら考える。
その機能故に美しい剣と言えば、僕が真っ先に思い当たるのは刀だ。
この辺りでは見られない美しい武器は、きっとマルマロス伯爵の興味を惹くだろう。
しかしこれは却下である。
何故ならここでは、刀の素材である玉鋼が手に入らないから。
もちろん僕は、並の鉄からでもそれなりの刀は打てるけれども、最適の素材を知るが故に、どうしてもそこには妥協の心が混じってしまう。
妥協して打った刀でも、物珍しさからの関心は得られるかもしれない。
でも芸術で見る目の鍛えられた伯爵の心を、真に掴む事はできないと思うのだ。
ならば僕が最も得意とする、ヨソギ流で振るわれる剣、直刀の類はどうだろう。
これもあまりいい案とは言い難かった。
確かに最も完成度は高い物ができるだろうけれど、……残念ながら直刀の類は扱いが難しい。
もちろんそれは刀であっても同じ事で、これまで武器を帯びすらしなかったマルマロス伯爵に使いこなせる代物じゃないから。
どんなに優れた品であっても、使えないのであれば機能的とは、僕は胸を張って言えなかった。
なら剣としては使えずとも、いざとなれば投げつけられるくらいの短剣がいい。
尚且つ装飾性があって美しく、身に帯びれば他の貴族からの文弱呼ばわりを少しは軽減できそうな、迫力もある程度兼ね備えた代物。
……あぁ、何とも難しい条件だけれど、一つだけ、ピンときた物があった。
それはチンクエディアと呼ばれる短剣だ。
幅広で、短剣としては大振りで迫力があり、尚且つその広い剣身には溝を彫って装飾性を高めてる。
丈夫で刺突力に優れ、また敵の攻撃を受け流すのにも向いていて、見た目が美しく、護身用としては迫力もあった。
剣身にも単に溝を彫るだけでなく色々と細工を施して、……いっそ紋様を彫り込んで魔道具として完成させてもいいだろう。
マルマロス伯爵に魔術の才があるかどうかは分からないけれど、たとえ魔道具としての機能を使えなくても、遊び心としては面白い。
柄や柄頭、鍔に鞘まで統一感を以て、僕の全力を出し切れば、マルマロス伯爵の心を掴む自信が僕にはある。
大陸の中央部でも、東部でも、そのまた東の島国でも、人間が相手でも仙人が相手でもドワーフが相手でも、僕の鍛冶が通じなかった事はこれまでにないのだ。
何故なら僕の鍛冶の師は、その腕でドワーフの王になれるくらいの、誰よりも優れた職人だから。
僕は何時も通り、師の名に恥じぬ鍛冶を心がければ、それが通じない相手なんていない。
幸い、鍛冶の腕の錆び落としは、ジャンぺモンで済んでいた。
全体のデザインも、作ると決めればまるで予めそう定まっていたかのように、自然と脳裏に浮かんで来る。
細かな修正は必要だとしても、それはきっと、僕の彫刻を習得したい想いだとか、この町に来て受けた印象だとかが、自然と形になった物だろう。
炉の炎は赤々と燃えている。
僕の胸にも火は灯った。
呼び掛ければ、炉の中の火の精霊が、嬉しそうに跳ね踊る。
彫刻を学びに来て、まず最初に取り掛かるのが鍛冶だなんて、全く以て本当に僕らしいと、そう思う。
予感じゃなくて、確信をしていた。
これから打つ短剣は、一度か二度、或いは三度や四度と打ち上がるまでに何らかの失敗をして、最初からやり直す事にはなるかもしれない。
けれどもそれでも妥協せずに完成させたなら、間違いなく傑作が出来上がるだろうと。
そしてハンマーを振り下ろせば、とてもいい音で、真っ赤に焼けた鉄が鳴く。
舞い散る火花に、僕の心も研ぎ澄まされて行く。





