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転生してハイエルフになりましたが、スローライフは120年で飽きました  作者: らる鳥
二十二章 旅と、やっぱりいつもの気まぐれ
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 サウロテの町を訪れるのも、丁度七十年ぶりくらいだ。

 これまで久しぶりに訪れてきた場所は、ウォーフィールもヴィストコートもジャンぺモンもオディーヌも、昔からの町並みを持つ場所だったので、小さな変化はあっても丸っきり変わってしまってるなんて事はなかった。

 けれどもサウロテの町は、元の面影が殆ど感じられない程に変貌を遂げて、僕を迎える。


 何しろそもそも、まず町自体が以前に比べて驚く程に大きい。

 僕の記憶にある七十年前のサウロテの町と比べると、倍近い規模になってるんじゃないだろうか。


 そしてあの時、商会と漁師の間で起きた揉め事の原因だった港は、もう完全な貿易港として姿を変えていた。

 港は広く、喫水は深く、多くの貿易船が停泊し、荷の上げ下ろしを行っている。

 あの時、必死にこの港での権利を守ろうとしていた漁師の姿は、もう港のどこにも見えない。


 まぁそれも仕方のない話だろう。

 サウロテの町が貿易で発展する事を選ぶなら、何時までも立地の良い港を漁師に使わせておく訳にもいかない。

 しかし漁師がこの町で、居場所を失ってしまった訳では決してなかった。

 何故ならそこだけは以前と変わらず、サウロテの町には海産物が溢れていたから。


 どうやらサウロテの町は少し離れた場所に新たな漁港を、それも以前よりも設備の良い物を造り、その周辺にまで町を拡大させたらしい。

 つまり町が大きく広がったのは、貿易港と漁港の二つを町の中に抱えた為だ。

 サウロテの町は貿易も漁業もどちらも切り捨てず、住み分けを行う事で町を発展させる両輪とした。

 もちろんその采配をとったのは、漁師を取り纏めるパステリ家と、貿易商人を取り纏めるトリトリーネ家の、二つの名家だろう。


 またサウロテの町は、元の面影が殆ど感じられないと述べたけれど、それは逆に言えば、少しは面影が残るという意味でもあった。

 僕はその、サウロテの町に僅かに残った面影の、この町で一番思い出深かった場所の前にいる。


 きっと一度は建て直したのだろう。

 建物は少しばかり姿を変えていたけれど、中から漂ってくる香りと喧噪、海産物が焼かれる匂いと、酒を飲んだ漁師や船乗り達が騒ぐ声は変わらない。

 入口のスイングドアを押し開けると、潮風に錆びた蝶番がキィキィと鳴く。


 何となくその音には、不思議と笑いたくなってしまうけれど、

「いらっしゃい、好きな所にかけとくれ。……って、エルフ?」

 看板娘と呼ぶには少しばかり年嵩の、中年女性が来客を歓迎する声を上げた後、僕をマジマジと見て首を傾げた。

 どうやら彼女が、今のこの店の給仕らしい。


 僕は彼女に向かって一つ頷き、空いた席を選んで座る。

 人も、店の内装も、何もかもが変わってしまってるけれど、それでもあの頃の面影は残ってる。

 それはこの場の空気だったり、匂いだったり、……古い絵だったり。


 壁の高い場所にちんまりと、額に入れられて飾られてるのは、決してあまり上手いとは言えない絵。

 僕に芸術の心得は乏しいが、それでもその絵があまり上手くないと言えるのは、そこに描かれているのが僕の知る人物達だったから。

 いや、知るというのは、あまり正しくないか。

 だってそこに描かれてる人物の一人は、恐らく僕だろうから。

 ドリーゼとカレーナ、それにグランドと僕が、四人で並んだ絵が飾られている。


 描いたのはグランドだろうか?

 カレーナが描いた絵なら、彼女は色々と器用そうだったから、もっと上手い筈。

 まさかドリーゼが絵筆を握るなんて、似合わな過ぎて想像もできないし。


「お勧めを四品くらいとお酒。あ、十足か八足の料理があったらそれもお願い」

 僕の注文に給仕の女性は一度絵を振り返って、それから僕の顔を見て、何も言わずに頷いて、厨房に注文を伝えに行く。

 どうやらあの絵はあまり上手くないから、僕とあの絵の中の僕が一致しなかったのだろう。


 それで別に構わない。

 ここに来るのも随分と遅くなってしまったし、そういえば今更思い出したけれど、もう一度この町にやって来たら、カレーナに案内して貰うって約束も果たせなかった。

 なのにこんなにも、懐かしさを感じる物が見れたのだ。

 僕はもう、それで十分満足だった。


 運ばれてきた料理は、やはり少し味は変わっていたけれど、それでもとても美味しくて、どこか懐かしさも残してて、グランドから受け継いだ味を改良して来たのだと、よくわかる。

 料理と酒で腹と心を満たし、僕は店を後にした。

 給仕の女性は最後まで僕に、それを問おうか迷っている様子だったけれども、僕からは何も言わないままに。



 町を出て、僕は足を東に向ける。

 サウロテから船を使う事も考えたけれど、やはり自分の足で歩いていこう。

 変わらぬ物は少ないけれど、それでも少しでも多くの何かを、僕のこの目に焼き付ける為に。


 そういえば、サウロテの町で少し気になる話を聞いた。

 ヴィレストリカ共和国は東中央部では唯一、別の大陸との海洋貿易を行ってる国だ。

 南の島の周囲に住む人魚達と友好関係を結び、彼らの協力を受けて、遠い南方大陸との取引を行ってる。


 だけど今、南方大陸に生まれた強国が、周囲の国を次々に滅ぼし、勢力を拡大しているそうだ。

 そしてその強国は、こちらの大陸との貿易を拒絶しているらしい。

 今のところは他の国々との取引が行えているけれど、仮にその強国が南方大陸に覇を唱えるような事があったなら、ヴィレストリカ共和国の海洋貿易にも大きな影響が出るだろう。


 こちらの大陸の東部や西部との貿易もしているとはいえ、南方大陸との取引は、ヴィレストリカ共和国にとって最大の強みである。

 その強みがあったからこそ、国土の広さでは劣るこの国が、ルードリア王国やズィーデンにも並ぶ大国として振る舞えているのだ。

 仮にそれが失われた時、ヴィレストリカ共和国はどうやってそれを補填するのだろうか。


 南からの風が、嵐とならなければいいのだけれども……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 八本足十本足料理発祥の名店 石工学んだら名刺代わりに置いてくことになりそう
[良い点] 「あの絵の方ですか?」とは言わなかったかぁ~!!敢えて自分から行かないエイサーさんも彼らしいですねw このもどかしさが少し残る旅情もまた味わい深くて好きです。 [一言] もしかしたら十…
[良い点] 前サウロテに来た時の話は丁度コミカライズのほうでやってたので 回想がわかりやすくなってタイミングいいですねぇ [一言] 今度は南の方で戦乱かぁ どっかで争いは必ず起きるのが世の常ですかね
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