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刀の作製に忙しくしている間に時間はあっと言う間に流れ、二年が経つ。
尤も鍛冶ばかりが僕の役割でもないので、休みの日を利用して、アイハを連れての野外訓練も継続して行っていたが。
あぁ、そう、そのアイハだが、半年ほど前に十三歳の誕生日を迎え、祖父であるシズキや、父であり当主でもあるトウキから、己の剣を持つ事を許される。
彼女は好奇心からか、はたまた他の理由があるのかは知らないが、ヨソギ流で使われている直刀ではなく刀を希望し、アイハの愛刀は僕が打った。
今まで振った事のある剣とは少しバランスが違う為、習熟には多少の時間が掛かるだろうが、アイハは大喜びで四六時中刀を振り回してるから、きっと慣れるのも早いだろう。
……あの新しい武器を握ってのはしゃぎ方は、なんだかカエハを思い出す。
しかし彼女が刀に慣れれば、これまではできなかった訓練が、或いは試練が待っていた。
そう、真剣を用い、獣や魔物、或いは人間と戦い、それを斬り殺すという試練が。
剣も刀も違いなく、戦う為の、殺す為の道具であり、それを扱う剣術もまた同じである。
魔物や人間を殺し、躊躇いなく命を奪えなければ、冒険者になんてなれやしない。
いや、冒険者でなくとも、道場で剣を振るい続けた場合にだって、命を奪う事を何時かは求められるだろう。
シズキだってトウキだって、間違いなく何かの折に人を斬った経験がある筈だ。
つまり非常に言い方は悪くなるが、以前にアイハが望んだ、弱い人を助ける為に振るう剣というのは、誰かを助ける為に、何かを殺す剣だった。
彼女が己の未来を定めるには、それを正しく理解する必要が、どうしてもある。
それは薄い憧れだけで選べる道では、決してないのだと。
……不殺も不可能ではないけれど、それには圧倒的な実力が必要だ。
それこそ僕のように、精霊に頼れば何もかも強引に解決できてしまうくらいの、圧倒的な力が。
つまりその力を背景に傲慢に生きる僕は、本来はアイハに生き方をとやかく言う資格を持たない。
けれども資格がなくとも言わなければ、彼女自身が何かのはずみに命を落とす事になりかねないから。
僕はアイハに、獣を殺し、魔物を殺し、最後には人を殺す試練の達成を求める。
尤も最後の人を斬る試練に関しては、トウキの手配の元、ヨソギ流の弟子達と合同で行うらしい。
簡単に言うと、その経験を必要とするのは、何もアイハだけじゃないって話だった。
ズィーデンとヴィレストリカ共和国の争いの最中に発生した脱走兵や、或いはその戦いが下火になった為に失職した傭兵が盗賊に転じてルードリア王国に流入しているそうなので、斬る相手には事欠かないのだろう。
盗賊の流入が都合がいいというのも、実に皮肉な話ではあるのだけれども。
だから僕の役割は、アイハが手頃な、狩るのが決して安全ではない程度の魔物を、自らの手で斬るまでだった。
そして今日は、その為に手頃な魔物を探して、普段よりも少し深く森に踏み込んでいる。
気配を殺し、木々や精霊に尋ねながら、魔物の痕跡を追う。
この森は奥にエルフの集落があって、彼らによって管理されているから、危険すぎる魔物は間引き済みだ。
単体だと物足りないから群れがいい。
多過ぎる分には、僕が数を減らせば済む話だから。
今日中には、手頃な魔物の群れも、見付かるだろう。
だけどその先、アイハが魔物を狩って、僕の役割が終わった後の行動は、少しばかり悩んでる。
刀の作製が手を完全に離れるにはまだかかるから、急ぐ訳じゃないけれど、僕だって何時までもヨソギ流の道場に留まり続ける訳じゃない。
このまま留まり続ける道を選べば、僕はシズキの死を見る事になる。
……多くの人間と別れてきたから、それ自体は別に構わないし、仕方がない。
それを受け入れる準備は、ヨソギ流の道場に戻ってくる前から、できていた。
何故なら、シズキが既に老齢である事はわかっていたし、僕が戻る前に寿命を迎えていても、別に然程に不自然ではなかったのだから。
しかし彼は、僕を父のような人だと言った。
その言葉は嬉しかったが、では子が寿命を全うして死を迎える場に、果たして親のような存在は必要だろうか。
多くの子や孫に囲まれて安らかに眠るだろうシズキの最期に、僕は恐らく不要なんじゃないかと、そんな風に思うのだ。
次に行く先は、プルハ大樹海の最奥、深い森に赴いて、不死なる鳥の探索だ。
相変わらず気乗りはしないのだけれど、覚悟だけはもう決めている。
その先は、不死なる鳥との出会いがどうなるか次第だけれど、ウィンの足跡を追い掛けて、西に行くのもいいだろう。
或いはドワーフの国に行って、アズヴァルド相手に刀を打って見せびらかすのも悪くない。
やりたい事、やるべき事はまだまだ多くて、だがどれも急ぎではなかった。
先、先の先までを考えると、色々と悩ましい。
目の前の事じゃなく、ずっと先に思いを巡らせて迷うなんて、実に贅沢な悩みだけれども。
あぁ、だがそんな風に、ゆっくりと考える暇もなく、魔物の痕跡が見付かる。
それも僕が望んだとおりに、小規模の群れの痕跡が。
悩ましいが、仕方ない。
とにかく今は、魔物を追う方に専念しよう。
考える時間は後からでも、まだまだ沢山あるのだから。