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 夕暮れ時、虫の声が聞こえ始める頃合いに、僕はカエハの墓の前に座り、目を閉じた。

 毎日そうしている訳ではないけれど、ここに来ると、考え事はよく纏まるから。

 そう、今僕は、少しばかり、悩んでる。


 あの後、アイハの話をシズキやトウキ、彼女の祖父と父にしたのだけれど、二人とも僕を責めはしなかった。

 なんでも彼ら曰く、それはアイハの生来の気質で、僕と出会えば当然そうなるだろうというのは、二人の共通認識だったらしい。

 そもそも、その生来の気質を曲げぬように育てたのは自分達なのだから、僕を責めるのは筋違いだという。


「私達は、皆が形は違えど、貴方に惹かれ、貴方の影響を受けている。私もミズハもそうだったし、トウキもソウハもそうだった。だから孫達とて、そうであっても不思議はない。これも母から受け継いだ血ですかね」

 シズキは皴の多くなった顔に笑みを浮かべてそう言うけれど、僕はふと、『呪い』との言葉を思い出す。

 そんな意図でシズキが言った訳じゃない事は、わかってはいるけれど。

 血に刻まれた縁なんて、少し呪い染みている。


 でもたとえ呪いであったとしても、きっと僕はそれを受け入れるし、嬉しく思う。

 我ながら、度し難い。


「いずれにしてもあの子の気質なら、やがては冒険者の道を選んだでしょう。そのうち弟子の誰かと恋仲になってくれれば、また話は違ったかもしれませんが、……多分無理でしょう」

 トウキの笑みは、シズキとは違って苦笑に近かった。

 あぁ、確かにアイハなら、僕がジゾウや遊侠の話をせずとも、冒険者の道を選んだかもしれない。

 だが今のあの子が、そのまま育って冒険者になるならば、それは非常に危なっかしい話だ。


「エイサーさん、私はね。今回の件は、あの子があの子のままで世界を知る、いい機会だと思うのです。何故ならあの子の傍には、今は幸運にも貴方がいる」

 どうか力を貸して欲しいと、シズキとトウキは、揃って僕に頭を下げる。

 その言葉に、僕は黙って頷いた。


 もしも僕が、彼らを他人だと思っていたなら、その願いは単なる甘えに感じただろう。

 どうしようもなく窮した状態ならともかく、今のシズキやトウキには余裕がある。

 彼ら自身で、アイハを導く事は十分に可能だ。

 それでも二人が、アイハの教育に僕を関わらせようとするのは、……僕を身内だと思ってくれているからに他ならない。

 そして僕も、同じ気持ちである。


 ただ僕を悩ませたのは、続いて行われたシズキからの、もう一つの頼み事だった。

 それはある意味で、アイハの件よりもずっと大きな頼み事だったから。



「それともう一つ、エイサーさんに頼みたい事があるのです。生前、母には相談しましたが、生憎と反対されました。それでも私は、やはり貴方に頼みたい」

 そんな風に切り出された、シズキのもう一つの頼み事。

 カエハが生きている時は、彼女が僕に頼ませなかったというその頼み事は、

「エイサーさん、ヨソギ流の、相談役となって欲しい。王都の道場だけでなく、ヴィストコートの道場も含めて。もちろんミズハや、今のあちらの当主とも既に話は付いております」

 単なる弟子の一人でなく、正式な役職に就いて、これからのヨソギ流を見守って欲しいとの話だった。


 今の僕がヨソギ流で特別な扱いを受けているのは、カエハの一番弟子だったからだ。

 ……まぁ、それだけではないのだろうけれど、カエハがあっての僕の立場という事に違いはない。

 シズキが生きてる間は、或いはその教えを受けたトウキが生きてる間も、その特別な扱いは続く。

 しかし更に代が変われば、もはやその肩書に意味はなくなる。

 僕がヨソギ流に関わる理由も、ヨソギ流が僕を受け入れる理由も、やがては消えてなくなるだろう。


 もちろん、それは止むを得ない事だった。

 想像すると寂しくなるが、永遠に僕が、ヨソギ流の人々と歩める訳じゃない。

 生きる時間の違いは、十分に理解をしている。


 だがそれでも、シズキは僕にヨソギ流を見守って欲しいと、そう望む。

 ヨソギ流は安定して一族が増え、弟子が増え、更には別の町に新たな道場ができた。

 今のヨソギ流は互いの繋がりが強いけれども、それもやはり永遠の物ではないのだ。


 一族が増えれば、当主の座を巡って後継争いが起きるかもしれない。

 弟子が増えれば派閥もできる。

 或いは王都の道場と、ヴィストコートの道場の間に、対立が起きる可能性だって、決して低くはなかった。

 だからこそシズキは今の間に、僕にそれらの問題に有無を言わさず関われるだけの、ヨソギ流の中での強い立場に就けたいと、そんな風に考えているのだろう。


 カエハがその案を、受け入れなかった理由は何となくわかる。

 恐らく彼女は、僕に荷物を背負わせなくなかったのだ。

 もしもカエハが望んだなら、僕はその荷を喜んで背負うと、そう知っていたからこそ、余計に。



 ふと気付けば、僕は座り込んだままに夢を見ていた。

 そう、これが夢だと、自分でも自覚してわかる、明晰夢。

 いや或いは、悩みと願望が見せた幻だろうか。


 ずっと未来のウォーフィールを訪れた僕は、ヨソギ流の没落を知る。

 関わる理由を失って、関わらなくなってしまって、随分と経ってからの事だけれど。


 僕はそれに、本当に僅かに胸の痛みを感じるだけで、この王都を発とうとした。

 だけどその時、出会うのだ

 今の僕から見てもあまりに未熟だけれど、……それでもとても美しい剣を振るう、一人の少女に。

 僕はその少女に、失われた剣を一つずつ教えていくだろう。


 あぁ、なんて、なんて甘い誘惑で、浅ましい願望なのだろうか。

 今、ヨソギ流は目の前にあって、手を伸ばせる道も示唆されているのに、全てが失われてしまった後を、夢見るなんて。

 

 目を開く。

 日はとっくに沈んでいて、辺りはもう随分と暗い。

 僕は手を伸ばし、それに触れる。

 冷たい、石の感触。


 大きく大きく、ゆっくりと息を吐く。

 それは誘いだったのか、それとも背中を押してくれたのか。

 彼女ならきっと、僕がどうするかなんて、最初からわかっていただろう。


「責任重大だね」

 僕がそう呟けば、辺りの空気が、少し和らいだ気がする。

 まるで彼女が笑みを浮かべた時のように。

 薄雲の掛かる夜空の月が、今日はとても綺麗だった。


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― 新着の感想 ―
未来の剣士見習い少女に源氏名として「カエハ」を名乗らせるエイサー。そして今度こそはと添い遂げて… って言う病んだ妄想が捗りますな
[一言] エイサーの場合、十数年〜数十年とか離れる事もあるでしょうからね 鍛冶屋の免状のように肩書きがあると色々捗るのは間違いないのですけど、関わり過ぎると依存されたり増長したりというのもあり得ますか…
[良い点] やったね カエハさん エイサーにもちゃんと呪いを掛けれてたよ。 自分だけがかけられるなんて不公平だからね
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