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 木剣を手に、シズキと向き合う。

 気力は満ちて体調も良好、天気は晴れだが暑くなく、かといって寒くもない。

 普段は風通しのいい道場だけれど、今はぴたりと風も止んでる。


 こうしてヨソギ流と向き合うのは、もう随分と久しぶりだ。

 手合わせの機会自体は旅の最中にも少なくはなかったが、ヨソギ流が相手というのは、やはり僕にとって特別感がある。

 前は、そう、ウィンと試合をした時だろうか。

 あぁ、いや、ジュヤルの決闘を受けた時かもしれない。

 だがそのどちらよりも、今のシズキはずっと手強い相手だろう。

 そう、たとえ彼の肉体が既に老い、かつての力を失っていたとしても。


 真正面から向き合えば、どうしても昔を、初めて出会った十歳の少年だった彼を、思い出す。

 カエハの子。

 双子の片割れ。


 シズキは出会った時から、出来た子だったと思う。

 よく教育を受けていて、受け答えもしっかりしてたし、流派を継ぐという自覚はまだなかったが、剣に対しても真剣だった。

 年齢から考えれば、弁え過ぎてるといっていいくらいに。

 あぁ、その点でいえば、もう一人のカエハの子、ミズハの方がやんちゃだったか。

 ただその内に、父を知らぬ寂しさを秘めていた。

  

 するりと、シズキが動く。

 いつ動き出したのかもわからぬ程に、滑らかに、素早く。

 ふと気付けば既に彼は間合いの中にいて、そして木剣が振るわれている。


 ガッと乾いた音を立てて、シズキと僕の木剣がぶつかり合う。

 辛うじて、僕の迎撃が間に合った。

 いや、シズキの動きを認識した時には、既に僕の身体は勝手に動いていたのだ。

 身に刻み込んだ経験が、ヨソギ流の技に反応して、気付けば攻撃を防いでいたというのが、多分正しい。

 後は、そう、長物の扱いを学んだ僕は、以前よりも警戒する間合いが広くなっている。

 それが功を奏したのだろう。


 だが今は運良く助かったが、もうこんな幸運は品切れだ。

 だってシズキなら、敢えてヨソギ流の動きで僕を動かし、それを逆手に取るのも容易い筈だし。


 シズキの一撃を防いだ事に、周囲からは驚きの声が漏れている。

 観客は、シズキの子や孫、それから道場の弟子達。

 大っぴらに手合わせがあると触れて回った訳じゃないのに、自然と人が集まった。

 それは先代の当主として、シズキがどれだけ周囲の敬意を勝ち取っているかの証左だ。


 ……まぁしかし、今はそれはさておくとして、思った以上に僕とシズキの技量には差があるらしい。

 ヨソギ流を習い始めてからの年月は僕の方が長いけれど、その人生の中でより密度を濃く、多くの時間を剣に捧げたのは間違いなくシズキだった。

 その上、彼はカエハと、あのクレイアスの剣才を受け継ぎし者である。

 差があるとは予想はしていたけれど、いやはや中々に厳しい現実だ。

 僕だって大陸の東部への旅で、仙人に武の手ほどきを受けたりと、実力は格段に上がっている筈なのに。


 このまま技量の差に委縮して待ちに入れば、何もできずに封殺される事が目に見えている。

 それはあまりにつまらない結末だろう。

 今回の手合わせに、勝った負けたはさして重要じゃないけれど、一方的に封殺されては僕の全てを見せられないし、シズキの全ても見られない。

 その結末は、些か情けなさ過ぎるんじゃないだろうか。


 シズキは孫達に、僕を父のような存在だと紹介してくれた。

 それは本当に、とても嬉しい言葉だったのだ。

 あの寂しさを秘めたシズキが、本当の父を知り、彼と触れ合って、その上で僕の事をそう言ってくれたのだから。

 だったら少しばかり、格好を付けない訳にはいかないと思う。


 呼吸を止めて、気を細く鋭く、僕は自ら前に出る。

 そこから始まるのは、途切れる事ない連続攻撃だ。

 シズキの倍も三倍も動き、手数で相手を圧倒していく。


 但し手数を重視しつつも、一撃一撃に重さと鋭さは必要だ。

 生半可な一撃を放てば、今のシズキにはあっさりと見切られてカウンターを喰らうから。

 僕は多くの攻撃を繰り出しながらも、一撃一撃に手は抜かない。


 そしてそれは、僕がカエハに習った剣でもあった。

 あぁ、いや、僕の剣は全てカエハに習ったものだが、これに関しては恐らく、ヨソギ流でも僕だけが習った剣である。

 準備が整わずとも体勢を崩しても、鋭き一撃を放つ剣。

 カエハが僕の為に習得し、伝えてくれた剣なのだ。

 それがあるからこそ、攻撃の度に体勢を崩しながらでも、僕は鋭い一撃を放ち続けられている。

 攻撃を繰り出す動きを利用して体勢を立て直し、次の攻撃でまた体勢を崩し、そうして途切れる事なく、剣を放つ。


 止む事なき連撃を、捌くシズキの顔色が僅かに変わった。

 カエハが、心技体の全てを兼ね備えた、才ある息子には不要だと伝えなかった剣。

 それを以て僕がそのシズキを攻め立てているなんて、なんて皮肉な話だろうか。

 だけどこうして、老いたシズキと剣を合わせればわかる。

 ……確かにシズキに、この剣は必要なかった。


 膂力もスタミナも、僕が遥かに上回る筈なのに、シズキは途切れる事なき攻撃を、全て確実に捌いていく。

 正面から繰り出した剣も、崩れた体勢から跳ね上がるように襲い掛かる剣も、確実に。

 生半可な剣士なら、いや、たとえ一流と呼ばれる剣士であっても、十秒と防げぬだろう剣の嵐を、全て。

 僕は崩れながらも鋭く攻撃を放つ術を身に付けたけれど、シズキはそもそも大地に生えた山のように崩れないのだ。


 ならば激しい嵐も、永遠には続かない。

 止めた呼吸が、永遠に止めたままではいられないのと同様に。

 あぁ、僕がカエハと同じ所に立ってたなら、いかにシズキであろうとも、この剣を全て防ぎ切る事なんてできなかった筈なのに。

 僕はそれが、……とても悔しい。


 僅かに鈍った剣撃の間を突いて、シズキの木剣が僕の喉に突き付けられる。

 静かに、綺麗に。


 それで手合わせは終了だ。

 シズキは納得したように頷いて、木剣を引いて一礼をした。

 僕も同じく剣を引いて一礼をするが、息の荒さが隠せない。


 久しぶりに、清々しい程に、完敗である。

 僕はやっぱり、まだまだ弱く、目指す先はずっと遠いか。

 その実感は悔しさと、……でも不思議な喜びを、僕に与えてくれた。



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― 新着の感想 ―
[一言] カエハの、ヨソギ流の広さと深さが伝わると良いな。
[良い点] 一生を修練に費やして練磨してきたシズキと違って旅行したり長物の修練や符の作り方をつまみ食いしてきたエイサーじゃ順当な気がしますねぇ…。 レイホン相手みたいな引き出しを全部ひっくり返して殺意…
[良い点] シズキつよ〜い。 でも人間の寿命考えると、一生分剣を振ってる人の修行時間とエイサーの修行時間って、ほとんど変わんないくらいなんだよね。 そうなってくると、剣への直向きさや、修行の難度、才能…
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