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 ヨソギ流の人々にユズリハ・ヨソギの話をした翌日、僕は一通の手紙を出した。

 手紙の送り先は、僕の鍛冶の師であるアズヴァルド。

 そう、今のドワーフの国の王でもある。


 今のヨソギ流が失い、僕が遥か東の果てから持ち帰ったのは、ユズリハ・ヨソギの話だけじゃない。

 この地では入手が困難だからと使用を諦めた、刀の存在とその製法もだ。

 以前のヨソギ流は刀を使ってはいても、その製法までは知らなかったのだろう。

 当たり前の話だが、刀を扱う術と、それを生み出す術は全くの別物だった。


 しかし今のヨソギ流は、一族や弟子に鍛冶師を抱えてる。

 僕が製法を伝えれば、再び刀を使用する選択肢を取る事もできるのだ。

 それも自分達で刀を用意して。


 尤も、仮に刀の話だけを言い出せば、或いは今のヨソギ流の人々は難色を示したかもしれない。

 何故なら既に、今の彼らは代用となる直刀を扱って、独自の進化を遂げている。

 再び刀を使用する事は、その逆戻りになりかねないし。

 実際のところ、じゃあ僕は積極的に刀を使うのかと問われれば、答えはやはり否だった。

 だって僕が目指すカエハの剣は、直刀を使う剣技だったから。


 盲目的になるのもカエハは決して喜ばないだろうから、進化を求めて、何れは僕も刀に手を伸ばす時もくるだろう。

 だけどそれはもっと先の、今の直刀を振り続けて、カエハの背中に指の一本でも届いてからの話である。

 ただ今の僕は、刀を手放さざるを得なかったのであろうヨソギ流の祖の無念を、解消したいと感じているだけだった。

 ユズリハ・ヨソギの話を知り、その弟がどうして国を離れたか、またルードリア王国に辿り着くまで、根付くまでの苦労を想うと、そうしたいと思ったのだ。


 恐らくそれはシズキ達、今のヨソギ流の人々にも伝わったのだろう。

 僕の提案を頭から否定する事なく、とにかく一度、現物を握ってみたいと言い出す。

 直刀の方が手に馴染む者もいるだろうけれど、刀が肌に合う者もいるだろうからと。


 けれども刀は、じゃあどうぞとばかりに手渡せるものじゃない。

 製法は確かに知っているが、他にも材料が必要だ。

 もう少し具体的に言うと、刀の製作に必要な鋼と、大陸中央部で扱われる鋼は少し異なる。

 もちろん流用できない事はないのだけれど、少しでもより良い刀を打ちたいのであれば、材料にだってこだわるべきだろう。


 そこで僕は刀の材料となる玉鋼の精錬を、ドワーフ達に依頼したのだ。

 その玉鋼や刀の、詳しい製法を対価として。


 手紙はドワーフの交易隊が運んでくれるだろうが、彼らだってルードリア王国に常在してる訳じゃないから、手紙が届くのには少し時間は掛かると思う。

 だけどそれでも、手紙の事を知ればドワーフ達は最速で運んでくれるだろうし、アズヴァルドもすぐに返事をくれる筈だ。

 だって鍛冶の、それもドワーフである彼らにとっても、未知の技術の話だから、飛びつかない筈はない。

 まぁ未知であるだろうという根拠は、以前にアズヴァルドから教わった、不完全な刀の打ち方のみなのだけれども。


 恐らく二ヵ月以内には、早ければ一ヵ月程で、返事は手元に届く。

 ドワーフ達が専用の炉を造り、原料となる砂鉄を集め、試行錯誤の果てに玉鋼を完成させるのは、……僕の予想では一年程は掛かる。

 実際に僕が刀を打つのは、それからになるだろう。



「本当に、随分な大事になりますね。……でも、お師匠らしいです」

 僕を師匠と呼び、そんな風に言うのは、今のヨソギ流で鍛冶の責任者を務めるソウハだった。


 以前よりも大きく建て直された鍛冶場で、僕はその言葉に首を傾げる。

 うぅん、そんなに大事だろうか?

 あぁ、いや、これはもしかしなくても、僕の感覚の方がおかしいのかもしれない。


 ドワーフは僕にとって親しい友人だから、ついつい気楽に色々と頼んでしまったけれど、一般的な鍛冶師からすればそれは異常な事である。

 恐らく多くの人間の鍛冶師にとって、ドワーフの鍛冶の技は憧れだ。

 ましてやドワーフの国ともなると、人間にとっては想像も付かない全く未知の、或いは神秘的な場所にすら思えるのか。

 そんなドワーフの国の協力を得て刀を打つのだから、ソウハが大事だと表現するのも、当然といえば当然だった。


「そうかもね。でもまだ先の話だから、そんなに心配いらないよ」

 僕はソウハにそう答えながら、用意された鍛冶道具を一つずつ手に取って確かめる。

 そう、少しずつ準備を進めて行けば、そんなに大袈裟な話じゃない。

 新しい技を幾つも覚える必要はあるけれど、火と鉄に向き合う事に変わりはないのだ。


 ソウハは僕の返事に笑みを浮かべて頷いて、けれどもそのやり取りに不機嫌な表情となる者もそこにいた。

「それが先の話だってなら、アンタは先にお爺様との手合わせに備えるべきなんじゃないのか?」

 声にトゲを滲ませて、僕に向かって放ったのは、ソウハの長子であるカイリ。

 我が子の物言いに、ソウハは一瞬気色ばむが、僕はそれを手で制する。


 カイリが僕を気に食わないと思うのも、状況的には仕方ない。

 彼にとって僕は、まだ突如として現れた異物に過ぎないのだ。

 そんな僕を、尊敬する母が師と呼び、上へと置いて丁重に扱う様を見せられれば、そりゃあ若いカイリにとっては面白くないだろう。


 だけどソウハが彼を叱ったところで、解決するどころか感情の根が深くなるだけである。

 カイリの僕に対する反感は、僕自身が時間を掛けて、彼に認められて解決しなきゃならない問題だった。


「そうだねぇ。でも、僕もシズキも、剣を握って長いからね。積み上げた物を見せ合う為に、剣を合わせるんだよ」

 一通り道具を確かめ終われば、次に僕は炉の火に向かって手を翳す。

 揺れる火は美しく、強い熱を放つ。

 その火を見てると、僕の胸にもそれが燃え移ったような気分になってくる。


「つまり今更慌てて特訓しても、数日じゃ何も変わらない程度には、積み上げてるからね。したい事をして、十分に休んで、積み上げた物をちゃんと出せるように、心と体を整える。だからシズキとの手合わせには、ちゃんとずっと備えてるよ」

 火から放たれる熱を掴むように、僕は手を握って、それからカイリを振り返った。

 目が合えば、彼はたじろいだ様子でほんの僅か、半歩にも足りない程度だが、後ろに退く。

 そう、たったそれだけだ。

 気が弱い者ならへたり込みかねないくらいには威圧したのに、カイリはそれで踏み止まる。

 彼の鼻っ柱の強さは、どうやら紛い物じゃないらしい。


 僕は少し嬉しくなって、どうしても笑みを浮かべてしまう。

 だって剣と鍛冶、どちらに重きを置くにしろ、その意志の強さはとても良い資質だから。

 しかしカイリは、僕の笑みの理由を誤解したのか、悔しげに表情を歪めてる。

 あぁ、いや、そんな心算はなかったのだけれど、どうにもこうにも難しい。

 やはり時間を掛けて少しずつ、相互理解を図るしかないだろう。


 カイリに僕を理解して貰う事はもちろん、僕だって彼を知らなきゃならない。

 まず差し当たっては、うん、お互いの鍛冶の腕の確認から、始めるとしようか。

 僕とカイリの共通点は、互いに鍛冶師であるというところだから。



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― 新着の感想 ―
[一言] 慣れたらファンタジー金属で刀打って欲しい!
[一言] カイリくん若気の至りだねぇ 当主が受け入れた時点で家にとってそれなりの縁がある人っていうのはわかってると思いますが 感情的によく思わないのをうまく処理できない年ごろ
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