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これまで訪れた事はなかったけれど、小国家群の南には三つの国がある。
真ん中の国は、僕が今いるドルボガルデで、その東がシグレア、西がラドレニアって名前だ。
あぁ、いや、正確には南の洋上にもう一つ小さな島国があるけれど、取り敢えずそれは今は別に良いだろう。
さて、そのドルボガルデ、シグレア、ラドレニアの三つの国は、然程に大きな国ではないけれど、それぞれに大きな特徴があった。
まず一つ目のドルボガルデは、既に述べた通りに東方との海洋貿易で栄える国だ。
ヴィレストリカ共和国程ではないけれど、付近の国の流通に大きな影響力を持っている。
次に二つ目、東のシグレアは、地理的に危険地帯である人喰いの大沼に接する関係上、魔物に対抗する為に軍事力が高い。
その点は、シグレアから見て北に位置する、バーダスやオロテナンに似た国だと言えよう。
他にシグレアの特徴と言えば、良質な大理石が産出される事でも有名だ。
大理石は豊穣神が与えた宝と呼ばれ、特に教会関係に需要が高く、シグレアの財政を支える柱として他の国々に輸出されているらしい。
最後に西のラドレニアは、三つの国の中で最も国土は小さいけれども、最も権威のある国だろう。
何故ならばラドレニアには、大陸中央部に広まる宗教組織、豊穣神の教えを説く教会の本部が存在しているから。
そもそもラドレニアの国を統治するのは、王侯貴族ではなく、教主や僧侶達である。
また国家運営は信徒からの寄進で行われている為、ラドレニアには税が、少なくとも建前上は存在しない。
僕にはいまいち理解し難い仕組みで成り立つ国、……というか、場所だった。
僕がドルボガルデで船を下りたのは、今の大陸中央部の現状を客観的に見るのに、最も適した場所だと判断したから。
物流とは、単に物が動くだけでなく、それを運ぶ商人、人の動きでもある。
するとその商人は物だけでなく、情報も運ぶのだ。
ならばドルボガルデよりも更に物流に強い、ヴィレストリカ共和国に行くのが本当は一番なのだけれども……、残念ながら彼の国は争乱の渦中にあり、すると集まる情報はどうしても客観的な視野を欠く。
故にドルボガルデ、二番目に物流に強いこの国が、今は最も大陸中央部を見渡すに適しているだろう。
争乱の始まりはズィーデン、ザインツとジデェールが統合されて生まれた新しい大国から。
元々ザインツとジデェールは、ルードリア王国や小国家群と小競り合いを繰り返した歴史があり、その両者はズィーデンの誕生を警戒していた。
僕が大陸の東部へ旅する前には、ルードリア王国はズィーデンとの国境に砦の建設を急ぎ、小国家群は兵の動員体制を整えていた事を、今でも薄っすら覚えてる。
ザインツとジデェールが統合された名目は、略奪国家であるダロッテの脅威に対抗する為だ。
だから誕生した大国、ズィーデンが戦う相手は、ルードリア王国か小国家群、またはダロッテだろうと、誰もが考えていたらしい。
しかし兵を集めて軍を興したズィーデンが攻め込んだのは、何とカーコイム公国だった。
カーコイム公国は各国と上手く友好関係を築く事で中立を保ち、大陸中央部の安定に尽力してきた国である。
当然ながらカーコイム公国はザインツ、ジデェールとも友好的な関係であった為、その侵略は正に寝耳に水、青天の霹靂、完全に虚を突かれた物となってしまう。
更に時を同じくして、ダロッテが小国家群に大規模な兵力を差し向けて北ザイール王国を、小国家群最北の守りの要を陥落させてしまった。
恐らくダロッテとズィーデンの間には何らかの密約があったのだろうが、これにより小国家群はズィーデンとカーコイム公国の争いに介入する事ができず、砦を築いて待ち受ける態勢だったルードリア王国も咄嗟には動けない。
それ故にズィーデンは然して守りを気にせずにカーコイム公国へと攻め入って、その北半分を瞬く間に占拠していく。
国土の半分を奪われて窮地に陥ったカーコイム公国の打った手は、ヴィレストリカ共和国への保護要請だった。
ヴィレストリカ共和国が大国と国土を接する事を嫌っているのは、今ではギアティカとなった元パウロギアへの対応を見ても一目瞭然だ。
このままカーコイム公国がズィーデンに飲み込まれてしまえば、ヴィレストリカ共和国の領土も脅かされる。
カーコイム公国は生き残る為、属国となってでもヴィレストリカ共和国の保護を望み、その要請は受け入れられた。
つまり簡単に纏めると、領土を増して更なる大国と化したズィーデンと、二つの属国を率いるヴィレストリカ共和国が、真っ向から睨み合う形になったのだ。
更にその二つの勢力に完全に挟まれる形となったルードリア王国も、沈黙を守ったままではいられない。
両者共に敵に回せば完全に国が封じ込められ、徐々にではあるが干上がってしまうから。
また小国家群では、勢いを増すダロッテの脅威に対抗する為、古の大帝国、アズェッダ帝国の復活を望む声が高まっているという。
それが意味するのは、小国家群中の都市国家を統合した、新たなる大国の誕生だ。
教会組織の本部であるラドレニアは、この大陸中央部で起きた争乱に、懸命に調停の声を掛けているが、今の所はその成果が表れていない。
いや、もしかすると、その調停の声があるからこそ、この程度の争乱で済んでいるのかもしれないが。
……僕がこれから旅をするのは、そんな風になってしまった、知っているけれど知らない、大陸中央部だった。