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転生してハイエルフになりましたが、スローライフは120年で飽きました  作者: らる鳥
十六章 雲まで届く樹の上で

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 扶桑の国での、否、このルードリア王国を旅立ってからの、長い旅路の果てに辿り着いたのは、天にも届く高さを誇る巨樹、扶桑樹の根元。

 あぁ、いや、本当の根元は扶桑樹から流れ出した水が溜まって巨大な湖になってるから、正確にはその畔だけれども。

 道を外れて鎮守の町を通り過ぎ、哨戒する部隊の目を潜り抜けて、僕はここまでやって来た。


 空を舞う翼人の哨戒から隠れるのは、結構本気で大変だ。

 幸い、彼らは夜目があまり利かないから、夜に動けば見つかり難い。


「扶桑樹」

 僕は巨樹に向かって、その名を呼ぶ。

 すると途端にグラグラと、地が揺れ、湖の水面が波立つ。

 そして月明かりの下でもハッキリと、水中から浮かび上がってくる巨大な黒い影が見えた。


 そう、扶桑樹の根の一本だ。

 地を割り、水を割いて、目の前に出て来たその根に、僕は乗る。


 水面くらいは水の精霊に力を借りれば歩けるが、折角運んでくれようとしてるのだから、厚意を無下にする理由はない。

 でもこれ程までに巨大な根に運ばれるというのは僕としても初めての経験で、グッと根が動いて持ち上がると、流石に少し怖かった。

 根は高く高く僕を持ち上げ、すると次は枝が僕を迎えに来る。

 枝へと乗り移れば、根は下へと降りて水中へと沈み、逆に僕の身体は空へと登って行く。


 いや、だからちょっと速いって。

 怖い怖い怖い。


 巨樹が動く、多分それはとても神秘的な光景なのだろうけれど、僕はしゃがみ込み、足場の枝にしがみついてるから、状況を楽しむ余裕はないし、絵にもならない。

 だが枝に持ち上げられてる最中に、ふと気付く。

 扶桑樹の根元の湖は、南と北で、人と鬼の領域の境界になっているのだと。

 大きな湖が存在するから、大軍が通れる陸地は限られ、そこを重点的に守る事で互いの領域は区切られる。

 人と鬼の戦争が膠着してる理由の一つ、別の言い方をすれば、バランスが保たれてる理由の一つは、こんなところにもあったのだ。


 低い位置の枝から高い位置の枝へ、運ばれ、乗り継ぐ事で、僕はどんどん上へと連れて行かれた。

 やがて雲を突き抜け、その上まで。


 昼間なら、景色を楽しむ余裕もあったのかもしれないけれど、夜だと怖いし、結構寒い。

 ただそれでも、距離が近付いた事で少し大きく見える気がする月は、驚く程に綺麗だ。

 これが見られただけでも、この地への旅は価値があったと思えるくらいに。


 やがて僕は、扶桑樹の一番頂上にある、幹の窪みへと運ばれる。

 そこはまるで、……物凄くおかしな話だけれど、僕には椅子に見えた。

 雲の上に住むとされる真なる巨人が腰掛ける、とても大きな椅子。


 だから僕は、……いや、僕のサイズだとどう頑張っても腰掛けたりできないのだけれど、そこに座って辺りを見渡す。 

 すると僕を運んでくれた枝が動いて、ドサッと隣に何かを落とす。

 見ればそれは、巨大な果実だ。

 一つ一つの粒が僕の頭くらいのサイズがあって、全体としては僕より大きな、果実。


 サイズはさておき、見た目は桑の実、マルベリーにとても良く似てる。

 そして実から感じる力は、アプアや仙桃と同等だ。

 つまりやはり、この扶桑樹は、巨人にとっての霊木なのだろう。


 扶桑樹の実から粒を引っぺがして一口齧れば、それまで震える程だった寒さが遠ざかった。

 ガツガツと、本当なら胃に収まりそうもないサイズの粒一つを、僕は平らげる。

 もう、完全に寒さはない。

 それどころか身体は暖かく、心地良い眠気すら感じてる。


 あぁ、そういう事か。

 どうやら扶桑樹は、ここで僕に一眠りして欲しいらしい。

 まぁ央都を出てからずっと、目立たないように旅をしてきて、鎮守の町を越えてからは見付からないようにコソコソと動いてたから、身体に疲れは溜まってる。

 少しばかり、ゆっくり眠るのも、決して悪くはないだろう。


 ごろりと寝転がって目を瞑れば、たちまち僕の意識は底に、そう、僕の身体から落っこちて、扶桑樹の中へと、沈む。



 夢の中で、僕は一本の木になった。

 大きな人の手で植えられ、護られて育った一本の大樹に。

 やがて大きな人は雲の上の世界に帰り、大樹はそれを追いかけるように育って、雲よりも高い扶桑樹となる。

 扶桑樹の成長を、大きな人は何よりも喜び、時折会いに来てくれた。

 それが何十年に一度なのか、何百年に一度なのか、樹木の感覚では分からなかったが。


 会いに来てくれた時、何時も大きな人は扶桑樹に腰掛けて、そこから地上を見下ろす。

 だから扶桑樹も、上ばかりではなく下を気にするようになる。


 地上には小さな人が沢山いて、不思議と何時も争っていた。

 大きな人は、

「彼らは争う事で自らの数を調整し、争う事で自らを磨き、前に進む。お前が命を育む水を届けているから、彼らは豊かで滅びず、戦う力にも満ちている」

 そんな風に言ったけれど、扶桑樹には理解が難しい。

 だけど大きな人は、地上の小さな人々に何かを期待してるのだろう。

 扶桑樹を用意し、地上の環境を整えて人を住み易くしてまで。


 故に扶桑樹もずっと、地上の小さな人々を見守っている。

 次は何時、大きな人は自分に会いに来てくれるのだろうか。

 その日をとても心待ちにしながら。



 ふと気付けば、辺りは明るくなっていた。

 天に昇った太陽が、実に眩しい。


 僕はもう一つ、扶桑樹の実から粒をもいで喰らう。

 甘さも酸味もあっさりとしていて、食べ易い。

 やはり不思議と全てが胃に収まったけれど、もう眠気は感じなかった。

 身体の疲労も、すっかり抜けている。

 食べ終わった後には握った拳くらいはある大きな種が残ったので、荷物袋に仕舞い込む。


 さっき扶桑樹が見せた夢は、恐らく扶桑樹自身の記憶だ。

 僕はその中で、巨人に出会い、また扶桑の国を見守った。

 巨人が何を考えているかは、扶桑樹にもわからないらしい。

 ただ巨人は地上を、扶桑の国の状況を、大雑把にでも把握しているとは知れた。


 つまり巨人にとっては、鬼もまた扶桑の国に住む人の一種で、見守るべき存在の一つとなるのだろう。

 僕は扶桑の国を色々と見てきたけれども、未だに鬼を人と思うか、魔物と見做すかの判断は付いていない。

 鬼の領土に踏み込めば、殺し合いになるだろうから、会って話を聞く事ができそうにないから。

 もちろん鬼に対して思う所は色々とあるが、その存在がこの扶桑の国にとって不必要だとも、もう考えてはいなかった。

 鬼との争いがあるからこそ、扶桑の国は纏まり、様々な面で発展もしてる。

 ならば今回は、巨人の考えを尊重し、同時に扶桑の国の人々を信じよう。

 巨人の視点は超越的で、必ずしも善いものだとは限らないが。

 少なくとも僕は、扶桑の国の人々を見てきて、彼らの強さは知っているから。


 人にも、鬼にも、扶桑樹の生えたこの島にも手は出さず、ただ去るのみ。

 ここまで来た事は、決して無駄足じゃない。

 飯を食い、酒を飲み、様々な物が混じり合う文化を目の当たりにして、人にも出会えた。

 そして最後にこの樹を見て、上に登り、巨人の存在を確固たるものとして知ったのだから。

 巨人が確かに存在するなら、アイレナが探す白の湖も彼らの世界にある筈だ。


 もしかするとこの場所で何十年か待てば、巨人にも会えるのかもしれないが、もう今回は別にいい。

 食料は扶桑樹が実をくれるにしても、じっと待つには飽きる場所だから。

 カエハの墓に語る土産話は、もう十分に頭に詰め込んである。


「ヴィーヌング、フォス、ヌルース、ウン、ザーム」

 僕は浮遊の魔術を唱えて、扶桑樹の頂上から飛び降りた。

 そろそろ懐かしくすら感じる大陸の中央部、ルードリア王国へと帰る為に。








16章おしまいです

次は帰路ですね

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― 新着の感想 ―
うおお、スケールが大きいというか豪快な木の登り方ですね 今までも木の実くれたりしてたけど思ったよりアクティブで実にファンタジー
[一言] 鬼に会いに行くと思ったけど 無理はしないのね、なんとなく「しんみり」する 扶桑の国の話。
[一言] 鬼が他種族の女攫って繁殖してるのは、巨人的にはアリなのか。 まぁ、竜と仙人によって固定的に維持されている国もあるんだし、 巨人と鬼と扶桑樹の参入によって、血みどろの戦争が続いて維持されてる国…
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