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 僕が鍛冶場に出入りを始めてからも、ゴン爺は当たり前のように家に泊めてくれている。

 むしろ滞在が長くなり過ぎるからと出て行こうとすると、妙な遠慮をするなと怒られた。

 だから昼は鍛冶の技術を学び、或いは逆に披露し、夜はゴン爺と酒を飲んだり、月を見ながらミズヨと話したり。

 また鍛冶場に行かない日は、昼からゴン爺の鍛錬に少し付き合ったりしながら、日々はのんびりと穏やかに過ぎていく。


 ただそれでも、この国はずっと続く戦いの最中にあると、時々感じさせられた。

 例えば鍛冶場で作った武具は、前線の町である鎮守へと運ばれる。

 道場で自らを鍛え終えた者達は、鎮守へと戦いに赴く。

 逆に鎮守からは、もう戦えぬ身体となった負傷者が、この町に戻ってくる事もあった。

 それは戦う為に鎮守に赴いた者に比べれば、ずっと少ない数だけれども。


 ……ゴン爺の家は、ラセン流という名の槍の道場だ。

 ここからも、鎮守へと向かう若者は、決して少なくはなかった。



 ある日、中庭で僕が剣を、ゴン爺が槍代わりの棒を振っていると、バサバサと上空から一羽の鳥が、……否、一人の翼人が舞い降りて来る。

 カラスにも似た黒い羽を持つその翼人の名は、コタロウ。

 確か年齢は十三歳で、僕から見るとまだ子供に近いのだけれど、翼人としては既に一人前とされる年齢に達しており、彼が戦いの為に前線の鎮守に赴く日も、もう然程に遠くないだろう。


「よぉ、コタ」

 ゴン爺が鍛錬の手を止めて声を掛けたので、僕もそれに倣って手を止めた。

 翼人であるコタロウは、人間の身体に合わせて練られた槍術であるラセン流の、正式な弟子という訳ではない。

 武器を振るう為に身体を捻る際、翼人のその背にある大きな羽は、どうしても邪魔になってしまう。

 また翼人の戦い方は、上空からの槍の投擲、上空から急降下する勢いを活かしたチャージアタック、或いは空中でのドッグファイトが主となる為、翼人には翼人の為の武術があるそうだ。


 しかし武に熱心な翼人の一部は、人間の槍術からも得る物はあると考え、こうして道場に学びにやってくる。

 そんな中でもコタロウはとても気の良い若者で、翼人への興味が湧いて、ついつい色々と質問してしまった僕にも、丁寧に対応してくれた。


「おぉ、ゴンゾウ様、お客人の、エイサー殿、お手を止めさせてしまって、申し訳ありません」

 深々と頭を下げて、僕らに向かってそう言うコタロウ。

 といっても、彼には何の落ち度もない。

 この央都で翼人が降り立つなら、広い敷地が好ましいというのは当たり前だ。

 別に翼人が道に、或いは狭い場所に降りられない訳ではないけれど、互いに気付かなければ下を歩く通行人との、万に一つの事故もある。


 そもそも翼人の出入りも多い重要施設や宿なら、最上階に翼人用の出入り口が設けられていたりもするのだけれど、残念ながらこの道場は広い平屋の建物だから、そんな設備は備わっていなかった。

 故にコタロウが降り立つなら、中庭が最も適しているのだ。

 そんな当たり前の行動に文句を付けようと思う程、ゴン爺も僕も傲慢じゃない。


「いいや、俺達が勝手に手を止めただけさ。なぁ、兄ちゃん?」

 そしてそれ以上に、この礼儀正しい若者を、ゴン爺も僕も気に入っていたから。

 ゴン爺の言葉に、僕も頷き、軽く手を振る。


「かたじけない。己もこの度、鎮守に赴く事となりましたので、世話になったラセン流の方々に挨拶に参りました」

 頭を上げて溌溂と、誇らしげにそう告げるコタロウに、僕は内心で息を飲む。

 ……早い。

 いや、近くそうなるのだろうとは、思っていたけれど、それでもやはり、あまりに早く感じてしまう。


「おう、そうかい。そらぁめでたいな。コタ、俺はお前さんの師じゃねし、もうここの当主でもねえから、祝いの品は贈れねえが、その代わりに一言だけ助言するぜ」

 だけどゴン爺は、それをさも当然のように受け止め、祝いの言葉を口にした。

 あぁ、前線に赴く若者に祝いの品を贈るのは、近しい者の特権なのか。

 近親者や彼の師を飛び越して、僕やゴン爺が祝いを贈るのは、少しばかり失礼に当たるのだろう。

 この辺りは、扶桑の風習、価値観なのかもしれない。


「翼人の戦士が、一番死に易いのは初陣だ。誇りと攻め気とに逸ってな。だがよ、俺ら地を行く人間にとって一番頼もしいのは、長く生きて多くの鬼を屠ってくれる翼人だ。コタ、良い戦士になるんだぜ。お前さんにはその資質があるんだからよ」

 ゴン爺の言葉に、誇らしげだったコタロウの表情は引き締まり、神妙な顔で頷く。

 先人の言葉を素直に受け止める彼は、……きっと良い戦士になる筈だ。

 あぁ、ゴン爺の言葉通りに、初陣を乗り切りさえすれば。

 そうなって欲しいと、僕も思う。

 僕には何もできないし、かける言葉すら持たないけれども。



 コタロウは、今のラセン流の当主に挨拶する為、僕らの前を立ち去った。

 見送った後も視線を外せないでいる僕を、ゴン爺が手にした棒で突く。


「おぅ、兄ちゃん、そんな顔するもんじゃないぜ。兄ちゃんにどう見えるかはしらねぇが、これは俺らにとっちゃ名誉でめでたい事なんだよ」

 咎めるというよりも、諭すように、ゴン爺はそう言葉を口にする。

 あぁ、きっとそうなのだろう。

 これも恐らく、どこにだって転がってる話だ。


 あの大草原で、ジュヤルは同じく十三歳の頃にはもう、戦いの場に出ていた。

 人間と翼人の、少しばかりだが確実に存在する寿命の差を考えれば、コタロウの初陣だって早過ぎるって訳じゃない筈。

 少し見知っただけの、僕が感傷に浸る事でもない。


 僕は一つ息を吐き、再び剣を振り始める。

 今日は何時もより多く汗を流し、それから酒を飲もうと、そう思う。

 ゴン爺も、多分そうしたいと思ってる筈だから。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦に行くことを憂う人と名誉と考える人どっちの価値観も作品の中で否定しないのすごく良いな。もちろん主人公のエイサーが世俗離れで視野が広いからだと思うけど、土地柄や歴史、事柄次第で人々の見方が…
[気になる点] 苦戦した記録として鬼がヨソギ流を研究して模倣する展開を希望
[気になる点] 翼人にはエイサー流弓術なるものを教えると恐ろしそう… まあ人間はともかく鬼は矢が刺さるだけで死ぬか怪しいけど。 創造主は別の世界も創ったのかな?確か神々も自分たちの世界創ったみたいだし…
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